向島の厳島神社にお参りをしたあおいと千明は、もうひとつの厳島神社である『岩子島厳島神社』へ向かうため、向島大橋を渡り、隣の岩子島へ上陸した。
『岩子島』
向島の西にある周囲約八キロの小さな島である。
向島と同じく多くの映画のロケ地となっている他、農業が盛んであり、国内トップのワケギの生産地でもある。
橋を渡ると、千明の言う通り左に道が分かれていた。目的地へはここを曲がった方が近いらしいが、千明が言う『特別ルート』へ向かうため、そのまままっすぐ進む。
道はぐいっと右に曲がって北へ。
右手側に海と向島を見ながら五分ほど進んだところで、今度は左へ曲がって海沿いの道を離れた。
そのまま道を真っ直ぐ西へ。ちょうど、島の真ん中を横断するかたちになる。
ここまでの海沿いの道は二車線あってそれなりに広かったが、そこから逸れて横道に入った途端、道幅は一気に狭くなった。
車二台がギリギリすれ違うことができるくらいの幅しかない。
さらに進むと緩やかな上り坂になる。
何というか、実に地元感の漂う道だ。土地勘が無い観光客が通る感じの道ではない。
「アキ、これ、道
あおいは心配になって訊いた。
「いや、あってると思うぞ? ナビに従ってるから、間違いないはずだ」
千明は自転車のハンドル部に取り付けたスマホのナビアプリを指さした。
「ほならええけどな。山の中に迷い込んで『間違えちゃった!(てへペロ)』なんてのはナシやで?」
「ああ。その辺は大丈夫だ。たぶん」
たぶんというのが引っ掛かるが、この島の案内は千明に任せている。信じるしかない。
千明についてさらに進む。民家はまばらになり、畑や空き地が目立ってくる。
道幅はさらに狭くなり、もはや車はすれ違うどころか軽自動車一台通るのがやっとという幅だ。
ホンマに大丈夫なんか、ともう一度聞こうとしたら。
「お? 見えてきたぞ?」
千明が言った。
道の先にはトンネルが見えている。
車一台やっと通れるほどの幅しかない道のトンネルだけあって、とても小さくて狭い。
車同士はもちろん、車と自転車でさえすれ違うのは難しいかもしれない。
かなり古いトンネルで、入口のコンクリートは苔むしており、山から植物の
入口上部にはトンネルの名前が書かれてあるようだが、掠れて通りすがりに読むことはできなかった。
「行ーくぜーい」
トンネル内にはオレンジ色の電灯がともっているが、念のため自転車のライトを点けトンネルに入る。
中はアーチ状のコンクリートの壁と天井が続くごく普通のトンネルだったが、途中からその様子が一変した。
「うわ、なんやこれ?」
あおいは驚きの声を上げる。
トンネルの壁と天井は、途中からごつごつとしたむき出しの岩になっていたのだ。
それはトンネルというよりは洞窟や坑道のようである。
『岩子島
隧道とはトンネルのことである。
島のほぼ中央に採掘された長さ九十五メートルのトンネルで、途中から壁や天井がコンクリートで覆われていない素掘り状態になっているのが特徴である。
「なんやええ感じやな、オモロイわ」
あおいは自転車を停めると、車が来てないことを確認してスマホで撮影した。
「へへん、しかも、これで終わりじゃあないんだぜい」
千明は得意げに言うと、自転車を漕ぎ始めた。
岩子島隧道を抜け、さらに道を進む。
道は緩やかな下り坂になり、民家も増え住宅街になった。
少し進むとまた緩やかな上り坂になり、さらに進むと、もうひとつトンネルが現れた。
こちらも古そうではあるが、入口上部のトンネル名が書かれたところだけは新しく作り直されており、『浜之浦隧道』とある。
中に入ると、先ほどの岩子島隧道と同じく、岩がむき出しの状態になっていた。
『
岩子島隧道の南西にあるもうひとつの素掘りのトンネルである。
長さ七十メートル。映画『あした』のロケ地であり、岩子島隧道と合わせて岩石のパワースポットとして人気である。
「素掘りのトンネルなんて初めてやわ。これは映えるな」
あおいたちはさらに写真を撮影する。
なんだか洞窟探検をしているような気分だ。
千明の言う通り、遠回りしただけの甲斐はあった。
「よっしゃ、じゃあ行くか。そろそろ下りだから、一気に行くぜ」
満足するまで写真を撮ったふたりは、再び自転車を漕ぎ出した。
トンネルを抜けると緩やかな下り坂で、その先に瀬戸内の海に浮かぶ島々が広がっていた。
「ひゃっほう!」
声を上げる千明。
目の前に広がる海に向かって坂道を下る。
これも人生初めての経験で、あおいのテンションも上がる。
一気に坂を下り、海の手前で左に曲がった。そこから一分ほどで。
「よーし、とうちゃーく」
千明は自転車を停めた。
右手側に広場があり、『駐車場並参道入口 厳島神社』との看板がある。
あおいは自転車を停めると、タオルを取り出して汗を拭った。
走る前は少し肌寒かったが、やはり走りはじめると汗ばむほどになる。
自転車のフレームに取り付けてあるボトルのスポーツ飲料で水分も補給。
あっちの神社からここまで一時間弱。
ほどよいアップダウンもあり、身体を慣らすのにちょうどいい感じだ。
ふたりは駐車場横にある小道を海側へ進んだ。
少し先に小さな石橋があり、その向こうに狛犬と注連石があった。ここからが境内だろう。
一礼し、中央を避けて参道を進むと、木々に遮られた視界が開け、目の前に海が広がった。
「うわ! すごいなコレ!」
あおいは声を上げた。
参道の先には朱塗りの鳥居があるが、波がその足元まで押し寄せていた。
波打ち際に鳥居が建っているのである。
鳥居だけでなく石灯籠や手水鉢もあるが、石灯籠は波打ち際どころか完全に海に建っているし、手水鉢に至ってはほぼ海に沈み、ときどき波間に出てくるだけだ。
『岩子島厳島神社』
向島の隣、岩子島にあるもうひとつの厳島神社の分社である。
総本山である宮島の厳島神社と同じく浜辺に鳥居が建っており、満潮時には足元が波に浸るほどになる。
ちなみに二人は出発時間の都合で朝訪れているが、オススメはなんと言っても夕方である。
島の西側に位置するこの神社では海に陽が沈むため、夕日を背景にした鳥居を見ることができる。
写真映えすること間違いなしなのだ。
むほー、と、あおいは鼻息も荒く写真を撮る。
鳥居は大きさこそ普通だが、色形は厳島神社本社の大鳥居とほぼ同じだ。
撮影の仕方を工夫すれば、充分本社の大鳥居に見えるだろう。
なでしこや妹のあかりくらいなら簡単に騙せるはずだ。
これは良いウソのネタができた。
あおいはひっひっひと笑う。
「言っておくが……その写真でなでしこやチビイヌ子を騙すなよ? 鳥居に限らず神社にあるものはすべて神様の持ち物だ。そんなものを使ってウソをついたりしたら、バチが当たるぞ?」
胸の内を見透かしたように、背後から千明が言う。
「な……なんのことやろ?」
と、あおいはごまかす。
ひと通り写真を撮り終えた二人は、改めて参拝へ向かおうとするが。
「……ところで、これどうやって鳥居くぐるんや?」
疑問を口にするあおい。
鳥居には波が押し寄せているため、くぐるには海に入るしかない。
もちろん、そんなことをすると靴がびしょ濡れになってしまう。
かといって、潮が引くまで待つのはかなり時間がかかるだろう。
「本社の宮島の大鳥居は船でくぐり抜けられるそうだから、ここもそうするんじゃないか?」
「でも、近くに船は無さそうやし、正直船を使うほど大げさな深さでもないやろ」
「まあな」
ふたりが、さてどうしたものか、と頭を悩ませていると。
「――鳥居が海にある時は、無理にくぐらなくても大丈夫ですよ」
通りかかった年配の男性がそう教えてくれた。近所の住人のようだ。
「そうなんですか?」
「はい。神様も、事情を察して許してくれます」
と、いうことなので、鳥居をくぐるのは諦め、その手前にある注連石のところで一礼する。
石灯籠がいくつも並ぶ参道を進むと、右側に(海に沈んでいない)手水
そして奥の拝殿へ進み、鈴を鳴らしてお賽銭を入れ、二礼二拍手一礼。
ここでも旅の安全を祈った。
「若いのにちゃんとお参りして、感心ですね」
二人に続いてお参りを終えた男性がそう言った。
あおいたちにしてみれば神社に来ればお参りをするのは当たり前であり、感心されるほどのことでもないように思うが、最近はそうでもないと、男性は言う。
「この神社は映画の撮影によく使われておりましてね。その影響で、写真や動画を撮りに来る人が多いんですよ。聖地巡礼というんですかね。でも、撮影だけして、お参りもせずそのまま帰る人も多いんですよ」
そんなの神様に失礼だと思うんですけどね、と、男性は静かだが憤りを含んだ声で言った。
それを聞いて、ふたりもちょっと申し訳ない気持ちになる。
あおいたちは撮影だけして参拝もせずに帰るようなことはしないが、さっきといい、その前の船着き場近くの神社といい、参拝する前に撮影をした。
それは、例えるなら他人の家で家主に挨拶をする前に家を撮影するようなものかもしれない。
先に挨拶、つまり参拝してから撮影するべきだった。
これは反省しなければならない。
「お嬢さんたちは、しまなみ海道を渡るの?」
男性の問いに、「そうです」と答える。
「そう、良い旅になるといいね」
「ありがとうございます」
ふたりがお礼を言うと、男性は行ってしまった。
「ウチ、もう一回お参りしとくわ」
「そうだな」
二人は改めて拝殿にお参りする。
先ほどはご挨拶もせず写真を撮ったりして失礼しました。写真を撮らせていただき、ありがとうございました。改めて、何事もなく旅を終えられますように。
「よし、じゃあ、行くか」
「せやな」
二人はもう一度会釈をし、神社を後にした。