因島の白滝山でお参りを終えたあおいと千明は、坂を下って島の西側へおり、またまたしまなみ海道自転車道のブルーラインに従って進む。
四十分ほどで次の島へ向かう橋が見えてきたので、渡るためにまた坂道を上る。
「……アキ……ゴメン……ちょっと待って……」
相変わらず電動アシストでスイスイ登っていく千明に、あおいは後方から声をかけた。
橋を渡るための上り坂の勾配は3パーセントで、距離は約一・二キロ。
因島大橋の時とほぼ同じだが、白滝山の上り坂でかなり体力を消耗したあおいは、たまらず自転車を停めた。
千明も自転車を停め、後ろを振り返る。
「疲れたか? 無理しなくていいぞ。どこかで休憩して行くか?」
「そうしてもらえるか? ゴメンな」
「気にするな。別に急ぐ旅じゃないんだ」
ふたりは自転車を下り、押して坂を上る。
橋へ続くこの坂道には、途中三つの休憩場がある。
一番下にある第三休憩場まで自転車を押したふたりは、スポーツドリンクやお茶を飲んでしばらく休憩する。
少し体力を回復させ、またゆっくりと上り、第二休憩場、第一休憩場でも休憩を取りながら、ふたりは次の島へ向かう橋・
『生口橋』
因島と生口島を結ぶ全長七九〇メートルの斜張橋である。
斜張橋とは、塔から斜めに張ったケーブルを橋桁に直接つないで支える構造の橋で、完成した一九九一年の時点では、斜張橋としては世界最長であった。
「『――最大の特徴は、中央径間に軽い鋼を、側径間に重いコンクリートを使用する複合桁構造を日本で初めて採用したことです。この技術は、後の一九九九年に完成する
因島大橋で橋マニアの男性から受け取ったパンフレットの解説を読むあおいに、千明はなるほどなるほど、と頷く。
まあ、正直仕組みについてはよく判らないが、その美しさは一目瞭然である。
因島側と生口島側にそれぞれ塔が建ち、そこから何本ものワイヤーが伸びて橋桁を支える姿には、島と海と空により一体化した美しさがある。
一般的な吊り橋と違い、塔と塔の間のメインケーブルが無いため、全体的にスッキリとしたデザインなのが、そう感じる理由なのかもしれない。
そして。
「うっひゃー! 気持ちいいなー!」
橋を渡りながら、千明は声を上げる。
生口橋の自転車道は橋の側面にある。
自転車道が車道の下にある因島大橋の閉鎖的な雰囲気もあれはあれで面白かったが、やはりこの開放感を求めていた。
空と海と風を間近に感じながら走るさまはまるで空を飛んでいるような感覚だ。
景色も美しい。
ふたりは橋の中央あたりで自転車を停めると、スマホで写真撮影をする。
こうやって橋の途中で写真撮影できるのは自転車旅の醍醐味だろう。
車だと、ちょっと停めて撮影、というわけにはいかない。
橋の南側には海の上に無数の島が浮かび、やはり水平線は見えない。
島々には民家や漁港、造船所のクレーンなどが並んでおり、海峡にはフェリーや漁船が行き交う。
いろんな方向をカメラに収めていると。
「うん? なんかあそこにも橋があるな」
千明が正面を指さして言った。
かなり離れているが、そこにもこの生口橋と同じようなつくりの橋が見える。
「しまなみ海道の橋とは違うな」
あおいは地図を見ながら答えた。
次の橋は生口島の反対側で、ここから見ることはできない。
ふたりが首をかしげていると。
「――あれは、隣の
通りかかった初老の男性が教えてくれた。
シティサイクルの荷台にクーラーボックスをくくりつけ、背中にガンダムのビームサーベルのごとく二本の釣竿を背負っていることから、地元の釣り人と思われた。
「しまなみ海道と繋がっているんですか?」
あおいが訊くと、
「いや、渡るなら生口島や因島からフェリーを使うんだ」
と、男性は親切に教えてくれた。
因島の南には、岩城島・生名島・
これは『ゆめしま海道』と呼ばれ、しまなみ海道と同じく人気のサイクルスポットだそうだ。
「岩城島は『桜の島』として有名でね。春になると、島中央の
と、男性は誇らしげに笑った。
男性は岩城島の出身で、幼いころから両親に桜について教えられたという。
岩城島の積善山にはかつて松の木が植えられていたが、戦時中油を採るために伐採され、丸裸になってしまったという。
そのため、各地で土砂崩れが多発。
島民は伐採された松の木の代わりに桜の苗木を植え始めた。
それが、桜の島となるきっかけだった。
「今でも島では学校の卒業や還暦なんかの記念日に桜の苗木を植える風習があってね。それが土砂崩れを防いでいる。桜の木が島を支えてるってわけ」
島で育った人にはそれぞれ思い出の桜がある。
男性も、様々な記念日に桜を植えたという。
仕事の都合で今は島を離れているが、毎年春になると、かつて植えた桜を見るために、仲間たちが集まるという。
「今からその友達と釣りをするんよ」
と男性は嬉しそうに言った。
「お嬢ちゃんたちは、自転車旅行?」
「はい。何泊かしながら今治まで行ってみるつもりです」
「そう。じゃあ、気を付けてね。良い旅を」
「ありがとうございます」
別れを告げると、男性は行ってしまった。
「桜の島か……見てみたかったな」
島を眺めながら、あおいは言う。
今は五月。桜はもう散っているだろう。
それでも、来年の春が来れば、あの島の人たちは桜の木の下に集まる。
「桜が人を繋ぐのか。なんか、そういうのって、いいよな」
千明もしみじみとした口調で言った。
「ウチらも卒業の時には、そういうの、何かしたいな」
「そうだな。考えておこうぜ」
「うん」
ふたりはそう遠くないその日のことを思いながら、また旅を再開する。