イヌイヌイヌ子さん、しまなみ海道をゆく!○○   作:ドラ麦茶

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8・生口島

 生口橋を渡ったふたりは、またまたクネクネの坂道を一気に下る。

 何度体験しても下り坂は気持ちがいい。

 ちょっとしたジェットコースターに乗ってる気分だ。

 一気に下ると、しまなみ海道三つ目の島・生口島に上陸した。

 

 

 

 

 

 

『生口島』

 

 温暖な気候を生かした柑橘類の栽培が盛んで、特に『瀬戸田(せとだ)レモン』は、国産レモンの生産地としては日本一を誇る。

 また、日本画の重鎮・平山(ひらやま)郁夫(いくお)生誕の地であることから『アートの島』でもあり、美術館をはじめたくさんの屋外アートも楽しむことができる。

 

 

 

 

 

 

「さて、この島の案内はアキの担当やけど、さすがにお腹すいたな。何か食べていかへん?」

 

 あおいは千明に提案する。朝早くに出発したが、いろいろ寄り道しているうちに、すでにお昼の時間を回っている。

 道中大福を始めとしたおやつでエネルギーを補給してきたが、そろそろしっかりご飯を食べたいところだ。

 

「そうだな。あたしもおなかペコペコだ。何食べる?」

 

「せやなぁ。広島いうたら、やっぱ()()()お好み焼きちゃうか?」

 

 そう言うと、千明の顔からさーっと血の気が引き、

「バカ!」

と言ってあおいの口を塞いだ。

「お前、命が惜しくないのか!」

 

 そして、いまの言葉、聞かれてないだろうな、とばかりに、きょろきょろと周囲を伺う。

 幸いというか、周囲に人影はなかった。

 ふう、と安堵の息を漏らし、千明はあおいの口から手を離した。

 

「なんや突然。命が惜しいとか、なんのことや?」

 訳が判らず訊くあおい。

 

 千明は声を潜めて言う。

「この広島で『広島風お好み焼き』とか『広島焼き』とか言うのは、絶対NGだ。地元の人に聞かれたら、あっという間に簀巻(すま)きにされ、太田川(おおたがわ)放水路に沈められてしまうぞ」

 

「どこやそこ」

 

「広島県民はな、地元のお好み焼きこそ真のお好み焼きだと信じていて、『広島風』などとお好み焼きの亜流みたいに言われるのを極端に嫌う。だから、関西のお好み焼きとは、どちらが真のお好み焼きかで、長年血で血を洗う仁義なき戦いを繰り広げてきたんだ。特にイヌ子は関西弁を使うから気を付けろ。もし関西人と間違えられでもしたら、江波山(えばやま)に埋められてしまうぞ」

 

「どこやねんそこ。広島は平和の町やろ。みんな争い事は好まないんとちゃうか?」

 

「いや、そうとも言えないらしい。これは広島在住の知り合いから聞いた話だが、確かに広島は平和の町だ。子供の頃から学校で平和学習をするし、毎年夏になるとテレビや新聞などで原爆や戦争の記憶を風化させないための特集が組まれる。しかし、それをはるかに上回るレベルで力を入れている教育がある。それが、お好み焼きと――カープだ」

 

「カープ……プロ野球チームのか?」

 

「そうだ。学校での平和学習の時間は限られているし、テレビ等の戦争特集もそう頻度は多くない。それに対し、お好み焼きとカープの情報は、二十四時間三百六十五日、常に溢れている。どんなに平和学習をしても、人々の脳内はすぐにお好み焼きとカープの情報で上書きされてしまうんだ。これはもはや洗脳と言っても過言ではない」

 

「そ……そんな恐ろしいことが行われているんか……」

 

「ああ。こんなエピソードがある。何年か前のテレビ番組にまつわる話だ。具体的なタイトルは言えないが、世界中の常識では考えられないアンビリバボーな出来事を紹介する番組なんだが」

 

「ほとんど言うてもうてるけどな」

 

「その番組で、『広島県民も知らない原爆投下後の広島に家を建てたアメリカ人』という特集をしたそうだ」

 

「へえ、そんな人がおったんや。知らんかったわ」

 

「そうなんだ。これは、本当に現地でもあまり知られていない話だったらしい。しかし、その番組の放送日、当の広島の放送局では、なんとその番組を中止し、カープの試合を中継していたそうだ!」

 

「な、なんやて? それは恐ろしい話やな」

 

「ああ。それほど、広島ではカープとお好み焼きへの執着心が強い。もはや信仰と言っていいだろう。だから、県外の者が迂闊にそれらの話をしてはいけないんだ。『九月に入った時は1位だったのに、なんで最後CSにも行けなかったんですか?』とか、『広島の人って家でお好み焼きつくる時は関西風なですね』なん言ってみろ。神への冒涜と取られ、もう二度とタカノ橋商店街を歩けなくなるぞ」

 

「だからどこやねんそこは」

 

 なんだかよく判らないが千明のただならぬ様子にあおいも恐ろしくなり、ひとまずお好み焼きを食べるのは諦めることにした。

 なお、いまの話はすべて千明が()()から聞いた話であり、真偽のほどは定かではない。信じるか信じないかは、あなた次第である。

 

 気を取り直し、ふたりはお好み焼き以外のおすすめグルメをスマホで検索する。

 

「……意外とレモンを使ったスイーツ以外の料理も多いな。『レモン鍋』とかは、確かバイト先のスーパーの鍋用スープ売り場にあったわ。他にも、レモンラーメンやレモン蕎麦もあるらしいで」

 

「レモンを食べて育った『レモンポーク』ってブランド豚もあるらしいぞ? 豚丼、美味そうだ」

 

 あおいと千明はお互い検索したグルメを見せ合う。

 他にも瀬戸内の海の幸を使ったお刺身定食や海鮮鍋など美味しそうなものがたくさんあったが、お腹の減り具合と予算を考慮してレモン蕎麦と豚丼に絞り、近くに手ごろなお値段のお店を見つけたので行ってみることにした。

 

 ブルーラインから少しそれた場所の商店街にあり、お昼は定食、夜は居酒屋として営業している庶民的なお店だ。

 休日だけあってお客さんは多い。

 少し並んで席に座ると、あおいはレモン蕎麦を、千明はレモンポーク丼を注文した。

 

「お待たせしましたー」

 

 店員のお姉さんがまずレモン蕎麦を運んできた。

 テーブルに置かれたとたん、温かい湯気と共にレモンの香りが広がる。

 

 見た目のインパクトも抜群だ。

 皮ごと輪切りにされたレモンが、蕎麦が見えないほど敷き詰められている。

 レモンはもちろんこの生口島産の瀬戸田レモンだ。

 

 千明の料理がまだ来ていないが、蕎麦がのびる前に頂くことにする。

 

 いただききます、と手を合わせ、レモンと蕎麦を箸で持ち上げ、口に入れた。

 その途端、レモンの香りと酸味がふわっと口の中に広がった。

 レモンは予想外に柔らかい。

 正直、最初見た時は皮は剥いた方がいいのでは? と思ったのだが、柔らかくて食べやすいし、苦味もない。

 

 そして、噛んでいくと、今度は蕎麦の香りが広がる。

 レモンと蕎麦。予想以上に相性が良い。

 

 そうしているうちに千明のレモンポーク丼も運ばれてきた。

 豚肉をキャベツやパプリカなどの野菜と炒め、水菜やレタスなどの生野菜を敷いたご飯の上にのせたどんぶりだ。

 

 こちらも焼いた豚肉の香りが広がる。

 

 食べてみると、味付けは塩とブラックペッパーというシンプルさで、その分豚肉そのものの味をしっかり味わえる。

 塩はレモンの風味を利かせたレモン塩で、柑橘系の爽やかさも感じることができた。

 

 ふたりはそれぞれの料理を満足するまで味わい、お店を後にした。

 

「さーて、エネルギーはチャージしたものの、さすがに食後に坂道を上るのはつらいから、なるべく平坦な道を行くことにしようぜ」

 

「そうしてもらえるとありがたいわ。んで、どこに行くんや?」

 

「ふふん、この生口島は、アートの島。島には美術館だけでなく、島の各地に美術品を展示した『島ごと美術館』というのがあるんだ。それを巡って行こうぜ」

 

 と、いうことで、まずはお店の近くにある展示物へ行ってみる。

 

 最初に見つけたのは、サイクリングロード沿いの休憩所にあるもので、石の台座の上に、芋虫のような丸っこくくねくねとした石と、イソギンチャクみたいな円柱状の石が乗っかったものだ。タイトルは『海からの贈物』とある。

 

 さらに、道路を挟んで反対側にも広場があり、そこにも二つの展示物があった。

 いくつもの鉄線を組み上げて作った大きなサックス『風の中で(瀬戸田)』と、金属の支柱の上に弧を描いた鉄線がびよんびよんと伸び、その先に黄色い鳥が止まった『一羽の鳥のために』である。

 

 

 

 

 

 

『島ごと美術館』

 

 生口島では屋外の様々な場所に現代アート作家の作品が展示されている。

 これらは依頼された作家が風景からインスピレーションを受けて作り上げた作品だ。

 全部で十七作品。

 中にはちょっとわかりにくい場所に展示されているものもあり、宝探しのような気分も味わうことができるのだ。

 

 

 

 

 

 

 いくつかの美術作品を見て回り、あおいはなぜ千明がこの美術作品めぐりを選んだかが判った。

 作品は全て公園などの屋外に設置されてあるため、タダで見学できるのだ。

 さすがは野クルが誇る節約の達人である。

 ときどきカフェでレモンケーキやジェラートなどのスイーツを食べながら、ふたりはゆっくりと島中の作品を巡って行った。

 

「……よーし。これで、だいたい見れたな」

 

 島を巡り、最後に島の南側の小さな神社のそばにある『塩池』というタイトルの作品を観賞したふたり。

 小学校の敷地内や隣の島にあって見るのを諦めた作品もいくつかあるが、夕方前には概ね回ることができた。

 

 素人のあおいたちが見ても感心してしまうほど美しいものもあれば、正直なにがなんだかわからないものもあったが、それはそれで楽しめた。

 全て写真に収めたので、後で振り返って、みんなでワイワイ騒げるだろう。

 

「じゃあ、次は今晩泊まるところを探すか。予定通り、キャンプでいいよな?」

 

 あおいは、もちろんや、と頷く。

 今回の旅ではキャンプ道具一式を携行している。

 坂道の多いしまなみ海道を大荷物で旅しているのも、全ては宿泊費節約のためである。

 

「島の西側にちょうどいいキャンプ場があるんだ。夕方になる前に行きたいから、ちょっと急ぐぞ?」

 

 ふたりはブルーラインに沿い、島の南側からぐるっと回って北へ向かう。

 途中、次の島へ向かう橋の下を潜り抜け、三十分ほど自転車を漕ぐ。

 

 太陽が大きく傾き、西の空が赤く染まりはじめた頃、ふたりは目的のキャンプ場に着いた。

 

 島の西側にある海浜公園で、海水浴場やレストラン・売店などもあり、シーカヤックやサップなども体験できるそうだ。

 レンタサイクルのターミナルもあるので、千明の自転車の充電をすることも可能だ。

 

 ふたりは受付をして料金を支払い、テントを設営するサイトへ向かう。

 五月になり温かくなってきたので利用客は多いが、なんとか場所を確保することができた。

 

「うわぁ、綺麗やなぁ」

 

 海を見て、あおいはうっとりとした声で言った。

 キャンプ場の前には白い砂のビーチが広がっており、今まさに陽が沈もうとしている。

 キャンプ場は島の西側に位置するため、海と空と瀬戸内の島々が真っ赤に染まるのを一望できた。

 

 ふたりはしばらく夕日を眺める。

 ゆっくりと陽が沈む。

 今日という日が終わる。

 一日の旅が、終わる。

 

「――夕日って、綺麗やけど、なんだか寂しい気分になるよな」

 あおいは名残惜しさをにじませて言った。

「沈んだ夕日はもう戻ってこんし、今日という一日も、もう戻ってこうへんもんな」

 

「そりゃそうだろ」

 千明はけろりとした顔で言う。

「一回沈んだ太陽が、『よう!』ってまたすぐ顔を出したら、みんなズッコケるだろ」

 

「……ムードもへったくれもあらへんな、アキは」

 

 あおいが苦笑いで言うと、千明は

「別にいいじゃないか」

と続けた。

「あの夕日も、今日という一日も、もう戻って来ないかもしれんが、ちゃんと胸に刻み込んであるんだから」

 

 それが思い出ってもんだ、と、千明はキリっとした顔で言った。

 

「なに急にマジメなこというてんねん」

 小さく笑った後、あおいは

「でも……せやな」

と言って、後は静かに夕日を眺めた。

 

 

 

「――さーて、んじゃ、今日一日の(しめ)と行くか」

 

 夕日が沈み、テントの設営を終えたふたりは、千明の先導で再び自転車に乗って北へ向かう。

 海沿いの道を進み、お昼ご飯を食べたお店の近くまで戻ってきた。

 

 その一角にあるレトロな雰囲気が漂う商店街を進むと、いかにも老舗という雰囲気の旅館があった。

 もちろん宿泊が目的ではない。

 ここは日帰り入浴ができる銭湯があり、『港町の社交場』として島民にも人気なのだそうだ。

 

「――ぷっはー。極楽極楽」

 

 湯船に浸かり、定番のオヤジクサいセリフを言う千明。

 温泉施設ではないためそれほど広くはなく、まさに町の銭湯という雰囲気だ。

 お湯の温度は(ぬる)めで、長湯するにはちょうどいい。

 

 そして、レモンの島だけあって、湯船にはレモンが浮かんでいる。

 香りがよく、リラックス効果が高まるだろう。

 

「お? アキ、サウナもあるみたいやで? ひとつ、整っていくか?」

 

 あおいは銭湯の奥を見て言った。

 小さいながらもサウナと水風呂がある。

 千明はサウナが大好きで、旅先の温泉ではよく利用している。

 

 しかし、サウナを見た千明は、なぜか表情を歪めた。

「……いや、今回はサウナは遠慮しておくわ。何か事件が起こっちゃ、たまらねぇからな」

 

「なんや事件って。殺人事件でも起こるっちゅうんか? んなアホな」

 

 あおいが呆れて言うと、千明は目を細めた。

 

「お前、よくそんなことが言えるな。冬の雪山で、あれだけヒドイ目に遭っておいて」

 

「なんの話や? 冬に雪山なんて行ったかいな?」

 

 首を傾けるあおいに、「いや、なんでもない」と言う千明。「ただの並行世界の話だ」

 

「さっきからなに言うてんねん。もうのぼせたんか?」

 

「いいんだ。そのうち真相が明らかになる。名探偵の力によってな」

 

 訳の分からないことを言う千明に首をかしげながら、まあアキが行かないならウチもええか、と、あおいもサウナには入らず、ゆっくり湯船に浸かり、昼間の疲れを癒した。

 

 お風呂から上がり、瀬戸田名物レモンサイダーを腰に手を当てぐびっと飲み干したふたりは、銭湯を後にする。

 夜の海風に吹かれながらキャンプ場に戻り、ご飯の準備に取り掛かる。

 

 と言っても、今回のキャンプでは極力荷物を減らすため、調理具は小さなバーナーとクッカーしか持ってきていない。

 食材も準備していないため、手の込んだ豪華なキャンプ飯は作れない。

 途中のスーパーで買ったお惣菜とカップ麺だけだ。

 どこかお店で食べても良かったのだが、やはりキャンプをするからには自炊したい(カップ麺を自炊というかは別として)。

 

 それに、これだけでも決して侮れない。

 お惣菜は名物のタコ天がタイムセールで半額だったのでかなりお得だったし、カップ麺はもともと安くて美味しい上に、ご当地カップ麺の尾道ラーメンと汁無し担担麺を選んだ。

 お惣菜とカップ麺だけでも充分広島グルメを堪能できる。

 

 そして、空腹とお得感は最高の調味料。

 それだけで老舗高級旅館の豪華懐石料理にも負けない味だ。

 

 ふたりはキャンプ飯を満喫し、夜の海を眺めながら雑談する。

 夜が更けていく。

 明日も朝早く起きて出発する。

 昼間の疲れを癒すために、ふたりは早めにテントに入って寝袋にくるまった。

 

「――今日一日で、いろんなところを回れたな。ホンマに楽しかったわ」

 

 ふたりで並んで横になり、枕元に置いたランプのわずかな明かりの中、あおいは今日の旅を振り返る。

 かなりの長距離を移動し、何度も坂道を上った。

 疲れているはずなのに、あまり眠くはない。

 まだ眠りたくない気分だ。

 

「……ん……そうだな……」

 

 対して、千明はもうまどろみの中にいる。

 電動アシスト機を使っていたとはいえ、千明は自転車に慣れていない。

 ひょっとしたら千明の方が疲れているのかもしれない。

 

「アキ――」

 

「ん……?」

 

「上り坂やと、どうしてもウチが遅れてしまうから、アキが先に行くことになるやんか」

 

「ん……」

 

「そんな時、アキが心配してちょいちょい振り返ってくれたり、待っててくれたり、一緒に自転車押して上ってくれたりして、あれ、嬉しかったで」

 

「……別にたいしたことじゃないだろ、そんなの……」

 

「そうかもしれへんけど、嬉しかったんや。ありがとうな」

 

「ん……」

 

「アキ」

 

「ん」

 

「明日もよろしくな」

 

「んー」

 

 千明はすーすーと静かな寝息をたてはじめる。

 その寝顔を隣で眺めながら、あおいはくすっと笑う。

 ずっと見ていたい気分だったが、明日も早い。寝ておかなければ。

 ランプを消し、あおいも目を閉じる。

 まどろみに落ちて行く。

 

 明日も、自転車で旅をする。

 まずは次の橋、多々羅大橋を渡る。

 

 それを渡れば、そこは今治だ。

 

 

 

 

 

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