イヌイヌイヌ子さん、しまなみ海道をゆく!○○   作:ドラ麦茶

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9・多々羅大橋

 日の出の時間は過ぎているが、島の西側にあるこの道では、山の陰になっているのでまだ太陽を見ることはできない。

 夜の名残が残る坂道を、あおいは愛車のロードバイクで上る。

 

 先を行く電動アシスト機付き自転車の千明はすいすいと進んでいく。

 

 ときどき振り返ってこちらを確認してくれるので、そのたびに、大丈夫や、と笑顔を返す。

 坂の勾配は3パーセントで、距離は一・二キロ。昨日の因島大橋や生口橋手前の坂とほぼ同じだ。

 

 昨日は最後体力を使い果たし、たびたび休憩を挟んだり自転車から降りて押したりしたが、今日の旅はまだ始まったばかり。体力は充分で、これなら一気に上がれるだろう。

 

 あおいと千明のしまなみ海道自転車旅の二日目。

 ふたりは次の島への橋を渡るため、すっかりおなじみとなった手前の上り坂を上っていた。

 

 お風呂と夕食と一晩ぐっすり寝たことですっかり体力を回復したあおい。

 坂の途中にはいくつか休憩所もあるが、立ち寄らずにそのまま進む。

 

 景色を楽しむ余裕もある。

 山肌には二メートルから三メートルほどの高さの木がたくさん植えられている。

 この島のナビ担当の千明によると、この辺りは国産レモン発祥の地で、ほとんどがレモン畑なのだという。

 レモンの収穫時期は秋から冬にかけてなので今は青々とした葉が茂っているだけだが、時期になれば黄色い果実が丘を彩るのだろう。

 

 左手側には海を挟んで次の目的地である島があり、そこへ向かって大きな橋が架かっている。

 向こう側とこちら側に建つ塔から直接ワイヤーで橋げたを支える構造の斜張橋で、ひとつ前に通った生口橋と同じタイプだ。

 ただ、坂を上り、近づくにつれ、その大きさがハッキリとしてくる。

 生口橋より一回り以上大きいのだ。

 

 十五分ほどかけて坂を上り切ったふたりは、橋の手前の広場で一度休憩をとることにした。

 広場には東屋とレモンのオブジェ付きのベンチがあり、橋を斜め後方から眺めることができる。

 生口島と次の島である大三島(おおみしま)を結ぶ橋・多々羅大橋だ。

 

 

 

 

 

 

『多々羅大橋』

 

 尾道側から四番目の橋(渡船を利用した場合は三番目の橋)で、広島と愛媛の県境にあたる。

 ひとつ手前の生口橋と同じ斜張橋だが、全長一四八〇メートル、中央支間長八九〇メートルで、斜張橋としては日本一の長さを誇る。

 完成当時の一九九九年五月には世界最長であった。

 

 

 

 

 

 

「『――当初は吊り橋で計画されていましたが、技術の進化などから斜張橋に変更されました。これには一九九一年に完成した生口橋の技術が応用されています』やて」

 

 あおいはパンフレットを読んで千明に説明する。

 吊り橋と違い、斜張橋にはメインケーブルが無いためスッキリしたデザインだ。

 どちらが美しいかは好みの問題になるだろうが、あおいは斜張橋のスタイリッシュな雰囲気がより島と海の景観にマッチしているように思う。

 

 あおいはさらに続きを読む。

「『吊り橋から斜張橋に変更したことで、吊り橋のメインケーブルを固定させるための巨大なコンクリートブロック設置に伴う生口島側の大規模な地形改変を避けることができました』……ということは、もし計画が吊り橋のままだったら、ここら辺のレモン畑の大部分が無くなっていたかもしれへんってことやろうな」

 

「そうだな。あたしらは遠くから来て綺麗とかいい景色だとか言って通るだけだが、計画から完成までには長い年月かかって、その間、地域住民といろいろあったんだろうな」

 

「当然農業だけでなく漁業にも影響が出るやろうからな。まあ、無事完成して良かったわ」

 

 広場で休憩と写真撮影をした後、ふたりは橋を渡る。

 自転車道は生口橋と同じく橋の側面にあるので、海と空と風を間近に感じながら走ることができた。

 太陽も山陰から姿を現す。

 ここまでちょっと肌寒いくらいだったが、これで暖かくなるだろう。

 

 しばらく自転車を漕ぐと、自転車道は主塔のところで少し内側にくねっと曲がっていた。

 スピードを落として通過しようとしたら。

 

「うん? 何か書いてあるな」

 

 先行する千明が自転車を停めた。 

 塔の真下、自転車道と車道の柵に、なにやら看板がある。

 近づいて確認すると、『多々羅鳴き龍』とあり、『この場所で手を叩いてみてください。不思議なことが起こります』と続いている。

 

「不思議なこと?」と、千明は首をかしげた。「なんだろうな。鯉がエサを貰いに来るとか?」

 

「そら不思議やな、ここ海やし。って、ちゃうやろ。『鳴き龍』っていうたら、お堂の中とかで手を叩いたら、反響して龍の鳴き声みたいに聞こえる、ってヤツやなかったかな」

 

日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)のヤツが有名だな」

 

「知ってるんやないか」

 

「テレビで観たくらいだがな。ようし、ひとつ、やってみようぜ」

 

 千明は大きく両手を広げると、いきおいよく叩いた。

 ぱあん! とキレイに鳴った音は、ぱわわわわゎゎゎゎぁぁぁぁん……と、空へと響き渡って行った。

 おお、と声を出すふたり。

 まさに昇り龍のような響きだ。

 

 

 

 

 

 

『多々羅鳴き龍』

 

 鳴き龍とは、主にお寺や神社などのお堂内で、手を叩くと天井等に反響して龍が鳴いているように聞こえる現象のことをいう。

 栃木県日光市の日光東照宮や、山梨県甲府市の善光寺(ぜんこうじ)などが有名だが、屋外の橋の上でこの現象を体験できるのは非常に珍しい。

 これは、Δ字型になっている塔の内側を音が反射し合って共鳴することで起こる。

 塔の間を音が漏れずに反響し合うのは、極めて精密に設計されている証である。

 

 

 

 

 

 

 ふたりは何度か手を叩き、看板の横に備え付けてある拍子木もカンカン鳴らして鳴き龍を楽しんだ。

 これも、橋の途中で停車できる自転車旅ならではの楽しみだろう。

 

 ふたりは気が済むまで龍を鳴かせた後、旅を再開する。

 

 しばらく進むと橋の中央に白線が引かれていた。

 そして、白線を挟んで手前側には、進行方向から見て反対向きの文字で『広島県』、奥側には、『愛媛県』と書かれてある。

 広島と愛媛の県境だ。

 

「よし。せっかくだから、歩いて越えようぜ」

 

 千明の提案に従い、あおいも自転車を下りて押して進む。

 そして、ふたり横並びで同時に県境をまたいだ。

 ここからは、愛媛県今治市である。

 

「――と見せかけて、広島県」

 

 千明がペロッと舌を出して一歩戻る。

 

「やると思たわ」

 

 苦笑いで言った後、あおいはスマホを取り出した。

 橋のほぼ中央であるこの辺りは橋桁を支えるケーブルが無いので景色はバツグンだ。

 あおいは「愛媛県、広島県、愛媛県、広島県」と県境を何度もぴょんぴょん跳び越える千明をほっといて、景色をカメラに収めた。

 

 満足するまで写真撮影と県境越えをしたふたりは、再び自転車にまたがる。

 

「さて、次の島の案内はウチやな。まず行きたいのは――」

 

 あおいが次の島での目的地を発表しようとしたら、千明が手のひらを向けて制した。

 

「すまんイヌ子。ここはちょっと譲ってくれないか」

 

「譲る? なんや。アキが案内するっちゅうんか?」

 

 首を傾けるあおい。

 今回の旅では、各島で訪れる場所はふたりが交代に決めることにしている。

 前の生口島では千明が決めたので、次の大三島はあおいの番だ。

 あおいは事前に島の情報調べてきているので、なるべくならムダにしたくない。

 

 千明は、「いや、そうじゃない」と言って続ける。

「次の島の案内は、予定通りイヌ子でいい。ただ、その前に、あたしにはどうしても行かなければならないところがあるんだ」

 

「行かなければいけないところ? マストなんか?」

 

「ああ――あれ、見えるか?」

 

 千明は車道を挟んで向こう側の海、方角で言えば北西の方を指さす。

 海を挟んで次の島の北部が岬のように出ており、そこが小高い山になっている。

 

「あの山に登るんか? でも、あの辺なにか観光スポットあったかな?」

 

 事前にあおいが調べた限りでは、あの辺に大きな観光スポットは無かったように思う。

 何か穴場のようなものでもあるのだろうか。

 

「いや、それじゃない」と、千明が言った。「その向こうだ」

 

「向こう?」

 

 あおいは目を凝らす。

 よーく見ると、山の向こう側に、うっすらとだが鉄塔が見える。

 島へ電力を供給する鉄塔だろう

 

「あの鉄塔がどうかしたんか?」

 

「気付かないか? あの鉄塔、山の向こう側にあるんだぞ」

 

「……そう言うたらそうやな。ということは、あの鉄塔、山よりも高いっちゅうことか」

 

「そうだ。今からあの鉄塔を目指す」

 

 なにやら悟りでも開いたように淡々と話す千明に、あおいは目を細めた。

「なんやさっきからえらいシリアスモードになっとるけど、なにがあるんや?」

 

「もしかしたら、あそこがここと現実を繋ぎ合わせる時空の裂け目かもしれない」

 

「はぁ? なに言うとんねん」

 

「あの先に、あたしという観測者がたどり着いた時、可能性はひとつに収束する」

 

「あらら。なんか語りはじめちゃったよこの人」

 

「行くぞ!」

 

 先行して自転車を漕ぎだす千明。

 訳が判らなかったが、あおいは仕方なく後について行くことにした。

 

 

 

 

 

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