真剣で私に恋しなさい!S 〜孤独な貿易商人の川神出張〜   作:霜焼雪

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神奈川県川神市川神駅周辺の天津ラーメン

 

 

 

 十一月某日。

 

 

 

「いい天気だなあ」

 

 

 

 冬を迎えようとする気候の中、たまに盛り返す陽気な日に取引が成立するとここまで気分が良くなるものか。吐く息も白くならない程度の秋の珍しい陽気に心が軽くなる。

 

 年末を迎える前に大口な取引ができてよかった。ほんの少し、気が楽になったか。

 

 ほっと安心したら、隙をついて腹が唸る。思いっきり腹が減った。冬場でも俺の腹は縮こまらないから困ったものだ。

 

 あっさりと取引が成立したもんだから時間はある。ここいらをぶらぶらして何か食べるものを探そう。

 

 川神駅を歩いてゆっくり散策するのは初めてだったか。車で通るばかりだったから、細い路地なんかは見逃してばかりだろう。丁度いい、目的もなく店を探すのも悪くはない。

 

 とは言っても、空腹のまま過ごすのも辛い。どうしても食べたいものはないし、手軽な店に入っちまえ。

 

 

 

「クマちゃんここ?」

 

「うん。ここの豚骨ラーメン、すっごく美味しいんだよ」

 

「結構並んでるね」

 

「人気が出てきちゃってね。回転早いだろうし、並んでようよ」

 

「ここって豚骨ラーメンだけ?」

 

「いや、僕はここだと豚骨ラーメンが好きだけど、さっぱりめが好きな女の子には塩ラーメンがオススメかな」

 

「なるほど、流石クマちゃん。参考にさせてもらうぜ」

 

 

 

 と思ったが……うーん、参ったなあ。どこもかしこも並んでいる。駅周辺、しかも休日の昼時となると流石に混んでいる。学生から家族連れまで、角砂糖を崩して懸命に運ぶ蟻のようだ。

 

 それにしたって、ラーメンにうどんに蕎麦、並んでまで食うもんじゃないな。

 

 こうなると、人通りなんてないに等しい奥まで歩いたほうかいいかもしれない。どこかにすぐ入れる店があるだろうか。

 

 やれやれ、気楽に探すつもりだったのにいつの間にやら必死になっているぞ。空腹感が俺を囃したてている。

 

 駅から遠ざかり、大通りから外れるようにメシ屋を探す。

 

 

 

「ん……」

 

 

 

 活気だっていない路地だが、確かにメシ屋が幾つかある。本物と思わせないほど汚い食品サンプルがホコリをかぶっているような、若者が近寄らないだろう店がちらほら。競馬新聞片手に腹巻を巻いた清潔さのない親父が屯っていそうな小汚さ。ここなら並ばないしすぐに入れるはずだ。

 

 

 

「ここはラーメン屋か……」

 

 

 

 最早何味か想像できない色のラーメンの食品サンプルが飾ってあるが、不思議と入りたくなった。

 

 

 

 

 

 

「らっしゃーい」

 

 

 

 うん、予想通りというか何と言うか、閑散としている。ピンポン玉でも落とせばいい音が響きそうだ。ちらほらと人がいないでもないが、繁盛とはとても言えない。昼時にこれは物寂しいことだろう。

 

 油でてかてか光った床に、布巾で乱暴に拭かれた机。何故か映え残ったケチャップみたいな朱色の柱。もう何十年はやっているだろう中華料理屋だ。ラーメン以外にも色々とやっているらしいが、あくまでもラーメンをメインとしているらしい。

 

 

 

「はいらっしゃい。ご注文お決まりで?」

 

「あ、えーと……」

 

「あー、また後で聞きに来ようかね」

 

「すいません」

 

 

 

 そそくさとやってきた如何にもな料理人姿の親父さんはささっと厨房に戻っていった。来店して席について五秒と経ってないのに聞きに来るものかとも思ったが、あんなに奥まった場所のこんなに空いてる店だ。普段は常連しか来ないようなところなのだろう。それならあの速さでも納得することができた。

 

 そんなことよりもメニューだ。いい加減に腹が減って仕方ない。我慢できなくて入ったのに注文で悩んでなんかいられない。えーと……。

 

 

 

「ん……変わったラーメンがあるな」

 

 

 

 醤油ラーメン、味噌ラーメンと来てその次に麻婆ラーメン、天津ラーメン。更には八宝ラーメンときた。おいおい、この店に丼物という選択肢はなかったのか?

 

 

 

「ずずう」

 

 

 

 茶を啜り、少し落ち着く。周りを見てみると、ちらほらといる客の皆がラーメンを食らっている。

 

 

 

「美味しいですね、この天津ラーメン」

 

「ふん。川神をクリーンにしても、ここは残しておいてもいいかもしれんな」

 

「いくら路地裏と言えど、ここを潰してしまうにはもったいないでしょう。従者部隊の若い連中にも食べさせてやりたいところです」

 

「紋様に勧めるのは少し躊躇われるがな」

 

「男向けの味付けと量ですからね」

 

 

 

 何やらこの店には不釣り合いな燕尾服を着た老人が二人、卵が山のようになった丼から麺を掬いだして啜っている。ははぁ、あれが天津ラーメンか……。天津飯の白飯を麺に変えただけなのか……ううむ、気になってきたぞ。

 

 

 

「ご注文、よろしいかな?」

 

「ああ、えっと、この天津ラーメンを」

 

「はいはい、天津麺一つ」

 

「あ、それから、餃子を一人前」

 

「はいはい、餃子を追加。すぐ作るから待っててくださいね」

 

 

 

 ぱぱっと注文を聞いた親父さんは厨房に戻っていった。

 

 それにしても、変わったメニューが多い。天津ラーメンや麻婆ラーメンはまだしも、からしラーメンとは何なんだ。からしのスープなのか、からしが麺に練りこんであるのか。どちらにしろ、からしだけを売りにして果たして美味しいと言えるのか。

 

 

 

「お待ちどうさま、天津ラーメンと餃子ね」

 

 

 

 

 

『天津ラーメン』八〇〇円、ラーメンの丼からこぼれ落ちそうなほどのニラ蟹たまが乗っている。餡掛けのようにとろみのついたスープが麺に絡んでいる。

 

『餃子』三〇〇円、ぷっくりと膨らんだつやつやの皮が出来立てであると主張している。五個で一人前。

 

 

 

 

 

「ほー。こりゃすごい」

 

 

 

 まず見た目のインパクトがすごい。思わず口から迎えに行きたくなるような溢れんばかりのスープ。そしてトロトロとしながらもしっかりと円盤の形を維持している卵。

 

 スッと箸を通せばホロリと崩れ、もやしなんかの野菜と同程度に麺と絡んでくれる。とろみのあるスープをしっかりと馴染ませ、大きく一口。

 

 

 

「ずるるる」

 

 

 

 うん。実にシンプルな味わいだ。ラーメン用に少し手を加えているからか、天津飯のタレ特有のあの甘さが優しく伝わってくる。それに対して麺は決して逆らわず前に出ようとしない。

少し前にカレーラーメンというものを宇佐美とかいう胡散臭い親父に勧められたが、なるほど、白飯に合うものと麺が合うものは一致することがあるのか。

 

 

 

「ずっ、ずずる」

 

 

 

 うん、うん、白飯も確かに欲しくなる味だが、この麺がまたいい働きをする。この啜るということで口の中に一気に香りが広がっていく。細くもなく太くもない、絶妙な中太麺だ。

 

 

 

「おっと、餃子餃子」

 

 

 

 意外性のあるメニュー名から思わぬ感動を感じてしまったせいで、すっかり天津ラーメンの虜になってしまっていた。いかんいかん、せっかくの出来立てが台無しになってしまう。

 

 

 

「はふ、むぐ、むぐ」

 

 

 

 嚙んだ瞬間に広がみずみずしさ! これは肉汁ではこうはいかないだろう。大量の野菜、恐らくは白菜だろう。ほんの僅かな肉の旨みが、白菜の汁気と一緒になって口の中で弾けている。それでいて暴力的な味付けだ。餃子をつまむ箸が止まらない。ああ、うまい!

 

 あの時はご飯を食べられなかったな。……こんな餃子をご飯なしで食べさせられたらと思うと溜まったものではない。

 

 

 

「すいません。餃子をもう一人前と、ライスください」

 

「はいはい、餃子とご飯ね」

 

 

 

 ここもご飯がもらえないかと思って少し怖くなったが、普通の中華料理屋のようでほっとした。となると、天津ラーメンがあって天津飯がないのはますます疑問だな。

 

 

 

「おい店主。ここは天津飯はやってないのか?」

 

「いやぁ、やれないことはないんですけどね」

 

「おや、何やら事情がおありのようですね」

 

「天津飯ってのは、食べてる間にとろみがなくなるでしょう? とろみがなくなると、米粒かサラサラの汁に残されちゃいましてね。天津飯のタレってのは熱々のとろとろだから美味しいのであって、そうやって冷たくサラサラになってしまったタレにふやけた米粒ってのは美味しくなくて、残されちゃうんですよ」

 

「だからやめたと? 大層なこだわりだ」

 

「最後まで食べきって貰いたくて、行き着いたのがラーメンです。こだわりあってのことですよ」

 

「その割には、少しばかり量が多めですねぇ」

 

「卵は天津飯そのままの分量なんでね。あ、すいませんねお客さん。お待たせしました、追加の餃子とライスです」

 

 

 

 お椀にこんもりと盛られたライス。まるで二つのお椀を重ねて載せたように成形されている。

 

 

 

「むぐむぐ、はふっ」

 

 

 

 湯気の立つ白飯を餃子と共に掻っ込む。口の中で暴れる熱さに汗が出てくる。しかし、こうでなくては。

 

 

 

「はふはふっ、ずるずるっ」

 

 

 

 次第にとろみがなくなっていく天津ラーメン。しかし、とろみがなくなると下の方に溜まっていたあっさりとしたラーメンのスープと混ざりあって、実に喉の通りのいいあっさりとしたスープに変わる。

 

 餃子とライスを頬ばって、天津ラーメンのスープで流し込む。元々天津飯の味付けだ、普通のラーメンのスープより奇妙な親和性がある。

 

 あれだけあったはずのライスと餃子、それにラーメンがあっという間になくなってしまった。

 

 

 

「げふぅ」

 

 

 

 しかし、満足感は体感時間以上のものがある。時間を忘れさせるほどに美味かった。ああ、今日はいい店を見つけたものだ。

 

 ただ、天津飯も食べてみたいとは思わされた。あの店主に作ってもらうのは叶わない夢かもしれないが。

 

 

 

「ご馳走様」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 店の前に灰皿があったので一服する。こういう昔の「味」が残るメシ屋はこういうスペースを当然のように設けていてくれて助かる。

 

 周りを見れば、やはり活気はない。廃れていく商店街に近いものを感じる。角砂糖のない場所に蟻は列を作らないということか。商売柄色んな場所を回ったものだから、何となく分かる。このままではこの店は危ない。

 

 

 

「いい店なのになぁ」

 

 

 

 天津飯が食べられないことを除けば。

 

 

 

「どうします、ヒューム」

 

「全軒回ったが、この通りは潰すには惜しい」

 

 

 

 店の前で先程の老人二人が何やら話している。地上げ屋か何かだろうか。それにしては燕尾服はおかしなものだが。

 

 

 

「川神駅周辺の開発、ラゾーナやチッタの影響で廃れていくところは多い。だが、ここはまだ救える」

 

「ある程度の援助が必要ですね。皆さん達観されていますが、意欲だけは失われていませんでした」

 

「しかし、繁盛させすぎては逆に失敗してしまうだろう。知る人ぞ知る場所として発展させるべきだ」

 

「極東本部の面々もここならば納得するでしょう」

 

「そうだな。「こだわり通り」とでも命名して観光課と話合わせておくか。ある程度は口コミが広がらねば、この時代立て直しは難しいからな」

 

「では、そのように手配しておきましょう」

 

 

 

 良く分からないまま二人の背中を見つめる。鈍りに鈍ったこの目でも、あの二人が相当の手練だということはわかった。体つきからして異様だ。

 

 

 

「……役所のお偉いさんにしては、出来すぎてるな」

 

 

 

 尤も、このザマじゃこれ以上関わり合うことはないだろうけど。

 

 

 

「ふー……」

 

 

 

 知らぬが仏だろう。

 

 タバコを潰し、店の名前を覚えておいてその場を立ち去った。

 

 その一週間後、「こだわり通り」なる裏路地の人気スポットができ、なんでも屋から天津飯を作らず天津ラーメンを作る奇妙な中華料理屋の名前を聞く事になるとは露知らず。

 

 

 

 





 深夜にステーキ作ってるスレを見せられるといけませんね。
 深夜にチャーハン作ってるスレを見せられるといけませんね。
 深夜に親子丼を以下同文。
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