寺次優衣子と社幸華に関すること   作:藍沢カナリヤ

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クトゥルフ神話TRPG『ねむるアクアリウム』のネタバレを含みます。
通過者もしくは視聴済みの方のみお読みください。


6 ねむるアクアリウム【深く暗い海】

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 波のない水槽で何かが揺蕩う。揺らぐ水を何かの影が通り過ぎていく。溢れそうになる何かに私は気づかなかった。

 

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 意識の底。遠くから聞こえる笛の音に私はゆっくりとまぶたを開けた。けれど、なにやら一面真っ暗で、なにも見えたものじゃない。暗闇に目が慣れ始める寸前、不意に明かりが灯る。藍色に染まる室内。 静寂の中で唯一聞こえる低いモーター音。 壁に埋め込まれたアクリルガラスと、その向こう側を満たす水。 様々な種類の魚が泳ぎ回り、私の傍を通り過ぎていく。

 私が目覚めた場所、それは水族館だった。

「私、どうしてこんなところに……」

 ポツリと呟いた私の声は、館内に小さく響いて消える。人の気配はなく、しんと静まり返った館内にたった1人佇んでいるなんて、いつもの私なら恐怖に襲われていたと思うわ。でも、不思議と落ち着いてた。なぜこんなところにいるのか心当たりもないのにね。

「……えぇと……」

 辺りをキョロキョロと見渡す。いつまで経っても館内は暗いままで、水槽を照らす本当に小さな明かりだけが点灯していた。床は青く染まり、水中との境目があやふやに感じられる。 その他の作りは普通に水族館と変わらない。どこにでもありそうな風景ね……って、あれ?

「…………何かしら?」

 ふと視界の端で何かが動いた気がした。そちらへと視線を向けるも、何もない。きっとただの魚の影よね。頭を切り替え、近くの壁に貼られていたフロアマップに目をやる。エリアごとにメインとなる魚が変わるみたい。熱帯魚、ウミガメ、大水槽、クラゲ、深海。5つのエリアを一方通行で巡る。なんの違和感もないどこにでもあるような水族館。前にさちと行ったーー

「っ、ううん……だめ」

 ブンブンと頭を振り、その考えを追い出した。今は考えたくない。考えちゃだめ。

「……進めばきっと誰かいるわよね」

 自分を奮い立たせるように、独り言を口にして、私は先へと進もうとする。すると、カツンと音が響く。何かの足音? その音がなんなのか理解する前に、音の主は水槽の影から現れた。

 

「ゆいこ!!」

 

「……!!」

 私の名前を呼ぶその人はーー

「ぁ……さ、さち……」

 さちだった。今、一番私が会いたくて、会いたくない人。彼女は有無を言わさず、突然私のことを抱き締めてきて。

「よかった…ゆいこ……」

「!? な、え……!?!?」

 いきなり現れたさち。未だに状況が呑み込めない私は慌てながらもフリーズするしかない。と少しして、

「って、そうだ! ゆいこ、怪我とかしてない?」

「へ? あ、え? 怪我はしてないと思うけど……」

 唐突に私を抱き締めるのを止めて、さちはそんなことを聞いてくる。水族館と怪我なんて程遠い事柄を結びつけてきたさちを不審に思う私。

「……何、どうしたのよ、さち」

 何かを知ってるのかしら。そう思って訊ねたんだけど、さちはだってとだけ答えて俯くだけ。

「だってじゃ、分からないわよ……何かあったの?」

 そう聞いた私だったけど、彼女がそんな調子なこともあり、つい同じように俯いて しまった。たぶんそれにさちは気づいたみたいで、誤魔化すようにわざと明るく言う。

「あー、そのほら! こんな夜の水族館にあたしたちだけって、かなり不安だったから! ついそんなこと言っちゃっただけ!」

 さらに、彼女は続ける。

「ほら、この間の博物館でのこともあったし!」

「確かに、そんなこともあったわね。博物館では散々だったし、水族館でもおんなじ目に合わないとも限らないか」

「そうそう。博物館でも怪物に……あっ……///」

 不意にさちの表情が変わった。顔を赤くして、何かに照れているようなーー

「っ」

 フラッシュバックする。つい先日、さちに問い詰めた時のあの表情を。キスをしたと、そんな良い人ができたという彼女の言葉を。心が、削れる感覚。胸が痛い。けど、

「……さ、きに進めば、誰かいるかもしれないし……早く行きましょ」

 悟られるわけにはいかないもの。もしこの感情が、汚い感情をさちに知られてしまったら、きっと私はさちの側にはいられない。そんな思いが止まりそうになる私の歩を進めてくれる。

「あっ、ま、待って、ゆいこっ!」

「……!」

 それを引き止めるのは他ならぬさちで。先を行こうとする私の手を掴み、私はビクリと肩を揺らしてしまう。

「ほら、足元暗いし……手繋いでかない……?」

 そんな私の内心なんて察してくれないさちは、そんなことを言ってくる。以前までと変わらないように。

「良い、けど……でも、私と手を繋いでいるところを万が一誰かに見られたら、まずいんじゃないの?」

 うつむき、それだけを返す。できるだけ平静を保って……いれるかは分からないけど。それでもそう聞く。さちには良い人がいるんだ。だから、私がそれを駄目にしてはいけない。そうなってしまったら私はさちの側にいる資格がなくなっちゃうもの。

「え? な、なんで?」

「……だって、私だったら嫌よ。自分の…………」

 さちの無神経な質問への返答はモゴモゴと詰まる。その先の言葉はきっとさちには伝わってない。自己嫌悪でぐちゃぐちゃになる心。今、顔を見られたくなくて、私は下を向いたまま。

「ねぇ、ゆいこ」

「……うん」

「お願い、手握っててほしい」

 それはいつになく真剣な口調で。顔を見なくても……ううん、顔を見ないからこそ分かる。

「…………わかったわよ。さちが、そこまで言うなら」

 彼女と目を合わせずに応え、ほんの少しだけ抵抗していた手の力を抜いた。

「うん、ありがと。じゃあ、とりあえず先に進んでみよ?」

「うん」

 

ーーーーーーーー

 

 無言で通路を進む。そして、通路を抜けた先、少し開けた場所。熱帯魚のエリアだったかしら。ここも薄暗くて、水槽から漏れる明かりだけがぼんやりと辺りを照らしていた。 壁に水槽が埋め込まれているタイプだからか、さっきの場所よりも見通しがいい。だから、先へ進むための通路が見当たらないことにも気づいた。ただ、さちはそれに気づいてないのか、普通に水槽に近づいていく。水槽越しに中の魚を見て、

「わー、綺麗だよ、ゆいこ! 熱帯魚ってだけあってカラフルだー!」

「……そうね。綺麗ね。プレートがちょっと読みづらいけど……」

 普通の水族館だったら、照明は暗くてもそれぞれの魚の特徴が分かる説明プレートが読めるようになってるはず。よりこの場所の異常さが際立っていた。

「うーん、そうだねぇ。ゆいこは水族館に来たらこういうプレート読むタイプ?」

「そうね。その方が理解も深められるし……話のネタにもなるじゃない?」

「ふむ、それは確かに! あたしは興味ある魚だけーって感じなんだよね。んー、そうしたらなんとか読めないかなぁ?」

 訝しむ私と対照的に、のんきにそう言うさち。

「まぁでも、別に……今はもう、読まなくても良いから……とはいえ、先にも進めなさそうだし……」

「あ、ほんとだ。順路らしい順路もないね」

 どうしていいか分からず、水槽を見て回る。そんな中、ふと一匹の魚が目に留まった。オレンジ色の体に黒と白のラインが入った海水魚……クマノミだったかしら。体を左右に揺らしながら柔らかく泳いでいる様子をつい足を止めて見ていると、まるでこっちの視線が分かってるみたいに、クマノミが正面から見つめ返してきた。そして、

 

「<問い>」「<水族館は好き?>」

 

「「!?」」

 エリアに響く声。さちでも私でもない声。声の主はたぶん目の前のクマノミで。

「わぁ!? び、びっくりしたぁ!?」

「ほ、ほんとう……今どきの水族館は凝ってるのね」

 ふと頭を過ったのは、この間の博物館でのこと。けど、その可能性考えないように、そんな的外れなことを口にする。そう思わなくてはやってられない。

「<問い>」「<水族館は好き?>」

 再び声がした。クマノミはまだ私達の方を見つめてる。つまり、これは答えろってことかしら。水族館、水族館は……。

「落ち着いていられるから、好きな方よ」

「うん、あたしも好きだよー! 色んな魚見られて楽しいから!」

 私とさち、各々答える。それに満足したのかクマノミはまたゆらゆらと泳ぎ出した。

「?」

 視界の端に違和感。キョロキョロと周りを見渡すと、さっきまではなかった通路ができていた。側には順路の表示もある。

「あれ? さっきまではなかったのに、通路できてる?」

「問いに答えると、通路ができる仕組みなのかしら。遊園地のアトラクションみたいね」

「ねー! こういうの楽しいから好きー! ゆいこはー?」

「……そうね……好きよ。普通に見て回るより楽しめるもの」

 そんないたって普通の会話を交わす私達。だから、

「うんうん。今度、遊園地とかも行ってみる? 待ち時間長いのは好きじゃないけど、ゆいことなら楽しいだろうし!」

「っ」

 何気ないその言葉が私を傷つける。勿論、さちが悪いなんて思ってない。こういうところがさちのいいところな訳だし。それでも少しだけその無神経な提案に、言葉の棘が出てしまう。

「……そういうのは、私じゃないちゃんとした相手と行くべきよ」

 愛想悪くぶっきらぼうにそう言って、私は歩を進めた。

 

ーーーーーーーー

 

 通路の壁には順路を示す矢印と『ウミガメエリア』と書かれたプレートが表示されていた。 この暗さに慣れてきたみたい、特に転ぶようなこともなく、先へと進める。そして、なんの問題もなく辿り着いた『ウミガメエリア』。水槽の配置は大きくは変わらなくて、ただひとつ他よりも大きな水槽が、目立つように設置されている。まぁ、十中八九ウミガメ用の水槽でしょうね。さちもそう思ったのか、水槽に近づきながら言葉を交わす。

「この水槽、ウミガメ専用っぽいねー。ウミガメだけで丸々ひとつの水槽準備されてるのすごいね、ゆいこ」

「ええ、ウミガメだけにこんな大きな水槽だなんて…………」

「? ゆいこ?」

「……あ、えぇ、すごいわね」

 笑顔を向けてくれるさちに、同じく笑顔を返そうとしても……上手く作れないのを自覚してしまう。ああ、こんなんじゃ駄目なのに……。このままじゃ、さちが離れていってしまう。どうしたら、どうすればいいの……?

「っ」

「ゆいこ……?」

「………………」

「…………ねね!」

「あ、うん」

 くいっと手を引かれ、さちが呼んでいたことに気づく。なに?と答えると、さちは早速見て回ろうと提案してきた。断る理由もないし、それを受け入れる。2人でゆっくり見て回る。タコやチンアナゴとかのメジャーなところから、水族館ではあまり見かけないイカの姿もいる。例の大きな水槽には、数匹のウミガメがゆったりと泳いでいた。その中の1匹が私達の目の前にまっすぐやって来て、鼻先を水槽に押しつけた。そして、

 

「<問い>」「<暗闇は好き?>」

 

 クマノミに続いて今度はウミガメにそう訊ねられる。

「おぉ!? また質問だ……うーん、暗闇、暗闇かぁ……あたしは苦手かなぁ?」

 実直にさちはそう答え、私に振る。少し考えた後、私は口を開いた。

「私は……1人になれるから、嫌いじゃないわ」

 これは私の素直な気持ち。そもそもさちと違って、私は大勢と関わるような性格じゃない。明るい場所の似合うさちと暗いところが落ち着く私。そもそもが違うのよ。分かってる。だから、私は選ばれなかった訳だし……。

「……あっ」

 ふと視界が一層暗くなる。比喩でも体調から来るものでもなく、天井を見上げれ、元々ほとんど点灯していなかった照明が、さらに消えていた。まるでそれは私の回答に応えてくれたよう。そんなことあるわけないけれど。

「あ……また……」

 また、違和感。いつの間にか通路が現れている。やっぱり、そういう仕掛けなのかしらね。

「……行こっか?」

「うん」

 通路へ足を向ける。

「…………あれ?」

「さち?」

「ん、あぁ、なんでもない。気のせいだったかも」

「……そ」

 さっきよりも暗いからか足元が覚束ない。

 頭がずっと重い。ああ、私はどこに向かっているのだろう。ふと錯覚してしまう。このまま進む先、そこは深海へ繋がっているんじゃないかしら、と。

 

 このまま、深く暗い海へと私は沈んでいくのだろうか。

 分からない。何も、分からない。

 

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