寺次優衣子と社幸華に関すること   作:藍沢カナリヤ

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6 ねむるアクアリウム【共振】

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 揺れる水面。その波形にあたしは気づかない。

 ただ、ひとつの波が、もうひとつの波を引き連れてきて、やがては共振する。内で揺蕩う細波は共に揺られて大きくなる。ゆらゆら、ユラユラと。

 

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 この通路を進めば『大水槽エリア』。通路の壁には前のエリア間でもそうだったように、進行方向を示す矢印と『大水槽エリア』と書かれたプレートがある。 進む度に通路幅は広がっていて、この先のエリアが一番の目玉なんだろうと容易に予想できた。

「お? ひらけてきた?」

「……そうね。『大水槽エリア』には何がいるのかしら」

 さちの言葉に合わせた中身のない返答。

「そうだねぇ……色んな魚がいるイメージあるなぁ。そういえば、ゆいこって水族館は何回くらい行ったことある?」

 きっとさちは私の内心には気づいてないのだろう。にこにこと笑顔で聞いてくる。

「ほんの数回よ。それに出かけるとしても、ほとんどさちと一緒だったじゃない」

 後半は余計な一言よね。自分で言っていて、辛くなるのだから世話がない。もうこれからはそんなこともできなくなるんだろうと考えると、胸が締め付けられるようだった。さちは確かにそうだねと笑い、続ける。

「そしたらさ! 今度、ちゃんとした水族館にも行こうよ! なんかねー、海のすぐ横にあって、色んな海の生き物と触れ合えるところもあるらしいよ!」

「へぇ……楽しそうね」

「ちょっと遠いらしいからお泊まりになるかもだけど! ねね! そのうち行こうよ!」

「……ぇ、お泊りって……っ。だ、だから、そういうのは……っ」

 思わず言葉に詰まる。嗚呼、本当にこの人は……。なんて残酷なことを言うのだろう。なんて辛いことを私に言わせるのだろう。

「ほら…………早く見て回りましょう」

 泣きそうになる心を押し殺し、平静を保ったフリ。声が震えているのがバレないように、私は足早に歩き出す。だから、

「………………」

 私はさちが立ち止まっていることに気づかなかった。気づいたのは、彼女が声をあげてからのこと。

「………うん、いや、もうダメだ」

「さち?」

「すぅぅぅぅぅ……」

 目を閉じたさち。大きく息を吸って、

 

「ゆいこ!!」

 

 大声で、私の名前を呼んだ。思わずビクッと体を震わせてしまうも、なにって返すと、さちは真面目な顔をして言う。

「いろいろ誤魔化してきたけど、こういうのあたしには合わないから! 改めて言うけどさ!」

 さちらしい快活さ。私もそれに倣うように、無意識に背筋を伸ばしていた。警戒もする。何を言われるのだろう、と。構えた私に投げ掛けられた言葉はーー

 

「えっと、キス、のこと…………ごめんっ!!」

 

「っ」

 そう言って、さちは思いっきり頭を下げた。心から謝っているのが、分かる。

「きっとあれ以来避けてるんだろうなとは思ってたんだけどっ、改めて言う勇気がなくてっ」

「……っ……な、なんで私に謝るのよ!!」

 彼女の謝罪に対して出てきたのは怒りに近い感情。私は無意識に語気を強めて叫ぶ。声が夜の水族館、明かりのない通路に反響して、やがて消える。

「だ、だってっ!」

 さちの表情は見えない。なぜなら私は俯いたままだから。今、さちの顔を見ることなんてできない。できるわけない、でしょ……。

「…………さちが良い人を見つけたことを、喜ぶべきで……距離を離すべきだってことも、分かってて……」

 黙ろうとして、でも、どうしても口からこぼれ落ちる言葉。本心がポロポロと落ちていく。分かってる。悪いのは私なの。さちのことを素直に祝福できない私が悪いんだ。

「だから…………っ、謝らない、でよ……」

 声が掠れてしまう。溢れ出る涙をどうにかこらえる。俯いて、責める。自分の愚かさを。

「え、え? あ、あれ? ち、ちょっと待って、ゆいこ?? 良い人……って、なんのこと?」

「キスするくらい、良い人、できたんでしょう」

 口にするのも嫌な事実。けれど、さちの幸せを思えば……ううん、それでもっ!

「なのに、私っ……喜べないのっ。そんな自分が、嫌いで……」

 嫌いだ。嫌い嫌い嫌い嫌い。大切なさちの幸せを祝福できない、こんな汚い私はーー

 

「大嫌い……ッ」

 

 瞬間、視界が歪む。ぼやけて潤む。手にも足にも力が入らない。感覚がない。ただ感じるのは荒くなる呼吸と今にも零れそうな涙だけ。

「……えっと……ゆいこ……」

「……っ」

 さちは私の名前を呼んで、頭を撫でてくれる。その手はあったかくて優しい。けれど、この手を私は受け入れるわけにはいかない。今すぐ手を振り払ってーー

「あ、あのさ、ちょっと待ってよ。あたし、他の人とキスなんてしてないんだけど……」

「………………へ?」

 想定外のさちの言葉に、私は顔をあげた。

「あたし、良い人なんてできてないし、そんな人とキスなんてしてないよ?」

「え? え??」

「だーかーらー! そんな人いるわけないじゃん!?」

 突然すぎる告白に、私の頭がバグる。涙も引っ込む。え、でも、だって、と声にならない疑問符が浮かんでは消えて、頭はぐるぐると回る。それからやっと私はそれを聞くことができた。

「……じゃあ、誰とキスしたの……?」

 忘れる訳がない。キスをした。それはさちから言ってたことだ。その発言について問うと、さちははぜか目を反らす。

「あ…………え、えっと……ですねぇ………」

「……さち?」

 彼女らしくない、煮え切らない態度。目を反らしたり、人差し指を合わせ、くるくると回したりしている。やがて、

「………………ぃこ」

 ポツリと私にも聞こえない声で、何かを呟くさち。なんと言ったのか聞き返すと、さちは目をギュッと瞑ったまま真っ赤な顔をして叫ぶ。

 

「~~~~っ、ゆいこだよッ///」

 

「……………………え」

 それはもう、大きな声だった。通路に反響して、否が応でも聞こえる。きっと通路の先の部屋にも聞こえたであろう声だ。でも、私は聞こえなかった、ううん、理解できなかった。だから、もう一度問い返してしまう。

「だ、誰としたって…………?」

「だからッ! ゆいことしたのッ、キス!!」

「え……あ、え…………私!?!?///」

 さちの言葉を理解した瞬間に、いつもは出さないような声を出してしまった。しかも、顔は火が出てるみたいに熱い。

 そんなの知らないわよ!? そんな記憶全然ない! 忘れてる、そんなことある!? 未だに混乱する私に構わず余裕の無さそうなさちは捲し立てるように言葉をぶつけてくる。

「言ったじゃん!? ゆいこに学校の屋上に連行された時に! 博物館で気を失っちゃったゆいこに人工呼吸したって! で、その息吹き込む前に意識取り戻したから、キスみたいになっちゃったんだってっ///」

 そ、そんなこと言ったっけ? 言ったよ!!

 そんなやり取りを交わし、やっと少しだけ落ち着いた私は、恐る恐るそれを再確認する。

「え、じゃあ、さち……他に良い人ができたわけじゃないの……? 恋人ができたわけじゃ、ない……?」

 その問いにさちは全力で答える。

「できてないよ! それどころか、ゆいことのキスがファーストキスですけどっ///」

「!」

「あ~~っ、もうっ/// 顔、あついっ!!」

「ふぁ、ファーストキス/// ……ぁ……わ、私も……ファーストキス、だわ……」

 力が入らない。けど、さっきとは明らかに違う、ふわふわしたような感覚だった。そんな状態だったからでしょうね。

「て、え、待って。じゃあ、ゆいこがあたしのこと避けてたのってキスされたのが嫌だったとかいう理由じゃなかった、ってこと?」

「ちがっ! さちに私以外の恋人ができたことが嫌で、どうしても嫉妬しちゃうから避けてただけ……で…………あっ!?」

 慌てて口をつぐんでも、もう遅い。油断してた。さちに好きな人がいる訳じゃないのねって安心してて。さちにキスされたことを嫌がってるなんて誤解されたくなくて。だから、口が滑ってしまった。

「え、えっと、嫉妬……? それに私以外って…………ゆ、ゆいこ、それってどういう……?」

「い、今のは、その……わ、忘れて! 忘れてくれて、良いから……!!」

 さちの視線から隠れるように、手で顔を覆う。

「………………」

「…………///」

 2人の間には沈黙が流れる。永遠にも感じられる時間。それを絶ち切ったのはさちで。

「……………………ほんとに? ほんとに忘れて……いいの?」

 そう、訊ねられる。

「だ、って…………さちを、困らせて……離れて、いっちゃうかも……しれない……」

「…………」

「…………」

 勇気のない私は、彼女の顔を見ずにそれだけを答える。またも流れる沈黙の時間。やがて、さちが口を開いた。

「…………ね、ゆいこ」

 聞いて、と静かにさちは語り出す。

「正直さ、あたしは恋とかよく分かんない。でも……ゆいこといるととっても楽しいし、嬉しい。守んなきゃっても思うし、側にいたいと思うよ」

 その口調は優しい。

「だからね、あたしがゆいこから離れてくなんてこと絶対ない。困んない……ううん、困らせてほしい」

 でも、確信しているようでもある。

「…………ゆいこ」

 名前を呼ばれた。同時に、私の両肩に触れる彼女の細くしなやかな手のひら。彼女と向き合う形になる。自然と顔が上がり、目が合う。

「だから、ちゃんとゆいこの言葉も忘れないし、ゆいこの気持ちも教えてほしい」

 分かってしまう。さちの言葉に嘘偽りはひとつもない。ただ私だけを見て、私の言葉を待ってくれている。私の目の前にいるのは、強くて、綺麗で、まっすぐで、私が恋焦がれている大好きな女の子。彼女を前に、もう誤魔化すことなんてできなかった。たどたどしい言葉で、私は紡ぐ。

「…………さち……わ、私、……私、ね……」

 

「さちのことが、好き」

 

「……友情とか、そういうのじゃない……特別な、好き、なの」

 一度口にしてしまえば、止まらない。私は心に浮かんだままに、言葉をただ並べていく。

「ずっと、ずっとずっと、好きだった。他の子と仲良くしてるだけで心が痛くて、モヤモヤして、苦しくて……全然、綺麗じゃない感情だって理解してるのに…………ずっと、捨てられなくって…………」

 これは独白だ。独り善がりな罪の告白。綺麗な彼女に、汚い私を曝して、なお側にいたいという身勝手な告白。重いと引かれてしまうかもしれない。もしかしたら、嫌われるかもしれない。気持ち悪いと離れていってしまうかもしれない。それでも止まれず、溢れていく。

 

「さち、好きよ……大好きなの。こんな陳腐な言葉じゃ足りないくらい、心の底から……さちを、想ってる」

「こんな私を、許してくれる? これからも、ずっと……離れないで、いてくれる……?」

 

 告白と懺悔。許しを乞うた私は、彼女からの審判を待つ。伝えるのに必死で気づけば、さちは私の言葉を聞いて、黙ってしまっていた。なにか、言葉を探しているような様子も見える。そうして、2、3分くらいして、やっとさちは口を開いた。

「……ごめんね、ゆいこ。あたし、恋ってやっぱり分からないよ」

「っ、そ、そっか。ならっ!」

「……でもね」

 さちの話を遮ろうとした私を、さちは止める。それから私の目を見て告げる。

「ゆいこがこうして気持ちを伝えてくれて……好きって言ってくれて……すごく胸のなかがあったかいんだ。あったかくて……ドキドキして……でも、イヤじゃない」

「!」

 そう言って微笑むさちから伝わってくるのは本心。こちらを傷つけないよう誤魔化してるわけでも、うやむやにしようとしてるわけでもない。さちの本当の気持ち。さちは、まだこの気持ちのことちゃんと分かんないけど、と前置きをした上で、続ける。

 

「うん……あたしも、ゆいこのこと好きだよ」

 

「…………! その、好き、っていうのは……友だちとしてじゃなく……私と同じだって、思って、いいの……?」

 この期に及んで浅ましいとは思う。それでも確認せずにはいられなかった。だって、さちからそんな風に言ってもらえるのなんて、まるで夢みたいなんだもの。だから、その言葉を確かめるように、無粋にも聞いてしまった。そんな私の質問に、だから、まだちゃんと分かんないんだってと少し困ったように笑った後、さちも質問をしてきた。

「あのさ、ゆいこの言う『好き』って……キスとかしたくなっちゃう……やつ、でしょーか?///」

「そっ……そう、よっ! ……キスとか、そ、それ以上だって、したくなっちゃう『好き』よ……///」

 照れたら負け。そう思いつつも自分の結局は照れてしまう。謎の敗北感にうちひしがれている私に、さちは顔を赤らめながら言う。

「なら、うん……あたしの『好き』も、ゆいこと同じかも……。だって、好きって言ってくれたゆいこに今、すごくキス……したい、ですっ///」

「ほ、本当に?」

「う、うん……」

 頭がフワフワしてる。さちからそんなことを言ってくれるなんて、信じられなくて。だから、信じさせてほしくて。

「………………っ」

 私は両目を閉じ、待つ。ぎゅっと抱き締められた感覚の後、間もなくその瞬間は訪れた。

 

「ん……っ」

 

 映画でみるような情熱的なものではなくて、唇を触れ合わせる子供っぽいキス。重ね合わせた時間も決して長くはない。それでも私には永遠に感じた。どちらからともなく、離れる。目と目が合い、

「えへへ」

「ふふっ」

 笑い合う。

「これが『好き』ってことなんだね、すごくふわふわしてる」

「……そうよ、これが『好き』なの。ふわふわしてて、それで……相手を想うだけで、心臓が高く脈打つの」

 知ったような口を聞いてるけど、自分の心臓が過去最高の速さで脈打ってるのがわかる。

「わ、わぁ、わぁぁぁぁっ!! うぅぅぅ、なんだこれぇ……胸の奥がむずむずするぅ……///」

「ふふっ、私も同じよ」

「……えへへぇ、なんだか頬がゆるみっぱなしになりそう」

 そんな風に微笑んでくれるさちを見て、私の心はじんわりとあたたかくなった。鼓動の速さも心地よく思えてくる。不思議ね。

「私も。えへへ……さちと両想いになれるなんて、思いもしなかったから…………うん、嬉しいっ」

 また見つめ合って微笑む。

「ふふっ、キスするほど良い人、できちゃったねぇ」

「そ、そうね……なんだか、少し恥ずかしくなってきたわっ」

 にししと悪戯っぽく笑うさち。恥ずかしいことを言ってくるさちからぷいっと目を反らす。そんな私を見て、

「恥ずかしがるゆいこもかわいいなぁ」

 さちは私のほっぺたをつっつく。されるがまま、けど、ポツリと呟く。

「…………さちの方が可愛いわよ」

「んー? なにか言ったー?」

「な、なななんでもない!」

 思わず洩れた私の声は、どうやらさちには聞こえてなかったみたい。ほっと胸を撫で下ろしつつも、少し寂しいと思ってしまう私は、現金で強欲、なんでしょうね。

「そ、それよりほら、せっかく恋人になれたんだし……水族館デート、しましょ」

 誤魔化すようにそう言うと、水族館デートという部分に反応するさち。いい響きだぁ、とにこにこしてる。本当に可愛いわね、私の……恋人…………えへへ///

「ま、まぁ? ここがどこの水族館か分からないのだけは不気味だけど、とにかく行きましょ」

「あ…………うん、そうだねぇ」

 そこで少しさちの表情が強張ったことに私は気づかなかった。すぐにさちが明るい口調で、早く行こうと言ったのも原因かしらね。

 ともかく、私達は通路の先、『大水槽エリア』へと向かう。

 勿論、互いの手をきゅっと絡ませ合って。

 

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