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少し歩くと、近所の公園に辿り着く。頭の中に浮かんだ場所で一番近かったのがここだったから。もちろん、近所だし、2人で何度か来たことはある場所。さっきのイチョウ並木と違って、灯りはあるからさっきよりも紅や黄色を感じた。『紅葉狩り』に行くっていう当初の目的は果たしたけど……。
「パパ、いないなぁ……」
隣にいるのはさちじゃない。いや、たぶんさちではあるんだけど、さちではなくて……とにかくデートするはずだった相手ではない。めちゃくちゃ可愛いは可愛いけれど。
「そうね……パパはもちろんだけど、他に人がいなさすぎるわね」
「だれもいないね」
「えぇ」
驚くことにというか、やはりというか道中人っ子1人すれ違う人はいなかった。さっきの犬や道を横切るタヌキなんかはいたけど、とにかく人がいなかった。十中八九、そういうーー
「あ!」
パッと私の手を離したさちちゃんは、タタタと近くの紅葉まで駆けていき、しゃがむ。振り返った彼女の手には、1枚の綺麗な赤い葉が握られていた。
「見て見て! キレーなもみじ! まっかっか!」
「そうね。さちちゃんの瞳とおんなじ色で、とてもキレイね」
「えへへ、ありがと! ゆいこおねーちゃん!」
状況も状況だから、警戒をしなくてはいけないのは分かってる。けれど、紅葉を純粋に楽しむさちちゃんの姿を見ていると、そんな気も緩んでしまう。
「さちもねー、赤いの好き! 秋~ってかんじがするもん!」
そう言って、にこっと笑うさちちゃん。その笑顔が不意に彼女と重なって見えて。だから、
「……私も、赤いのが好き。私の大好きな人を思い出す色だから」
「…………」
そんな風に私は返していた。
「ねぇねぇ、ゆいこおねーちゃん」
「え、なぁに、さちちゃん?」
「ゆいこおねーちゃん、その人のこと大好きなんだね!! とってもやさしいお顔してた」
そう言って笑うさちちゃん。
「えっ? そ、そうかしら///」
「うん、とってもぽわぽわしてたよー!」
「そ、そっか……///」
自分の顔をぺたぺたと触り、確かめる。緩んでたってこと、かしら。そんなつもりはなかったのだけれど。相手はさちではない。でも、さちなのだから……うぅぅ、なんか照れくさい。
「“ねぇ”」
「「っ」」
不意にかけられた声。既視感があった。声は上の方から聞こえててそちらを見れば、そこには『カラス』がいた。こちらを見下ろして、言葉を続けてくる。
「“あなたは戻れる。元の姿に”」
カラスは『あなた』と言った。その視線は、さちちゃんのことを捉えているように見えた。
「? 元の姿? ねぇねぇ、ゆいこおねーちゃん。あのカラスさん、さちのこと見てた」
「そう、見えたわね」
言いたいことだけ言って、カラスは飛んでいく。普通のそれと同じ鳴き声をあげて。
「元の姿……? なんだろ?」
「…………」
腕を組んで首をひねるさちちゃん。それに対して、私は確信した。
元の姿っていうのは、きっといつものさちのこと。つまり、今ここにいるさちちゃんはさち本人で、きっと何かしらの原因で小さくなってしまったのだろう。それが一体なんでかは分からないけれど。
「…………どうやったら戻れるかまで教えてくれればいいのに」
そんなことをポツリと呟く。さっきの黒い犬もカラスも、まるでこちらを導くようだった。敵意や悪意の類いはない、のかしら。考え込んでいると、同じく何かを考えていたさちちゃんが声をあげた。
「元の姿……もしかして、さちにそーゆーのがあるのかな? あ、ツルさん!?」
「……鶴?」
いきなりの発言にオウム返しすると、さちちゃんはにこりと笑って言う。
「ほら! ツルの恩返しってあるでしょ! あれで女の人、ツルだったから! そしたら、さちも実はツルだった……とか?」
「ああ、なるほど」
子供だとそういう発想になるのね。私は彼女に鶴かは分からないけれど、と前置きをして告げる。
「さちちゃんが元の姿に戻ったら、さっき言っていた『すごい人』に会えると思うわよ」
「ほんと!?」
「ええ」
だって、本人だし。言わないけど。
「って、おねーちゃんはもしかして、さちの元の姿知ってるの?」
「え、あっ、うん。私の予想が正しければ、ね?」
「そっかぁ」
そこまで言って、さちちゃんは一瞬うつむく。なにかと思って、彼女の名前を呼ぶと、バッと顔をあげるさちちゃん。その表情からは、なにやら決意のようなものを感じて。
「さち、ちゃん?」
「ね、ゆいこおねーちゃん!
「うん」
「もし……もしね! さちが元の姿に戻っても嫌わないでね! さちがツルさんでもだよ!」
「………………ふふっ」
バカね。嫌わないわよ。だって、私はあなたのことがーー。
「さちちゃんが例え鶴だったとしても嫌ったりしないわよ。むしろ、元の姿に戻ったさちちゃんのことをすっごく好きになる可能性の方が高いんじゃないかしら?」
「ほんと??」
「ええ」
さちちゃんににこりと笑顔を向ける。すると、彼女はさらに訊ねてきた。
「じゃあ、じゃあね! さっき言ってた大好きな人とどっちが好き??」
「……もし、さちちゃんの元の姿が私の予想通りだったら……おんなじくらい、好きよ」
というか、おんなじだしね。
「おー! それってすごいね!! さち、だいしゅせだ!!」
私の答えを聞いて、はしゃぐさちちゃん。可愛い。
「ふふ。じゃあだいしゅっせするために、元の姿に戻れる方法を探しましょうか?」
「うん!」
弾けるような笑顔の彼女と手を繋ぎ、次の場所へと歩を進めた。
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参道、といえばいいんでしょうね。見上げるほどに続く石段と左右からその石段を囲うように植わる赤や黄色、色とりどりの紅葉樹。頭の中に浮かんだ地図によると、この先に例の『永遠の紅葉樹』があるはず。
「…………ふぅ」
「ダイジョブ、ゆいこおねーちゃん?」
「ええ」
私の背中で、さちちゃんがそう訊ねてきた。というわけで、私はこの石段をさちちゃんをおんぶしながら登っているのである。というのも、この石段、本当に長かった。私でも疲れるくらいの段数に、当然途中でさちちゃんも疲れて座り込んでしまった。歩けるようになるまで待っててもよかったけれど、この紅葉の町もきっと何かの怪異ってことを考えると、少しでも早く脱出した方がいい。そうして、今の状況に至る。
「ゆいこおねーちゃん、重くない?」
「う、ううんっ、重くないわよ」
「………………」
「っしょ……ふぅ」
「……おねーちゃん」
「ん? なに?」
「おりる」
「え?」
ふと振り返ると、さちちゃんは少し眉を上げて、きりっとした風な顔をしていた。どうしたの、と聞くと、彼女は答える。
「さちもがんばるもん」
さちちゃんの言葉を受けて、私は彼女を降ろす。すると、
「ありがとう! ゆいこおねーちゃん!」
「う、うん」
「よしっ!」
ペコリと頭を下げて、さちちゃんは石段を登り出した。息を切らしながら、一歩一歩進んでいく。私もさちちゃんに歩幅を合わせて登る。
「…………えらいわね、さちちゃん」
「おねーちゃんもがんばってるんだから、さちもがんばんなきゃなんだ!」
「……そっか」
時々休みながら歩く。5分くらいは登ったかしら、やっと頂上?が見えてきたところで、また声をかけられる。
「“ねぇねぇ”」
見れば、今度は小さな『黒猫』。私たちのことを見上げながら、話しかけてくる。
「橋から水面の月を覗いてごらん。きっと君にとって◯◯な彼女は元に戻るよ。よかったねよかったね」
「!」
黒猫の口調はどこか優しげで、こちらを害してこようなんて雰囲気は一切感じなかった。いや、そんなのよりも、今の発言って!
「今度はねこさん! ねこさん、すき!」
そう言って、さちちゃんは黒猫と戯れる。やっぱり猫はもう喋る気配はなくて。なら、私がすべきは……。
「……ね、さちちゃん。お月さまを一緒に覗いてみない?」
そう提案すると、さちちゃんはすぐに頷いてくれた。
「ゆいこおねーちゃんのお誘いだからいーよ!! でも……お月さまってどうやってのぞくの? 見上げるものだよね?」
「そうね。水がある場所が見つかれば、お月さまが下に遊びに来て覗けるのよ」
「!! すごい! みたーい!!」
「ええ、一緒に見ましょ」
さちちゃんは黒猫に、ねこさんも見ようにゃー、なんて喋りかけていた。可愛い。
「ね、ゆいこおねーちゃん」
猫と遊びながら、さちちゃんはまた私の名前を呼んだ。なに、さちちゃん、と応えると彼女は続けた。
「さっきさ、ゆいこおねーちゃんが言ってた『大好きな人』って、おねーちゃんにとってどんな人なの? パパとか、ママ?」
「……パパやママとは違うわね……なんていうのかしら」
少し考える。なんと答えるのが正解なのかしら。さちちゃんと目が合う。その先に『彼女』の姿を見る。
うん、そうね。私にとって『彼女』は……。
「誰よりも傍にいたい人、かしらね」
「だから、その人が傍から離れると心が苦しかったりするの。でも……それでも、その人が傍に居てくれたのなら、それだけで幸せになれる」
「……そういう、特別な人なのよ」
独白。まるで告白ね。でも、これが私の飾らない想いだから。
「ほ、ほぇぇ……/// な、なんかすごく……んー、なんだろ……えへへ、なんか……うん、いいね……すてきだなって思った!」
私の言葉を聞いて、さちちゃんはそんな風に感想を言ってくれる。ふふっ、なんだか不思議な感じね。さちに「さちってどんな存在なの」って、改めて聞かれるなんて。
「うー! さちも、ゆいこおねーちゃんにそーんなに好きって思われてる人会ってみたい! 元の姿になったら会えるんだもんね! ほら、おねーちゃんいこ!!」
「ええ、行きましょうか」
一気に元気を取り戻したさちちゃんに手を引かれ、再び歩き出す。
「……きっと会えるわよ」
ポツリと言葉が溢れた。
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長い長い石段を登りきった瞬間、私たちの前に巨大な2本の紅葉が姿を現した。その樹たちは樹齢千年は超えているだろうか。今までに見たことのない2本の巨木。さらに、2本の間には川が流れており、そこに赤い橋がかかっていた。
これが『永遠の紅葉樹』なのね。
こんな場所が近所にあったなんて知らなかった。いいえ、知らないなんてことがあるのかしら。こんなに存在感溢れる場所を知らないなんて……。
美しい。そう思うのと同時に、言い様のない違和感に襲われてしまう。
「あ! ゆいこおねーちゃん!」
「え、あ、なに?」
呆けていた私と違い、さちちゃんは何かを見つけたようで指をさす。そちらを見れば、ちょうど赤い橋の下、水面に『満月』が映っていた。
「橋の下に『お月さま』だ! いこ!」
「……ええ、見に行きましょう」
2人、ゆっくりと橋へと歩を進める。辺りは一面の紅、紅、紅。紅が私たちを包み込んでいる。そんな錯覚に陥りそうな光景を身ながら、私たちは辿り着いた。赤い橋の上から、私たちは徐に水面を覗き込む。すると、そこには『満月』と自分たちの姿が映っている。そして、
「“あぁ、迷いこんだのは君たちか”」
「わ!?」
「なっ!?」
水面の私たちがこちらに声をかけてきた。驚く私たちに構わず、私たちは話し始める。
「“無事かな? とはいっても、君たちの声はこちらには聞こえてこないが”」
「”ふむ。今すぐ君たちを元の時代に帰そう。それにそちらの人間も元の姿に戻すことを約束するよ”」
「“簡単さ。その橋の上からこの水面へと2人同時に飛び降りればいい”」
「“なに、恐れることはない”」
「”ここでの記憶はまぁ、なくなってしまうかもしれないが、元の生活を送る上でなんら支障はないだろう”」
「“どうする?”」
そんなことを水面にうつる自分達が言ってきた。あぁ、やっとこの現象の解決法が分かった。水面の私たちからは悪意は感じなかった。恐らくだけど、道中に出会った動物と同じく、私たちを導くための存在、なのかしら。勿論、全面的には信頼できない。けれど、できることなんてそれ以外にないし。
「んー、さちには難しかった……」
「……ね、さちちゃん。お願いがあるんだけれど、聞いてくれる?」
頭がこんがらがっている様子のさちちゃんに話を切り出す。
「私ね、大切な人に会いたいの。でも、そのためにはここから一緒に飛び降りなければいけないみたいで」
「……っ」
そこで一瞬、さちちゃんの体が跳ねるのが分かった。けれど、止まらない。だって、今、私の目の前には『彼女』を取り戻す術があるのだから。
「怖いかもしれないけれど……パパとママにも、きっと会わせてあげられるから」
「ほんと……?」
「えぇ……だから、一緒に私と一緒にここから飛び込んでほしいの……できるだけ怖くないよう傍に居るから、傍に居て欲しい」
「どう、かしら……?」
あぁ、本当に思い知る。私はなんて自分勝手なのかしら。
さちちゃんが……ううん、『彼女』自身を怖がらせても、不安にさせても、それでも私は『彼女』を取り戻したいって思ってる。本当に自分勝手で、自分自身が嫌いになる。けれど、無理なの。『彼女』と離れてしまう、そう思うだけで、自分の心の底に居座ってるどす黒い感情に呑まれてしまいそうになる。
「………………」
「………………」
沈黙。さちちゃんは俯いている。彼女の体が震えているのには、私は気づいていた。気づいていたけれど、それでも止められなかった。
「………………わかった」
「!」
「ゆいこおねーちゃんと、いっしょにいくよ!」
「ありがとう、さちちゃん……」
そう言って、さちちゃんは笑った。けれど、体の震えは止まってない。当たり前よね、下に水があるとはいえ、それでも橋の上から飛び込むなんて正気の沙汰ではないもの。それをしろなんて……本当にーー
「でも、でもね? ぎゅーって抱きしめてて……?」
私の思考を断ち切る言葉。『彼女』の笑顔が私を引き戻す。黒い黒い感情から引き上げてくれる。あぁ、本当にあなたは……。
「もちろんぎゅーって抱きしめるわ。それで……ぎゅーってしながら、一緒に行きましょう?」
そのまま私はさちちゃんをぎゅっとした。
「えへへ、ゆいこおねーちゃんの、ぎゅー、あんしんする…」
「そう? 私もさちちゃんをぎゅーってしてると安心するから……おんなじ、ね」
「うん、おそろい……えへへぇ」
どのくらいそうしていたかしら。長いような、短いようなそんな時間の後、さちちゃんは笑う。
「……よし、いいよ」
「ええ…………絶対に、離さないから」
彼女を抱きしめたまま、私は橋の柵の上へと登る。コツンとおでこを合わせて、私たちはそこから飛んだ。
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「んんっ……あれ……私、いつの間に寝て……?」
ゆっくりと覚醒する。どうやら私は自分の部屋で、机に突っ伏して眠ってしまっていたみたい。テレビもついたままで、『紅葉』の特集をしていた。有名な紅葉スポットが紹介されている。
「え、と……」
なにか夢を見ていた気がする。だけど、思い出せない、わね。それにしてもいつの間に寝ちゃっていたのかしら。記憶をたどろうとしていると、
「んっ……あ、あれ?」
机の後ろ、ソファで声がした。そちらを見ると、ちょうどさちが起きたところだった。どうやらさちも寝てしまっていたみたい。
「あ、さち……?」
「ゆいこ……おはよ、あっ……///」
「ええ、おはよう、さち。って、どうしたの? 顔が赤いけれど……風邪?」
「ひゃっ!?///」
さちのおでこに手を当ててみる。まぁ、熱はないわね。いつもの体温とあんまり変わらなそう。
「べ、別にダイジョブだってぇぇ///」
「……無理しちゃ駄目だからね」
「う、うん。それよりさ、ゆいこ……そのぉ……あのさ、さっき見てた夢の内容とか……思い出せますか……?///」
夢の内容? よく思い出せないけど、なんで? そう訊ね返すと、さちは何故か赤くなってなんでもないと答えてきて。私の頭には疑問符が浮かんでしまう。なんなのよ?
「~~~~っ、ゆいこっ!!」
「わ!? なに、急に大声だして」
大きな声を出した割に、さちはうーんと考えてから、ふとテレビにさを指差して言った。
「も、『紅葉狩り』に行こう!」
ふーん、紅葉狩りね。確かに最近あんまり外に出てデートしてなかったし、いいかも?
「うん、良いわね、行きましょ」
私が提案に乗ったのを見て、少し安堵のため息を吐いたさちは、そのまま私の手を引いた。
「よし! 行こ!」
「ち、ちょっと急に!?」
手を引かれ立ち上がった瞬間、なにかが落ちる。拾い上げてみれば、それはーー
「あら、これ……『紅葉』?」
「……あっ…………フフッ」
紅く染まった『1枚の紅葉』を見て、さちは微笑んだ。何故かは分からないけれど、私もその『紅葉』から目が離せない。
「……ね、さち。これ、すごくキレイね?」
「……うん。まっかっかでキレイ、だね」
ふと彼女の笑顔が幼く見える。子供のような無邪気な笑顔に。
「ええ。私の好きな色に似ていて……好きよ」
『紅葉』の紅。そして、さちの瞳の紅がふと重なって見えた。綺麗ね、本当に。
窓の外、視界の端に『満月』が見えた。真昼に見えた『満月』は、ほんの一瞬だけ輝いて、いつの間にか消えた。
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END『月と紅葉』
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