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さちか『というわけで、数日間ゆいこと会えません』
紅葉狩りの1週間後のお話。あたしは見事に風邪をひいていた。普段は健康優良児なあたしだけど、一度風邪をひくと長引くことが多くて、今回もその例に漏れず長引いている。風邪っぴき2日目の朝、メッセージを飛ばすとすぐに返信が来る。
ゆいこ『大丈夫なの? お見舞い行く?』
さちか『うーん、今回は大丈夫。うつしてもやだし』
ゆいこ『今更じゃない? それに別に私は気にしないわよ』
さちか『あたしが気にする~』
ゆいこ『そ』
お大事に、のスタンプを見て、あたしはスマホを手放した。季節の変わり目ってわけでもないこの時期に、なんで風邪をひいちゃったかなぁ。
「……水に落ちたから、とか?」
ふと『紅葉樹』の世界でのことを思い出す。あの世界で、あたしは小さくなってた。小学校に入るか入らないかくらいの年齢で、しかも、ゆいこのことを完全に忘れていた。そんなあたしにもゆいこは優しくしてくれて……。
「……ゆいこおねーちゃん……ってイヤイヤイヤ///」
ふと口をついて出た言葉。あたしは頭を振ってその考えを追い出す。
なに考えてんの、あたし! あの世界でゆいこ、お姉さんぽかったなぁとか、眼差しから母性みたいなものが溢れ出てたなぁとか、あんな感じで甘やかされたいなぁとか。
「うぅぅぅ……変なトビラが開きそうだぁ……///」
日中で明るい部屋で、ひとり悶々としながら布団に潜るあたし。それが逆効果だったみたいで、ふとあの世界でのゆいこの言葉を思い出してしまう。
『誰よりも傍にいたい人、かしらね』
『だから、その人が傍から離れると心が苦しかったりするの。でも……それでも、その人が傍に居てくれたのなら、それだけで幸せになれる』
『……そういう、特別な人なのよ』
「あ、うぅぅぅぅ///」
あの時、あたしは隣で見ていたから分かる。彼女の想いの強さとそういう彼女の横顔の美しさ。小さくなって、記憶もなくなっていても尚惚れてしまうようなことを言うゆいこ。あんな言葉を浴びせられたら……しかも、それを本人は忘れてるんだから、余計にさぁ……うぅぅぅぅ。
「…………熱、上がってきたかもぉ」
頭がぐるぐるする。あたしは潜っていた布団から出て、ぷはっと息をする。少しひんやりとした空気が気持ちいい。時刻を見ると、もう11時。時間が経つのはあっという間だ。
「…………ちょっと、ねよ……」
目をつぶり、呼吸を整える。熱もあって、体が休息を求めていたみたい。睡魔は一瞬で襲ってきて、いつの間にかあたしは眠りに落ちたのだった。
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カチ、カチっと音が一定間隔で響く。その音に導かれるように、あたしの意識が浮上していく。
「………………ん」
目を開けると、いつもの見慣れた天井があった。窓から差してくる光はオレンジ色で、もう夕方なのだと分かる。どうやらお昼ごはんも食べずに寝ちゃってたぽい。
「っ、しょ」
汗をかいている。パジャマが肌にベッタリと貼り付く嫌な感覚を我慢しながら、あたしは体を起こした。
「あ、れ?」
不意に体に感じる重さ。風邪特有のやつじゃなくて、物理的な重さだった。なにかがあたしの上に乗ってる? 数日前にも不思議現象に合ったばかりだ。あたしは恐る恐るその重さの正体を確かめた。そこにいたのは、
「すぅ…………すぅ……」
「ゆいこ……?」
制服姿のゆいこだった。ベッドに上半身を預けて、寝落ちしている。えっと、もしかして……? 寝ているゆいこを揺らさないように、あたしはスマホを触る。昼頃にゆいこからのメッセージと今さっきお母さんからメッセージが届いていた。ゆいこのはちゃんと寝れてる、とか、ご飯ちゃんと食べなきゃ駄目よ、とか心配してくれるメッセージ。微笑ましい気持ちになりながら、お母さんからのメッセージも開く。
お母さん『お母さんもできるだけ早く帰るから、冷蔵庫に入れておいたおかゆ食べなさい』
お母さん『ゆいこちゃん、どうしてもお見舞い来たいって言ってくれたから合鍵渡したから』
お母さん『ちゃんとゆいこちゃんにお礼言いなさいね』
お母さんからのメッセージはそのくらいで、あとは最後に、にこにこしたスタンプとともに1文添えられていた。
お母さん『あと風邪ひいている間はくれぐれも我慢すること』
理解のあるお母様からのご忠告であった。
「分かってるよ……っ///」
小声でそうツッコむ。すると、
「んっ……さち……?」
「あ、ゆいこ」
寝ていたゆいこが起きてしまった。ごめんね、起こしちゃったかなと言うと、彼女はこっちこそ寝ちゃってごめんなさいと返してくる。
「お見舞い、大丈夫って言ったのに」
「私が来たかっただけ…………迷惑だったかしら?」
「…………うれしいです」
「素直でよろしい」
「えへへ」
「ふふっ」
そんなやり取りをして笑い合う。
「どう? 症状は?」
「うーん、まだすこし熱っぽいけど、ダイジョブそ!」
「そ、ならよかったわ」
一度寝て落ち着いたからか、体のダルさはない。それに……色々考えていたのも、まぁ、落ち着いた。
「なにかできること、ある?」
「え、あー、うーん」
ゆいこはそんな風に聞いてくれた。パッとは思い付かないけど、と言った瞬間に、あたしのお腹が鳴る。
「……あー」
「ん、何か作ってくるわね。おかゆとかでいい?」
「お願いします。あ、お母さんが冷蔵庫におかゆ入れといたって!」
「あぁ、そうね。私もお義母さんから聞いてたの忘れてたわ」
あっためてくるわね、と言って、ゆいこは部屋を出ていった。
「………………」
体を起こして待つ。その間にふと気になった。
「すんすん……うっ、汗臭い……」
寝汗がパジャマに染みてて、ちょっとやな感じ。ゆいこが戻ってくる前に、着替えちゃおっかな。そう思い至ったあたしは、ゆっくりとベッドから出る。部屋のタンスからもう一着パジャマと下着を引っ張り出す。
「うぅぅ、ベタッとする……」
パジャマのボタンを外し脱ぐ。もちろん下着も汗をかいているから、するすると下着も脱いだ。えっと、タオルはどこだっけな。タンスを漁る。あれ、いつも使ってるお気に入りのタオル洗濯してたっけ? そんな風に漁っていると、
「さち~! おかゆに入れるの梅干しと卵とどっち、が……」
「へ?」
エプロンを着けたゆいこがそこにいた。思ってもいなかったゆいこの登場にあたしは固まってしまう。そして、ゆいこの視線はあたしの体に注がれてて。
「ゆ、ゆいこ、あの、あの……///」
まずいなぁと思う。いつものゆいこを思えば、たぶんこんな姿を晒してしまったら……うん、そういう感じになっちゃうよね。
「…………」
「……あせ、かいちゃって……着替えしようかなって……///」
お母さんにはああ言われたけど、しょうがないよね。うん、これは不可抗力ってやつ。避けられないことだったからね、うんうん。
「さち」
「っ、うんっ」
静かにゆいこはあたしの名前を呼んだ。あたしもそれに応じる。これは風邪長引いてもしょーがないなぁ、えへへ♡
「………………鍵閉めときなさいよ」
「え、あっ……」
「まったく、さちは無防備なんだから」
「あ、れ?」
「ほら、早く着替えて。すぐ持ってくるから」
「う、うん?」
それだけを言って、ゆいこは部屋を出ていった。予想外の反応過ぎて、頭が混乱してる。えっと、えぇと……?
「体、拭こう……」
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無事、体を拭いて着替えたあたし。しばらくして、ゆいこが部屋におかゆを持って帰ってきた。
「ほら、さち」
「え、あ、そのぉ……ごめん、ね?」
「別に。こっちこそノックしなくて悪かったわ」
「う、うん」
「ほら、食べるでしょ?」
ゆいこは思ったよりも普通な反応をしてた。なんだったらいつもよりも冷静というか……。
「……むぅ」
ゆいこのそんな姿を見て、ちょっとだけもやっとする。事故とはいえさ、恋人の裸を見たんだよ? ちょっとくらい動揺したりしたっていいじゃん。これじゃあたしの体が魅力ないみたいじゃん……魅力、ないのかなぁ。
「ほら、さち、あーん」
「え、あっ……あーん」
モヤモヤとしていると、ゆいこがおかゆをあたしの口元に近づけてきた。言われるがままに、あたしはそれを口にした。
「って、甘!?」
口に入れた瞬間に広がる甘さ。なにこれ、塩じゃなくて砂糖入ってない!? もうお母さん、なんで砂糖と塩間違ってるのさ!
「もう! お母さん、ドジだなぁ……おかゆに砂糖なんて……」
「………………///」
「え、っと、ゆいこ……?」
「ごめん……間違えた、わ」
「あ……う、うん、そっか」
ゆいこはうつむく。そこであたしは気づいた。ゆいこの顔が赤いことに。あぁ、そっか。ゆいこも動揺してたんだ。
「えへへぇ」
「な、なによっ!」
赤い顔をして頬を膨らませるゆいこ。そんな姿が途端に愛おしく見える。
「ううん。ただ、ゆいこも意識してくれてたんだなぁ、って♡」
「…………あたりまえ、じゃない/// そ、そのさちの……ゴニョゴニョ……///」
「えへへぇ」
「変な顔しないッ!!」
「はーい!」
その後、ゆいこはおかゆを持って部屋を出た。お醤油とみりんを入れて、甘じょっぱくすれば食べられるでしょと言ってたから、アレンジしてくれるみたい。あたしはゆいこが戻ってくるまで、ポカポカした気持ちでいたのだった。
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翌日、あたしは無事風邪が治った。そして、その週の土日は……うん。死ぬかと思ったんだけど///
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