寺次優衣子と社幸華に関すること   作:藍沢カナリヤ

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9 汚泥(優衣子視点)

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 最近、さちの様子が変。

 博物館の件の後みたいに、私を避けているというわけではない。なんだったらラブラブだし。けれど、

「ふふふっ」

「…………」

 たまに、スマホを見ながらニコニコしたり、

「わわ!? ご、ごめん、ゆいこ」

「え、あ、うん」

 スマホを見ていたと思いきや、慌てて部屋を出たり、そうして、部屋の外でなにやら誰かと話をしたり。そんなことが続いたから、私は不安になったの。相談できる相手もいない私は1人悶々とした日々を過ごしていた。

 

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 そんなある日の夜のこと。私は匿名で話ができるアプリがあることをふと耳にして、そこで相談をしだしたの。一応、警戒に警戒を重ねて、年齢が近そうな女の子が集まるってスレッドに投稿する。

 

『悩みを聞いてもらっていいですか?』

 

 こういう時の作法も分からないまま、そんな風に投稿した。すると、すぐに反応が返ってくる。

『いいよー! なになにー?』

『いいですよ。聞きましょう』

『ふむ、いいでしょう!』

 会おうとか何歳とかいきなり聞いてくる人たちは無視して、反応がそれなりに良識ありそうな3人を改めて招待してみる。

Y『えっと、はじめまして』

H『はいはーい! よろしくね~!』

N『私でよければお悩み聞きますよ』

S『大舟に乗ったつもりで任せるっすよ!』

 このアプリはそれぞれのイニシャルだけで名乗るのが基本みたいで、簡単な自己紹介をした後に本題に入った。

 私に恋人がいること。その恋人がスマホをずっと見ていること、そして、慌てて部屋を出て誰かと話しているであろうことを。すると、みんな答えてくれる。

H『うーん、友達とかの可能性はないの~?』

Y『ある、かもしれない、けど……』

N『まぁ、1番早いのは直接聞くことですが、Yさん、できますか?』

Y『…………それは、怖いわ』

H『そっかぁ……そうだなぁ、お友達伝いで探り入れてみる、とか?』

Y『…………そんな友達いない』

H『あー、なんかごめんね~』

Y『ううん。こちらこそごめんなさい』

N『そうですね。それができないとなると、やはり自分で聞くしかないと思いますよ。私は一歩踏み出せなくてモジモジしてる恋仲一歩手前の2人を見ているので』

H『お? なにそれ! そっちも気になるよ~!』

N『そちらは機会があればお話しします。とにかく! 勇気を出して聞いてみる。伝えられる時に伝えないと手遅れになると私は思いますよ?』

H『そうだね! ボクたちも応援するから!』

 親身になってくれるHさん。私よりも歳上なのか大人の意見をくれるNさん。うん、それだけでも十分にここに投稿した甲斐があったわね。そう思っていると、

 

S『浮気っすよ、それは!!』

 

「っ!?!?」

 最後の1人、Sさんがそんなことを言ってきた。

H『ちょっ!?』

N『Sさん、纏まりかけた話をぶっ壊さないでもらえる!?』

 制止する2人に構わずヒートアップするSさん。Sさんの連投は続く。

S『いいっすか? 彼女さんがいるのにも関わらず、にやにやスマホを見ている? 不意に誰かから電話がかかってきてそいつと話してる?』

S『そんなもん、浮気以外の何があるんすか!? いいっすか!? ただ聞くだけじゃダメっす! 証拠を! 証拠をカメラに収めるんすよ!!』

S『不安ならおじさんが駆けつけてやりましょうか!? 任せてくださいよ! バッチリ収めてやるっすよ!!』

H『わーっ!? Yさん、この人ブロックして!?』

N『聞いてはいけませんよ!? ほら、ブロックをーー』

 

「………………」

 ジワリと心の中になにかが産まれる。

 黒い『ドロドロ』。心にじんわりじんわり拡がる黒。

 その後、Sさんをブロックして、2人に色々と話を聞いてもらったわ。けれど、どうしてもーー

 

ーーーーーーーー

 

 『浮気』。

 その二文字が日を経つ毎にリフレインする。そうして私の中の疑念は確信へと変化していく。さちは何かを隠して……ううん、誰かと浮気をしてるんじゃないかって。

「ごめん、ゆいこ! 今日、ちょっと用事があるから!!」

 その日の放課後、さちはそう言って先に帰った。水曜日、互いに部活も委員もない一緒に帰れる唯一の日なのに。しかも、2週連続だった。

「…………っ」

 今思えば、ここで止めておけばよかったんだと思う。2人の言う通り問いただしておけばよかったんだとも思う。でも、『浮気』という言葉だけが私の頭にずっとあって……。

「…………よしっ」

 ひとつ決意をして、私はさちの後を尾けることにしてしまった。

 

 学校からショッピングモールへ向かう道。私の少し先をさちは歩く。さちの足取りは軽くて、そのことが余計に私の心を掻き乱す。どうしてご機嫌なの? どうして私を誘ってくれないの?

「……ドロドロする」

 ポツリと溢れる独り言。言葉は雑踏に消える。そのうちに、博物館の前を通り、この間行ったイチョウ並木も通る。なんだろう。分からないけれど、私とさちの思い出が塗り潰されていく気がする。

「ううん……でも、さちに限ってそんなこと……」

 自分に言い聞かせるように呟く。そうよ、あのさちよ。友達は多かったけれど、自分の恋愛事には疎いもの。うん、私への気持ちに気づいたのだって……。

「でも、他の人に目移りしちゃったら……」

 そうよ、さちは明るくて皆から人気もあるもの。きっと私なんかよりずっと可愛い人とか綺麗な人とか、そういう人に目移りしちゃう可能性はある。ええ、そうよ。そうなったら……。

 

「あ、お待たせしました~!!」

 

「っ」

 さちの声がした。視線を向けると、そこはカフェで、さちの隣には1人の女の子がいた。綺麗な長い金髪をサイドテールにし、制服を少し着崩している。ピアス、ちゃんとしたメイク。一言でその人を表すなら『ギャル』。私とは正反対な女の子がそこにはいた。2人はそのままカフェの中へと入っていく。比較的広くはなさそうなカフェだから、私は入れない。入ったらバレちゃう。

「っ、はっ……はぁっ……」

 私はスマホを取り出し、カメラをさちとその人に向ける。写真を撮らなきゃ。そう思うのに、手が震えて、ピントが全然合わない。視界もぼやける。そうしているうちに、2人は店内へと消えてしまっていた。仕方なくスマホを下ろし、息を吐く。過呼吸になりかけている。落ち着くの……落ち着くのよ、私。

 

「…………違う、違うわよねっ……さち」

 

 息を整えながら、ブツブツと呟く。2人が出てくるのを待っている間、何人かが私に声をかけてきた気もするけれど。私はそれに応じることもできなくて。

 

ーーーーーーーー

 

「あ……」

 1時間ほどして、2人はカフェから出てきた。カランカランと外でも分かる音がする。楽しそうに笑っている2人を見て、私の心にまたあの『ドロドロ』が増殖していく。

「……なに、その顔……」

 なんで私以外の人と楽しそうにしてるの。なんで私以外の人にそんな表情を向けるの。なんでそこにいるのが私じゃないの?

 足が重い。まるで『ドロドロ』の中を歩いているような感覚。前へ進んでも進んでる実感がなかった。でも、歩を進める。そして、ふとさちとその女が店の前で立ち止まった。私も合わせて止まる。

 

「なっ!?///」

 

 不意に、声が響く。それはさちの声。店の前でさちは大声で何かを叫んでいた。真っ赤な、照れたような顔で。それをたしなめるように、ギャルの人はさちの唇に人差し指を着ける。

「……………………触ら、ないで」

 ニ、三言、2人はなにかを言い合うように会話をした後、その店を通り過ぎていく。私もそれを追う。当然2人が立ち止まった店の前を通るから、私の視線もそちらへ向かった。何を見ていたのかしら。心の中の『ドロドロ』と揺らぎそうになる視界をどうにか制して、私はその店のショーウィンドウを見た。

「あ、え…………」

 その店はジュエリーショップだった。そして、ショーウィンドウに飾られていたのは、指輪とウエディングドレスだった。

 

ーーーーーーーードロッーーーーーーーー

 

 淀む。澱む。

 頭から溢れ堕ちたドス黒い感情の泥が、胸の真ん中を満たしていく。心を溶かしていく。思い出を汚していく。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。嫌だよ、こんな私は嫌だ。

 ねぇ、お願いーー

 

「助けてよ、さち…………っ」

 

 私の言葉は届かない。

 

ーーーーーーーー




あれれれれれれれ?
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