寺次優衣子と社幸華に関すること   作:藍沢カナリヤ

17 / 29
クトゥルフ神話TRPG『拝啓、親愛なる『君』へ』のネタバレを含みます。
通過者及び視聴済みの方のみお読みください。


10 拝啓、親愛なる『君』へ【巡愛】

ーーーーーーーー

 

 甘い香り。

 酷く優しく、酷く切ない香りに私は包まれている。その香りは少しずつ覚醒する私に入り込み、そして、涙へと変わる。ツーッと零れ流れていく。私はゆっくり、ゆっくりと目を開けた。

 まず目に飛び込んできたのは、満天の星空だった。プラネタリウムよりもずっと綺麗な、空で煌めく星々。

 次に、花。私の周りに咲く赤、黄、ピンク、色とりどりのチューリップたち。私はそんな場所で眠ってしまっていたみたい。

 ゆっくりと身を起こす。すると、左側に引っ張られる感覚がした。そこにいたのは、

「……すぅ……すぅ」

「さち?」

 私の恋人だった。穏やかな寝息を立てて、彼女は眠っている。

「……ねえ、さち。起きて……さち」

「ん…………ん? あ、あれ? ここ、どこ……? それに……」

 さちが目を擦りながら起き上がる。目の前の光景に困惑してる? ううん、そんな感じじゃない……?

 

「あなた、だれ?」

 

「…………! な、なに、言って……」

 冗談にしては悪い冗談。もちろん私にはさちがふざけているわけではないことは分かっている。それは、

「え、えっと、あの…………ご、ごめんなさい……」

 身を縮めて謝る彼女の姿を見れば明らかで。

「……私のこと……覚えて、ないのね?」

「は、はい。それに、あの……私、自分の名前も思い出せなくて……」

「名前も……?」

 そう訊ね返すと、さちは俯く。そんな不安な顔をさせるつもりはなかった。私は名前を呼ぶ。

「あなたはさち。社幸華よ」

「やしろ……さちか…………やっぱり思い出せないです」

「そう」

 記憶喪失。しかも、名前まで思い出せないような重いもの。

「えっと、それで、あなたは……?」

「……私は寺次優衣子」

「ゆいこ、さん」

「っ」

 分かってた、さちは記憶がないんだから。でも、恋人から、さちから『さん』付けされたことで、不意に嫌な考えが蘇ってきて。

 ドロドロ。黒いドロドロ。

 きっとこれは私への罰なんだろう。嫉妬に身を焦がした罰。きっとこうなるぞって、お前からさちは離れて『他人(こう)』なるぞって、神様からの罰、なんでしょうね。

「あ、あの、ここどこなんでしょうか。それに、私……っ」

 もちろん私の心中なんて分からないさちは、また不安そうに身を震わせている。うん、今は抑えましょう、この気持ちを。

「……多分、また何か変なことに巻き込まれたんだと思うけど……大丈夫だから、落ち着いて。あなたの記憶は……きっと、取り戻すから」

「は、はい、ありがとうございます、ゆいこさん……」

「……どういたしまして。とりあえず、何か手がかり、探しましょうか」

 少し歩く。記憶のないさちと一緒に手がかりを探す。

「「あ……」」

 ほどなくして、2人の声が揃う。星空と花畑。そんな屋外にも関わらず、ポツンと『扉』がひとつあった。明らかにここよね。

「あからさまな『扉』ね」

「は、はい。でも、ここ以外……なにも、ないですよね……」

 さちのいうように、辺りを見回しても花畑は果てなく広がっているだけで、この『扉』以外に他に手がかりもない。

「ここを行くしかなさそうね。さち……この先、何があるか分からないから」

 それだけを告げて、私は右手を差し出した。

「は、はいっ」

 その手に応えてくれるさちの左手。きゅっと握り返されたその手のあたたかさに……今は素直に喜べない。その度に、あの光景をーーさちの隣を歩く『私でない誰か』のことを思い出してしまって。

「ゆいこさん?」

「っ」

 さちの声に、私はひとつ首を振って、

「……離さないでね。それじゃあ、行きましょ」

 私はその『扉』を開けた。

 

ーーーーーーーー

 

 『扉』を開けると、そこは『博物館』だった。鉱石が展示されている博物館には、私達以外には人っ子1人いない。不気味ささえ感じる場所。でも、ここって……。

「ここは……博物館、ですか?」

「……そうね…………博物館だわ」

「??? なんで花畑から博物館に?」

 記憶を失って、不思議なことに初めて出会ったことになるさちは、混乱してるみたいだった。ただ、キョロキョロと周りを見ていたさちは、ふと口を開いた。

「……ゆいこさん」

 どうかした? そう訊ねると、さちは答える。

「なんだか、ここ、少し懐かしい気がして……」

「………………」

 それはそうよ。ここは2人で初めて『不思議なこと』に巻き込まれた場所だもの。不本意だったとはいえ、あなたが私にキスをしたところ。だけど、それを直接言うような度胸はない。

「ここ、二人で来たことがあるから……だからかもしれないわね」

 そんな風に曖昧に答える私。

「え、あ……そ、そうなんですか?」

「ええ」

 うん、仕方ない。仕方ないのよ。

「あ、えっと……ゆいこさん、ひとつ聞いてもいいですか?」

「え、ええ、なに?」

 色んなことを考えそうになって、さちの声で止まる。素朴な疑問なんですけど、と前置きをしてから、さちは聞いてくる。

 

「私とゆいこさんって、お友達、なんですか?」

 

 残酷だと思う。けれど、今のさちにそれを言っても仕方がないもの。私は言葉を選びながら話す。

「………………お友だち、だった」

「だった?」

「今は…………どう、なのかしら。さちは……」

 その先の言葉は、詰まって言えなかった。本当は口にしたくない。だって、口にしたらそれが事実になってしまいそうで。今の自分の名前も思い出せないさちの前なら尚更。

「大丈夫、ですか?」

「っ……だ、大丈夫よ。ほ、ほら、とりあえず行きましょ」

「は、はい」

 心配して顔を覗き込んでくるさちの目を私は見れなかった。誤魔化すように早足で歩く。ただ、この博物館は前に私達が行ったところとは別物みたい。通路は狭く、すぐに突き当たりにたどり着く。そこにあったのは、

「……『扉』ね」

「えっと……この博物館、この辺りの場所しかないみたいですね……ここから出ろってことでしょうか」

「そうね。他には何もないみたいだし」

 私はそのまま扉に手をかける。その瞬間に、さちが口を開いた。

「あ、あのっ///」

 少し恥ずかしそうに、彼女は手を差し出していた。不安、だものね。そう納得させて、私は手を繋ぐ。

「ええ……何があるか分からないものね」

「………あ、えへへ」

「っ」

 不意にかけられた笑顔。いつものはじけるようなものではないけれど、それでもそれは私の好きな人の笑顔で。一瞬、心が弾みかける。でも、すぐにそれを否定する黒いドロドロ。こうして笑顔を向けてくれるのは、今だけだ。きっとこれが終わったら捨てられる。私から離れていってしまう。

「ゆいこさん?」

「え、あ……ごめんなさい、行きましょう」

 そうして、私は『扉』を開けた。

 

ーーーーーーーー

 

 『扉』の先に広がっていたのは、

「こ、今度は……『水族館』ですね」

 『水族館』の巨大な水槽の前に、その『扉』は繋がっていた。照明は着いておらず、ジンベイザメが悠々と泳ぐ水槽の光だけが辺りを照らしていた。一見したら夜の『水族館』に迷い込んだのだと錯覚するでしょう。けれど、私は知っていた。ここが、この場所がどんな場所なのか。

「……なるほど、ね」

 言葉がもれた。どうしたんですかと訊ねてくるさちに私は答える。

「いえ……さっきの『博物館』といい、この『水族館』といい、さちと思い出深い場所ばかりだったから。この『扉』はそういうところに繋がってるのかも、って思っただけよ」

 推測。確実ではないけれど、たぶん大きく外れてもいないと思う。

「この水族館も、いっしょに来たんですか?」

「一緒に来た……まあ、そうね。さちが……迎えに、来てくれたのよ」

「迎えに?」

「…………ええ、大事な思い出の場所なの」

 さちは昏睡状態になった私の夢の中、この『水族館』まで迎えに来てくれた。危険を冒して、私を救いに来てくれた。そうして、ここで私とさちは想いを伝え合って恋人になった。危険なこともあったけれど、それでも、ここは大事な場所。

「……なんとなく懐かしい気も、うん、します」

 さちは徐に大水槽に歩み寄る。ガラスにそっと手をつきながら、そう呟いた。水槽の中で、ジンベイザメが泳ぐ。少しの間、2人、その動きを静かに目で追っていた。

 水槽を眺めるのに、満足したみたい。さちはふと振り返って笑う。

「ふふっ、それにしても博物館とか水族館とか、なんかデートみたいですね」

「……そう、ね」

 デート……そうね。どちらも『不思議なこと』に巻き込まれて、大変な目にはあった。それでも、

「『博物館』も『水族館』も、二人にとって大切な場所で…………」

 ーードロリ。

「でも、さちは……」

 ーードロリ。

「……えっと、ゆいこさん?」

「っ」

 また、私……。軽く首を振り、息を吐く。今は考えない。そうしなきゃ……。

「ごめんなさい、なんでもないわ。ここにも多分、扉があるんじゃないかしら。探してみましょう」

 半ば強引に話を遮り、『水族館』を回る。とはいえ、『博物館』同様に他のエリアは存在しないようで、探索自体はすぐに終わった。そして、読み通り『扉』はあった。

「あったわね」

 『扉』に手をかけると、掴んだのと逆の手に温もり。もちろん、それはさちの手。きゅっと握られる。

「ゆいこさん」

「………………ええ」

 私はその手を握り返す。けど、力が上手く入らない。私が本当にさちの手を握り返していいのか分からなくて、でも、記憶のないさちの不安も晴らしてあげたくて。緩く手を繋いで、

「行きましょう」

 私はまた『扉』を開けた。

 

ーーーーーーーー

 

 次の『扉』を開けた先に広がっていたのは、『一面の紅葉』だった。 赤い橋。そこを流れる川。そして、2本の巨大な紅葉樹。

 って、あれ? ここは知らない場所。記憶にはない、わよね。でも、なんだか見覚えがある気もする。なんだか靄がかかったような感じ。

「わぁぁ!! 綺麗!!」

 違和感を感じる私とは対照的に、感嘆の声をあげるさち。まぁ、確かに目に見える景色のすべてが赤に染まっているなんて、ロマンチックだし、感動もするわよね。しばらく目を輝かせていたさちだったけど、不意に軽く頭を押さえた。

「あ、あれ……?」

「大丈夫? どうかした、さち?」

 私の問いかけに、大丈夫ですと答えたさち。ただどうやらなにかが引っ掛かっているみたい。小さな声で呟いた。

「ゆいこさん、私、なんだかこの場所知ってます……」

「本当?」

「はい」

「そう。私は、そうね、夢で見たような、曖昧な感じで……あまり、よく分からないわ」

「なんか、昔、こんな紅葉が綺麗な場所で、側にゆいこさんが、いてくれた気が……して」

「そうなの。なら、きっとそうなんだと思う」

 こんな『不思議』な世界なんだもの。私が覚えていなくても、

不思議ではない。さちだけが覚えていることもあるのかもしれないわよね。

 話をしながら、歩く。さちが何かを聞いて、私がそれに答えた気はするけれど、私は上の空で。そうしているうちに『扉』を見つけた。

「あ、『扉』…………またここに入ったら違う場所に繋がってるんでしょうか」

「そうね……どこに繋がってるかは分からないけれど。行きましょう」

 今まで通り『扉』に手をかける。けれど、

「………………」

「さち?」

「あ、ごめんなさい」

 さちが足を止めていた。なにかあった? そう訊ねるとさちは、

「いいえ、なんでもありません」

 困ったように微笑んだ。そして、手を差し出してきた。私はその手をとり、また『扉』を開けた。

 

ーーーーーーーー

 

「……あ」

 私達はあのチューリップ畑に戻ってきた。けれど、さっきまでとは違う。目の前に、もう『扉』はなくて、辺りは少しずつ明るくなってきていた。 つまり、

「これで、終わり……?」

 いつかとは違って、怪物も出てこない終わり。身構えてた分、肩の力が抜ける。

 

「ゆいこっ!!」

 

「え……?」

 さちの声に振り返る。その直後、

「~~~~っ、ゆいこ、ゆいこっ!!」

「!?!?」

 いきなりのことだったから、一瞬フリーズしてしまう。けれど、すぐに理解した。

「さ、さち? もしかして、記憶が……?」

「っ、うんっ、ゆいこっ…………また会えたよぉぉ」

「…………さち」

 私のことをぎゅっとしながらさちは泣き出してしまった。オーバーだなぁと思いつつ、私は彼女が落ち着くまで背中をさする。

 

 やがて、落ち着いたのか、さちは目をごしごしと擦り、改めて私と向き合った。そして、話し始める。

「…………ねぇ、『ゆいこ』。あたしね、全部思い出したんだ」

「ぜんぶ……そう、なの」

「うん、ゆいことの思い出もちゃんと思い出したよ」

「………そう」

 全部。それはきっと『彼女』のことも、だ。咄嗟に私は目を伏せてしまう。ここから先、さちの目を見るのが……怖い。

「そして、ここはね……」

 目を伏せていたからか、いつも以上に彼女の声がハッキリ聞こえる。だからね、さちの声色が変わったのが分かったの。それはいつもの声じゃなくて、どこか切なげな声で。

「この世界は、あたしが神様にお願いして作り出した世界、なんだ」

 

「ゆいこを『生き返らせる』ために」 

 

「え……?」

 予想外の言葉。まったく想定してなかった告白に、私は反射的に顔をあげていた。聞き返す。

「今、なんて……?」

「ゆいこを生き返らせるために、この世界を生み出してもらった。そう言ったんだよ、『ゆいこ』」

「い、生き返らせるって……私は生きてる、わよ?」

 死んだ記憶も覚えもない。もちろん、こんな『不思議』な世界や化物が存在するのだから、記憶がないところで死んでしまった可能性もあるけれど。そんな私の考えに、さちは首を振った。

「ううん、死んじゃったのは『あなた』じゃないよ。『あなた』は、あたしの世界のゆいこじゃない。別の世界……別の『幸華』と生きてる『ゆいこ』なんだ」

 並行世界ってやつだね、とさちは言った。並行世界……別の世界。

「うん。それでね、あたしはさ、この世界でゆいこを生き返らせようとしたんだ。自分の記憶と引き換えに」

「記憶と引き換えに? でも、今さちは思い出してるわよね」

「うん。その辺は……うーん、分かんないや……」

 流石に神様が叶えてくれたことだからね。そんな風に笑う彼女。それから声だけでなく、表情も変わる。私の知るさちの顔ではなくて。

 

「ね、ちょっとだけあたしの話聞いてくれる?」

 

 どこか大人のような表情の中に、諦めを感じるような、そんな表情を浮かべる彼女に、私は頷くしかなかった。

 彼女は語り出す。

 

「あれは『紅葉樹』の世界から帰ってきて、少しした後。って言っても、ゆいこはあの世界のこと忘れちゃってたけどね……とにかく、またあたしたちは不思議なことに巻き込まれた」

 きっと『ゆいこ』にとってはまだ経験してないことだと思うよ。そうつけ加えて、さらに続ける。 

「そこで喧嘩になったんだ。あたしが浮気してるって。そんでね、あたしもなんでそんなこと言うのってムキになっちゃってさ……」

 一瞬、体が震えた。覚えがある。なんだったら、今回の件で、さちが記憶喪失になっていなかったら、精神状態が極限まで追い詰めたなら……うん、きっと私もそうしていたでしょうね。だから、決して他人事とは思えなかった。そして、さちは続ける。

「あたしとゆいこが少し離れた隙に、ゆいこが…………死んじゃったの」

「……あ」

 喧嘩別れ、みたいになっちゃったんだよね。そう言って、彼女はバツが悪そうに笑う。

「その不思議なことから、あたしだけが生き残って、元の世界に戻って……そしたらその世界では、ゆいこはいなかったことになってた。絶望したよ。声が枯れて頭がおかしくなるくらい泣いて……それでも、ゆいこはいなくなったまま」

 顔を伏せるさち。

 

「それでね。あたしはそういう不思議な世界を嫌ってほど回って、やっと手に入れたの。『人を生き返らせる方法』が書かれた魔術書を。ね、『ゆいこ』は知ってる? 人を生き返らせるためには、ある神様を呼ぶんだって。あたしはその神様を呼び出すために、なんでもやったよ。色んな危ない世界に行って、気が狂うような光景を見て……人が死ぬところだって、目の前で見た」

 魔術書そのものを見たことない私でも分かる。人の理を大きく外れた魔術、その代償。そんなもの……。

 

「そうして、やっと呼び出した神様に言われたんだ。「お前の記憶を代償に、ある場所でお前の想い人を生き返らせてやろう」って」

 

 それにあたしはもうここから出られなくなる、そんなことも言われたよ。そうも言うさち。

「それでもよかった。どこでもいい。あたしはゆいこに会えるならって頷いた。でも、生き返ったゆいこは……別人だった。そりゃそうだよ。だって、神様はただ並行世界の『あなた』を連れてきただけなんだから」

 そこでさちは目を閉じた。

「でもね……」

「え……? さち、今なんて……」

「………………」

 問い直す私には答えてくれない。話はここまで、ということなんでしょうね。そして、

 

 

「もう、朝だね」

 

 

 そう言ったさちは笑っていた。涙を零すまいと作られた精一杯の笑顔。彼女の笑顔に応えるように陽が昇る。チューリップ畑に陽が射していく。彼女も陽に照らされる。その姿が本当に綺麗で、彼女の日だまりのようなあったかい愛がまっすぐに伝わってくる。

 その愛が、私の中にあった黒いドロドロを溶かしていく。そんな気がしていた。

「っ、あ……」

 途端に眠気が襲ってきた。立っていられないくらいの強烈な眠気に、私は膝をついてしまった。さちは私の側に座り、語りかけてくる。

「ごめんね、『ゆいこ』。あたしの勝手でこんなところに連れてきちゃって。もう『ゆいこ』は元の世界に帰らなきゃね。『あなた』を失う辛さは分かってるから」

「…………っ」

 ああ、なにか、しゃべらなきゃいけない。そうしなきゃ、そうしなきゃ、この『さち』が報われない。だって、彼女はここに1人取り残されてしまう。なのに、なにも言えず、このままさよならなんてっ! だから、私は叫ぶ。

「私、ねっ……そっちの『私』のことは分からないけど……」

 息を吸う。ちゃんと聞こえる声になっているかわからない。けど、どうか届いて。

「でもっ……きっと、こんなに想ってくれる『さち』がいるならっ……うれしいって、しあわせだって……私は思うから」

 

「だから……ありがとう、さち……」

 

 私の言葉は伝わってる、かしら。意識がもたない。薄れゆく意識をどうにか繋ぎ止めて、私はさちの顔を見る。

「っ…………っ、あー、もうっ、ゆいこは、ずるいなぁ。そんなこと、言われたら……っ、泣いちゃうじゃん……」

 彼女は、泣き笑う。最後は笑った姿を見せたかったのになぁ。そんな風に嘯いて。

 

「あのね、ゆいこ……」

 うん、なに、さち。

 

「あの時後悔したから……っ、あたしはね! ゆいこのこと大好きだよっ」

 知ってる……ううん、違うわね。教えてもらったわ、あなたに。

 

「めちゃくちゃ! すんごく! いっぱい! だいすき、だから……っ」

 ええ、私もよ。私も大好き。

 

 

 

「だから、きっとーー」

 だから、きっとーー

 

 

 

 視界の端で、チューリップの花が揺れる。

 薄れゆく意識でふと思い出す。チューリップの花言葉。それは『永遠の愛』。きっとさちはずっと『私』ではない私を愛し続けるのだろう。例え、私がいなくとも。

 ああ、なんて優しい香りなのかしら。酷く優しい香りに涙が出そうになる。

 「さようなら」とあたたかな声が聞こえて、私は完全に意識を手放した。

 

ーーーーーーーー

 

「さちっ!!」

 

 飛び起きる。見渡せばそこは見慣れた自分の部屋だった。夢だったのかとも思ったけれど、あの世界でのことはハッキリと思い出せる。つまりはーー

「…………っ」

 それを自覚した瞬間、締め付けられるような痛みが胸に走る。だって、あの世界に『さち』はたった1人残されてしまったのだ。そのことが本当に……。

「あ…………あれ……」

 いつも寝る前に綺麗に整理する机の上。そこに何かが置いてあるのに気づいた。私は慌ててベッドから跳ね起き、それを確認する。そこにあったのは、見覚えのない1通の手紙で。

「………………」

 私はその手紙を静かに開いた。

 

~~~~~~~~

 

 

 拝啓、親愛なる『ゆいこ』へ 。

 

 いかがお過ごしですか。風邪とか引いてませんか。

 あたしはあの花畑で、満天の星空を見て、日々を過ごしてます。

 

 さてはて、この手紙が届くのはいつになるかな。この間話した不思議な力を使って、『ゆいこ』のところに手紙を送ってます。あの時、話し忘れてたことを伝えとかなくちゃって思ってさ。

 

 内容は『幸華』のこと。

 あの人はねぇ、とんでもない鈍感です。まぁ、『ゆいこ』だって付き合いも長いし、知ってると思うんだけどね。

 だから、いっぱい話してください。

 楽しい時も、悲しい時も、お互いを信じられない時だって、いっぱいいっぱいいっぱーーい話してください。

 怖いかもしれない。逃げたくなるかもしれない。でも『ゆいこ』が話そうとしてくれるなら、絶対『幸華』は逃げないから。それだけは約束できるよ。

 

 最後に。

 

 

 あなたが生きていてくれてよかった。あたしの大好きなゆいこの分まで生きてね。

 

 

 敬具   社 幸華

 

 

 お幸せに、もう1人の『ゆいこ』。

 

 

~~~~~~~~

 

 ふと酷く優しく、酷く切ない香りがした。

 

 その香りに背中を押されるように、私はスマホで彼女へとメッセージを送る。

 ……ええ、分かってる。私もちゃんとがんばらなきゃ。

 いっぱい話をするわ。あなたたちができなかった分も、たくさんたくさん話をする。心に溢れるドロドロなんて知らない。それもちゃんと聞いて、ぶつけてやるわよ。私の気持ちも、モヤモヤも全部ぶつける。

 だって、逃げないんでしょ? 約束、守りなさいよ。

 

 

『さち、話したいことがあるの』

 

 

ーーーーーーーー

 

END『拝啓、親愛なる『君』へ』

 

ーーーーーーーー

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。