通過者及び視聴済みの方のみお読みください。
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『紅葉の世界』から帰ってきて、だいぶ時間が経った。浮気疑われ騒動なんかもあった中、季節は少し流れ、朝晩は肌寒くなってきた今日この頃、あたしとゆいこは『夢野総合博物館』という場所へやってきた。
「というわけでやってきました、夢野総合博物館! 今度こそ普通のデートをするぞぉ!」
「そうね、いい加減普通のデートがしたいものね」
そう言って、隣のゆいこは苦笑する。
「ねー、鉱石の博物館やら水族館やら、化物に会ってばっかりだったからなぁ」
「化け物に会うことも本当多いわよね……。うん、まぁ、それ以外にも色々とあったけれど……」
「?」
ふとゆいこの表情が気になった。どこか大人びた表情……?
「どうかした、さち?」
「え、あ、ううん。なんでもない」
気のせいだったかな。ま、とにかく大丈夫でしょ! 博物館は最近、リニューアルして最新式の機材が揃っているらしく、SNSでも評判がいいみたいだった。今、開かれている展覧会の内容は『音楽について』。歌劇や音楽家が愛した食べ物、民族楽器、アイドルについて楽しく学べるらしい。
「ここで払拭しよ。ね、ゆいこ!」
「そうね、払拭しましょ、さち」
互いに微笑み合う。
「んじゃ、ゆいこさんや」
「……ええ」
少し頬を染めながらも、あたしの手をとってくれるゆいこ。
「音楽博物館デート、スタートだぁ!!」
あたしたちはウキウキと博物館に歩を進めたのだった。
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まるでお城のような豪華な門をくぐる。美しい庭を抜けると、壮麗なエントランスホールまでたどり着いた。
「わー、すっご……」
「ええ……」
キョロキョロと2人で周囲を見渡す。外から見ただけでは分からなかったけど、荘厳って言葉がピッタリ。建築のことは分かんないけど、さぞ歴史のある建物なんだろうなぁと思う。例の騒動のお詫びに、ってチケットをくれた先輩には感謝だなぁ。
ふと受付に視線がいく。何やらエントランスにある3D看板の前で写真を撮ってくれるサービスがあるみたい。せっかくだから撮ってもらおうと、ゆいこと頷き合い、係員の人に声をかけた。期間限定の背景にしてもらえるらしく、それに設定してもらっている間に、位置へついて。
「ポーズ、どうしよっか?」
なんてことなくそう訊ねるあたし。きっとゆいこはピースとかでいいんじゃないかしらと言ってくると思ってたら、
「……ハートでも作る?」
予想外の答えが返ってきた。あまりにも自然にそういうものだから、こっちも口角が上がってしまう。
「えー……フフフ、ゆいこも大胆になったねぇ」
「い、今、そういうの流行ってるでしょ///」
真っ赤になっちゃってぇ、可愛い奴め~!
「そういうことにしておいてやろー。じゃ、ほら、そこのかわいい彼女さん、ハートにしてくださーい」
「可愛いのはさちの方じゃない」
「えへへぇ」
ぼそぼそと小声で呟いてるのも聞こえてるんだなぁ。ま、これ以上つっつくと後が怖いし、この辺にしておこ。係員さんに準備オーケーを伝えると、係員さんが近くにあった機器を操作する。途端に辺りの風景が変わる。最近の技術はすごいんだなぁなんて考えていたら、撮影は終わってたみたい。すぐに現像してもらえた写真を受け取る。うん、よく撮れてる! あたしの彼女は今日も可愛い!
「やったねー、部屋に飾っとこー!」
「……ふふ、そうね」
切り取られたその場面でも仲良く写る自分達を見て、顔を見合せ、また微笑む。そんなあたしたちに係員の人は順路を示してくれた。
「よーし、じゃ、行こ、ゆいこ」
「ええ、行きましょう、さち」
笑顔で手を繋ぎ、あたしたちはその先へと進んだ。
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歩みを進める。ここの雰囲気を壊さないように控えめに、でも、ちゃんと順路を示す矢印が目に入る位置に掲示してある。さっきエントランスにも貼ってあったけど、『歌劇』、『音楽家が愛した食べ物』、『民族楽器』、『アイドル』音楽にまつわる展示物が移り変わっていくらしい。もちろんこの順路通りに進んでばいいよね。
「『歌劇』」
「歌って踊る劇……ってことかしら?」
「ミュージカル的なやつかなぁ? ゆいこはミュージカルって見たことある?」
「ないわね。たまにテレビで見かけるくらいよ」
「実はあたし見たことあるんだけどさ……昔すぎて覚えてないんだよねぇ。ああいうのって子供の時は分かんないよね」
「そうね。今でこそおもしろさは分かるけれど」
そんな話をしていると、不意に館内アナウンスが流れる。
『本日は『夢野博物館』へようこそいらっしゃいました。楽しんでいってください』
落ち着いた男の人の声。特に気にすることもなく、通路を進むと不意に周囲が開けた。瞬間、あたしたちはまるで映画の中に入ったかのような麗しく美しい劇場の中にいた。2階の1番豪華なボックス席にいつの間にか座っている。
「わ!? なにここ!?」
「え……? な、なに!?」
2人で同じような反応をしてしまう。そりゃ当然だよね。展示っていうにはあまりにもリアルで。館内とは到底思えない広大な劇場。こんなボックス席に案内された覚えもないし……。
「って、さち!?」
「へ?」
ゆいこの驚いた声に、そちらを向くと、ゆいこの格好が変わっていた。デートに着てきていた可愛らしいワンピースとコートから絢爛豪華な正装に変化していた。紺色のシックなドレス、中世貴族が着ていそうな格好だった。もちろんあたしもである。真っ赤なドレス、なんとなくゆいこと対照的な印象を受けた。
「場所だけじゃなくて、服装も変わってる?」
「……これが、最新技術!! すごい!!」
「最新技術で片付けて良い問題なのかしら……?」
それはまぁ、そうだなぁ。でも、
「ゆいこが美しいからよし!!」
目の前にいるあたしの恋人いずビューティフル。
「そういう衣装も似合うね~、えへへ」
「さ、さちこそ……そういう衣装、似合うわね。綺麗よ///」
「ふふふーん…………どう?」
恥ずかしがりながらも素直に褒めてくれるゆいこの言葉に、気をよくしたあたしはその場でターンしてみる。
「……どこかのお姫様かと見紛うくらいには完璧ね」
「えへへぇ」
照れますなぁ。としまった。ついつい調子に乗っちゃったけど……。
「えい!」
「きゃっ/// さ、さささち!?///」
「……ふむ」
ゆいこの衣装のスカートを軽くつまむ。ちゃんと感触はあるし、重さもある。
「衣装は掴めるし、すごい3D技術とかじゃなさそうだね」
「あ、そういうこと…………びっくりした」
なぜかゆいこは赤い顔してる。そんな彼女に説明する。
「ほら、ゆいこ言ってたじゃん、最新技術で済ませていいのかーって」
頭を過るのは、今まであたしたちが迷い込んだ『不思議』の世界のこと。ここもそうなんじゃないか。そんな風に考えたんだけど。写真とか撮れるかなという疑問に、ゆいこは自分のスマホを取り出して撮ってみようと提案してくれる。
「じゃあ……ほら、さち。一緒に写りましょ」
「やった! いえーい! ほら、ゆいこも!」
「い、いえーい」
今度はほっぺをくっつけて、ピースをして写る。シャッター音が鳴り、それを合図にあたしたちはスマホの画面を覗き見る。写真には変なところもなく、衣装もこの中世風のまま。
……えへへぇ、可愛く撮れた!
「よっし! あとで送ってね!」
「ええ、あとで送るわね」
「やたー!」
とにかく違和感はなさそうだし、鉱石博物館の時みたいに身体が重かったり、紅葉の世界みたいに記憶がないなんてこともない。
「んー、とりあえず実害はなさそうだし……少しここに座って様子見てみる?」
「そうしましょうか」
ボックス席に改めて座り直し、少し様子を見る。すると、司会の男性が話し始めた。
『皆様、本劇場へようこそお越しくださいました。今夜はかの有名なヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト氏本人による演奏をもってフィガロの結婚という歌劇を披露いたします。素晴らしい音の連なりを楽しんでいただけますと幸いです』
男の人が深々と頭を下げる。それに周囲の王侯貴族、裕福な市民であろう人々が品よく拍手し始めた。あたしたちもそれに倣って、拍手をする。一転、その場は静まり返り、緊張感が漂う。そして、演奏が始まった。
フィガロの結婚。テレビとか音楽の授業とかでも聞いたことある曲だった。あたしはそこまで音楽に詳しくないから、どんな曲かは分からないけど……。
「………………ねね、ゆいこ」
「……なぁに、さち」
小声で言葉を交わす。今のところここが『不思議』の世界なのかどうかはハッキリしない。でも、今回のこれは、
「ちゃんとデートだね」
「……そうね、ちゃんとしたデートね」
2人、微笑む。それからあたしたちは演奏に聞き入った。やがて、演奏が終わり、また拍手が巻き起こる。あたしたちもそれに倣い、手を叩く。
「すごかったね! これが一流ってやつだ!」
「ええ、そうね……さちと聴けて、良かった」
「うん。あたしもゆいこと聴けてよかった、えへへぇ」
少しの間、あそこがよかった、ここが迫力があったと感想を言い合う。ふとボックス席から1階を見ると、観客の人たちが帰っていくのが見えた。どうやら演奏はここまでみたい。
『ーーーー』
「「!?」」
不意に背後に気配。そこにいたのは怪物ではなく、星のような形を象った小型の船だった。まるで乗ってくださいと迫っているかのように近付いてくる。
「……これ、船かしら……?」
「……そう、かも?」
動く星形の船。操縦している人もいないし、動力源も不明。機械に詳しくなくても分かる。この船には人智を超えた力が働いてる。そんな気がしてた。
「うーん、ここが『不思議』の世界だってことがますます濃厚になってきたなぁ」
「……そうね。『不思議』の世界の可能性が高まって来たわね……乗る?」
「……まぁ、そうだね。こういうときは乗らなきゃ先にも進まないだろうし、乗ろう!」
そう言うと、まずあたしがその船に乗り込む。
「ゆいこ、手!」
「ええ……ありがとう、さち」
それから手を差し出し、手をとってくれたゆいこを引き上げる。『星の小船』はちょうど2人が乗れるくらいの大きさだった。ピタッとくっつき、船の中を見渡す。船はまるであたしたちが乗ったことを喜ぶかのように、きらきらと眩い光を発し始めた。とても美しい。スーッと船は空中を滑らかに進み、劇場を飛び出した。
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長い廊下を揺れもなく進む。道中、どこかから柔らかい男性の声がする。ゆったりとしていてとても聞き取りやすい声だ。さっきのアナウンスと同じ声だ。
『皆様、歌劇の世界はお楽しみいただけたでしょうか? 素晴らしい音楽と素敵な舞台を楽しんでいただけますと幸いです。さて、次にご案内する世界は音楽家が愛した食べ物についての展示です。美味な世界にいってらっしゃいませ』
アナウンスが終わると、星の船はとある建物の中に入っていく。慣性もなく止まる。そこに広がるのは壮大な星、天体の絵が飾り付けられているそこは豪華な食堂のようだった。
「食堂、かな?」
「そうね。なんとなくそう見えるけれど」
眩いまでに白いテーブルクロスが敷かれた広い机。そこには優雅な装飾のメニュー表があった。メニュー表のすぐ側には青いメッセージカードがあって、『お好きなものを注文してください、ご用意いたします』と書かれてる。
「わ! 色々あるよ!」
「ええ、たくさんあるわね」
早速メニューを開いてみると、色んなメニューが有名な音楽家のエピソードと一緒に書かれていた。ステーキ、ポトフ、ロールキャベツといった主菜からアイス、スフレといったデザートまで。どうしようかと頭を悩ませていると、ゆいこがある提案をしてくれる。
「ねえ、さち。せっかくだし、シェアしない?」
「お、いいね! その方が色々食べられるし! それに……」
「ゆいこ、あたしにあーん、してほしいんでしょ」
「~~っ///」
ゆいこの耳元で囁く。ちょっとした悪戯心。夜はいつもやられっぱなしだし、こういう時にやり返さないとねぇ。
「…………え、ええ……そうよ///」
「えへへ、かわいいねぇ」
真っ赤になるゆいこ。あたしはちゃーんと素直に言えたねぇと彼女の頭をなでなでする。ホントにかわいいなぁ、あたしの彼女は。
さてさて!
「じゃあ、かわいいかわいい彼女さんは何が食べたい?」
「そうね……『ハイドンのエステルハージ風ビーフの蒸し煮』とか、おいしそう」
「いいよね、ビーフ! じゃあ、それとねぇ……『サティのための子羊のカツレツ』とかどう? 一人だとカツは重いかもだけど2人だとちょうどじゃない?」
「確かに2人だと丁度良さそうね、それにしましょ。『ヘンデルのホットチョコレート』とかも、食後にどうかしら?」
「うん、いいね! じゃあ、それで頼んでみよっか!」
「ええ、そうしましょう」
2人でメニューを決め、店員さんに告げる。談笑しつつ待っていると、すぐに頼んだ料理が運ばれてきた。
「わ! 美味しそう!!」
「ほんと、おいしそうね……! 冷めないうちに食べましょうか」
「うん!」
「「いただきます」」
ナイフとフォークを持ち、カツレツを一口大に切り、口に運ぶ。まず感じたのは衣のサクサク。そして、噛むとお肉のしっとりジューシーで、
「カツレツおいしー!!」
「うん、ビーフの蒸し煮もなかなかのものよ」
「そうなの! じゃあ……」
「あーん」
ゆいこの方を向いて、目を閉じ、口を開けて待つ。
「……は、はい……どうぞ///」
「あー、んっ、ほんとだ、おいしいね!」
「ええ、おいしいわよね」
恥ずかしさはあったんだろうけど、ゆいこも笑ってくれる。
「さて、じゃあ……はい、どーぞ」
あたしはそう言ってお皿ごとゆいこに渡す。ちょっとだけの意地悪だったんだけど、
「………………さちはしてくれないの?」
ゆいこは不服そうな表情で、むーっとしてくる。
「わ!? じょーだんじょーだんっ!?」
流石にふざけすぎた!? あたしは慌ててカツレツを小さめに切って、ゆいこの口元へと運ぶ。
「は、はい、あーん」
「……ん……あーん。うん、おいしい……!」
笑顔のゆいこにつられて、あたしも笑顔になる。小さなお口を開けてあーんするゆいこはかわいいなぁ。そんなことを思っていると、
「…………ね、さち。もう一口……ダメ?」
「へ? あ、お、おうっ///」
そう言って、上目遣いであたしを見てくるゆいこ。不意打ちおねだりはずるいって……///
「え、えっと…………どーぞ、あーん///」
「あーん……ふふっ、やっぱり美味しいわね」
「うん、そうだね///」
「ふふっ」
ゆいこの少し悪戯っぽい笑顔。うぅぅ、やり返されちゃったぜ。
そうして、なんだかんだと食事を楽しんだあたしたち。会計を済ませようとして、店員さんを呼ぶけれど、さっきまでいた人たちもいない。なんでだろうと店員さんを探そうとして気づいた。
「あ、また、この船!」
「ええ、いつの間に……」
さっき、あたしたちをここまで連れてきた『星の小船』がいた。船はテーブルの脇にまで来ていて、再び乗ってくださいと迫っているかのように近付いてくる。
「うーん、やっぱり乗れってことかな?」
「たぶん?」
「お金はここに置いとこっか」
テーブルの上にお金を置いて、あたしたちは立ち上がる。
「行こっか、ゆいこ」
「ええ、行きましょう、さち」
あたしたちはまたそれに乗り込むことにした。船がゆっくり進み出す。次はどんな場所に連れていってくれるのだろう。
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