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2月8日、土曜日の昼下がり。
あたし、社幸華は悩んでいた。人生で1、2を争う悩みである。自宅のキッチンで、あたしは頭を抱えて叫ぶ。
「今年のチョコどうしよう!?」
そう。今から約1週間後、バレンタインデーがやってくる。その日にゆいこに渡すチョコをどうするか、それが目下の悩みであった。もちろん今までも、ゆいこにチョコレートを渡したことはある。けれど、それは友チョコとして贈ったものだった。今年は違う。あたしたちが恋人になって初めてのバレンタインデー。それが1週間後に迫っているのである!
「去年とか一昨年は、一緒に買いに行ってたりしてたけど……」
思い出すのは、昨日の放課後のゆいこの表情。視線を反らして、赤い顔で「今年は一緒に買いに行くのは止めましょ。その代わり、その……楽しみにしてて///」とか言われたら、そりゃああたしだって頑張るしかないってものよ! けど、
「…………お菓子作り、難しいよぉ」
そもそも料理自体あまり得意ではないんだから、それよりも上級者の領域であるお菓子作りなんてできるわけがなかった。もちろんスマホでレシピサイトを調べたり、料理本を立ち読みしてみたりはした。それでも難しいものは難しい。テンパリングってなんだよぉ……。
「はぁぁぁ……」
ため息だって出る。目の前には、あまり綺麗とはいえない歪なハート型をしたチョコがあって。サクッとかじる。味は普通。だけど、舌触りがよくない。これなら買った方が全然美味しい。
「うぅぅぅ、全然だめだぁ」
やっぱり無謀だったのかなぁ。それでも、ゆいこが喜んでくれる顔を思い浮かべると諦めきれない。どうする、どうする?
「そうだ!!」
作るのが難しいなら、発想を変えればいいんだ! チョコの質や出来で勝負をするんじゃない! 衝撃だ、サプライズだ。つまり……!
「こうなったら、自分の身体にチョコをコーティングして…………って、はっ!?」
いやいやいやいや、いくらなんでもそれはない。煮詰まって馬鹿な考えに行っちゃった。流石にそんなことをやったら、ゆいこに呆れられるし、下手をしたらドン引きされるに決まってるよね。
「冷静になれ、あたし」
大丈夫。まだ日はあるんだ。もうちょっと練習をして、少しでも上手くなればいい。うん、大丈夫!
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2月11日、祝日の夕方。
あたし、社幸華はキッチンで天を仰ぎ見ていた。
「終わりだぁ……」
湯煎途中でお湯の入ってしまったチョコレート。キッチンテーブルに溢れた砂糖。そして、キッチンに舞うココアパウダー。生チョコを作ろうとした結果がこの惨状だった。
一応、モノ自体はできたけど、見た目は悪い。形が均一じゃないし、表面の凸凹も気になる。試食用に作ったその生チョコを口に運ぶ。
「やっぱり舌触りが……」
生チョコというには固くて、とろとろというよりもベタベタな食感。レシピ通り作ったはずなんだけどなぁ。もちろんあたしのことだから、温度とかちょっとした工程とかその辺りでミスって単だろうなぁって。
「はぁぁ…………こほっ」
ため息。息を吸うとココアパウダーが気管に軽く入り、咳き込んでしまった。踏んだり蹴ったりだ。
「うーむ、どうしよっかなぁ……」
キッチンの惨状を見ながら、腕を組み、唸る。正直な話、材料費だって限りはある。
「……こうなったらっ!」
レシピのページに付箋を貼り、あたしはキッチンから出る。リビングで充電していたスマホをとり、メッセージアプリを起動した。
「ふ、ふふふ……あたしには料理上手の先輩がいるんだ……見てろよぉぉ、めちゃくちゃ美味しいチョコを作るってやるぅぅ」
先輩にメッセージを送ろうとした手が不意に止まる。いつかの浮気疑惑騒動が頭を過ったっていうのもあるけど。
一番は自分の力で作ったチョコをゆいこにあげたいって想い。
「…………はぁぁ、しょーがない。もうちょっとだけやってみるか」
袖をもう一度まくりあげて、あたしはキッチンへと戻ったのだった。
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2月14日、バレンタインデー当日の朝。ゆいこを待つ通学路にて。
あたし、社幸華はそわそわしていた。出来上がったチョコレートをゆいこに渡すのにドキドキしていた、訳ではない。
「はぁぁぁ……」
その逆で結局、チョコが上手く作れなかったから。昨日なんかも、お母さんが協力を申し出てくれたりもしたんだけど、あたしはそれを断った。意固地になるの誰に似たんだかとお母さんにはため息を吐かれた。それでも、自分だけの力で作って、ゆいこを喜ばせたかったんだもん! まぁ……それで完成しなかったら世話ないけどさ。
「さち」
「っ」
ゆいこの声に、身体が跳ねる。
「おはよう」
「お、おはようっ、ゆいこっ」
「? なんか声上擦ってない?」
「き、気のせいじゃない……?」
少しジト目で見てくるゆいこ。それから、ひとつため息を吐き、呟く。
「…………さちが作ったものなら、どんなものでも嬉しいわよ///」
「へ?」
その呟きはちゃんとあたしの耳に入ってくる。一瞬、言ってる意味が理解できなかったけど、遅れて気づく。
「し、知ってたの!?」
「……うん、お母さん伝いに、ね」
「な!?」
ゆいこ曰く、お母さんがゆいこのお母さんに、あたしがチョコレートを作っているのを話したらしく、それがゆいこにも伝わっていたみたい。
「う、うぅぅぅ///」
隠れてサプライズをしようとしていたのがバレてしまったあたしは思わず唸り声をあげる。
「言ってくれたら、一緒に作ったのに」
「だ、だってぇ……初めて自分だけで作ったチョコ、食べてほしくて……///」
「……フフッ、さち、かわいい」
「~~~~っ/// もうっ! だから、こっそり作ってたのにぃぃ!」
ああ、もう、と髪をワシャワシャしたあたしは覚悟を決めた。もうなるようになれ!!
「はい、こちらをどーぞ、ゆいこっ!」
「うん、ありがと、さち。じゃあ、私からも、これ」
「うん」
互いに作ったチョコレートを交換し合う。袋から出し、ゆいこの作ったチョコをチラリと見る。透明なフィルム越しに見えるのは、色とりどりのハート型チョコレート。素人では何をどうしたらこんなチョコを作れるのか見当もつかない。これを手作りしたっていうんだから、すごすぎる……。
「ほ、ほめてもなにも出ないわよ///」
すごいすごいとあたしに誉められ、赤い顔をするゆいこ。かわいいなぁ。
「…………ねぇ、さち」
「ん? なに?」
「私もさちの開けてもいい?」
「え、ちょっ、ま、待って」
「さちも見たんだから、いいでしょう?」
それを言われてしまうと辛い。だけど、ゆいこのすごいチョコを見てしまった後ということもあって、心の準備が……っ!
「じゃあ、そこの公園で。ね?」
「…………う、うん」
ゆいこはどうやら学校まで待てないみたいで、2人で近くの公園に寄り、ベンチに座る。
「ね、ねぇ、ゆいこぉ……やっぱり家に帰ってから、せめて学校で1人の時に見てよぉ」
「……嫌よ。さちが私のために頑張ってくれたんでしょう。そんなの少しでも我慢できないわ」
「あ、うぅぅ……」
両手で顔を覆うあたしの横で、ハートの箱を開けるゆいこ。チラリと指の隙間からゆいこの様子を見る。箱の中には、生チョコが3粒だけ。どうにかマシな3つを入れたんだけど、ゆいこのそれと比べたら見劣りする出来で。
「………………」
「あ、あの……ご、ごめんね? そ、そのやっぱり全然上手くできなくてさっ、ほら、あんまり形とかも良くないしーー」
「ーーいただきます」
「あっ」
ぐだぐだと言い訳をするあたしを余所目に、ゆいこは生チョコを口に運んだ。そのまま目を閉じ、一言。
「うん、おいしいわ♡」
そう言って、ゆいこはにっこりと笑う。その言葉が、その表情が作り物じゃないのは、あたしが一番分かってる。それを見て、思わず涙が込み上げてきて、
「えぇぇぇぇんっ、ゆいこぉぉぉ」
思いっきりゆいこに抱きつく。
「わ、ど、どうしたのよ」
「すきぃぃぃぃ」
「……ふふふ、私もよ、さち」
優しい微笑みを浮かべながら、ゆいこはあたしが落ち着くまで、頭を撫で続けてくれたのだった。
ちなみに、ゆいこのチョコで、あたしはほっぺが落ちました!
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