長い。
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駅に戻ると、送迎車はもう到着していた。黒塗りで車体が長い。それが高級車だってことは車に詳しくなくたって分かる。お待たせしましたと少しパタパタと近寄ると、スーツ姿の初老の綺麗な白髪の男性が穏やかな笑みを返してくれた。黒羊村は楽しんでいただけましたか、という質問に、あたしとゆいこはもちろんと返す。その答えに心底嬉しそうに、その人は微笑み、そのまま後部座席の扉を開けてくれた。
車内にて、慣れない高級車の内装にドキドキする時間は幸いすぐに終わる。旅館自体は駅からそこまで離れていなかったようで、あたしたちは『黒羊旅館』へと到着した。車から降り立つ。
「お、おぉ……!」
思わずもれる感嘆の声。あたしたちを出迎えたのは、背丈の2倍近い大きさの立派な門。そして、その奥に佇む荘厳さすら感じる温泉旅館だ。恐る恐る門をくぐり、玄関に向かう。その道中も見事な庭園が造られていて、それを眺めながら石畳を歩く。これだけで日常の喧騒から離れられる気がした。
カラカラと旅館の戸を開ける。畳張りのロビー。辺りを見渡そうとしたけれど、目は1点に釘付けになる。そこにいたのは着物姿の女性。たぶん女将なんだろう。その人物があたしたちに深々と頭を下げた。
「お待ちしておりました、社様。本日は当旅館にお越しいただき、ありがとうございます」
柔らかい笑みを浮かべる女将さん。笑った顔はとても……ううん、とてつもなく美しかった。顔が整ってるとかいうレベルじゃない。なんだろう、肌の艶もあって、同性でもドキドキしてしまうくらいには色っぽい。お荷物をお持ちします。そう言って、手を差し出す女将さんの所作も綺麗で、思わず見とれてしまう。ふと気づくけど、他の従業員の人達も綺麗な人が多いなぁ。
「ほ、ほへぇ」
「………………さち」
「え、あ、なに?」
「…………いえ、なんでもないわ」
な、なんだろう? なんだか一瞬、ゾクッとしたような気がしたんだけど……体が冷えちゃっただけ、かな。
「では、館内のご案内をさせていただきますね」
女将さんに促され、一旦ロビーにあるローテーブルにつく。テーブルにはあたたかい緑茶とお茶菓子が置かれ、女将さんはパンフレットを取り出して丁寧に説明をしてくれた。
「ご夕食は18~21時の間で予約していただいてお部屋にお届けいたします。館内は浴衣で散策いただいて結構でございます」
「庭は今、雪景色が見事でございますのでぜひ温泉に入った後、涼みに行かれるのもよろしいかと。それとお風呂でございますが、朝4時から5時の間だけ清掃が入りますので、その時間以外はいつ入っていただいても結構でございます」
「はい、分かりました」
「では、お部屋にご案内いたします」
女将さんが立ち上がって歩き出す。あたしたちもそれに倣ってついていく。女将さんの足袋が畳をする音が心地いい。部屋への途中、窓の外に雪が降り積もっているのが見えた。旅館の中が静かなのは、雪が周りの音を吸い込んでいるからかな。
「こちらが、今回お泊りしていただくお部屋でございます」
女将さんに連れられてやってきたお部屋。すっとふすまが開かれた目の前には、広々とした和室が広がっていた。中へ入る。窓から見える雪に覆われた冬の光景に反して、室内はストーブがついていて、とてもあったかい。大きなテレビやスピーカーやエスプレッソマシンなど、現代的な設備が置かれてるけど、それ以外の部分は木や和紙など古き良き日本の風情が残されていた。
さらに、部屋からすぐ見えるベランダには、大きな露天風呂があるのが分かる。もくもくと温泉から上がる湯気も見えた。
「ごゆっくりおくつろぎください」
頭を下げて、静かに去る女将さんに、2人でお礼を伝え、部屋にはふたりきり。少しそわそわしながら、辺りを見渡す。
「お、おぉ! 豪華だぁ……」
「……すごいわね。露天風呂も何もかも……想像以上だわ……」
「ねー……とりあえず部屋いろいろ見てみよっか!」
「ええ」
部屋は2つ。座卓が置かれたメインの部屋と寝る用の奥の部屋。奥にはすでに布団も敷かれている。ダイブしてもいいけど、たぶんぐっすり寝ちゃうから止めとこー。部屋のクローゼット下には、よくあるタイプの旅館浴衣もある。
「浴衣もあるよ……まぁ、だけど、せっかくならレンタルしたいよねぇ」
「そうね、あとでレンタルしに行きましょう。さちに似合う浴衣は……やっぱり赤色かしら」
「赤の似合う女です! ゆいこは大人っぽく紺系統かなぁ」
「いいわね。ふふっ、浴衣着るの、楽しみになってきたわ」
ウキウキしながら、お部屋探索を進める。座卓の上には温泉饅頭と急須と湯呑が置いてある。部屋に着いたらすぐ注げるようにお湯の入ったポットもおいてあり、今すぐにでもくつろげる。おもてなしの心ってやつだね。部屋の隅には、カプセルをはめ込むタイプのエスプレッソマシンがある。そして、小さな冷蔵庫には何種類かのソフトドリンクも揃っていた。冷蔵庫の中に入ってあるポップによると、どうやら飲み放題で無料らしい。至れり尽くせりだなぁ。
「さち、こっちもすごいわ……」
「どれどれ?」
ゆいこに促され、脱衣所に入る。広い。その上、ドライヤーも最新式だし、それ以外にも美容家電やシャンプー、コンディショナー、ヘアオイル、パックまで揃ってる。入浴剤も様々な種類が取り揃えてあり、「使わなかったものはぜひ、お持ち帰りください」というメッセージカードも添えてあった。内風呂もかなり広くて、ジェットバスもついているようだった。
「す、すごいわね……!」
「ね! ここだけでも楽しめそうだよ」
とそうは言いつつも、あたしの心はここにはなかった。ゆいこも同じだろう。顔を見合わせて、少しだけ足早にそちらへと向かう。そう!
「個室露天風呂!!」
言いながら、窓を開ける。同時にふわりと温泉の香りが漂う。浴槽はヒノキ造りで、近づけば温泉の香りに紛れて木の香りもする。肝心の温泉は、かけ流しのようで零れたお湯は板張りの床の隙間に吸い込まれていく。『贅』が詰め込まれた露天風呂だった。
「初めて見た! すごいね~、ゆいこ」
「ええ、すごいわね」
「これがあたしたちだけで独占できるとか……!」
楽しみすぎる! ていうか、
「まだ早い時間だけれど、入る? それとも、夜の楽しみにしておきましょうか」
「!」
今すぐにでも入りたい。そう思ったあたしの心中を読み取ったかのようなタイミングで、ゆいこがそんなことを言う。もしかしたら、ゆいこも同じ気持ちだったのかも? そう思ったら……。
「………………入る」
あたしは自然にそう答えていた。で、もちろんーー
「ゆいこと一緒に……///」
「じゃあ、一緒に入りましょうか///」
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ゆいこが先に脱衣所へ行き、一足先に露天風呂へ向かった。あたしも続けて向かう。
「お、おまたせ……///」
「え、ええ……///」
ゆいこはもう浸かっているし、あたしはタオルを使ってるから互いの身体が直接見えることはない。けれど、如何せんまだ夕方前。明るいところで肌を見せるのは……ちょっと恥ずかしくて。
「お、おじゃましますっ」
「ど、どうぞっ」
おどおどとしながらかけ湯をして、あたしは浴槽へ体を入れる。熱いとは感じるけれど、冷えきった身体の末端からじんわりと伝わるお湯の温度が心地いい。乳白色のお湯が肌にまったりとまとわりつくような感触もある。外の冷たい空気に湯気が揺らめき、その先でゆいこが照れたように笑った。そんな素敵すぎる光景に、あたしはーー
「ふぃぃぃ……あったまるぅぅ」
色気もなにもない声をあげていた。
「ふふっ、そうね」
間の抜けたあたしの声に少し緊張が解れたのか、ゆいこはおかしそうに笑う。なんだよぉ、仕方ないじゃん。温泉に入ったら、誰だってこうなるって!
「それにしても、じゃない?」
「むう……ほぅぅぅ」
「ふふっ、でも、ふう……寒い時期に入る露天風呂って、うん、良いわね……」
「ねー、ほわぁぁぁ……」
「………………」
「ほぉぉぉ……ん?」
肩まで浸かり、あったかさで溶けているあたし。そんなあたしをゆいこがじーっと見つめてきているのに気づいた。
「ん? ゆいこぉ、どぅかしたぁ?」
「いえ、ただ……」
「ただぁ?」
溶けきっていたところからちょっとだけ姿勢を直して訊ねる。すると、ゆいこはクスッと笑い、こう言った。
「すこし触りたくなってしまっただけよ。でも、まだ、昼間だもの……ね?」
「うっ/// い、いいけど……」
大胆なことを言うゆいこに、あたしは動揺しながらも、体を寄せる。二の腕が、脇腹が、太ももが少しだけ触れる。
「……ほ、本番は、夜……ね?///」
ゴニョゴニョと牽制する。たぶん言っとかないとまずい気がしたから。
「そうね、夜、ね。でも……なんだかもっと触りたくなってしまうわね」
ゆいこは微笑む。上げた手で、指で、あたしの首筋から肩までをするりと撫でて、すぐに手を離す。それは夜の、始まりの触り方で。
「ひゃんっ/// あ、ぅぅ、ゆいこ……/// そ、その触り方は……ずるく、ないですか……」
「あら、ダメだった?」
あたしの抗議もどこ吹く風で、ゆいこはまた『あの触り方』であたしのお腹を触る。その指はさらに下、太ももを撫でる。あたしは身を縮め、震わせるしかない。それが少しの間続き、やがて、感触がすっと消える。助かったと思ったのもつかの間。ゆいこはぐいっと少し強引に身体をこちらに寄せ、あたしの耳元で囁く。
「……もっと触りたいけれど、また夜にしましょう……ね?」
「あ、う、あぅぅぅ……は、はいぃ///」
返事はイエスのみ。それ以外は何も言えなかった。
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露天風呂から出て、お互い元の格好へと戻り、座卓につく。そう、浴衣じゃなくて元の格好だ。なのに、なんだか座卓の向こうにいるゆいこが妙に色っぽい。見慣れているはずのその姿が艶やかで、心臓に悪い。こ、これが湯上がりマジックなのかぁ!?
「ね、ねぇ、ゆいこぉ」
「……ど、どうかしたの? さち」
「ほ、ほら。レンタル浴衣とかあるかもだし、館内見て回ってみよ!」
裏返る声をどうにか抑えて、そんな提案をする。ゆいこも動揺しているみたいで、同じように目を泳がせながらも頷いてくれた。
2人、部屋を出てロビーへ向かう。ロビーは部屋よりは気温が低く、温泉と何かの熱で高まった頭を冷ましてくれた。ロビーを見渡すと、あった。浴衣の貸し出しサービスだ。そちらへと足を運ぶと、愛想のいい従業員さんに案内される。そこには色とりどりの浴衣がずらりと並べられていた。普通は見ないような色や柄があって、
「お好きなものをお選びください! こちらで着付けも行いますので、決まりましたらお声かけください」
そう言って、従業員さんは一礼してくれた。
「おぉ!? 流石は高級旅館だ……すごい数……よぉし、ゆいこ! お互いのやつ選び合わない?」
「いいわね、さちに似合うものを一番分かってるのは私だし……そうしましょう」
2人で互いの浴衣を選ぶ。あたしには暗めの赤をメインにしたもの、ゆいこには紺色で白い花柄があしらわれたものをそれぞれが選んだ。従業員の人に声をかけると、にこにことしながら選んだ浴衣を、丁寧に着付けてくれる。顔を上げると、鏡に映る自分の姿がなんだか新鮮だなぁって。
「さち、こっちも終わったわよ」
その声に振り向くと、
「わ、ゆいこ……似合うね……ちょー美人さんだ」
あたしの言葉に、ゆいこは照れくさそうに微笑む。
「……さちだって、すごく似合っていて……誰よりも綺麗よ」
「えへへぇ、ありがと。 このまま手、繋いで散策しよっか!」
「ふふ/// ええ、そうしましょう!」
小さな歩幅で、2人、手を繋いで歩き出す。従業員の人はにこにことそれを見送ってくれた。
ふとロビーの窓から外が見える。たしか庭があるって話だったよね。湯冷めもしちゃうから、あんまり長居はできないけれど。少し寄ってみようかという提案に、ゆいこも頷いてくれた。庭に降りてみると、雪の降り積もった綺麗な日本庭園が目に入る。木の幹にも藁がまかれ、冬支度は終わっているみたい。しんっと冷えた空気の中、あたしたちの足音だけが響いていた。
「あ、ゆいこ、あれ見て!」
「あれって……」
目の前に、大きなかまくらが見えた。中を覗くと、藁が敷かれ座布団が設置してある。小さな炬燵もある。
「あ!お客さんちょうどいいところに! そのかまくら作ったばっかりなんですよ。よかったら入っていかれますか?」
かまくらの中を見ていると、半纏を着た従業員の男性に声をかけられた。半纏も貸せるとのこと。だったら!
「こんな大きいの久しぶりに見るなぁ。せっかくだし入ってみよっか!!」
「そうね、せっかくだもの。私は入った経験がないから……どんなものなのか、ちょっとドキドキするわ」
「ふふふっ、ゆいこの初体験だねぇ」
「じゃあ」
「「おじゃましまーす」」
あたしたちはかまくらの中へ入る。中は意外と温かく、藁を敷いた上に座布団、そして、炬燵が置いてあるせいか座っていても特に冷えるようなことはなかった。かまくらの壁は棚のようになっていて、蝋燭が灯っている。綺麗だなぁ。
「そうだ!せっかくだし、甘酒とか鍋とか熱燗とかいろいろ持ってこれますから何でも言ってくださいね!」
「あはは、熱燗はちょっと……甘酒ふたつ、もらえますか?」
「はい! ちょっと待っててくださいね!」
そう言ってその人は勢いよく駆け出して行った。改めてふたりきり。
「思ったよりあったかいねぇ……」
「温かいし……お互いの声が響いて、なんだか不思議な感じだわ」
ゆいこの言う通り、かまくらの構造のためか、お互いの声がよく響いて、何だかずっと内緒話をしているような気分にもなる。世界から隔離されたような感覚。
「………………ふむ」
ふと芽生えたイタズラ心。あたしはーー
「んっ」
ゆいこの唇に、軽く口づけをする。
「……!?!? さ、さち!?///」
突然のことで、ゆいこは真っ赤になり、動揺する。ふふふ、そうそう、イケイケのゆいこも好きだけど、このゆいこが見たかったんだよねぇ。
「ここなら誰にも見えないしさ/// ちょっとかいほー的になってて、えへへぇ……イヤだった?」
「……イヤなわけ、ないでしょ///」
「あっ……んっ」
ゆいこの顔が近づいてくる。そっと頬に手を伸ばし、あたしのことを支えるようにして、ゆいこはお返しのキスをしてくれた。
「ん……えへへぇ、ゆいこ、好きぃ♡」
「私もさちのこと、大好きよ♡」
顔を見合わせ、笑い合う。その後、さっきの従業員の人が甘酒を持ってきてくれて、あたしたちはかまくらの中で甘酒を飲む。身体がじんわりとあったまる。
「あ、ゆいこ、写真撮らない?」
そんなことをふと思いついた。かまくらの中で撮るのって中々ない経験だしね。ゆいこもそれを快く承諾してくれた。画角からピントやら何回か失敗しつつも、なんとかそれなりにいい写真を撮ることができた。うむ、満足!
「いいの撮れた?」
「うん、ほら、2人ともいい笑顔! まぁ、本物のゆいこはもっと可愛いけどねぇ」
「それを言うなら、現実のさちの方が写真の何倍も素敵よ?」
「えへへぇ、もうゆいこさんはぁ」
「あら、だって本当のことだもの」
互いに手をにぎにぎとしながら、また笑い合う。ああ、本当にいい旅だなぁ。
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「卓球台だ!」
「温泉あるあるね。よく聞くわ」
欄間に『卓球場』と書かれた部屋のふすまを開ける。部屋は板張りになっていて、卓球台がいくつか並んでいた。どうやら先客はいないみたいで、のびのびと遊べそう!
「……ゆいこ、3点先取でどう?」
「ええ、いいわよ」
近くに置いてあった卓球のラケットとボールを手にする。何回か素振りをして。
「ふぅ、テニス部の力を見せるときがきたぞ!!」
「……勝てる気がしないけれど……でも、卓球ならやれるかもしれないし……がんばるわね!」
フッフッフッ、健気なゆいこめ。けど、あたしはテニス部! テーブルテニスでゆいこに負けるわけがない。ということで!
「ねぇ、ゆいこ、ここで負けた方は、この旅中に勝った方の言うことをひとつだけ聞くってどう?」
ずるいのは分かってるけど、そんな提案をする。
「……い、いいわよ。せっかくの勝負事だもの、ね?」
「ふっふっふっ、言ったね? 約束だよぉ?」
「ええっ!」
「あ、ハンデいるぅ?」
「むっ……なくてもいいわ。私だってやるときはやるのよ?」
そう言って、ゆいこは構える。
「じゃあ、こっちから行くよ!」
あたしはボールを高くに放り、
「えいっ……………………あれ?」
ボールを捉えた感覚がない。つまり、あたしは盛大にすかしていた。
『 さちか 0 ー 1 ゆいこ 』
「あら、自信があったにしてはまだまだね。さち」
「ぐ、ぐぬぬっ! ほら、ゆいこのサーブだよ!」
「……がんばるわね」
ゆいこもボールを高く放る。そして、カツンと音がして、ボールがあらぬ方向へ飛んでいった。
『 さちか 1 ー 1 ゆいこ 』
「あー、うん」
「……難しいわね」
「よ、よし、あたしの番だ!」
今度はボールを手元で打つ。まぁ、もちろん成功。
「よしっ!」
打ったサーブはゆいこのバック側へ。勝負は無情なのだ。もらったよ、ゆいこ!
「最初はあれだったけれど、さすがテニス部ね……!! でも!」
「な!?」
見れば、ゆいこはすでにフォア側に回り込んでいた。たしかに素人ではバックハンドで打つのは難しい。ゆいこは頭がいいからそれを既に見切っているんだろう。けれど、
「なんで打とうとした場所が!?」
その移動スピードは打つ場所を読んでいたと考えるしかないスピードで。
「ふふっ、さちの考えはお見通しよ! えい!!」
「くっ!?」
ーースカッーー
『 さちか 2 ー 1 ゆいこ 』
「「………………」」
「……ゆいこはかわいいねぇ」
「うぅ……///」
「さ、あたしのマッチポイントだね。なにしてもらおっかなぁ 」
「ま、まだ負けが決まったわけじゃないわよ!」
「ふふーん さぁ、ゆいこ、サーブをどうぞ!」
拾ったボールをゆいこに渡し、構える。
「行くわよ!! えいっ!!」
ーースカッーー
『 さちか 3 ー 1 ゆいこ 』
「にこにこ」
勝負は決した。あたしの勝ち、ということは!
「さあ、なーにしてもらおっかなぁ 楽しみにしててね、ゆ・い・こ♡」
「……え、ええ……楽しみにしてるわね……」
ふと見れば、ゆいこはガックリと肩を落としている。ちょっと落ち込んでる?と顔を覗き込むと、ゆいこは少し口を尖らせて拗ねていた。かわいい。
「……だって、ぜんぜん球が入らないんだもの」
「よしよし、今度、一緒に練習しようねぇ」
ゆいこの頭を撫で、励ます。
「ほら、ちょっと動いてお腹も減ったし、夕飯頼も?」
「……そうね。夕飯頼みましょうか」
「ほら、落ち込まないの!」
「うぅぅ……」
ゆいこ、案外負けず嫌いだよねぇと思いながら、あたしは彼女の頭を撫で続けたのであった。
ーーーーーーーー
部屋に戻り、内線でお食事の準備をお願いする。すぐに女将さんと数人の従業員さんがやって来て、手早く配膳を済ませてくれる。
「お電話いただければ、お片付けに参りますので……ごゆっくりお楽しみください」
深々と頭を下げて、女将さんたちは下がっていった。目の前には、お造りや繊細な小鉢がいくつもおかれ、食べきれるか不安になるような量のごちそうが並んだ。そのご馳走に圧倒されながら、お品書きを見る。
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【冬の献立】
・ホットリンゴジュース
・かにみそ豆腐
・里芋の煮物
・マグロ、寒ブリ、ヒラメのお造り
・金目鯛の煮付け
・黒羊牛のあぶり寿司
・フグの唐揚げ
・和風ビーフシチュー
・牡蠣の釜メシ、香の物、赤だし
・リンゴのコンポート
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「は、はわわわわわ……ごちそうだッ!?」
「え、ええ。すごい量だし、すごい豪華……食べ切れるかしら」
「と、とりあえず食べよう!」
「ええ」
「「いただきます!」」
まずは喉を慣らすために、ホットりんごジュースを一口。瞬間、鼻を抜けるリンゴの強い香り。そして、口に広がる濃いリンゴの味。
「あったかいりんごジュースってはじめて飲んだけれど、おいしいのね」
「ねー! 普通のより甘いし、りんごの味が濃い! さて、食べるぞぉ!」
あたしはそのまま箸を持ち、お豆腐に手をつけた。まず見た目がすごい。かにの甲羅の中にお豆腐が乗せられ、その上にたっぷりとかに味噌がかけられこんがりとあぶられている。
「あむっ! んん!!」
やわらかい豆腐に濃厚なかにみそが絡みつき、かにみその風味が豊かに広がって舌の上でとろける。
「大人の味だぁ」
「……確かに大人の味ね。かにみその風味がすごく濃くて、クセになりそう」
「なんかお父さんによると、日本酒に合うらしいよー。大人になったらゆいことお酒も飲んでみたいね!」
「ふふ、なら大人になったら飲みましょう。さちはお酒強いのかしら? 弱いのかしら?」
「うーん、お父さんは強くてお母さんは弱いんだよねぇ。ゆいこは……案外強そう」
「……両親が酔っているところを見たことがないから……確かに強いかもしれないわ」
そんな話をしながら、次の料理へ。これは里芋の煮物。口に運ぶと、ねっとりとした里芋に出汁と醤油の味がしっかり沁みこんでる。味付けはシンプルだけど、里芋の旨味がたっぷりと詰まっていて箸が進む一品だった。
さらに、次!
「お刺身!」
「マグロと寒ブリ、ヒラメですって」
「どれどれー?」
赤味が綺麗なマグロや、脂ののった寒ブリ、淡白なヒラメ。箸を取り一口食べると、どれも新鮮で生臭さは一切なくて、ぷりぷりとした食感と魚のうまみが感じられる。
「!!! ぷりぷりだぁ」
「ふふっ、じゃあ、私は次、この金目鯛の煮付けを食べてみるわね」
「じゃ、あたしはお肉のお寿司!」
軽くあぶられた肉寿司。お品書きによると、このお肉は黒羊牛という特産の牛肉みたい。その上にちょこんとワサビが乗っている。口に運ぶと、とろけるような柔らかさと濃厚な肉の旨味が口いっぱいに広がっていく。酢飯の酸味と牛肉のコクのバランスが絶妙で、後味も思ったよりさっぱりとしている。
「あ~~~っ、うまぁぁぁい」
「こっちも金目鯛の身がほろほろと崩れて……美味しいわ!」
さてはて、次は……フグの唐揚げ、食べてみよっかな! 噛んだ瞬間にサクッと音がした。衣の中にたっぷりと詰まったフグの身が、ジューシーで柔らかい。フグの美味しさがメインだから、味付けはかなりシンプル。だけど、うっすら感じる唐辛子の風味がほどよい刺激をくれる。
「美味しいわね、さち」
「ねー、ボリュームすごいけど、これだけおいしかったら、食べ切れちゃうよ!」
「そうね。じゃあ、次はこのビーフシチュー食べようかしら」
「あ、あたしも!」
蓋を開けた瞬間に、ビーフシチューの香りが広がった。生クリームがかけられたビーフシチューをスプーンですくい上げると、柔らかく煮込まれた牛肉が見える。
「……ごくりっ」
口に含むと肉の旨味がじんわりと広がり、噛めば噛むほどに旨味が増す。けれど、お肉はいつの間にか口の中で崩れ、溶ける。野菜もしっかりと煮込まれ、濃厚な旨味が口に広がる。
「はぁぁぁ、おいしいぃぃ……ね、ゆいこ!」
「んっ……そうね」
なんてことはない会話。けれど、なぜかゆいこから目を離せない。妙に彼女の口元に目がいってしまう。スプーンを舐る舌や温泉のせいかほんのり上気した頬。そして、浴衣の裾から伸びる無防備な足。
「………………っ」
食事を放り出して、この場で触れたいと思ってしまう自分に驚きながら、思わず手を伸ばしそうになる。
「さち……」
「え、あっ」
ふとゆいこと目が合う。その目が熱っぽく感じるのは、気のせい、なのかな。
「あ、あはは///」
「……ま、まだ残ってるから食べましょう///」
まだ煮付けも牡蠣の釜めしも、デザートのりんごのコンポートだって残ってる。おいしかった。ちゃんとおいしかったんだけど、あたしの視線は、それを食べるゆいこの口元と浴衣の隙間から覗く足と鎖骨に釘付けになってしまって、盗み見しながら食事を続けることになってしまった。
ーーーーーーーー
ちゃぽん、と水音がする。夜ということもあって、昼間よりも一層寒さが身に染みる。ふぅと息を吐くと、息が白い。雪は降っておらず、晴天。上を見上げると満天の星空が目に飛び込んできた。そして、湯船の周りは、灯籠がぼんやりと照らし出し幻想的な雰囲気だった。
「…………きれい、だね」
「…………そうね」
隣のゆいこもそれに同意してくれる。けれど、その視線が注がれるのは、灯籠でも星空でもない。
「…………ぅぅぅ///」
分かっているよ、ゆいこの視線が向いてる先はあたしなんだって。だけど、この非日常感にあまりにもドキドキしすぎて、彼女の顔を見れない。すると、
「……ね、さち。顔をもっとよく見せて?」
「……ぅん……っ」
顔を上げる。自然と見つめ合う。
「……ゆい、こ」
「……さち」
目を閉じる。唇に熱。
「ん……/// ゆい、こぉ……」
「んっ……さち……っ」
2、3回、唇を合わせるだけのキスを交わし、そのまま舌でゆいこの唇に触れる。ゆいこはそれを受け入れてくれて、そのまま長い、深いキスをする。
「ん……んっ♡ さ、ちっ♡」
「うんっ♡ ゆ、いこ……ぉ、んっ、はっ、ゆいこっ♡♡」
「さ、ちっ♡ さちっ♡♡」
「んっ……ん♡ っ、ぷは……はぁ……はっ……♡♡」
没頭しすぎて、息継ぎを忘れてた。限界を迎え、息絶え絶えに呼吸をする。
「…………ふふ♡ さちったら、可愛い♡♡ もっとさちに触りたくなってきちゃった……」
「は、はっ♡ う、うん……さわって♡」
ゆいこの指先があたしの首筋に、胸元に、お腹に、太ももに触れていく。焦らすように触られる。ゆいこの優しさと思いがちゃんと伝わってくる。でも、足りない。だから、あたしはつい口を開いて、ゆいこに懇願した。
「ね、ゆいこぉ♡ さっきのお願い……なんだけどね……」
「ええ……なぁに?♡」
「今日は……はげしく……して♡♡」
「……やめてって言っても、遅いからね」
夜は更けていく。
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