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気づけば、日付が替っていて。肩で息をしながら、布団に横たわるあたしとゆいこ。
「…………ゆいこぉ……」
荒い息を整え、どうにか名前を呼ぶと、ゆいこはあたしの髪を撫でながらどうしたのと訊ねてくる
「…………お風呂行こぉ……あたし、汗すごくて……」
「ふふ、確かにそうね。……それじゃあ、汗を流しに行きましょうか」
「うん……」
頷き、ゆっくりと身体を起こす。そのまま立ち上がろうとして、ガクッとよろける。ハハハ、膝が笑ってるや。
「…………足、ガクガクなんですけど……」
「……激しくしてって言ったのはさちじゃない?」
「むぐっ、何も言えない……」
うぅぅ、その場の盛りあがりって怖いよね。まぁ、後悔はしてないけどさ。ゆいこに支えてもらいながら、歩き、側に脱ぎ散らかしてあった浴衣を着直す。バスタオルも準備して、あたしたちは温泉へと繰り出した。
こんな時間だからか、脱衣所には誰もいなかった。
「流石にこの時間だし、人、いないね……貸しきりだぁ」
「……人、いなくて良かった」
「?」
安堵のため息とともに、ポツリと呟くゆいこ。別に付き合う前も修学旅行とかで大浴場的なところには行ってたはずだけど、苦手だったっけ?
「いえ、なんでもないわ。気にしないで」
「う、うん」
まぁ、いっか。入ろうと促して、浴衣を脱ぐ。少し汗はひいてはいるけれど、それが冷えて肌寒くなってきた。温泉に入りたいと逸る気持ちを抑えて、タオルの準備する。そのまま浴場へ。カラカラと軽い音を立てて引き戸を開けると、瞬間、ふわっと湯気が顔を包み込んだ。一歩大浴場へ歩を進めると、目の前には湯の花が浮かぶ乳白色の温泉が広がっていた。奥には、岩の湯船や花が浮かんだ湯など様々な湯船が並んでいるのがわかった。
「すごぉ……!」
「個室露天風呂も勿論よかったけれど、これはまた一段と豪華ね」
「うん。スーパー銭湯のすごい版って感じだ」
色んな種類のお風呂があるからか、浴場に入ったところに案内板があった。内風呂が5種類に、露天風呂が3種類。それにサウナもあるみたい。
「よーし! まずは定番のヒノキ風呂だ!」
「いいわね。いい香りだし、ヒノキ風呂には入らなくちゃよね」
どうやらゆいこの同じ気持ちだったみたいで、2人連れ添って近くにあるヒノキ風呂へ。大きな檜で作られたお風呂の中には、少しくすんだ茶色の湯が満たされ、湯気が立ち上っていた。早速、入る。
「ふはぁぁ、あったまるぅぅ」
「ほんとう……香りも良いし、まるで森の中にいるみたい……」
単純な温泉の泉質だけじゃなく、それに加えてヒノキの香りがお湯に溶け込んでるみたい。ふと効能の看板を見てみると『檜風呂は、保温性に優れており熱が逃げにくいため、ゆっくりと温まることができます。また、檜の香りがリラックス効果を持ち、ストレスを解消してくれるとされています』と書かれていた。しばらく浸かる。あー、いい。
「ヒーリング効果だねぇ……」
「うん、癒される……」
「はーっ、今日はたくさん運動したからねぇ、身体に沁みるよ」
「……今日は運動、たくさんしたものね」
「…………おかげさまで///」
「ふふっ」
恥ずかしいのを誤魔化すために、あたしはそのまま近くにあった浴槽を指差し、そちらも入ってみようと提案する。たしか鉄風呂っていったっけ?
「そうね。でも、何かしら? 鉄風呂って」
「鉄でできた浴槽、とかかな?」
「うーん、でも、鉄だと錆びてしまうんじゃないかしら」
ヒノキ風呂から出て、その鉄風呂へと近づいてみる。触ると、じんわりとあったかい。この手触りからすると、本当に鉄でできたお風呂みたい。
「珍しいねぇ」
「ええ、見たところ錆びもないし……」
ゆいこの言う通り、よく手入れされているのか、錆びたところはない。ただ温泉の成分のせいか鉄は茶色く変色していた。
「……お邪魔しまーす」
未知の温泉に恐る恐る入ってみる。
「お? 少し鉄の匂いはするけど」
「ええ。思ったほどじゃないし、なんだかお湯が柔らかい気もするわね」
肩まで浸かったまま、看板を見てみると『鉄風呂は、お湯が赤褐色に変色し、鉄分が肌に浸透します。鉄風呂は、鉄分補給や疲労回復、美肌効果があるとされています。また、温泉との相性も良く、疲れた身体を癒す効果が期待できます』と書いてあった。
「……美肌効果? 疲労回復にもいいみたいだし、中々いいわね」
「うん……鉄臭さが薄いのは、これのおかげかな」
近くに浮いていた袋を軽く持ち上げてみると、中からは薬草みたいな匂いがしていた。うーむ、重い見た目の割には、ずいぶんと健康的なお風呂みたいだ。我々も女の子である。美肌なんて言われちゃ、長く浸かっていたくなるもので。鉄風呂にも浸かり、次に入るお風呂を見繕う。全部入りたいのは山々だけど、流石に体力が、ね?
「ゆいこは次、どれ入りたい?」
「そうね……海の湯っていうのがちょっと気になるわね。潮の香りでもするのかしら?」
「よし、じゃ、そこで決定! 行ってみよっか!」
「ええ」
海の湯は少し奥まったところにあった。そこは洞窟のようになっていて、他のお風呂と比べると、閉所的だった。
「わぁ、なんか洞窟の中みたい……!」
「そうね。私としてはこういう狭いところ、落ち着くから好きよ。それに……すんすんっ……本当に潮の香りね。海って感じがしてすごく良いわ」
「ねー! 入ろう」
透明なお湯につかってみると少し潮の香りがする。
「海なのに、あったかい……不思議な感じ~」
「そうね。海水、ってわけじゃないわよね?」
看板を見ると『こちらは塩を入れたお湯になります。発汗作用が高く体が芯から温まり、心身ともにリラックスすることができます。また、デトックス効果と疲労回復効果も高く、湯上り後はすっきりとした気分になるでしょう』と書かれている。塩のおかげかジワリと額に汗がにじむ。体の悪いものが排出される気がするお湯だ。
「なんか水面とか壁に光が反射して……綺麗だね」
「ええ……こういう洞窟みたいな温泉も良いわね。2人っきりって感じがして」
「そ、そうだね」
「…………」
「…………」
「…………」
「………………きょ、今日はもうしないからねっ?///」
無言でこちらを見つめてくるゆいこに釘を刺しておく。雰囲気がいいのは本当だけど、流石のあたしもこれ以上は身体が保たない。というか、なんでこういう体力はゆいこの方があるんだよぉ……。
「あら、残念。でも……つまり明日はするってことよね? 楽しみにしてるわ」
「っ、た、退散っ///」
これ以上は不利だって判断したあたしは、近くの薔薇風呂に逃げ込んだ。
「待ってよ、さち」
「ほら、ゆいこさん、ちょっと落ち着いた方がいいよっ/// 薔薇の匂いに包まれて、興奮をおさめてください///」
「私は落ち着いてるわよ? でも、そうね。確かにこのお風呂、とってもいい香りだわ」
大理石で出来たお風呂の中に色とりどりの薔薇が浮いていた。微かに甘い香りの漂うお湯は薄いピンク色。入ってみると薔薇が揺れて優雅な雰囲気が漂う。
「ふ、ふぅぅ……」
ドキドキしてるのがバレないように、平静を装いながら看板に目を向ける。そこには『ローズヒップなどの植物から抽出されたエキスが配合され、肌をしっとりと潤し、美肌効果が期待できます。また、バラの香りでリラックス効果もあるとされています』と書いてあった。その表記通り、あたしの心も少しずつ……。
「さち、ドキドキしてるの?」
「うっ」
「まったく……さちは本当、可愛いわね」
「あぅぅ///」
くそぉ、ゆいこにはこの旅行中ずっと翻弄されっぱなしだ。いや、イヤだってことじゃない。そうじゃないんだけど、一方的に攻められてるのも少し悔しいから。
「いつものことじゃない?」
「うっ、それはそうだけどさぁ……てか、ゆいこはなんでそんなに余裕なんだよぉ……」
半年前はもっとあわあわしてたのにぃ……。
「可愛いさちを少しも見逃さないために、余裕を覚えただけよ。こんな私は嫌い、かしら?」
「あっ、す、すきですけどぉ……/// くっ、そのうち、ゆいこをひーひー言わせてやるぅぅ///」
「ふふ、楽しみにしてるわ」
隣で微笑むゆいこ。口では色々言ってるけど、満更でもない自分もいるのをあたしは自覚していた。
「……ねぇ、さち。露天風呂、行ってみましょうか」
ゆいこの言葉に頷き、あたしたちは外へ続く扉を開ける。少し重い扉からは開いた瞬間に、さーっと冷気が入ってくる。あったまった体の表面から熱が奪われる感覚を覚える。
「っ、さむさむっ!?」
「は、早く入りましょっ!」
「うんっ」
慌てながらも走らずに、あたしたちは一番近いお風呂に、逃げるように入った。
「うはぁぁぁ、死ぬかと思った……」
「大げさね」
「まぁね」
そりゃあ、あの博物館や水族館で化物に殺されかけたのに比べたらこんな寒さはなんてことはない。ま、それはそれとして、お風呂上がりに、冬の夜の寒さはちゃんと死ねる!
浴槽の側の看板には『朝露の湯』と書いてあった。お湯は透明で、その名を表しているような霧が湯面に立ち上っていた。
「改めて見ても、すごい湯気だねぇ……前見えないくらい」
「湯気すごいわね……もう少し奥に行けそうだし、転ばないように、手を繋いで離さないようにしましょ」
「えへへ、あたしも同じこと言おうとしてた」
「ふふっ、これが以心伝心ってやつかしら」
手をとり、奥まで進む。さらりとした湯触り。そして、透き通った色。説明書きを読んでみると『湯が朝露を集めたほど透明だったため、この名前が付きました。お湯は肌を滑らかにし、保湿効果が期待できます。また、リフレッシュ効果もあるとされ、疲労回復にも効果的です』とある。
「……あ」
視線を落とした先には、ゆいこの身体があって。お湯が透明なこともあり、その肢体がありありと……っ///
「さち?」
「へっ!?/// あ、アハハ///」
ゆいこの身体を見ていたことがバレたかと思って、あたしは急に立ち上がる。けど、そのタイミングを少し立ちくらみ。
「さちっ、大丈夫……?」
「ち、ちょっとのぼせてきちゃたかも……」
「お風呂も楽しんだことだし、そろそろ上がりましょうか」
「そ、そだねっ! あー、いい湯だったぁぁ」
「ふふ、さちってばおじさんみたいなこと言っちゃって……そういうところも可愛いけど」
のぼせた頭で、微笑むゆいこを見ていたあたしは、ポツリと呟く。
「……ゆいこもね」
「う、うん、ありがとう……///」
今度はゆっくりと立ち上がる。ゆいこに支えられながら、ふと視線をやれば、残雪と今にも降りだしそうな灰色の空が目に入った。
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大浴場を出てすぐ右手に、休憩所があるようだ。軽く覗くと、中には誰もいない。まぁ、この時間だしね。きっと他のお客さんはもう自室に戻ってるんだろう。中はお香の香りがうっすらとしていて、照明がぼんやりとついてる。暖房もついているようで、このままここで寝れそうな雰囲気だった。端の方にはアイスが入った冷凍庫と自販機が設置されているのが分かる。たしか旅館の代金の中に含まれてて、しかも、あたしたちはこれも無料で飲み放題だったはず。改めて懸賞様々だなぁ。ふらーっと自販機により、ラインナップを見る。冬に食べるアイスは乙だけど、時間的にギルティだから、流石に飲み物で我慢!
「お風呂上がりといったら……コーヒー牛乳だよね!!」
「あら、フルーツ牛乳も捨てがたいわよ?」
「むむ? ゆいこはそっち界隈の人だったか! ま、いいけど~!」
早速コーヒー牛乳のボタンを押す。ガコンと、誰もいない休憩所に音が響いた。
「ぷはぁぁぁ!!」
「ん、ん……ぷはぁ! うん、おいしい」
2人で笑い合う。深夜の旅先ってこともあって、かなりの特別感。普通のデートもいいけど、こういう一緒の時間をのんびり過ごすのもありだなぁ。
「えへへ、いいね。こういうのも」
「そうね。さちとのんびりできるの、好きだわ」
「うん……ホントにいい旅になったね」
「ええ」
微笑むゆいこの姿が一瞬ぼやける。別に不思議現象とかではなくて、単にあくびをして涙が出たから。
「ふふっ、大きなあくび。もう眠い?」
「だねぇ……流石にいい時間だしね」
ふと休憩室の時計を見れば、午前2時になるところだった。いくら明日のチェックアウトがゆっくりだといっても、これ以上起きているのはよくない。明日も泊まりこそしないけれど、お祭りがあるらしいし、ゆいこと一緒に楽しむなら、体力回復しとかないとね。というわけで!
「はい、ゆいこ。手、繋いで帰ろ?」
「もちろん。私も同じこと、言おうと思ってたから」
「えへへぇ」
あたしたちは薄暗い照明の中、手を繋ぎ、休憩室を後にした。
自室に帰り、布団にダイブする。旅の疲れや温泉で体力をもっていかれたり、あとはまぁ……うん/// とにかく諸々あって、疲れが一気にあたしの思考を奪う。柔らかい布団に包まれながら、畳の香りに包まれて、いつの間にか目を閉じていた。少しずつ外の音が聞こえなくなっていき、心地よいイグサの香りに包まれて、あたしは眠りに落ちた。
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