通過者及び視聴済みの方のみお読みください。
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春休み。もうすぐ進級ってタイミングで、あたしとゆいこは水族館に来ていた。とは言っても、前みたいにただのデートじゃない。今回はこの水族館にアルバイトに来ているんだ。仕事の内容は水槽の見回りだから、まぁ、実質デートだけど!
魚に影響がないように、照明は抑えめ。こじんまりとした水槽には珊瑚や小さな魚が泳ぎ回り、大きな水槽は透き通った光が水槽の中を照らして、泡が消えていく。
アクアリウムのトンネルの中、頭の上をサメが白い腹を見せながら優雅に泳いで去っていった。その先を抜けたら、右にも左にもミズクラゲがユラユラとただよう青い水槽が広がっていた。そんな光景を見ていたら、いつだかの記憶がよみがえってきて、
「『水天一碧』ってこういうことをいうのかなぁ」
あたしはポツリと口にしていた。
「すいてん……?」
隣にいたゆいこが首をかしげる。首をかしげる仕草もとてもかわいい彼女さんに、あたしは説明する。
「ああ、晴れた日にさ、海に行くと空と海の境目が分からないときあるじゃない。あれのことだよ! この間、なんかテレビで見たんだよね~」
「ああ、そういう意味だったの。確かにこういうのがさちの言う『水天一碧』なのかもしれないわね」
「でしょー?」
「ええ」
知識が実生活に生きて、少し不思議な感じ。それ以上に
「でも、フフフ、ゆいこも知らない言葉を知ってるなんて……さちかさんもだいぶ頭よくなったでしょ、流石に進級試験を合格しただけはあるぜ!」
辛く苦しい試験勉強を思い出す。正直、思い出したくはないけど、それでもこうしてゆいことここにいれるのだから、まぁ、よしとする!
「進級試験の勉強がんばっていたものね? ちょっと悔しいけれど、さちの努力の結果だと思うと……誇らしくもあるわ」
「えへへぇ。でも、ほら、ゆいこが勉強に付き合ってくれたからね! そのおかげだよ!」
本当に……ゆいこがいなかったら、きっとあたしは留年してたし。だから、神様ゆいこ様なのである。
「……まぁ、家での勉強会はまったく進まなかったけど///」
「そっ、それはその……さちが可愛すぎるからいけないのよ///」
「…………///」
言ってて自分で照れてるんだから、言わなきゃいいのに、なんてゆいこに言われてしまう。
「そ、それにしてもさぁ、いないね、変な生物っ!」
ホントにその通りだからなにも言い返せなかったあたしは、強引に話題を変えた。本題も本題ではあるから、ゆいこも咳払いをひとつした後に同意してくれる。
そう。あたしたちは「最近、水槽の中に変な生物がいると来場客からクレームがある。調べて貰えないか」というあたしの知人からの依頼、もといアルバイトの一環で、ここに来たってわけ。
昼間の内に、ぶらぶら館内を歩いて水槽を見てほしい、なんていう依頼だけで、別に何をしろとか何をするなってわけでもないから、まぁ、ほぼデートではあるかな。
「とりあえず、ここの水族館について、もう少し詳しく調べてみる?」
「あー、そうだね!」
バイト中のスマホも別に使用禁止じゃない。ゆいこはポチポチとここの水族館の噂なんかを調べてくれる。あたしはそれに便乗して、ゆいこの画面を覗き込む。とりとめのない投稿が多くて、変な生物の話で溢れかえってるわけではないみたい。
「公式サイト、観光サイト。当たり前だけど、どちらもそういう情報は載ってないわね」
「んー、そういうときはぁ……」
「あっ」
ゆいこのスマホを横から操作する。このバイトを紹介してくれた人が言ってたのを聞いたことがある。そういう情報は『にちゃん』ってとこで探す方がいいらしい。思った通り、掲示板形式のサイトに行き着いた。
「どれどれ~?」
「ちょっと、さち……」
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スレッドタイトル:『おすすめの水族館貼ってけ』
401:おさかな大好き
●●市の水族館、めちゃくちゃ設備いいし綺麗なんだけど時々変なのいない?
402:名無し
変なのってなに?変な展示してんの?
403:名無し
深海魚とか最近流行ってるしね
404:おさかな大好き
うーん……深海魚…なのかなぁ。なんか、凄いでっかい人魚みたいな……
405:名無し
人魚!?
406:おさかな大好き
水槽の横歩いてるじゃん。そんでふと、横を黒くてデカい何かが通過したな~と思って目で追いかけるとさ、白い歯だけが見えるの。その歯が妙に人間ぽくて……。
407:名無し
たまにダイビングさせてくれる施設あるじゃん。その客と勘違いしたんじゃないの?
408:おさかな大好き
でも、絶対人間じゃない形してたんだよなぁ。なんか、"不定形"って感じ。でも、いいところだよ! クラゲの大水槽は綺麗だし、深海魚コーナーが大きいよ!
409:名無し
ほんとにいい施設なの?
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そこから先は、別の水族館の話題に流れてしまっていた。この水族館の名前を挙げた人も、結局ここの話題は忘れちゃったみたい。
「でっかい人魚……? 不定形……?」
「なんだろうね、でっかい魚を見間違えたとか、たぶんそんなんだろうけど……。まぁ、それを調べるだけで、バイト代が出るし!」
ただ水槽を見回るだけ。でも、丸一日いれるくらいには、この水族館は広いし、隣にはゆいこもいる。楽しいバイトになりそうだ!
「よーし! このバイト代でこの春休み、デートしまくるぞ~!」
「ふふ、そうね。たくさんデートするためにも、しっかり調べましょうか」
「おー!!」
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そんなわけで、ゆいことのデート……じゃなくて、アルバイトが始まった。手元に館内マップを持って、どこから回ろうか話をする。
「えっと、トンネル水槽はさっきのところかな?」
「ええ。とはいえ、じっくりと見てはいないから、戻ってもいいかもしれないわよ」
「そうだねぇ。あ! サンゴ礁エリアに深海エリアなんかもあるよ!」
「…………深海……」
「? どしたの?」
「いいえ、なんでも……じゃないわね。少し怖いかも」
深海エリアに描いてあったリュウグウノツカイのイラストを指差して、困ったように笑うゆいこ。ゆいこが言うには、どこまでも落ちていってしまいそう、なんだって。個人的に、深海にはワクワクする性質だから、あんまり気持ちは分かってあげられないけど。だからこそ、してあげられることがある!
「フッフッフッ、まぁ、大丈夫さ! さちさんがゆいこの隣にはいるんだからね」
「ふふ、そうね。頼りにしてるわ、さちさん」
「えへへぇ」
笑い合う。いいなぁいいなぁ。
「さ、じゃあ、エスコートしてもらおうかしら」
「はいはーい! まっかせなさーい! どーぞ、彼女さん」
「ええ、ありがとう、彼女さん」
差し出した手をゆいこはとってくれて、あたしたちは水中散歩エリアへと歩みを進めたのだった。
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先ほどまでよりも照明はずっと暗く、ターコイズブルーの深い色合いだけが絨毯に落ちている。上と横、全てでライトアップされ淡い水色のクラゲがゆらゆら漂っており、水槽の横にはクラゲの種類がプレートに刻まれている。ミズクラゲ、タコクラゲ、カラージェリーフィッシュ、ハナガサクラゲなどなど。一目で、色んなクラゲがいるのが分かった。パッと見、変な生き物はいなさそう。2人で、エリアの真ん中に置いてあるソファに隣同士で座った。
「綺麗だねぇ!」
「ええ、そうね。クラゲって綺麗でいいわよね」
「………………」
反射的に綺麗だと口にするゆいこの横顔を盗み見る。ゆいこはその視線にすぐに気づいたようで、
「………………さち? どうかした?」
「あ、え、えっとぉ……///」
「?」
「いや、さぁ……こういうとき、ゆいこはよくあたしのこと見て、綺麗ね……って言ってくれるからそのぉ、えっとぉ///」
思わずしどろもどろになるあたし。かなり恥ずかしいんですけど!! でも、こうやって本音を口にしたのには、ちゃんと理由がある。だって、こういえばさ……?
「ふふ、さちってば、可愛いわね。クラゲより何より、さちが一番きれいよ?」
「え、えへへぇ/// ンフフフフ!」
これである。ゆいこはまったくもう~! あたしにべた惚れなんだからぁ、えへへへへぇ!!
「あっ、手! 繋ご、ゆいこ!」
「もちろん。繋ぎましょ」
ソファに座った時に離してしまった手を繋ぎ直して、あたしたちはもう一度、水槽に視線を移す。特に変わったところはなく、たくさんのクラゲがユラユラと水中をただよっている。
「いないねぇ、変な生物」
「そうね。いるとしても、他のエリアなのかしら?」
それから少しして、あたしたちは立ち上がり、次のエリアへと進んだ。
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次に向かったのは、トンネル水槽。左右に進入禁止の手すりがついており、丸いトンネル状になっている水槽だ。360°どこを見渡しても、魚たちが優雅に遊泳していて、たまにサメが通りかかっては白いお腹を見せてくれる。その他にも色とりどりの魚、群れを作った魚群、あれはいわしかな? キラキラと魚が鮮やかな光を反射する。さっき一度通ったところだから、変な生物探しに集中できそう。
「ここもトンネル水槽はすごいけど……いないなぁ」
「いないわね……どれも水族館で見かける生物ばかりだし」
「うん。なんか、知り合いによると、もんのすごーく大きいんだって。ジンベイザメくらいかも」
「ジンベイザメ……うーん、でも、そんなのが入るような水槽はないわよね」
物理的にそんなサイズのが入るような水槽はないことはパンフレットを見れば一目瞭然で。だから、物理的でないとしたら……。
「…………まぁ、正直、そういうのを聞くと、色々出会ってきた『化物』を思い出しちゃうけど」
「確かに、今まで出会ってきた『化物』が頭の片隅にでてくるわ……」
動く鉱石の怪物、時間を旅する人、博物館自体が不思議現象ってこともあった。ただやっぱり水族館で思い出しちゃうのは、あのクラゲの化物。中々怖い思いもしたし、どうしても思い出してしまう。見れば、ゆいこも怖い顔をしていた。
「……でも、時給が驚くほどよくて…………実はね」
「…………?」
ちょいちょいとゆいこに耳を貸すようなジェスチャーをすると、ゆいこは耳を貸してくれる。だから、
「…………ふーっ」
「きゃあっ!」
いたずら心に任せて、ゆいこのかわいい耳に息を吹きかけたあたし。いたずら成功! ゆいこの顔のこわばりもとれたとれた。
「もう! さちってば!」
「フフフ、ごめん、ついつい」
ぷりぷりと怒るかわいい彼女さんに軽くお詫びをして、本題を切り出す。
「でね? 本当は…………時給5000円」
「ごっ!? ……それ、破格すぎない?」
予想通りの反応でにこにこの幸華さんである。しかも、これが2人で5000円ではなくて、1人の時給がそれだっていうんだから驚いた。すぐ飛びついたよね。
「……何だか裏がありそうで怖いわね」
眉をひそめて、そう言ってくるゆいこ。まぁ、気持ちは分かる。でも、一応信頼できる人からの依頼だから、大丈夫だとは思う。じゃなきゃ、ゆいこを誘ったりしないし!
「さちがそういうのであれば……いちおう、安心しておこうかしら……?」
そう言うと、ゆいこは一応は納得してくれたみたい。
「うん! 大舟に乗ったつもりでいてよ! というわけで、次のエリアに行こうか」
「ええ、そうしましょう」
もう一回、手を繋ぎ、あたしたちは次のエリアへと向かった。
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サンゴ礁エリアへと足を踏み入れる。あたたかい海に生息する魚たちを展示しているブースのようで、並べられたサンゴ礁の隙間からちらちら顔を見せて、尾びれをひらひら瞬かせる姿に、思わず目を奪われる。
「……水槽もあまり大きくないし、ここにはいなさそうね」
「て、あ、そうだね」
1つ1つの水槽は小さく、ここに大きな生き物がいるわけがない。って、あ!!
「おー! カクレクマノミだ! かわいいー!」
某有名映画で一気に知名度が上がったカクレクマノミがいて、テンションがあがる。オレンジと白の海の中だと絶対目立ちそうなカラーリングがとってもきれいだし、かわいい。その他にも、鮮やかな青や蛍光イエローの魚もいて、またテンションがあがる。
「さちったら、子供みたい……確かに色鮮やかで可愛いけど……やっぱりさちの方が……ゴニョゴニョ」
「うわっ、なんだ、その毒々しい色!? こんなのもいるんだぁ!?」
「普通に水族館を楽しんでいるわね」
「はっ! そうだった! あはは、ごめんごめん。つい夢中になってたよ」
ゆいこと水族館に来たのはあの時以来……まぁ、正確にいうと、あれはちゃんとした水族館じゃなかったし。だから、すこーし有頂天になってたや。
「鉱石の博物館の時もそうだけれど、さちって見た目に反して、結構子どもっぽいところあるわよね」
「えー、そう? っていうか、もしかして、馬鹿にしてる?」
「純粋でかわいいってことよ?」
「…………ほんとぉ?」
「ええ、そんな純粋なさちが夜はあんな……」
「わーっ! わーっ! わーっ!/// なに言ってんの!?///」
「ふふ、冗談よ」
「ぐぬぬ///」
うぅぅ、最近、ゆいこにイニシアチブをとられてる。どうにか取り返したいんだけど。ゆいこ、手強くなっちゃったぜ。
「……で、ここにもいなさそうね」
「あ、うん。まぁ、そもそもこんな小さなところにはいないよねぇ」
「そうね。次のところ、行きましょ」
「そだね! いこいこ!」
サンゴ礁エリアから出ようと、一歩踏み出したところで
ーーとぷんーー
音が聞こえた。水面に雫が落ちる。そんな音だった。
「ん?」
「さち? どうかした?」
「あ、ううん。なんか水の音が聞こえた気がして……」
「水って、それは水族館だもの」
「あー、んー、そうだよねぇ」
やけにハッキリ聞こえたような気がするけど、まぁ、気のせいだよね。そんな風に思い直して、あたしたちは次の深海エリアへと進んだのだった。
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