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あたしには「ゆいこを守らなきゃ」って強い感情がある。
使命感って言い換えてもいいかな。それはやっぱり小学校の頃の苛められていたゆいこの姿を思い出すからだと思う。
元々、あたしは警察官の両親に常に『正しく』あるように言われてきた。特に小学生のあたしはそれがより強く出てた。だから、悪いところなんて1つもないゆいこを苛めていたあの連中が、とにかく許せなかったんだ。だから、あたしはそいつらをボコボコにしてまで、いじめを止めた。
その『正しさ』への固執は、中学生を経て高校生になった今ではだいぶマシにはなっている。ダメなことはなにがなんでも絶対許さないって思考から、ダメことは注意したいなぁ、ってくらいの感情にまでは落ち着いた。
だけど、ゆいこに対してだけは『何がなんでも守らなきゃ』ってなってる。それはつい最近、なんだったら先週の日曜日にもあってーー。
ーーーー以下回想ーーーー
昨日、あたしはゆいこと買い物をする約束をした。今年の夏に一緒に行こうって誘ったプールで着ていく水着を選ぶための買い物だ。本当は数人で行くつもりだったけど、他の皆は都合がつかなくて、2人での買い物になったのだ。どうせゆいこは恥ずかしがって無難なヤツしか選ばないだろうなぁとか、ならちょっと布面積の少ない水着を試着させてやれぇとか。
まぁ、そんな悪巧みを夜遅くまで考えていたからだろう。あたしは寝坊をした。しかも、1時間近いヤバめのヤツである。飛び起きてすぐに遅れるってメッセージを飛ばしたから、変な心配はしてないとは思うけど……。
「急げぇぇ!!」
髪のセットも化粧も超超最低限で、とにかく待ち合わせした最寄り駅まで急ぐあたし。5分も走れば、目的地が見えてきた。歩いて10分はかかる距離。そこに5分くらいで辿り着いたのだ。テニス部でそれなりに走ってる甲斐があったぜー! 流石に息を切らせまくってゆいこに会うのもカッコ悪い。あたしは息を整えながら、ゆいこが待っているであろう駅の東側にある改札へ足を向けた。
そこにはゆいこがいた。ただーー
「ーーーーーー」
「ーーーーーー」
ゆいこの側には若い男がいた。歳は20代前半くらいで上背もある。その人がなにやらゆいこに絡んでるのが見えた。ゆいこは明らかに嫌そうな顔をしていて、数歩後ずさっていた。周りの人間はそれに気づかない。気づいている人もいるのかもしれないが、見て見ぬふりでその場から離れようとしていた。
「っ」
その光景を見た瞬間、あたしの中の『なにか』が沸騰する感覚があった。胸の辺りで『なにか』がグツグツと沸き上がる。疲れて重いはずの脚が勝手に前に進んでいく。そして、乱れていた呼吸は瞬時になおり、
「おい! 止めろッ!」
あたしは大きな声を出していた。その声に、今まで素知らぬ顔をしていた通行人も足を止め、何事かとこちらを見てくる。だが、今のあたしにはそんなのは眼中にない。あたしの視界に写るのは、ゆいことゆいこを害そうとする若い男だけ。動きを止めた男に、ぐんぐんと近づき、ゆいことの間に割って入る。
「さ、さち?」
「大丈夫だからね、ゆいこ」
背中のゆいこにそう告げ、あたしは再び男を睨み付ける。
「な、なんだよ」
「……あなた、今、この子に言い寄ってましたよね。止めてもらえますか」
「は、は? 別にナンパくらいいいだろ! 俺の勝手だ!」
注目された状態で、自分よりも明らかに年下の女子相手に引き下がれない。そう思ったのか、男は大きな声を出して、キレてきた。
「勝手じゃない。この子は嫌がってた。それ以上に理由がいる?」
「っ、うるせぇなっ!!」
さらに大声を出す男。その声のせいで、あたしの背中に隠れていたゆいこがビクリと身体を震わせた。そのことがまた、あたしの心を一層沸騰させて。
「…………」
あたしは無言で構える。両親に一通りの護身術は教わってる。人を傷つけるためのものではないけれど、それでもこの程度の相手なら投げ飛ばせるくらいには、体に染み着いてるから。
「っ、や、やんのかよっ、あぁっ!?」
「…………」
やるよ。ゆいこはあたしがーー
「っ、待って!」
今にも男との殴り合いが始まるってところで、声をあげたのはゆいこだった。振り返れば、不安そうな表情ではあるけど、目線は男を捉えている。
「この通り待ってた友達は来たからっ、さっさとどっか行ってもらえるっ」
「…………ちっ」
どうやら男もこれ以上食い下がるつもりもないようだ。ここが引き時とばかりに、男はゆいこの言葉であっさりと引き下がり、その場から去っていった。それは思ってたよりずっと呆気ない終わりで。
「えっと……?」
ーーぺしんっーー
「あたっ!?」
構えてた拳をおろす前に、不意打ち気味に後頭部に軽い衝撃が走る。ゆいこ以外にそんなことをする人がいるわけもなく、あたしはなにするんだよぉと彼女の方に再び目を向ける。すると、ゆいこは膨れっ面で、しかも、その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「バカっ、なに考えてるのよっ」
「な、なにって……ゆいこも知ってるでしょ? あんなの相手なら負けないよ?」
「そういうことじゃないのっ」
「え、っとぉ?」
「さちに何かあったら、どうするのっ」
「で、でも、ゆいこのピンチだったし……」
「でももだってもないわよ!」
「うっ」
いつもの澄ましてるゆいこらしくない剣幕と語気に、あたしは言葉を飲み込んだ。膨れながら、彼女は続ける。
「いいっ!? さちだって怪我する可能性はあったのよ! なのに、相手を挑発するような態度だし」
「う、うん」
「向こうが引き下がったからよかったけど、もしあのまま殴りかかってきてたらどうするつもりだったの!?」
「え、えっと、投げ飛ばそうかと……」
「うるさいっ!」
「え、えぇぇ……」
思ったよりヒートアップしているゆいこ。正直、なんでそこまで怒っているのか、あたしには分からなかった。どうやって機嫌を直してもらおうか、ゆいこの話をスルーするモードに入りかけたあたしだったが、
「…………もう……」
「ゆ、ゆいこ……?」
不意にゆいこがトーンダウンしたことで、思考が切り替わる。
「……さちが危ない目に合うのはやだ……」
それはさっきまでの語気よりもずっと弱々しくて、だけど、だからこそあたしの胸に突き刺さった。
ーーーー以上回想ーーーー
思えば、ゆいことの友情の始まりの時もそうだった。いじめっ子をぶん殴って撃退したあたしだったが、他対一ってこともあり、ボロボロになってしまっていた。そんなあたしの体を抱きながら、ゆいこはひたすら泣いていた。
「怖かったよね、もう大丈夫だよ」
ゆいこを安心させようとそう言って笑ったあたしに、彼女は首を振ったんだ。違うって。そうじゃないって。
「さちかちゃんが、大ケガしちゃうのがこわかったの……」
やだよぉやだよぉと、彼女は泣きじゃくった。それが彼女を放っておけないと思った始まりで。彼女を守らなきゃ、近くで見守ってかなきゃと思ったきっかけだった。
自分が傷つくよりも、友達が傷つくのを恐れる。怖がりで、なにより優しい女の子。それがあたしの親友の寺次優衣子という少女だ。
そんな彼女をあたしは何が何でも守りたいって思ってしまう。
きっとあたしはまた彼女を守るために、暴走してしまうだろう。胸に沸き上がる衝動を抑えられないだろう。その度、彼女を泣かせてしまうかもしれない。いや、たぶん絶対泣かせる。それは……うん、ごめんね、ゆいこ。けど、この想いには蓋はできそうにないんだよ。
だって、あたしはゆいこが隣にいて、笑ってくれる日々が、何よりも大好きだから。
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