美緒、異世界じゃ生きていけないよぉぉぉぉ!!!! 作:名無しの権兵衛
「美緒、生きていけないよぉぉぉぉ!!!!」
段ボールの詰まれた小さな部屋で、ブクブクに肥え太った女が泣き叫んでいた。
美緒 48歳
配偶者 なし
子ども なし
生活能力 なし
さらには糖尿病を患い、人工透析も行っている。
一般的に見て、終わっているとしか言いようがないだろう。
そんな彼女は、どうしたらいいのかわからずに泣いている。
今まで彼女の世話はすべて母がやってくれていたのだ。
ご飯も、洗濯も、体のマッサージも。
そもそも、どうして彼女はこんなことになってしまったのだろうか?
きっかけは些細なことだった。
高校受験をしたときに第一志望に落ちてしまったが、妹がその学校に受かってしまったのだ。
それから、彼女は引きこもりがちになり、家族とのかかわりも薄くなっていき、身の回りの生活は母がするようになってしまった。
セルフネグレクト。
自分のことに興味がなくなっていき、自分の世話ができなくなっていく。
今までは自分の世話を母がやってくれていた。
しかし、そんな母はもうこの世にいない。
妹や弟はいるけど、彼女たちは金輪際かかわらないと言ってアパートに押し込められてしまった。
残されたのは親からの財産分与と障害年金、そして自分の部屋から運び込まれた荷解きされていない荷物のみ。
しかし彼女にはわからないのだ。
生活の仕方も、食べ物の調達の方法も、荷解きの仕方さえも。
今まで母にしてもらってきたから、何も自分でわからないのだ。
「うわあぁぁぁぁん!!!!」
それゆえに、美緒は泣き叫ぶことしかできなかった。
しかし、それも長くは続かない。
ずっと泣き叫んでいた美緒は、やがて泣き疲れたのか、プツンと糸が切れたように眠ってしまった。
「うぅぅん、寝ちゃってた……」
美緒は目をこすりながら目を覚ます。
チュンチュンと言う鳥の鳴き声と太陽の光を浴びて違和感を感じながら眼鏡をかけなおして体を起こす。
「あれ、ここ何処……?」
そういえば、昨日30年間住み続けた家を追い出されてアパートに押し込まれたのだったと思い出し、憂鬱な気分になって二度寝しようとして、違和感に気づく。
「えっ? ここ何処!?」
気が付けば、周囲は見慣れないアパートですらなかった。
背の高い木々が生い茂り、爽やかな風が青臭い香りを運んでくる。
少し開けた周囲に咲く花が風に揺れ、蝶々がひらりひらりと舞い踊り、シカがその隣を通り抜ける。
そんな森の中で、美緒は大きな木の下で木漏れ日に照らされていた。
「ど、どういうこと!?」
美緒には理解できなかった。
ここがどこなのか、どうしてこんなところにいるのか。
そもそも荷解きのやり方すらわからなかったのだ。そんな美緒に、こんな超常現象的な事態を理解できるわけがなかった。
「ここはどこなの!? 私はどうしたらいいの!?」
そして何もわからない美緒は、狼狽えて大声を上げてしまう。
その声量に驚いたのか、シカが逃げ出した。
……いや、そうじゃない。
「えっ?」
シカが逃げ出した反対方向から、何かが現れた。
それは幼児ほどのサイズの緑の肌をした化け物。
耳はとがっており、鋭い牙が見え隠れしている。
「ひっ!?」
そして何より美緒を驚愕させたのは、その目だった。
その黄色く濁った眼は、雄弁に語っていた。
目の前の獲物を、殺すと。
手に持った棍棒を、握りしめて。
「ひっ、ひいぃぃぃぃぃ!!!!」
生まれて初めて向けられた殺気に、美緒は逃げ出すことしかできなかった。
そして逃げ回る豚を、嬉々として追いかけ始める緑色の小人。
「なっ、なんでえぇぇぇぇ!!!!」
美緒は生存本能ゆえか、灰色の脳細胞が急速に活性化し、ある一つの結論に至る。
かつて母が買ってくれた携帯電話で読んだ小説に出てきたファンタジーの常連、ゴブリンに追いかけられているのだと。
そしてそれは、ある一つの真実を浮き彫りにした。
「美緒、異世界じゃ生きていけないよぉぉぉぉ!!!!」
美緒 48歳
配偶者 なし
子ども なし
生活能力 なし
異世界経験 あり