異世界出身生臭プリーストはダンジョンの存在する現代で欲に溺れる   作:水色の山葵

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6話 邪教と極光

 

 

「こいよ? もう一度殺してやる」

 

 そう煽ると流動的だった構えが一瞬止まり、まるで怒りを露わにしたように一気に加速した。

 

 だが、今度は見えてる。

 

 コマンダーのスキル〈視覚強化(ホークアイ)〉と〈思考加速(ハイビジョン)〉によって強化された知覚は世界を減速させ、刹那的な見切りを可能とする。

 

 スキルは一応、口に出さなくても発動できる。

 多少制御が複雑化するが〈思考加速(ハイビジョン)〉があれば釣りの方がでかい。

 

 小さめの〈結界(シールド)〉を目前に迫るキョンシーの足下に設置。転ばせる。

 しかしキョンシーは圧倒的な柔軟さと体幹によって両手を地面につき、持ち上げられた両足を回転させた蹴りを放ってきやがった。

 

 速度が違い過ぎる。

 これだけ動いた相手に対して、俺は腕を上げて防御する程度しかできなかった。

 

 上げた腕の上から見舞われた蹴りによって、俺の身体は横に滑る。

 相手がバランスを崩していたことと……

 

「〈治癒(ヒール)〉……」

 

 を腕に纏う【白浄拳】で威力を軽減。

 ついでに〈治癒(ヒール)〉に触れたことで、奴の膝に火傷のようなダメージを与えられた。

 

 良太の考えたこの白浄拳は俺の敵に〈治癒(ヒール)〉を注入する方法よりもやや浄化能力に劣る。

 しかし常時〈治癒(ヒール)〉を纏うことで腕への傷を大分中和しながら戦えるという利点がある。

 

 逆さまの体勢で自分の足のダメージをチラリと一瞥し、片手で地面を叩いて跳躍しながら半回転し、両足で立ち直す。

 なんて運動神経……いや、アンデッドは痛みを感じない。

 人間より関節を広く開くことも簡単ってことか。

 

 構えを取り直したキョンシーは、ジッと俺を見て札の上からでも分かるほどあからさまに口角を上げた。

 

 姿が掻き消える。

 

 見えてる……が……こいつは……

 

 速くて難解な動き。

 俺を半球状に取り囲むような高速移動。

 思考速度や動体視力は追いついても、首を振る速度が追いつか――

 

「ッチ」

 

 振り返った時すでに、そいつは俺の懐に飛び込んでいた。

 額が触れそうなほどのド近距離。

 そこから軟体生物染みた動きで、回転蹴りが放たれる。

 

 回転したことで足の動きと奴の身体が重なって軌道が見えない。

 けど残念。俺はアンデッドの気配や怨嗟に敏感なんだよ。

 さっきと同じ頭狙いだろ。

 

 腕を上げてさっきと同じようにガードし、〈治癒(ヒール)〉を込める。

 インパクトの呼吸(テンポ)はさっきので分かった。

 今度は白浄拳だけじゃなく、カウンターで〈治癒(ヒール)〉を注入してやる。

 

 読み切った。

 

 そう思ったその瞬間、蹴り放った足が鞭のようにしなり、軌道を変えた。

 

 フェイント……違う、その圧倒的な身体能力をもってすれば俺の反応を見てから後出しできるって訳だ。

 

 だがそれでも、残念だったな。

 

 ――多重展開。

 

「〈〈〈結界(シールド)〉〉〉」

 

 後出しを残してるのは俺も同じだ。

 

 一枚目を容易く割り、二枚目の抵抗も貫いて、三枚目を砕き減衰し、キックボクシングの世界チャンピオンと同等の威力まで落ちたキックを根性で耐える。

 肋骨三本までならくれてやる。

 

「クソいてぇなぁ!」

 

 足を掴み、キョンシーの動きを一瞬だけ止める。

 

「俺ごとやっちまえ! 電撃リッチ!」

 

 ガシャドクロが持っていた指輪の魔道具。

 正式名称を『不死添いの指輪(ノーライフ・ネイバー)』。

 その性能は討伐したアンデッドを封印し味方として召喚し戦わせることができる、『使役』の魔道具。

 一日三十分ほどしか呼び出せないが、使うなら今だろ。

 

 カカ、と骨を鳴らす音と共に現れた漆黒のローブと黄色の宝玉がついた杖を持つスケルトン、『電撃リッチ』がその杖を振り上げた瞬間、キョンシーの頭上より雷が降り注ぐ。

 

 これで死んだらお笑い種だな。

 自分の使役してるアンデッドの一撃で殺されるなんて、探索者としてもプリーストとしても恥ずべきことだ。

 

 だが、自分の命も懸けれねぇ人間が百兆円なんて大金を稼げるなんて思わない!

 

「カハッ……!」

 

 肺から空気が一気に抜けた。

 雷撃を受けて頭が一瞬真っ白になる。

 同時に筋肉が痙攣を始めた。

 

 そう、如何にそれが既に死んでいるアンデッドであろうとも、筋肉そのものが麻痺した状態では動くことはできない。

 

「い、ま、だ」

 

 麻痺した舌を無理やり動かし、最後の指示を出す。

 ずっと〈念話(グループ)〉のスキルで作戦を共有し、今まで力を溜めさせていたその男が、キョンシーを挟んで立っていた。

 

「あぁ、もう充填と詠唱は完了した。〈過撃充填(チャージ)聖域化(サンクチュアリ)治癒(ヒール)〉!」

 

 白を基調とした極光が、良太の盾より大量放出されている。

 〈聖域化(サンクチュアリ)〉による範囲拡大。

 〈過撃充填(チャージ)〉による次撃強化。

 

 その二つの力はまるで掛け合わさるように〈治癒(ヒール)〉へと注ぎ込まれ、莫大な(プラス)の力を発生させる。

 

 ――シールドバッシュ。

 

 振り上げ、叩き込まれるその盾より、癒しの力がキョンシーへと流入していく。

 今日の無茶な戦闘によって、とっくに良太の『プリースト』のレベルは5になっていた。

 

 更にキョンシーを貫通した絶大な癒しの力は、俺が負っていた骨折や火傷を治療していく。

 

「ふぅ」

 

 千切れた足を捨て、俺は溜息を一つ着いた。

 

「凄いな君は……」

「良かったな良太。今の戦闘で一番目立ってたのは間違いなくお前だ」

「君のお零れで有名になるつもりはないさ」

 

 そう言いながら良太が吹き飛ばしたキョンシーの方へ視線を向ける。

 良太のスキルを見て咄嗟に右腕を上げガードしたが、光の盾はその腕の上から腹に突き刺さった。

 

 右腕と下半身は完全に消滅。

 左腕は半ばから折れ曲がり、骨が露出している。

 すでに残った他の部位も消滅の光を放ち始めている。

 それでも必死に地面を這いずって俺たちへ向かってくる。

 

 魔獣に逃げるという選択肢はない。

 どのような状況、どのような状態においても、必ず俺たちを殺そうとする。

 それがダンジョンに縛られた魔獣の性だ。

 

「あぁ、哀れな子羊よ……貴方が向ける怨嗟の分だけ私は貴方を愛しましょう。外法へ落ちたこの身であるからこそ、その憎しみが消えるまで、その恨みが晴れるまで、その未練を塗り替えられるまで、私は貴方の隣人であり続けることができる」

 

 『不死添いの指輪(ノーライフ・ネイバー)』はアンデッドを一体しか使役できないが、上書きすることはできる。

 

 使役可能なアンデッドは五等級まで。

 使役条件はこの手でアンデッドを葬ること。

 

 本来のプリーストの教えではアンデッドは見つけ次第浄化しなければならない。

 しかし、俺はもう全うなプリーストじゃない。

 アンデッドを連れ添い、利用し、戦わせることで金が手に入るのなら、よろこんで経典を汚そう。

 

 俺はキョンシーの顔を掴む。

 キョンシーは残った左腕を暴れさせ、剥き出しになった骨が俺の腕に傷を付けた。

 

 しかし流れ出る血を見た途端キョンシーは動きを止め、封のされたその眼を俺に向ける。

 

「この世に未練があるというのなら、己の手でそれを果たせ。そのチャンスをお前にくれてやる。代わりにお前は俺に従え」

 

 アンデッドを生かしその未練の解消を推進するなど神への反逆に他ならない。

 冥福とは、神の元へ送ることだけを指すのだから。

 これで思考だけではなく、実際の行動として、俺は聖者じゃなくなった。

 

「〈治癒(ヒール)〉」

 

 そう唱えると同時に、溶けるようにその身体は消失した。

 

 あふれた光の一部が俺の指輪に吸い込まれ、逆に電撃リッチの光が指輪より抜けて天へと昇っていく。

 

 その場には、一本の『昆』が残されていた。

 まさか、あのキョンシーの生前の武器か?

 これを持って現れていたら勝つのは無理だっただろうな。

 この魔道具も回収しておく。

 

「たまに君が聖職者のように見える時があるんだけど、それってなんなんだい?」

「昔のクセだ。あんまり気にするな」

「そうか。まぁいい、いつか話してくれることを期待してるよ」

「あぁ」

 

 長い探索を終えて、俺たちはようやく帰路へとついた。

 

 

 ◆

 

 

 翌日の放課後。

 昨日無理をしたこともあって今日は休暇にする予定だが、協会への報告は済ませなければならない。

 ということで俺は一人で協会にやってきていた。

 報告のためだけにわざわざ良太を連れてくる必要もないからな。

 

 ガイコツガーデン付属探索者協会網谷支部。

 それはガイコツガーデンの入り口を管理するための施設であり、ガイコツガーデンの出入り口に入るにはこの建物を経由する必要がある。

 

 ここでは探索者にとって必要不可欠な力である『クラス』や『スキル』の付け替えと魔道具の登録はここでしか行えない。

 探索者はダンジョン内の異常や新事実を確認した場合、最寄りの探索者協会に報告する義務があり、加えてダンジョン内で魔道具を手に入れた場合はその内容を報告しなければならない。

 

 という訳で毎日来てる場所だ。

 

 授業中に書いておいた報告書を持参し報告用の窓口に向かう。

 魔道具の獲得報告用の窓口と兼任だから若干混んでるんだよな。

 つっても、俺みたいな学生は一人もいないけど。

 ていうかやっぱ制服でここに並んでるとかなり目立つ。

 仮免が魔道具を手に入れることなんて普通ないからな。

 チラチラ見られてる。

 

「こんにちは、立川くん」

「こんにちは、えっと名前なんでしたっけ?」

平塚円華(ひらつかまどか)よ。昨日も一昨日も名乗ったでしょ」

 

 昨日一昨日は魔道具を獲得したからそれを報告するためにこの窓口に来ていた。

 その時はどうやって手に入れたか聞かれたから『魔獣を倒したらそこに落ちていた』と答えてある。

 嘘は言ってないが、勝手にたまたまそこに落とし物があっただけだろう、という風に思うように会話を誘導はしておいた。

 

 だが流石に魔道具を八個も連続獲得すれば怪しまれているだろう。

 

「昨日し忘れてたんですけど、ダンジョンで発見したことを纏めた報告書を作ってきました。目を通していただけますか、平塚さん?」

「発見? それって公になってないものを見つけたってことかな?」

 

 そう言いながら彼女は隣にあったパソコンになにやら打ち込んでいる。

 

「どうぞ」

 

 差し出した書類に平塚さんは目を通す。

 その視線が下に行くに連れて彼女の顔は笑みを濃くしていく。

 

「いや……これって本当にホント?」

「はい」

「六等級を七体倒したとか。五等級を倒したとか書いてあるんだけど……」

「倒しました」

「いや、いやいやいやいや……嘘でしょ。だって、仮免でしょ?」

「そうです」

「クラスアップもしてないからレベル上昇による身体強化の恩恵もない状態で、最大レベル5の基本クラスとスキルだけで、しかも回復職(プリースト)でしょ? ……五等級って、中堅のプロが相手する魔獣よ? いくら何でも話を盛り過――」

「うるせぇな。さっさと上に報告しろって言ってんだよ。ダンジョンにも入れねぇお前が勝手に真偽を判断してんじゃねぇ」

 

 ある患者が言っていた。

 

『冒険者ってのは嘗められたら終わりなんだよ。だから絶対に本来の実力より下に見られてる状況を放置しちゃいけないんだ』

 

 そう言った男は、冒険者が集まる酒場で喧嘩をしたと言って何度か診療所にやってきていた。

 

 俺の発した声に場は静寂に包まれる。

 平塚さんは目を見開いて驚いている。

 他の整理券を持って椅子に座っていた探索者たちも何事かと俺に視線を向けていた。

 

「君、そういう言い方はないんじゃないかな?」

 

 俺の肩に手が置かれる。

 振り返ってみればそこには金髪の女がいた。

 腰に長剣を差した……探索者だ。多分本免(プロ)の。

 

「誰だあんた……」

「それより何があったの?」

 

 その質問の先は平塚さんに向いていた。

 

「えっとこの方の報告はにわかには信じられるものではなくて……」

「ふーん。じゃあそれは君が悪いね。ダンジョンっていうのは信じられないようなことが起こる場所って認識がないのは協会の職員としては致命的だ。君が大したことがないと思った声一つで百人が死ぬかもしれないってことを理解してほしい」

「はい……」

「それで、信じられないような報告って?」

「こちらです」

 

 そう言って平塚さんは金髪の女に俺が出した報告書をそのまま渡した。

 

「何してんだあんた、勝手に見せるなんて」

 

 一探索者の報告を断りもなく他の探索者に見せるなんてあり得ない。

 完全に職務規定違反だ。

 

「心配しないで。私は今協会の人間だから。秘密は守るよ、探索者が命賭けでとってきた情報の重要性を私は理解している」

 

 そう言いながらその女は俺の報告書に目を通していく。

 

「なるほど、これは確かに興味深い内容だ。よろしい、この報告の真偽は私が確かめに行くよ。でもプリーストが必要なのか……じゃあ君、付いて来て貰ってもいいかい?」

「は? 俺はその報告書を上層部に見せて欲しいだけだ」

「だから、私がその上層部なんだって。それに私の証言があった方が協会や市からの印象もよくなると思うよ」

 

 こいつ……まるで俺が本免を狙ってるって分かってるみたいだ。

 

「でも、一つだけ条件がある」

 

 そう言って女は俺の耳元に口を寄せ、誰にも聞かれないような小声を話し始めた。

 

「平塚さんに謝ってほしい。君の感情は、嘗められないようにしようって意図は、理解できる。高校生だから侮られ易いだろうし、仮免だから信用され(にく)いのは事実だ。でもね、嘗められないようにするっていうのは横柄に振る舞うってことじゃない」

 

 まるで、俺を落ち着けるように、冷静な声で女は話す。

 

「知性や冷静さ、礼節、コミュ力、人望、面白さ、そういうものを活かして他者の理解を得ること。それが嘗められないようにするってことだ。脅えさせるだけじゃ人はついてこないし信用もされない。君にも分かるはずだ。仮に君が全て正しかったとしても、彼女に君から暴言を吐かれる理由はない」

 

 そう言って女は俺から離れた。

 

 俺は冒険者じゃない。

 ただ彼等から話を聞いたことがあるだけだ。

 文面的な理解では、他者から話を聞いただけの想像では、その本質には届かない。

 

 分かっていたはずなのに……俺も少し疲れているのだろうか?

 

「平塚さん」

「……はい」

「先ほどの物言いは全面的に撤回し謝罪させていただきます。大変申し訳ありませんでした」

 

 頭を下げる。

 

「いえ、こちらこそ偏見に塗れた身勝手な独断で貴重な報告を蔑ろにしようとしたこと謝罪させてください」

「はい、許します。自分の無礼は許していだだけるでしょうか? 土下座でもなんでもしますので、何か誠意を示す方法がありましたらなんでも仰ってください」

「そんな、高校生に土下座なんてさせたら私の方が白い目で見られます」

「申し訳ありません……」

「こちらこそです。顔を上げてください」

「はい」

「私も立川さんには勉強させていただきました。誠意も謝意ももう十分伝わりました。立川さんが私の無礼を許していただけるのであれば、どうかここは穏便に」

「冷静なご判断に感謝いたします」

「はい。今後とも当窓口をご利用くださいませ、今後はこのようなことがないよう努めてまいります」

「そう仰っていただけるのであれば、自分も今後は失礼のないように利用させていだたきたいと思います」

 

 互いに頭を下げたところで、横から両手を一拍叩く音が聞こえた。

 

「よかった。それじゃあ行こうか燈泉くん?」

 

 名前……あぁ、報告書に書いてあるから知ってるのか。

 

「はい。本日はよろしくお願いします」

「堅苦しいな。別に普通に喋ってくれていいよ」

「あ、私もそっちの方がありがたいです、よ?」

「じゃあこんな感じで。確認するならさっさと行くぞ」

「おぉ、いきなりめっちゃフランク」

「そっちが良いって言ったんだろ? ねぇ、平塚さんも聞いてましたよね?」

 

 笑みを浮かべてそう聞くと、

 

「そうね、確かに」

 

 と、平塚さんも笑みをもって返してくれた。

 

「なんで平塚さんには敬語で私にはタメ口なのかは気になるけど」

「大人げない女だ。一応名乗っとくけど、俺は立川燈泉。今日はよろしく頼む」

「生意気だな全く。私は相羽(あいば)マヒロ。よろしく」

 

 そう言って握手を求めてくる女を、俺は二度見した。

 

「は?」

 

 相羽マヒロ。

 それは現在、この日本で最強と言われている探索者の名前だ。

 

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