では、そうですね、前回ボクは村から追放され、着の身着のまま流れ流れて王都の貧民領に流れた所から始めましょうか。
王都は主に三つの層で出来ています、まず中央の貴族たちが住む貴族領、貴族領の周りにあるのが平民たちが住む平民領、そして平民領から隔離されるように出来上がった貧民領。
特に貧民領は王都の正式な住民が少なく、犯罪や非合法組織の温床になっていますが、その代わりどんな事情があろうとも、あらゆる種族や身分も受け入れる懐の深さがあり、ボクはその話を村長から聞いていたので目指した訳ですよ。
「まるで、獣の糞のような場所だと村長から聞いていたけど、これはまさにその通り……」
追放されてから歩き続け夜を3回越し、やっとたどり着いた王都貧民領は、村長いわく『獣の糞』とても人が居るような場所ではないと言われているのだと。平民領の外側には高い壁がありその外側に貧民領があるのだが、まばらに建てられたボロの小屋が立ち並び小道から脇道にいくつも分かれまるで迷路のようなっているし、人間がそのへんで平気で寝ている、酒臭いまま。
なるほど獣の糞だ、人の生活スタイルではないよ。
これからはここがボクの家になる、そう覚悟を決めて貧民領に一本踏み出そうとすると横から声が掛かった。
声をかけてきたのは若く、頬に傷がある茶髪の男、軟派な雰囲気があるが腰の物は軟派ではなさそうな鉄の剣、いくらか使い込まれていて、父の言葉を借りるなら『戦いに勝った者の傷』が付いている。
「ちょっとそこのお嬢さん〜? 一晩いくら? “ここ”の人間にしては身綺麗で結構タイプなんだけどサ〜」
「え? えーと、宿屋ではないですよ? ボク」
ボクは男の言った言葉の意味がわからなくて、一応思いつくことを返した。男は不意打ちを食らったように一瞬止まり、動き出したと同時に腹を抱え膝を叩いて大笑いしていた。
「ひーっひっひっひっ! くふふふふ…………んふっ、ぶぁっはははは!!」
「どうしました?」
「いや傑作! ナイスなジョークじゃないか、まさかこんなにもツボにハマるとは思わなかったぜ……」
いきなり肩をがっちりと捕まれボクは怖気づいて全身が硬直した。多分この時の顔は酷くて見れたものじゃない……
「いやいや~、貧民領の女は大体娼婦まがいのことして稼いでるからさ、君もそうなんだろ? いやそうじゃなくてもそうなるから、だったら初めてをもらってやるって訳よ」
「……っ!?」
何を言っているか、よくわからない。いや、分かりたくなかった。ボクは知識でそう言うものは知っている、けど、男の人に無理やり、こんな風に言われるとその、死ぬほど怖い。怯えて体が震えてきた、目から涙もでてくる。
ボクが固まってる間にも男はまくしたてるように話を続けていく、まるでボクに言葉を言わせないようにしている
「うん? 泣いてるの……? いや、涙目もかわいーもんだ、化粧の濃いやつと比べても数倍可愛いぜ君、決めた決めた、今夜は君で一発行っとこうかな〜? 普段の数倍払うから、ほらあの小屋行こうぜ」
肩に置かれた手がボクの手首を掴み強い力で引っ張る、抵抗してもびくともしない、振り払えない。なんとかその場で踏みとどまろうと踏ん張って力を込める。
「……おいおい、なんで力入れてるの? 大丈夫だって安心しろよ〜」
「いや、いやです! 離してっ!」
やっと声が出た、よしこのまま叫び続けてやろう、と思ったが
「黙れ、殺すぞ」
「ヒッ……」
喉の奥に声が引っ込んでしまうほど、強い殺気、簡単にこの人はボクを殺すだろう、あの鉄の剣は獣と人の血が混じっているんだ。死にたくない、でも、このままも嫌だ。
「どうせお前らみたいな貧民は、どこにも居場所がないんだよ、何にもならねぇ、だったら俺が使ってやるって話だ、ありがたく思えよ」
居場所なんてない……この言葉がこの時のボクにはとても良く響いた。
貧民領にたどり着くまでに何度も考えたことがある、本当は悪魔憑きなんて嘘で体よくボクを追放したかったんではないかと。ボクは他の子ができることをできるようになるまで時間がかかる子供だった、だから村には要らない人間だと判断されて、両親に納得させようと神官様を呼び悪魔憑きだと言わせたんではないかと。
何も根拠がないのに、妄想の悪意がボクから抵抗する力を奪って無気力にしてしまった。もうどうにでもなれと思う心が大きくなってしまった。
だけど、だけれど。
「居場所ですか、そのような物はお前にもないだろ、人を語るにはまだ青すぎるよ坊っちゃん、出直してこい3歳児から」
「な、なんだよお前」
「お前の敵」
男より身の丈が大きい厳しい顔付きの男が現れ、若い男の顔面を思い切り殴り飛ばした。腕を掴まれていたボクも引っ張られ一緒に尻もちをつきそうになったが、大きな男が支えてくれたおかげで転けずにすんだ
「おっと、あぶな」
「あ、ありがとうございます」
「サービスだよ、怪我したとか因縁付けられたくないから」
そう、この人こそ、サルコンさん。ボクの、ボクの恩人!
サルコンさんは殴り飛ばした男の前に立ち、鬼のようの顔で男を見据えた。その姿はまるで恐ろしい悪魔のようなだと錯覚した、横から観ているだけでそうなのだから正面にいるあの男はこの何倍も恐ろしいものを味わっているはず
「手配書出てるよな、お前……テディ・ホークス、女を誑し詐欺師まがいの事をしている冒険者、特に貧民領での女漁りに余念がない……」
「そ、それがどうしたよ……! そんなのどこの冒険者もやってることだろ! 俺はちょっと人より酷かっただけじゃねぇか!」
「まぁ、そうだな、言い訳はまだあるか?」
鬼の顔が少し緩んだ、一体何をするのだろう? この時のサルコンさんは無手であり武器の類は一切持っていなかった。ただ何よりも顔と固く握られた拳がどんな武器より恐れを抱かせ、このあとの展開を物語るものであった。
「手配書を見たんだろ? 俺の懸賞金は10金貨だろ? その倍は払うから見逃してくれねぇか? な!」
「足りないな」
「じゃあ3倍! いや、5倍だ! どうだ……?」
「だから、金じゃ足りねぇんだよ」
「だったら何がいいんだ……!」
拳を鳴らしてサルコンさんはテディを指差して
「こっちはさ個人的に嫌いだからお前を殴りに来ただけな
の、だから、お前自身が対価になるんだよ」
拳を大きく後ろに引いて弓を引くような姿勢から全身に詰め込まれた筋肉という筋肉の力を拳の一点に集中して思い切り振り抜いた。
「オラッ死ねっ!!!」
グチャ!
「ごへぇっ!?!?」
拳が腹部に突き刺さり何か中身が潰れたような音がする、確実に骨は折れている、内臓も無事ではない。
拳だけで致命傷を与えたサルコンさんは更にノックダウンした男の頭髪を掴み、軽々と持ち上げ目線を合わせ語りかける。相手は既に意識がない。しかしそれは関係なさそうだ。
「クズが一人いるとそれが全体評価に繋がるんだよね、やめてくれよ、このドクズがっ!」
掴んだ頭髪が抜ける勢いでサルコンさんの後方にある、ボクを連れ込もうとした小屋に投げた。とても人間業とは思えないほどの速度でテディは小屋にぶつかり激しい音を立てて崩れた小屋の中へ沈んでいった。
「二度と生まれてくるなっ! …………はぁ~スッキリした、今日はぐっすり寝られるぞ」
サルコンさんは一仕事を終えて肩を回して颯爽と帰っていく、という所でボクがサルコンさんを呼び止めた。
「あっ! あのっ! ボク! エルンストって言います! …………え、えーと! 良い人ですよねっ? ボクを仲間にしてくださいっ」
「あ、うそ……あれ見たあとで? ……ペット飼う気持ちでいいなら、ついてきな」
「わん!!!!」
思わず吠えたボクにサルコンさんは
「バカじゃねーの」
ゲラゲラと笑ってそう言ったのでした。