仮面ライダーフェイル 作:ケサランパサラン
「……死んでるって、え?」
「人がミストになってるのなら体組織も一度霧状に分解されていることになる。……人として生きているとは到底言えない」
「………」
まさかそんな、と否定するにはあまりにも自分の知識が足りていない。倫理や一般常識でしか、波瑠の言葉を否定できない。
「……波瑠は、どうしてそんなにミストのことを知りたがってるの?」
大学で研究しているにせよ、明らかに一般人の知識量ではない。ミストというものにそこまでの知的探究心を何故くすぐられるのか、玲奈にはそれが不思議だった。
「私にとっては分からないものを分からないままにできることの方が分からない」
「それは……」
「分からないから知ろうとする。それはいたって自然な行動だと思うけれど」
波瑠の言葉に玲奈は黙り込む。
少なくとも今までの自分は、分からないこと隠されていたことを知ろうとしてこなかった。それは奏多が意図的に隠そうとしていたから。
「玲奈ももっと知ろうとするべき。もっともっと、答えが出なくともそれを追い求めようとするべき」
「そう、言われてもなあ……」
知らなくていいこともある。
知らないからこそ背負わなくていいこともある。踏み込むことへの恐怖を、躊躇いを感じている玲奈にとっては、そうやって突き進むことができない。
「あと講義はもっとしっかり聞くべき」
「……はい」
耳が痛い。
「玲奈にとって知りたいことって、なに?」
「………」
知ろうとしていないだけで、知りたいことはいくらでもあった。
ただそれを知るためには誰かの思いを不意にしなくてはいけなくて、より深いところへ踏み込まなければいけなくて。
自分の過去と正面から向き合わなくてはいけないから。
少し目を閉じた後、ゆっくりと口を開いた。
「10年前のあの日、一緒にいたはずのお父さんとお母さん。………なんでか、お母さんだけが見つかって、お父さんがまだ見つかっていない」
「………」
「もしかしたら、もしかしたら。……まだ、生きているんじゃないかって」
10年間そんなわけがないと考えるのすらやめ、そして今でもあり得ないと頭では分かっていても。
微かな願望が、今になって漏れ出てくる。
「なんであの時壊された街が10年経った今でも瓦礫だらけで復興されず放置されてるのか……そもそもミストラクションはなんで起きたのか、なんで私たちは何もかも奪われなきゃいけなかったのか」
奏多は、何を隠しているのか。
「あるよ、知りたいこと。たくさん」
「……玲奈もミストのことばかり」
「あー、まあそうだね?」
根っこは同じなのかな、と波瑠に向かって言葉をこぼす玲奈。それを見た波瑠は視線を空へと向けながら口を開く。
「機会が訪れる、その日を待ってる。全てを知ることができるその日を」
「……来るといいね、そんな日が」
「だから、もし来た時は絶対離さない。何が何でもその機会をものにする、だから……」
空から視線を戻して、今度は玲奈へとそのあまりにもまっすぐな眼差しを向ける波瑠。
「玲奈も、もしそんな時が来たら……」
「………うん、私もそうする」
「とは言ったものの……」
正直かなり近いところまでは来ているんだけどなあ、と一人公園で静かに唸りながら首を傾げている玲奈。
「星羅さんにしろ奏多くんにしろ……どうも正面切ってとはなぁ」
昔から、自分がこういう危ないことに関わろうとすること自体が奏多にはよく思われていない。星羅に聞いたとしてもすぐに奏多にまで話が行くことになるだろう。
心配は嬉しいけれど、彼らには気付かれないように探りたい。それが玲奈の考えだった。
「となると完全自力でどうにかしないとってことになるわけで………次私もミストの授業取ろうかな……」
特に誰かに話しかけるわけでもなく、公園に誰もいないことをいいことに独り言を呟き続ける玲奈。
「……そういう躊躇いとかがダメなのかなあ」
条件は揃っている。
何がなんでも追い求めるという執着が、熱意が、決心が足りない。そうしようとすると奏多の表情がチラつくから。
「はぁ〜……ん?」
誰もいないと思っていた公園に子供が一人現れた。
10歳前後だろうか、幼い少女が公園に現れ遊具の中にある外から見えない空間へと入っていった。
その入る直前に、髪色が変化した。
黒色が灰色になって、揺らめくように。
「今の……」
周囲を振り返る。
友達らしき子供も、親らしき大人もいない。
「一人…?」
何か予感があった。
人に擬態しているミストを見たときのようなあの感覚、仮面ライダーを見たときのような、あの感覚。
あの灰色の髪が頭に焼き付いたように離れない。
自然と立ち上がってその少女が入っていったところへと向かう。頭で考えるよりも先に確かめたいという想いが玲奈の身体を突き動かしていた。
覗いた先の少女はやはり灰色の髪をしていて。
「おっ……」
「おっ…?」
玲奈の方を見て一瞬固まり、お互いに見つめあった後髪色が黒へと戻っていった。
「お、お姉ちゃん、だれぇ?」
あまりにもわざとらしい態度。
灰色の髪のその揺めきの違和感の正体がわかった玲奈は、その少女を指差しながら。
「ミス、ト…?」
「……あー、終わった」
そう言われた少女は諦めと呆れが混ざったように口角を上げながら、灰色の髪に戻って乾いた笑いを繰り返している。
「えっあっ…ミスト…?」
「……み、ミストってなにぃ?」
「いやいや……」
この期に及んですっとぼけようとしている少女。
「ふぅ……まあ聞いて欲しいお姉さん。確かにボクはミストだけどえっと、その、悪いミストじゃなくってね?」
「ミストに良いも悪いも……」
「まあ待って、一緒に話そう。通報はしないでほしい、本当に」
ミストとまともに会話をするのは、ミストがまともに話しているところを見るのも初めてだった。
「くっ……公園で独り言喋ってるから気づかれてないと思ったのに…」
「あっ見られてた……というかここで何を……」
そこで周囲を見渡すとポテトチップス、せんべい、チョコetc……レジ袋から大量のお菓子が顔を出していた。
「えっと……?」
「……おやつタイムですけど?」
「おや…え?」
先ほどから困惑が湯水のように溢れて止まない玲奈。髪色が灰色になる少女を見つけたと思えば人間のようにすらすらと言い訳をしてきて、その上で今はおやつタイムをしていたという。
「んん〜??」
「まあその、なんというか。今から説明するから座って、ね?あ、クッキー食べる?」
「あ、ああどうも…」
促されるままに座ってクッキーを受け取る玲奈。
「……本当に通報しないでね?」
「し、しないです」
「ほっ……」
灰色に揺らめく髪を見つめながら、クッキーの封を開けて口に放り込む玲奈。食べはしたが味がしない。
「まあその……確かにボクはミストだ。そしてこの通り子供を取り込んでいる」
「………悪いミストでは?」
「違うんだって」
目の前のミストが普通のものと違うというのは、ミストへの知識がそこまでない玲奈でも理解できた。灰色の髪がわかりやすい証拠だ。
「お母さん……えーっとつまり、この中の子供の母親はボクがミストっていうことを知っているし、それを受け入れてくれている」
「……嘘でしょ?」
「お願い信じて、ボクは悪いミストじゃないんだ」
「いや子供が…」
「お母さんの許可はもらってて……」
「その子の人生は?」
そう言うと灰色の髪のミストは黙り込んでしまう。こういった話が通じること自体が玲奈にとって不思議だった。
「確かに、いくら母親がいいと言っていてもこの子の人生はこの子のものだ。ボクにそれを奪う権利はない」
「……それなら」
「でも人生っていうのは、生きていればの話だ」
さっきまでのやりとりが嘘のように真っ直ぐな瞳で、真剣な表情で玲奈にそう伝える灰色の髪のミスト。
「事故にあって、この子はその時に死んだ。……ボクはその死んだ子供を取り込んだミストなんだよ」
「……そんな」
自然と合点がいった。
死んだはずの子供が蘇る。それがミストだとしても、ミストだと分かっていても、生きて目の前にいるという状況でどのように感じるか。
(……ミストってなんなんだろう)
「それからずっとボクは……
「………」
確かにあり得ない話ではなかった。死体からもミストが生まれることができるのであればそういうことも……そういう考えが玲奈の頭の中に浮かぶ。
「本来ミストは素体となる人間をベースにした人格しかないはずなんだけど……ボクの場合死んだ人間を取り込んでしまったのがいけなかったのか、こんな風になっちゃって」
そう言って髪を黒から灰へ、灰から黒へと何度も変化させるミスト。
「……あなたたちは、どうして人間を取り込もうとするの?」
自然とそう質問を投げかけていた。それを聞いたミストは目を細める。
「それはボクたちミストか何故人を取り込む生態をしているのか、という質問でいいの?」
「まあそうなる、のかな」
「……他のミストが何を思って人間を取り込んだのかは分からない。けど少なくともボクは……」
言葉の途中で手を握り締め、より一層髪の毛の揺めきが強くなるミスト。
「羨ましかったんだ。死んでいるとはいえ、母親の腕の中で大切に抱かれていたあの子が……桜が」
「……羨ましい」
「君を口封じするつもりはないよ」
慌てふためいていたのはなんだったのか、堂々とそう告げてくる。
「正直通報されたらされたらで仕方ないと思っている。……ボクは十分生きたからね」
「………それは、その」
「でもお母さんは違う。……こんなボクでも大切な娘だって思ってくれているんだ」
自分の子供がミストだと知っていて、それを受け入れる。
玲奈の中の固定観念が崩れ落ちていく。
「情に訴えるようで申し訳ないけれど……どうかあの人から、二度も娘を失わせないであげてほしい」
このミストはどんな気持ちで日々を過ごしているのだろうか。十分生きたといい、母親である人間の気持ちを汲んで。
全てが妄言である可能性は否定できない、けれどその瞳とあまりにも愚直な話し方が真実だと告げているように思える。
「……分かった、言わないよ。でも代わりに条件がある」
人に化けて暴れ回る怪人に過ぎなかった認識が、目の前の存在によってどんどん書き換えられていく。
「ミストのこと、もっと教えて」
波瑠に言われた言葉が、玲奈の頭の中を駆け巡っていた。