仮面ライダーフェイル 作:ケサランパサラン
三澤が横谷裕香の住むアパートの前についた時、すでに高橋雄二は彼女に接触していた。
「なあ、なんで誰かの人生奪っておいて、平気な顔してられるんだ?」
「……雄二」
「何がしたいんだ、お前たちは」
「聞いてゆう——」
「馴れ馴れしく名前呼ぶんじゃねえ!!」
拳が鋭く横谷裕香の……ミストの顔に突き出されていた。口の中を切ったらしく、口から微かに霧が漏れ出ている。
「どんな顔して俺は裕香に会えばいいんだ!?ずっと気づかなかったのに!!お前のせいで!!」
激情が暴力となってミストに降りかかる。それをただ黙って受け続けるのを見ても、高橋の手は止まらない。
「いっつも奪ってばっかりのテメェらが!人みてえに笑って泣いて、暮らしてんじゃねえ!!」
より一層硬く握られた拳が、ミストの顔へ振り下ろされる直前、ミストの身体が霧に包まれた。
「離れて!」
ようやく追いついた三澤が高橋をミストから引き剥がす。霧が晴れた場所には横谷裕香の姿はなく、変わりに緑色のミストが立っていた。
「ああもうっ………逃げて!」
「おれ、俺は……っ」
「ったく…!」
焦る三澤の視界に、静かに佇んでいるミストの姿が映る。暴れるでもなく、襲いかかってくるでもなく……哀しみを携えて、静かに。
三澤が銃を取り出した途端、そのミストは高く跳び上がりどこかへの去っていってしまった。
「………あいつ」
少しの間思考した後、焦燥している高橋を見守りながら奏多へと連絡した三澤。そこから数分経って、アパートの前に奏多が到着した。
「ミストは」
「跳び去った。多分今は……川辺の方で止まってる」
「……了解しました」
ミストの方へと向かう前に高橋の前へと向かう奏多。奏多の姿を視認してすぐに駆け寄り、つまづいてもたれかかるような姿勢になった高橋。
「俺……俺、あいつのこと殴っちまった。一回だって喧嘩もしたことねえのに……この手で」
「……大丈夫、すぐに戻るから」
「俺、俺は………」
高橋から離れ、三澤に高橋をよろしく頼むと伝えた奏多。
「お前はどうするんだ?」
「追いかけます、川辺から位置は変わってないんですよね?」
「まあ感覚通りなら」
「なら俺がやります。……増援のフーガも大丈夫です、俺一人で」
「……分かった」
ふうっと息を吐く奏多。
欠けた月を少し眺めて、川辺の方へと駆け出した。
「……いた」
「………フーガの人?」
川辺、橋の下の薄暗い場所。
横谷裕香の姿をしたミストはそこにいた。
「まあ、似たようなもんかな」
「そう……殺しに来たんだ、私のこと」
それは諦めなのか、特に驚くこともせず淡々と話すミスト。あまり見ないタイプだなと、奏多は少しづつ近づいていく。
「なんで抵抗せずに逃げた?」
「……暴れても暴れなくても、どっちでも一緒でしょ?あなたたちは私を殺して、横谷裕香という人間を取り戻す。……心配しなくても、きっと彼女は無事に帰ってくる」
「……そうか」
仮面ライダーが駆けつけるのは、ミストが暴れ出してフーガの手に負えないと判断されてから。ミストが通報され発覚されるまでの過程に奏多が立ち会うことは少ない。
それでも目の前のミストからは怒りではなく哀しみが見てとれた。まるで本当の人間のように。
「……雄二、どうだった?」
「………動揺してたよ、相当」
「だろうね、彼誰かに手をあげるような人じゃないもの」
「…そうだな」
気のいいやつなのは知っている。しつこく玲奈に言い寄ってきていたから鬱陶しがっていただけで。
そんな高橋の憔悴した姿を見て、奏多も何も思わなかったわけでもない。だがそれ以上に、目の前のミストのことが気になる。
「彼のことは、好きよ。少なくとも私にとって私はミストだけど、横谷裕香でもあるから」
「……でも、あいつが見てるのはお前じゃない」
「そうね。だから私が大人しく貴方に殺されて、本物の彼の恋人を返してあげるのが正しいことなんでしょうね。………でも私は、それでも彼と一緒にいたかった」
「………」
「それだけじゃない、家族や友人にも囲まれて………横谷裕香として生きる日々はとても楽しかった。…誰かの人生を踏み潰していたとしても」
そう言ってミストは立ち上がり、奏多の方へと向き直る。
月光が僅かに橋の下に差し込んでいる場所に立つ敵に鋭い眼差しを向け、霧を身体の周りに漂わせながら。
「これは自棄、ただの八つ当たり。貴方を殺したって、ここから逃げ延びたって、私の居場所はどこにもないけれど。それでも……」
霧に身体が完全に包まれる。
数秒経ち、霧が緩やかに晴れて姿を現したのは、緑の身体を持つ虫の特徴が現れたミスト。その双腕には鋭い刃が生え、足はふくらはぎの部分が反っていた。
「死にたくないから」
「……それでいい」
ドライバーを腰へと装着し、ベルトが自動的に巻きつく。奏多の右手には灰色のヘイズチューブが握られている。
「相容れないから、戦うしかない。寄り添って生きることができないなら相手を拒絶することしかできない」
腰につけたドライバーの右側に空いた穴にヘイズチューブを差し込むと、ベルト中央部の蒼い球体が強い光を放つ。
「みんな、ただ生きようとしているだけなのにな」
【Order:Code.FAIL】
「変身」
【Approval The Executioner FAIL】
奏多の身体を灰色の霧が包み、その身体を変化させていく。灰色の肉体にドライバーから射出された装甲が次々に装着されていき、やがて黒鉄の戦士———仮面ライダーフェイルへと姿を変える。
月光の中、胸部のプラズマコアがより一層光を放っていた。
「……そう、貴方が仮面ライダーだったの。そんな気はしてたけれど」
「…そんなに分かりやすかった?」
「いいえ、ただの勘」
「…そうか」
数秒の沈黙。
ミストの姿がフッと消え、フェイルへと急接近しその腕の刃を振り下ろす。咄嗟に両腕を前でクロスし受け止めて下がるが、腕の装甲に深い切り傷が入っていた。
『……オペレーター代わり、要るかい?』
「見せもんじゃないんで」
『了解』
事前に電話で叩き起こされた星羅が通信越しに真剣な声色で語りかけてくる。
『あの腕と足、複合型だね。見て分かりやすいけどカマキリとバッタ……それぞれの特徴に特化してきているし、数値も平均値を大きく上回っている。今までのよりワンランク上だと思ったほうがいい』
「了解」
ミストはそのバッタのような足で飛び跳ね、直線的であれど緩急のある動きで的確にその腕の鎌をフェイルへと振り下ろしていく。すんでのところで回避し、受け流していくフェイルだがその装甲には確実にダメージが蓄積されていく。
首を狙って地を蹴ったミストの腕を青い光が身体を迸っているフェイルが掴み、そのままぶん回して投げ飛ばした。
プラズマコアのエネルギーによる身体能力の向上、ミストのスピードに対応するには低稼働のスペックでは足りないという判断だった。
「やっと出せる」
そう言って球型ユニットから長剣を手に取るフェイル。まともに受けていては装甲が持たない、防御するために武装を出そうにもその隙がなかった。
ミストは立ち上がってフェイルを睨みつけた後、今度は橋の下で跳ね周りタイミングを測られないように急接近してくる。フェイルはそれを長剣で受け止めて跳ね返した。
空中に浮いたミストに素早く銃を取り出して攻撃を放つが、弾はその腕の鎌で切り裂かれてしまった。
『ここが市街地なら建物で立体的に動き回られていたことだろう、物の少ない川辺でよかった』
身体能力や攻撃能力、周囲の構造物を利用する知能。おそらく数ヶ月程度の擬態しかしていないミストがこれほどの戦闘能力を有している。
珍しく温厚な個体でなければ、夜の人のいない川辺で戦闘できていなければ、きっと被害は尋常ではないものとなっていただろう。
少なくとも一般のフーガ隊員がどうこう出来る相手ではないなと、モニターの前で戦闘の様子を観察している星羅は苦笑いを浮かべながら冷や汗をかく。
『速度特化か装甲特化に換装するかい?』
ミストと高速の斬り合いを繰り広げながらフェイルは短く否の返答を送る。
速さに特化すれば確かにミストには追いつけるだろうが、代わりに防御が著しく下がる。万一攻撃を喰らってしまうと肉体が損傷してしまう恐れがある。
厚い装甲に換装すれば、今度はフェイルが動きに対応できなくなる。ならば今のままでいい、それに……
「慣れてるのが一番、だッ!」
飛びかかってきたミストを完全に見切り、下から長剣で切り上げた。橋から飛んできたミストの身体は打ち上げられ、銃撃の乱射を浴びせる。着弾時に生じた煙に包まれて地面へと落下したが、勢いを止めることなくそのままフェイルへと突進してくる。
「ぐぅっ!?」
さっきまでと同じように長剣で刃を受け止めようとしたフェイルに、身体を丸めたミストが大きな弾丸となってそのまま突進してきた。刃と打ち合おうとしていたフェイルは大きく吹き飛ばされる。
「くっそ、んだあいつ頭良い——なぁッ!!」
イラつき混じりに声をあげてプラズマコアの稼働率を上げる。闇夜に溶け込んだ黒鉄の装甲に青白い光が輝き、迸っていく。
『ちょっ、いきなり上げす——」
通信越しの星羅の驚きの声を待たずに、全身のスラスターからエネルギーが噴射される。跳び回っていたミストに一瞬で近づいて飛び蹴りを繰り出し吹き飛ばした。
「っ……急に速いじゃないの」
「疲れるから嫌なんだよな」
「そう……私は全力出して行くけどね!!」
長剣を持ったフェイルと、鎌を振り回すミストの高速の戦闘。プラズマコアのエネルギーを噴射しつつ飛び回り、対するミストはその脚力で周囲の地形を飛び回り、地を抉りながら跳び回っている。
何度も、何度も打ち合う。
長剣と鎌を、刃と刃を。
飛び回って、跳び回って。
「っ!」
橋を切り崩し、瓦礫をこちらへと蹴り飛ばしてくるミスト。避けずに長剣を盾にして防ごうとしたところに緑色の回転する斬撃が瓦礫を突き破ってフェイルに直撃した。
ガリガリと剣と装甲を削る音がし、そのまま地面へと衝突する。
「っ…適応?」
『いや…単に隠し種だろう』
剣を投げ捨て、新たな長剣を射出し構えるフェイル。しかしミストは先程までとは違い、静かに佇んでいる。
「……?」
「私たちがこうやって姿を得る前、何をしているかあなたは知ってる?」
「……ミストは元々霧幻界の霧、明確な個体ではなく一つの集合体として存在している」
唐突なミストの問いに戸惑いながらも、自分の知っていることを答える奏多。
「そう。……私たちミストには、誰かに取り憑くまでの記憶がない。誰かの人生を真似するときに、いらないものは捨ててしまうから」
「………」
「でもね、他はどうか知らないけれど、少なくとも私には覚えていることがあるの」
鎌をそっと、胸に当てる。
「寂しい……それだけは覚えてる」
「…それを俺に伝えて、何になる」
フェイルのその言葉にフッと笑うミスト。
「貴方はきっと、沢山のミストを葬って来たんでしょうね。彼らが抱いていた怒りも、喜びも、焦がれも、哀しみも、全部踏み躙って、ここに立っている。……そしてきっと、私も」
「………」
「でも不思議と、貴方からは憎しみを感じない」
これだけ刃を交わしているのに、ミストが誰かを傷つけるところを何度も何度も見て来たはずなのに、そこに憎しみがない。
「貴方は憎しみで目が染まっているわけではない。ただ正面から、私たちミストの心を受け止めて、その上で道を閉ざしていく。……それはどうして?」
「……なんでって」
こんなことを聞いてくるミストがいるのかと、面食らって言葉に詰まるフェイル。頭を振って改めて考えてみて……ため息をつきながら口を開く。
「俺はミストを滅ぼしたくてこんなことやってるんじゃない。それに憎しみで戦ったら……きっと自分が自分じゃなくなる」
「……なら、どうしてそうやって傷つくの?」
少し考える素振りを見せた後、顔を上げてまっすぐミストの方を向いて。
「……必要だから。だからやってる」
そう言ってみせたフェイル。
それを見てミストは楽しそうに笑い出す。
「フフッ…どうせロクな死に方しないんだろうなって思っていたけれど………私を殺すのが貴方なら、悪くないかもね」
「……そうかい」
プラズマコアが白色に光り出す。
【Order:Code.Blazer】
「…それが貴方の本気?」
「情けだよ」
【Plasma Over Clock】
その音声がドライバーから流れると同時に、胸部のプラズマコアが強く輝き始める。青白い光がより強い光となり、夜中にも関わらず周辺が昼間のように明るくなるほど。
その白い光がフェイルの全身を駆け巡り、身体から溢れ出て白色に輝く霧となって、フェイルの周囲を漂っている。
『おいおい……何考えてるんだ』
「時短ですよ、時短」
胸部のプラズマコアをオーバーヒート直前まで稼働させ、一時的ではあるがフェイルの大幅なスペック増加をもたらす通称「ブレイザー」
稼働限界、そして変身者の安全性を考慮して十秒後に自動的に変身が解除されるが、それと引き換えに、その十秒間フェイルは——
「すぐに終わらせる」
「……フフッ、それは楽しみね」
——全てを凌駕する
黒鉄の戦士は、白き閃光となって駆け抜ける
ミストのすぐ横を通り過ぎ、その右腕を切り落とす。
すぐさま方向を変え、今度は後ろから切り掛かるがなんとかミストが体制を変えて、鎌を弾かれながらも攻撃を防ぐ。
しかし体勢を崩したのを見逃すはずもなく、地についている両足を切り落とし、空中に浮いたミストの左腕を断ち切る。
この間、三秒
長剣を投げ捨て、白の閃光は飛翔する。
【Plasma Full Burst】
手足を完全に失い、ただ視点が上へと昇って行くことを感じることしかできないミスト。
その視界に、月よりも明るい光が映った。
白い閃光は矢のように鋭く撃ち放たれ、その足がミストの身体を貫いた。
自動的に変身が解除される。
装甲が切り離されドライバーの中へと再収容され、身体が霧に包まれ、もとの人間へ……柊木奏多の形に戻る。
倒れ込んでいるミストの元へと歩いて行く。死ぬ直前のミストと同じ、肉体が段々と霧散して行くミストの元へ。
「……手も足もでなかった、文字通り」
「…使わされたのは初めてだった」
「……なら、私は結構頑張ったってことね」
普通のミストのようにすぐ霧となって霧散するのではなく、横谷裕香の姿となり、その身に纏った霧が段々と剥がれて行く。
「私、虫嫌いだから。本当はあの姿も嫌いで……彼女には申し訳ないけれど、死ぬ時は綺麗な姿で居たいから」
「……俺しか見てないんだから、好きにすれば良い」
「…優しいわね」
「興味ないだけだよ」
仰向けになったミストは満足げに笑っている。
「私たちミストは死んだら、誰かにつけた傷跡しか残らない。その傷はきっと、いつか忘れ去られる。私たちの時間なんてちっぽけなもので、私たちの望む世界に、私たちの居場所はない」
「………」
「私ももうすぐ死ぬ。忘れるべき記憶として、まるで霧みたいに薄く……そしていつか消えてなくなる」
このミストを見ていると、嫌でも思い起こさせられる。
自分が今まで殺して来たミストたちの怨嗟、無念、悲哀。それを見ないようにしてここまでやって来たというのに。
「………ああ、貴方がいたわね」
「…勘弁してくれ」
「どうせ死ぬんだもの。最後に貴方に呪いをかけて逝くわ」
「………」
さっき会ったばかりの人間に、自分を殺した人間に。
このミストは、一体何を期待しているのだろうか。
目が合い、にっこりと笑った後。
「もっと、生きたかった」
そう言って、完全に霧が散った。
そこに居た痕跡も残さず、眠っている人間一人を置いて。
「……回収完了、帰還します」
『…お疲れ、隊員を向かわせる』
フラついた足取りで帰路に着く奏多。
その手には白いヘイズチューブが握られていた。