仮面ライダーフェイル 作:ケサランパサラン
「……明日かぁ」
大学から帰り、支度を全部済ませてベッドの上に寝転がり、スマホから音楽を流して目を瞑って意識を手放そうとしたところで、やっぱり思い出してしまう。
ロウと奏多くんの二人から何かが起こるぞ起こるぞって言われたら、なんかもう寝れるわけがない。一体何が起こるのか気になって仕方がない。
寝るのに失敗してしまったのは仕方がない、こういう時はスマホで退屈で変わり映えのしない動画やサイト、評価のあんまり高くないブログとか見て眠気が来るまで待つことにしている。
今日も同じようにしようと思ったところでメッセージの通知が飛んできた。波瑠からだ、すっごく珍しい。
『明日会いたい いつなら会える?』
とても簡潔な文章、らしいっちゃらしいけれど、こんな風に会いたいってメッセージくる事があまりにも珍しい。大学で会えば引っ付いてくるけど、こんな風に言ってくることなんて……
それにしても、よりによって明日かぁ。
一応大学には行って、お昼過ぎには授業が終わるしそこからなら会えるけれど……明日って、明日かあ………
ロウは怖いからしばらく家に引き篭もるって言ってたし、奏多くんは……忙しそうだし、バイトはないし、特に予定も入ってない。
「……まあいいか」
何かあれば一緒に避難すればいいし。
波瑠もあれで結構不思議な子だし、私が様子見ておかないと。
承諾の返事と3限目の終わりに会えると伝え、何のためにもならないネットサーフィンをしているうちに、いつのまにか意識を手放していた。
「鏡を境界として見ることがある」
「へっ?なにいきなり急に」
「鏡の向こうには左右の反転した、現実そっくりな世界がある。そういう考え方」
待ち合わせ場所に来て声をかけようとして、向こうの第一声が鏡がどうたら……ほんとに何?
「例えば、蜃気楼は本来そこには存在しない風景を映し出す。それがただの錯覚ではなく、本当に存在するものを間接的に映し出しているものだとしたら?」
「えっと……」
「境界や入口として何かを捉えることはよくある。川を跨ぐこと、上下の反転した水面に映った世界、先の見えないトンネル……身知らない駅に着く、とか」
いつもあんまり話は通じないけど、今日はいっそう何言ってるかわからない……分からないけれど、話している内容には一貫性がある。
「んと……異なる世界への入り口の話…であってる?」
私が聞くと、彼女は空の上を見ていた視線を私の方に引き戻し、静かに頷いた。
「もし霧幻界がそういった別世界の文脈に沿ったものだとして……一体どこで、この世界と霧幻界は繋がっているのか。霧があの世界から来ること、この根振市で多いこと以外は何も分かっていない」
「ああ、そういう……」
「霧幻界と根振市が重なるように融合しているのか、それとも霧が漏れ出してくる正確な座標が本当はあって、それを未だに掴めていないだけなのか」
確かに……
ミストは実際に何度も目にした事があるから実感があるけど、霧幻界というものはあるとは言われているけれど、実際にちゃんと観測できているわけじゃないし……
ミストラクション当時のことも、あまりちゃんと覚えていない。
「それをこれから確かめに行く」
「確かめに……って、一体どこに」
私の問いに、彼女は黙って指を向ける。
北の方角、この町のいつまでも癒えない傷。
ミストラクションの跡地、根振市北部。
「……いや、あそこは立ち入り禁止…って、ちょっと待ってってば!今日はあんまり出歩かない方がっ……ねえ聞いてる!?」
好き勝手話すだけ話して勝手に歩き出す波瑠。自分から呼び出しておいて立ち止まっている私を気にかける素振りすらない。知識欲の凄まじい子ではあるけれど、ここまでくると流石に狂気じみているというか…
奏多くんやロウに言われたことの件もある、あんまり不用意なことはしたくない、んだけど……
「… あの様子だと本当に立ち入り禁止区域に入りかねない……」
ぐんぐん遠ざかっていく背中をため息をつきながら追いかける。流石に、放っておけるわけがない。
それに波瑠に話を聞いて、私もほんの少し興味が湧いてしまった。
危険なことがあればすぐに逃げる、立ち入り禁止区域には立ち入らない……それだけ守れば……なんて。
自分でも、自己を正当化するには結構無理があるなと苦笑いしながら彼女の後ろを追い続けた。
違和感に気づかなかったのは、何故だろうか。
ずっと目を背け続けていたから?やたらと早い彼女に追いつくために駆け足だったから、酸素が頭に回っていなかったから?
それとも、それがあまりにも見慣れた懐かしい景色だったから?
「……立ち入り禁止の柵、なかったよね」
気づけば波瑠のことは見失っていた。
本当に、気付かぬ間にこの場所に取り込まれていた。私にとっての日常に、あまりにも自然に入り込んできていたから。
やらかした。
二人が言っていたのは絶対このことだ、誰でもわかる異常事態。
昔よくお菓子を買いに来ていた駄菓子屋さん、虫がよく這い出してきていたから通りたくなかった畦道。みんなで遊びまわって小さな公園、通るたびに視界に入っていた、電柱のヒビ……
気づいて振り返った時には、既に出口はなくなっていた。
完全に取り込まれた、この世界に。
夢を見ているような気持ちになって足を進めていたらこの始末だ、我ながら危機感がなさすぎる。自衛意識には自信があったというのに。
「………」
波瑠は、このことを知っていたの?
私はあの子のことを何にも知らないけれど……ロウですら何が起こるか分からなかったものを、彼女はこうやって明確な目的を持ってやってきていた。
もしかしたら……
「……境目なんかないんじゃん」
分かりやすい入り口なんて全くどこにもなかった、気が付けばここにいた。
「しっかりしろ私!狼狽してる場合じゃない!!」
現状の分析をきちんとしよう。
今私がいるのは10年前、ミストラクションが起きるより前のあの町。流石にタイムスリップしたわけじゃないだろうから、当時の街並みが再現されているというのが正しいんだと思う。
周囲を見渡すと本当に記憶通り、あのままの街並みがそこにある。違うのは人がいないという点。
正確に言えばいないわけじゃない。何かこう……私と同じくらいの大きさの、黒いモヤモヤとしたものがそこら中にいくつもあって、ふらふらとしている。
なんとなくだけどそれがここでの人……ということなんだと思う。
そして霧がかったように霞んだ視界。
十中八九、ここは霧の影響を受けた場所。異世界や別世界ではなく、今この世界で霧の力によって作り出された場所、位置的にもなんとなくでしかないけど、あの瓦礫になってしまった町と同じ場所にあるはず。
スマホを確認してみるけれど、当然のように圏外、位置情報は取得できない。土地勘で考えるなら南下すれば元いた場所に戻れる可能性はある、けれど……
「波瑠は置いてけない……し」
足がやっぱり、自然とそっちの方へと向かってしまう。
辺りを見回しても人はいない、再現しているのは風景だけ。それでも……この風景も、10年前を境に手に入らなくなってしまったものだから。
いつ何が起こるか分からない危機感を感じながらも、ゆっくりと、一歩一歩踏みしめるように歩いてしまう。
もう二度と触れられないものだと、記憶の隅に置いていたものが。大切に隠していた思い出が、どんどん浮き上がってくるように。
幼稚園から一緒だった、幼馴染の家。
遠足に持っていくお菓子を選んでいた、駄菓子屋さん。
お母さんに連れられてよく行っていた商店街。
友達と待ち合わせして日が暮れるまで遊んでいた公園。
「っ……」
ここへ来てからどれだけの時間が流れただろうか。
夢じゃない、確かな感覚として、触れられる存在としてそこにある。本当はそこに存在しない虚像だったとしても、この手に触れる木の皮や鉄の冷たさ、砂利を歩く感覚がいやでも当時の記憶を掘り起こしてくる。
「……奏多の」
自然と昔の呼び方が出てしまう。
奏多くんの両親には良くしてもらった、お母さん同士が仲が良かったみたいで、自然と会う回数も多かったから。
小さな黒いモヤモヤが、2回の窓からこちらを覗き込んでいる。
その姿がまるで、あの頃の彼の影のように見えて。
「………」
頭が昔のことでいっぱいになりそうになって、逃げ出すように走り出してしまった。嫌なことがあったから家に帰るように、親に話して、泣きついて、縋り付くように。
気づけば、何度も何度も何度も見た家の前に立っていて。
自然と鍵のかかっていない扉に手をかけて、力一杯引いた。当時の感覚のままやったから、思ったよりも扉が軽くてこけそうになる。
「ただいま……」
口から勝手に溢れたその言葉が自分が発したものだと気づいた瞬間、膝から崩れ落ちて大きな声で泣き出しそうになる。ぽっかりと空いていた心の穴が、他のもので埋めたくなくて、空けたままにして覆い隠していた傷が……今だけ、塞がっていくような気がした。
「お父さん……お母さん……っ」
言葉にならないような思いが溢れ出すのをどうにか抑えて立ち上がる。靴を脱いで、家の中へと上がる。
キッチンとリビングに大きな影が一つずつ、テレビの前のソファーに座っている小さな影が、もう一つ。
あの日は日曜日だったから、いつもは仕事に行っているお父さんが家にいて、お母さんがいつもより気合を入れて昼ごはんの準備を始めていた。
よく、覚えている。
『玲奈、テレビはもうちょっと離れて見ないと』
『は〜い』
お父さんは静かな人だったんだと思う。仕事で帰ってくるのが遅いことが多かったから、話すこともない日もあったから。でもその分休みの日はずぅっと私に構ってくれていた。
あの頃の私はそれが少し鬱陶しく感じていたけれど……どれもこれも、もう手の届かない思い出で。
この日は確か、お母さんが犬を飼いたいとか言っていたから。夕方からペットショップまで見に行こうって、そんな話をしていたはずで。
『お父さんはワンちゃんとネコちゃん、どっちが好き?』
『んー……鳥かなあ』
『………』
『ごめんごめん、ワンちゃんの方が好きかな』
ああそうだった。
お父さんは鳥が好きだったんだっけ、自分は飛べないから、羨ましいなんてことをよく言っていた。
多分、訳もわからないまま響く轟音に家が吹き飛ばされる、10分前くらいの光景なんだと思う。
なんの前触れもなかった。
目を覚ましたら奏多くんがそばにいて、私を見てすごく悲しそうな目をしていて。
町が壊滅したこと。
奏多くんの両親が瓦礫の下敷きになって死んだこと。
生死不明な人が余りにも多いこと……
私のお母さんが動かなくなっているところを、見てしまったところ。
そんなことを、苦しそうに伝えられて。
何を言っているのか分からなくて、本当に分からなくて………
「これが、君のお家?」
「ぶぇっ!!?」
誰もいないと、そう思っていたから。
突然話しかけられて変な声を上げながら飛び上がってしまった。
「はっ……波瑠!!?一体どこ行って……っていうかなんでここに……」
「懐かしい?」
私の問いを一切意に介さずに、真っ直ぐな目で私にそう聞いてくる波瑠。相変わらずのマイペースぶりにため息をつきながら私も答える。
「懐かしいけど……それ以外にも色々、ごちゃまぜになった気持ちがある。なんて言えばいいのか、分からないけど…」
「……君は、ミストラクションが起こっていた時のことを覚えている?」
「ううん。怪我をして気を失ってたみたいだから……友達に聞いたことでしか分かってないんだ」
まるで地震や津波みたいに、残っている数少ない映像もショッキングな映像として扱われるからちゃんと見たことはなかったように思う。失ったという事実だけがそこにあって、受け入れるのに随分と時間がかかった。
「知りたい?」
「……え?」
「その日、この場所で何があったのか、君は知りたいと思う?」
……分からないことを分からないままにしておけるのか。
別に奏多くんから聞いた話を疑っている訳じゃない、けれど、もし知れるというのなら……この目で確かめられるものなら。
この傷とも、ちゃんと向き合えられるような気がする。
「知りたい。あの日、奏多くんがどうやって私を助けてくれたのか……なんで、お父さんの遺体は見つからなかったのか、それを」
「そう。……試すだけ試してみようか」
「……試す?」
何を?と聞く前に波瑠が手を周囲に翳して、何かをなぞって線を描くように手を動かした。
「……はっ?」
私が今まで立っていた場所は、瓦礫の山に変わっていた。
周囲の風景はそのまま、私の家のあった場所だけが、波瑠が何かをした途端に変わり果てていた。
「……やっぱり不完全だと上手くいかない。風景の再現性はあっても人物の姿と行動が反映されていない、ただの影に置換されるから確かめるのは難しいかもしれない」
「………貴方、何を…」
不思議な子だとは思っていた。
自分のことは全然話さなくて、ミストのことをよく調べていて。どこに住んでいるのかも知らないし、一緒にご飯を食べていても大したリアクションは示さないし。
けれど、そういう子もいるって、そう納得して付き合ってきた。
でもこれは違う。
「今この空間を構成してる霧は、ミストラクションが起こる前後の情報を記録している。霧幻界から漏れ出た霧の量が少ないから完全な再現には至っていないんだろうけれど………霧に干渉することができるなら、ビデオを巻き戻すように当時の事象の閲覧ができる」
「何を、言って……」
「君にも、やろうと思えば出来ると思うけれど」
違う。
普通の人間じゃない。
「あいつの言葉を鵜呑みにするのは癪だけど……あそこに向かえば分かるかな」
私の動揺なんかお構いなしに一人で勝手に話して、勝手に歩き出す波瑠。
「貴方は一体!!何者、なの……?」
「……もう、分かっているはずだけれど?」
心底不思議そうな表情で、振り返って私にそう言った後、何事もなかったかのようにまた歩き出した。
「行こう、あそこに行けば、君の知りたいことが分かるかもしれない」
「何がっ……何が何のっ……ああっもう!!」
訳がわからない。
波瑠のことも、この場所のことも、霧のこともミストのことも。
「っ……貴方についていけば、私の知りたいことが分かるんだよね!?」
「……そう言ってるはずだけど、なんで怒ってるの?」
「怒ってない!!」
衝動のまま一歩を踏み出して、不安定な足場のおかげで気がつく。
私の家は……多分、ミストに壊されたあとの姿になってしまっている。
胸がきゅっと締め付けられるような思いをして……それだけだった。
案外、そんなものなのかもしれないと自分を納得させて、どこかへ向かっている波瑠の後を追いかけていった。