仮面ライダーフェイル   作:ケサランパサラン

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雲合霧集

 

 後ろに星羅さんを乗せ、変身はせずにバイクに乗り誰もいない道路を走り抜ける。ところどころ道の上にあるだけで動く気配のない車を見ていると、まるで時間が止まったように感じる。

 

「良かったのかい、君や彼女の家の方に寄らないで」

「今更何を……そんな時間ないでしょ、余計な気遣いは大丈夫ですから」

「でもねぇ……おわわっ!!落ちる落ちる!!」

「しょうもないぐずり方するなら振り落としますよ」

「ぐずるって、君はねぇ……」

 

 星羅さんの読みどおり、霧幻侵攻は10年前、ミストラクションが起こった日にこの町の北部を漂っていた霧がその情報を記録し、今こうして再び現れる現象だった。

 

「……確かミストラクションが起こった時間……というより、霧幻界への入り口が上空に現れたのが11時17分……本来なら今の時間は17時、太陽の位置がおかしいですね、真昼間だ」

「外で計測した時点ではこの北部をドームのようにして霧がまるごと包んでいた。この中で見る景色は町並みだけじゃなく空もあの頃のままと思った方がいいな。プラネタリウムみたいになってるのかも」

 

 霧幻侵攻の発生直後、計測班からのデータが上がってきた。規模や状況、偵察を済ませて三澤さんも部隊を率いているフーガ隊員の一斉突入に合わせて、星羅さんを乗せたこのバイクも単独行動で走り出した。

 

 向かう先は旧仁礼研究所。

 星羅さんの父、仁礼宗次郎がミストや霧幻界について研究していた場所。そこに行って研究データを回収し、事態の解決への手掛かりを得る。

 

「……拠点の設営が済んだみたいだね、部隊と連絡が取れるようになってる。緊急回線だからスマホとかは使えないだろうけど…」

「使うやついないでしょう。しかし……静かですね」

「そうだね」

 

 超大型ミストの発生のようなことはなくとも、通常のミストくらいは発生しているものだと思っていたけれど……不気味なくらい静かだ。影のようなものがそこら中にいるだけで、他は変わらなく……

 昔のあの町そのものだ。

 

 いやでも昔のことが思い出される。

 

「先行部隊からも接敵したという知らせはない。人喰いの姿も確認されていない……待ち構えている可能性が高いね」

「そうですね」

 

 わざわざ星羅さんの名前を出して誘ってきた人喰いのミスト、仁礼宗次郎と何らかの関わりがあるとされているが……

 何か目的があって星羅さんを誘っているのは間違いない。向こうの狙いが星羅さんの命という可能性もあるから、出来れば拠点で支援に回っていて欲しかったけれど。

 

 自分自身のこの目で、父の研究を確かめたい。

 

 そう言われて返す言葉を無くしてしまった。

 

「……先に言っておくが、無理は禁物だよ。私達の最優先の目的は人喰いの撃滅ではなく、父の研究データの確保だ。交戦が始まって撃滅が困難な事態になったとしても、私がデータを確保できればそれでいい」

「分かってますよ。向こうは10年もののミスト……正直、万全に、全力で挑んでも撃滅まで行けるかどうか」

「……珍しく弱気じゃないか」

 

 ……一度交戦すればデータは蓄積される。再起不能にさえならなければ、対策を取って新しいフェイルの機能を星羅さんが付け加えてくれることもできる。勿論俺自身が対応することも。

 ただ……なんだろうか、この感覚は。

 

 あのミストからは普通のミストとは違う感じたことのないような………いや違う、どこかで感じたことのあるような気配がした。

 

「……そろそろ着きます、10年前の地形情報通りでしたね」

「もし入ってすぐにあの時の超巨大ミストの破壊まで反映されてしまったら元も子もないと危惧していたけれど……本当に、時が止まっているみたいだ」

 

 地元だが、通った覚えのない道を進んでいき、川沿いにある四角い無骨な建物を見つける。橋を渡りその建物まで向かってバイクを走らせ、その近くで停める。

 

「……あれは」

 

 星羅さんは反応しないが、俺の視界には古い看板が映り込んでいた。

 仁礼研究所と書かれた看板、今の研究所にもあるものだ。星羅さんはこれを持ち帰って、自分の研究所にもこれを置いたのだろう。

 

「……旧仁礼研究所」

「健在だとこんなもんだったのか、意外と広いんだね」

「………星羅さん」

「その心配するような声色はヤメテ、別に何の思い入れもないんだから。そんなことより周囲を警戒」

 

 手をヒラヒラとさせながら指示をして、どんどん進んでいく星羅さん。中の構造は星羅さんも知らないはずなのに、迷う素振りも見せずどんどん進んでいく。

 

「こっちは観測のための計器か……なんだこれ見たことない形してる…奏多くんこれ写真撮っておいて、私たちやフーガが使ってるのとは全く違う構造してるかもしれない」

「はぁ……」

「というかもう全部撮っておいて、何が重要になるか分からない」

「了解です」

 

 しかしまあ、なんというか。

 感慨とかないのだろうか、ちっとも。俺なら自分の住んでた場所に行ったら、しばらく周囲を散策して一通り思い返した後に自分の家に帰って静かに項垂れる自信があるんだが。

 

 ……星羅さんから父親への感情は、なかなか複雑なものらしい。

 

「こっちは生活スペース……ならあっちか」

 

 一通り歩き回った後、一階の1番隅の部屋にたどり着いた。

 そこにはPCなどの機械類がズラッと並べられていた。恐らく観測や実験をしたデータを蓄積しておく場所なのだろう、配線の先にはやたらと大きいPCのようなものが置かれていた。

 

 星羅さんが起動ボタンを探して電源をつける。

 

「点いた……この空間は電力関係はどうなってるんだ」

「俺は機械類まで正確に再現してるのにも驚いてますよ……本当にデータも再現されてるんですか?」

「それはこれから分かることだ。まあもしダメなら手書きのノートでもないか探してこの研究所をひっくり返すことになるな」

 

 ……それは勘弁してほしいな。

 

 

 星羅さんが機械を起動している間周囲を見回すと、ガラス製の大きなカプセルのようなものがあるのを見つけた。電力は本当にちゃんとあるらしく、カプセルの内部は明かりで照らされている。

 その中にあるものは、町の中で見たように黒い影のようになっているが……なんだろう、この感じは。

 

 ここはデータが集まっている場所だと思っていたが、それにしては少し場違いのような気がする。

 

「……よし、ちゃんとデータもあるな。つくづくあの霧は便利な物質だよ、ミストっていう存在さえいなければあの霧のおかげで人類の科学レベルは何世代分も加速しただろうに」

「コピー、出来そうですか」

「今やってる」

 

 バカでかいUSBメモリをPCに挿してデータを写し始める。

 

「入り切るんですか?」

「フェイルシステムのあったデータから私の父がどういう風にデータ整理してたかはある程度検討をつけてる。ここに蓄積されてるデータは莫大だけどそのほとんどは実験をするための演算結果や観測結果だ、本当に大事なデータはまとめて一つのデータにしている。……それでも尋常じゃない量だが」

 

 データを移している間星羅さんと一緒になって周囲を見渡す。

 

「フェイルシステムもそうだったが相当やましい研究をしていたらしい、呆れるくらいデータが全部暗号化されていたよ。持ち帰っても解読に時間がかかるだろうね」

「……待っている間他の場所も探索しますか?手書きのノートとかじゃないですけど……何かあるかも」

「そうだね……出来ればそうしたいところだけれど———」

 

 星羅さんの持つフーガとの通信端末が激しく音を鳴らす。三澤さんとの個人回線だ、それも緊急の。

 

「こちら星羅、どうした」

『ミストが大量に発生!!現在対応してますが総数200を超えてそうです!』

「200ゥ!?」

 

 思わずバカでかい声を出して驚いてしまった。

 

『幸い世代は2世代が主なのでこちらで何とか対処はできそうですが、そちらは大丈夫ですか?妙な出現の方法をしていて———』

 

 

 通信端末が破裂した。

 貫いたのはまるでサイのツノのように長い棘、それが壁に突き刺さっていた。

 

「よお、ちゃんと来てくれたみたいでオレぁ嬉しいぜ」

「……人喰い」

 

 以前俺の前に現れた時と同じ姿。

 フェイルのカメラ映像が捉えて同じ姿の者を捜索したが、7年前に行方不明になっていた男性の姿。

 

「オレには幽玄っていう名前があんだ、それで呼んでくれよ、仮面ライダー?」

「お前と交わす言葉はない」

 

 フェイルドライバーを腰に装着し、右手に灰色のヘイズチューブを持つ。

 

「おいおい冷たいねェ。俺はまだお前とやり合う気はないんだが?」

「………」

「そっちのが星羅か?いやァ会いたかったよ!!なるほど、確かにあのおっさんと似てるなァ、目元のあたりがソックリだ」

 

 確かに敵意は感じない。

 さっき飛ばしてきた棘のようなものは気になるが、もし本当に戦う気なら既に怪人態になっているはず。だからといって警戒を解く理由にならないが。

 

「人喰い……いや、幽玄。君は私の父を知っているのか」

 

 星羅さんが毅然とした態度で人喰いにそう聞く。名前を呼ばれて嬉しそうに笑う人喰いは心底楽しそうに答える。

 

「あぁ知ってるぜ、よゥく知ってる。お前らは知らないだろうから教えてやるが……あのおっさんはオレをそこのガラスん中に閉じ込めて色々研究してたんだよ」

「……何?」

 

 俺がさっき見ていたカプセル……あの中にあった黒い影、それがこいつだと?人喰いだと?

 

「あの頃の俺はこういう姿もなければ怪人態になれるほどの容量もなかったんでな、ああやって閉じ込められて研究されてたんだよ。まァ自我って呼べる自我もなかったもんで、おっさんの独り言聞いてるだけみたいなもんだったけどな」

「……なるほど」

 

 合点が言ったように声を漏らす星羅さん。

 霧幻界を観測するだけではなく、不完全とはいえミストとその霧を手元に置いて研究ができたのなら、確かにフェイルシステムが作れるほど研究が進むかもしれない。

 だけれど……

 

「もう一つ、質問だ。………お前は、私の父を喰ったのか?」

 

 仁礼宗次郎の遺体は見つかっていない。

 もし、人喰いが彼を喰っていたのだとすれば……

 

「いいや、おっさんは喰ってねえよ」

 

 意外な答えに、星羅さんと揃って拍子抜けになる。

 

「あァ、死体が残ってなかったことが気になってんのか?」

「……まあ、そうだが」

「それならあのおっさんが、自分の体をミストが取り込まないようにつって、死ぬ直前に身体にミストの霧を取り込んで身体を自壊させたはずだぜ」

 

 何でもないことように語る人喰い。

 こっちからすれば衝撃の事実ってやつが幾つも出てきているものだから、かなりの温度差を感じる。

 

「……そうか、ならもう一つ。私をこの場所に誘い込んだ、君の目的は何だ?」

「あァ?おォ!いい質問だ仁礼星羅ァ」

 

 ケラケラと笑い、心底愉快そうにしている人喰い。……こいつは一体、何人殺したのだろうか、一体どの口で楽しそうに笑っているのか。

 

「お前を呼んだ理由はそうだなァ……そもそも仮面ライダーを呼びたかったのと、あのおっさんの一人娘だったみたいだからな。会って見たかったってのが理由さ」

 

 母親に会いたいか。

 あの時の言葉は、目の前で仁礼宗次郎が電話で話しているのを聞いていたということだろうか。それを星羅さんを呼ぶために利用した……ということか。

 

「オレの本当の目的には、別にお前らは関係ないんだ。ただ……こっちが何も言わずにコソコソやんのは、あんまりフェアじゃないだろう?だから呼んだ」

「……君の、本当の目的とは?」

 

 不気味な笑みを浮かべ、右腕を部分的に怪人態にする人喰い。

 その腕にはさっき飛んできた棘のようなものが、手の甲から生えており、それをガラス製のカプセルに向けて棘を射出した。

 

 ガラス製のカプセルから、黒いモヤが逃げ出していく。

 

 

「ミストの進化」

「……進化?」

「そうさ、人を取り込まなくとも単独で存在し、一つの生命体として成立するようにする。それがオレの目的さ」

 

 ミストは生命体として見る場合はあまりにも欠点が多い。寄生生物のように人間に取り憑くが、いずれ擬態を保てなくなり暴走すること。それも5年という短い間であり、ミストは生殖し自己増殖することもない。生命体と呼ぶには、あまりにも歪な存在。

 

「一体……何を企んでいる」

「全部教えても面白くないだろ。まあ直に知ることになるだろうが……それまでゲームと行こう」

「…ゲーム?」

 

 腕を人間に戻してこちらに向け、指をくいくいっと曲げて挑発の意を示す人喰い。視線の先には、オレ。

 

「仮面ライダーになれ。お前らの目的はそこの研究データだろ?別に、お前らはオレの目的には邪魔なだけなんでなァ………今すぐに殺してやってもいいんだが」

 

 

【Order:Code.FAIL】

 

 

「おおっ、こわ」

 

 ヘラヘラと、いつまでも人の神経を逆撫でするような笑みを浮かべている人喰いに全力で敵意を向けて、灰色のヘイズチューブをベルトに装填する。

 ベルト中央が青く光り輝く。

 

「奏多くん、分かってるね」

「……はい」

 

 目的は撃滅ではなく、防衛と時間稼ぎ。

 目的は見失っちゃいない、が……腑が煮え繰り返って仕方ない。

 

 

「変身」

 

 

【Approval The Executioner FAIL】

 

 

 変身してすぐにプラズマコアの稼働率を上げ、剣を構える。

 

「ははっ、そう来なくっちゃなァ!」

 

 こちらの変身を見て、向こうも怪人態へと変化する。

 剥き出しの鋭い牙、肥大化した頭部のツノ。赤と黒の禍々しい肉体に、両腕にはあの飛ばしてくる棘。

 

 見ただけで分かる、これまで相手にしてきたミストとはさらに別の次元の存在……

 

 

「さァ余興と行こうぜ!精々盛り上げてくれよぉっ!!」

 

 

 加速して剣を打ち付け、腕の棘で防御する人喰いごと押し通り、研究所の外まで弾き飛ばした。

 

 

「余興?ならお前に本番はいらねぇな」

 

 

 自分を鼓舞するために、そう啖呵を切った。

 

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