仮面ライダーフェイル 作:ケサランパサラン
霧幻界、と呼ばれる世界が初めて観測されたのは20年ほど前。世界中で突発的に発生する、数メートル先すら見ることのできない深い霧が発生する現象。それが別世界と重なって起きている事象であると判明したのが15年前の話。
ミストが初めて確認されたのがその15年前である。
「……久しぶりに見たなあ」
長い髪の女性、紫藤玲奈は先日の広場で起きたミスト発生事件。それを思い出して自室で物思いに耽っていた。
10年前、異常成長を遂げたミストによりこの街が半壊した大事件。多くの人々が死んだ、今もこの街に深い傷跡を残したあの出来事。あれ以来対ミスト専門組織である『フーガ』が設立され、今に至るまで人々をミストの被害から守り続けている。
「……父さん、母さん」
10年前のあの日、両親は自分を残して逝ってしまった。父の遺体は見つかることはなく、母だけが墓に収まることとなった。
もちろんそうなったのは自分だけではない。幼馴染も同じように両親を失い、一緒に傷を癒してきた。
「もう20になったよ、私」
部屋のテレビが流れる。
もうすぐあの事件……『ミストラクション』から10年が経つということを言っている。
『ミストラクションから10年の月日が経ちましたが、対ミスト技術は日に日に進歩を遂げています。数ヶ月前より運用が開始された仮面ライダーなどはその最たる例でしょう』
「……仮面ライダー」
この街のどこでミストが発生しても、バイクで空をかっ飛びながら現場へ駆けつけ、ミストと素体となった人を分離する仮面の戦士。
その正体は明らかになっていないが、迅速なミストの撃破が可能という点が人気を集めている。
『しかし世間ではいち組織がそこまでの軍事力を有することに対する懸念も——』
『現にミスト被害は減少し住民からの支持も——』
『なにが被害は減少だ、肝心のミスト発生に対しては何もできていないじゃないか』
テレビの音がどんどん遠くなっていく。
ミストラクションが起きたあの日、あの仮面ライダーがいればもっとたくさんの人が傷つかずに済んだのだろうか。
「……奏多くん、今どこで何を……」
玲奈は寂しそうに1人、部屋でそう呟いていた。
「だ〜か〜ら!カップ麺が一番早いからこれでいいんだって!食事する時間も含めて!」
「いいわけないでしょうが!」
所内では低俗な言い争いが発生していた。
「そんなに面倒臭いんなら俺が作るからそのポットを置いてください!」
「嫌だね!その健康的な食事を見ると私は鳥肌が立つんだ!」
「終わってる……」
外出から戻ってきたらもう何食目かわからないカップ麺を食べようとしている星羅を見つけ、もう見過ごせないと食ってかかる奏多。
「フフッ、拾ってやった恩義も忘れやがって……作ってやるとは言うが、君にその料理を教えてやったのは誰だったか忘れたのかな?」
「あんたの作る料理が最低だったから自分で練習したんだよ!」
「じゃあ私のおかげだぁね!!」
「面の皮が厚すぎる」
巷で話題の仮面ライダーとその開発者がこんなことで言い争っていると想像しているものは誰もいないだろう。
「というかそのパジャマいい加減脱いでください」
「やだね、毎度毎度しつこい………そんなに言うなら脱がせてみなよほらほら〜、君にできるかな〜??」
「………」
「………えっ、まさか本気にしてないよね?じ、冗談だから、ね?……や、やめろこっちに来るな」
無言で近寄る奏多、後退りする星羅。
「星羅さん……俺ももう子供じゃないんですよ」
「ヒェ…」
「……まあ冗談はさておき、ここまで言ってまだカップ麺食べるんなら倉庫にある在庫全部処分しますからね」
「なっ……可愛げなくなったなお前ホント!」
「お陰様で。適当に作るからその間に着替えてきてください」
強硬手段に出た方に対して星羅は頬を膨らませ、不服だということを意思表示する。
「けっ!これで勝ったと思うなよ!」
「なんだその捨て台詞」
ドタドタと階段を上がっていく星羅に呆れた視線を飛ばしつつ、冷蔵庫にある食材を引っ張り出して調理を開始する。
「……気遣ってあげてるってわかってくれてんのかね」
これでも尊敬はしているんだけどなあ、と誰にも聞こえないところで1人こぼす奏多。
当の星羅本人は敬意のかけらもないやつ、と着替えながらぼやいているが。
「……10年か」
「今年の追悼式はより一層大きなものになるみたいだね」
「着替えるの早くないですか」
「シャツとズボン履くだけで時間はかからないし」
「………まあいいや」
ミストラクションで犠牲になった人たちを偲ぶ追悼式。年々規模が大きくなっているが……それは復興が進んでいる証でもあるということなのだろう。
「今年も行かないのかい?」
「まあ、行ったところでって感じですし」
「変な意地張ってるあたりがまだまだ子供だね」
あんたに言われたくない、と喉まで出かかっていたが言われていることは図星なので口を閉じておく。
「あの子にもしばらく連絡とってないんだろう?」
「………まあ、そうですけど」
「ハッハッハッハ、かわいいとこあるじゃないか」
「やめてくださいそれ。………まだ巻き込みたくないんですよ」
「ま、その気持ちは分からんでもないけどもね。おっチャーハン?」
なんやかんや言って食べたそうにしている。本当に作るのが面倒くさいというだけでカップ麺生活しているのだこの女は。
「まあ今年は行きなよ、守る人々の表情を知っておくっていうのも大事さね」
「……そういうもんですかね」
「そういうもんだよ」
(別に人々を守るために仮面ライダーをしているんじゃない、それは星羅さんも知っているだろうに……)
「……分かりました、行ってきます」
どうせミストが出なければ暇な身、ちょうどいい暇つぶしにでもなったと、そう自分に言い聞かせることにした。
「うんうん、いい心がけだ。それでこそ仮面ライダー」
「だからなんなんですかその仮面ライダーって」
「私の趣味だが?」
「変な趣味ィ〜」
「天才とは孤独なものだな……」
追悼式会場、その入り口に立ってすぐに周囲を見渡しその広さに一種の感動を覚える奏多。
「……ここまで大きくなってたのか」
なんで屋台まであるんだ?という疑問は飲み込んでおく。
「これじゃ追悼式というか追悼祭な気が……」
この追悼式の開催自体はこの街の住民の総意であるし、恐らくそこにはあの日からここまで復興できたというアピールも含まれているのだろうと自分で納得させる。
最後に追悼式にきたのは4年前、あの頃から比べれば街も随分と賑やかになってきたし、ミストに対する恐怖感も薄れてきている。
自然と盛り上げようと屋台やイベントが企画されるのも当然と言えば当然なのだろう。
「交通規制までして……しかしどこに行けば……」
スマホで追悼式の概要を調べて目的地を決めようとする。
市長や代表遺族の演説、10年前の事件、ミストラクションで被害を受けたものや記録の展示会、市外からの観光客などに向けた観光案内など……
「驚くほどに興味を引くものがない………」
そもそも興味がなかったのを行けと言われているのだから興味が湧くわけもないのだが。
期待せずにそのまま読み進めると気になる文面があった。
「……『フーガ』特設会場?」
軍事組織が追悼式に専用ブースで出展するものだろうか。
不思議に思いつつ……不思議に思うということは興味が湧くということであるので、とにかく行ってみることにした。
会場はわりかし広く、舞台からは少し距離を置いたところに観客が複数人集まっている。この会場自体にフーガの隊員が何にもいるが、この会場の中は一際多いように感じた。
「一体何の……」
周囲に耳を傾けるために口を閉じた。
「何すんのこれ」
「聞いた話じゃあの仮面ライダーの説明会だって」
「マジ!?俺生で見たことなかったから超楽しみなんだけど」
「いや本物は出ないとかなんとか……」
「は?つまんね」
思わず肩をすくめてしまう。仮面ライダー……つまり自分のことだろうと居心地の悪さを感じる奏多。
現状仮面ライダーという強化兵士の運用を開始したとだけしか民衆には伝えられておらず、その正体は謎に満ちたままだ。だが颯爽と駆けつけミスト事件を解決していくその姿には人気が集まっている。
「いいよな仮面ライダー、正義のヒーローって感じで」
「だよなあ、中の人と会ってみてえよ俺」
察するにこの会場はその仮面ライダーに対する本格的な説明会ということなのだろう。奏多自身がこうして観客席側にいるということは仮面ライダー本人は登場しないということだが……
(というか、このことは星羅さんは知ってるのか?)
知った上で自分にこれを見てこいってことなら色々と合点がいく気もするが、多分何も知らないだろうなと否定しておく。
正直居心地が悪いことこの上なかったが、フーガが仮面ライダーというものをどのように伝えるのかに関しては興味があったのでとりあえず見届けることにした。
よくよく観察すると恐らくマスコミ関係であろう人物たちの姿も見受けられる。
「おっ始まったみたいだぞ」
会場中央の巨大モニターに映し出されたのは、この数ヶ月間仮面ライダーがミストと対峙してきた映像の数々。
「いつ撮ったんだよアレ…」
思わずそう呟いてしまった。だが実際周囲に人がいないのは確認していたはずなのに一体どこから撮っていたのか……
「……まさか」
モニターのそばで待機している隊員の1人の顔に非常に見覚えがある。つい先日亀型ミストとの戦闘でも共に同じ場にいた三澤だ。
まさかあの人がこっそり自分のことを隠し撮りしていたのではないか、そう考えると過去の戦闘でも三澤がいた立ち位置からの視点が映像になっている気がしてくる。
そうやって考え事をしているうちに映像が終わってしまっていた。周囲からは自然と拍手が巻き起こっていた。
モニターの前に出てきたのは戦闘服ではないスーツ姿の男。フーガの幹部の1人であったのを覚えているが、名前までは覚えていない。自己紹介を短く済ませると早速本題へと入っていった。
「今の映像をご覧頂き、大方察しはついていると思われますが改めてご説明いたしますが、今日は我がフーガの新戦力『仮面ライダー』についての正式発表となります」
八島と名乗ったその小柄な男が会場のざわつきが収まるのを待ってから再び口を開いた。
「あの日から10年……ミストラクションを境として我々フーガは更なる戦力増強を続けて参りました。月日を経るごとに強くなっていくミスト……それに対抗するべく長年開発を続け、つい3ヶ月前、ようやく実戦投入に至ったのが仮面ライダーでございます」
バックのモニターにKamen Riderという文字が映し出され、仮面ライダー……『フェイル』の全身の姿も露となった。
灰色の身体に黒鉄の装甲を身につけた強化戦士……
「仮面ライダーは対ミスト戦において無類の強さを誇り、事実現状においてミストに敗北したことは一度もありません」
自分の知らないところで自分のことについてのデータが色々と集められているのを改めて実感し、組織の一員であるということを再確認させられる。
「ミストの脅威は現状では対処療法にしかなっていません。ですがこの仮面ライダーの力があれば、いつかミストそのものを根絶することも可能と言えるでしょう」
おおっ、と観衆が声を上げる。
ミストの根絶……いうは易しというやつだ、ミストと戦って勝てるからと言ってそう簡単にことが運ぶわけでもない。ミストの群生地でもあるならそこにミサイル攻撃でも仕掛ければいいだけなのだ。
そう思い呆れたようにため息を吐く奏多。
「仮面ライダーは我々人類にとっての希望なのです。どうか皆様、理解のほどご協力願いたい」
その言葉を聞いて奏多は会場を後にした。
無責任な期待を乗せられても困る。仮面ライダーだのなんだの言っても結局は1人の人間に過ぎない、守れる範囲だってたかが知れている。仮面ライダーという存在を組織が、民衆がどう捉えているか分かったような気がして、自然とその場から立ち去っていた。
「……そんな高尚なもんじゃないっての」
正直あまりいい気分ではなかったが……まああとは追悼式の会場を一周でもすれば頃良い時間になるだろう。
そう思い重い足取りで屋台でも回ろうとしていたその時。
「奏多、くん……?」
「………玲奈」
自分の姿を見て、驚いて呆然としている幼馴染と出くわしてしまった。