仮面ライダーフェイル 作:ケサランパサラン
こうして立っているだけでも、以前より随分身体を動かす感覚が変わったのを感じる。変身しているこの姿に、以前とは違う感覚……よく馴染む、とでも言えばいいのだろうか。
何も言わずに棘を飛ばしてきた人喰い、こちらも長剣を射出して手に取って弾く。そのまま接近して人喰いと何度も斬り合う。
「寝起きにしちゃいい太刀筋してんじゃねェか」
「生憎、寝てて鈍るような身体でもなくなったんでね」
以前ならプラズマコアの稼働率を上げなければ互角にすらなれなかったが、今のこの身体なら低稼働でも渡り合うことが出来る。以前までの身体はプラズマコアの作り出すエネルギーに耐えるための身体だったが、今のこの身体は素の身体能力から向上している。
突き出された棘を剣で受けるが、その瞬間に発射して無理やり防御を崩してくる。杭打ち機の要領だろうか、見ない間に小賢しくなっている。
体勢の崩れたこちらの胴体に向けて棘を突き刺そうとしてくるが、変に避けずにドライバーから長剣と銃を射出して無理やり引き剥がす。玲奈のつけたのであろう胴体の傷口に向けて踏み込んで剣を突き出す。手で掴んで無理やり止められるが、宙に舞っていた銃を手に取り引き金を引く。
「この距離なら避けられないだろ」
プラズマコアを稼働させて可能な限り連射する。的確に傷口を狙った射撃は腕でガードされるが、それで十分。
手に取っている剣に、自分の霧を纏わせる。
普通のミストの灰の霧とも、玲奈の白の霧とも違う、銀色の輝きを放っている俺自身の霧を。
長剣が白銀の刀身に変化し、霧の中でも僅かに差し込む太陽の光を受けて鈍く輝いている。
一歩、踏み込む。
瞬間的なプラズマコアの高稼働による補助と、素の脚力。力強く踏み抜かれた地面がひび割れ、人喰いへと接近する。
赤黒いオーラを放ちながら剣の軌道に腕の棘を置いてガードしようとする人喰い。棘の乱射で引き剥がされるよりも早く、こちらの剣が振り下ろされた。
白銀の輝きを纏った剣先は、棘に塞がれることなく、いとも簡単に、その腕を棘ごと真っ二つに切断した。
棘が全方位に乱射され、後ろに下がりつつ斬り払って防ぐ。
腕を切り落とされた人喰いが、呆然と切断面を眺めた後こちらを睨みつけてくる。
「……何をした」
「斬っただけだが」
「違えだろ。今の感触は身体を分解される感覚……ただの霧に戻っていく感覚に近かった」
切り落とされた腕を拾い、切断面にくっつけようとしている人喰い。時間はかかるようだが、確かにそれで傷は治るだろう。
「お前……
「関係あんの?お前に」
ようやくその鬱陶しいニヤケ面が消え失せた。
自分がミストになったせいか、霧がどういうものかっていうのを肌で理解した。俺はただ霧の擬態を、結合を、解いてやっただけ。そうするだけで、無理やり傷を負わさなくたってミストはただの霧に戻る。
【Plasma Burst】
一時的なプラズマコアの超高稼働状態。
さっきあの攻撃は見せたし、最初から分かりやすく致命傷を狙っても完治能力で深手は避けられた可能性が高い。防御無視の一撃必殺だとしても、当たらなければ意味はない。
「……いいぜ、来いよ」
「………」
迎え撃とうとしている人喰い。
あれの感知能力はPOCのフェイル相手に数十秒以上耐えるほどの性能がある。まともに正面から行っても避けられるのがオチだろう。
だから。
プラズマコアの生み出したエネルギーが行く先は、身体ではなくもう片方の手に持った銃。
肥大したエネルギーが銃口から放たれ、高速で飛んでいく。
向かう先は人喰いではなく、後方で控えていた大量のミストたち。
巨大な爆発に巻き込まれ、轟音と地響きと共に奴らの体を構成していた霧が勢いよく霧散した。その衝撃の影響で周囲を覆っていた霧も吹き飛ばされ、一気に見通しが良くなる。
「……ククッ、やってくれるじゃねェか」
そういうと人喰いは怪人態から普通の人間の姿へと変化した。
どうやらもう戦う気はないらしい。
「やめだやめ、こうも状況が変わっちゃあ仕切り直しだ」
「……黙って見逃がすとでも?」
こちらが銃口を向けても警戒する様子なく、突然その近くに一体のミストが現れた。人喰いに似た気配を持つそれが霧を身体から漂わせて、周囲の景色に溶け込んでいく。
「フェイル、お前とは相応しい日に、相応しい場所で決着を着ける。……分かるよな?」
「………」
「まあそういうこった、次会う時は全てが終わる日だ。じゃあな」
そう、一方的に吐き捨てて人喰いはもう一体のミストと共に姿を消した。
「……はぁ」
周囲から霧が完全に引いていったのを確認して、変身を解いた。身体の構造が変わったおかげで、変身を解いても反動は一切ない。
「……全てが終わる日、ね」
振り返ると、揃いも揃ってこちらをまっすぐ眺めている星羅さんたちがいた。
「あーっ、と………」
気まずい。
「と…りあえず……中に入りません?」
「……うん、生物としての構造が玲奈くんに限りなく近いものになってる、厳密に言えば違うんだろうが……君はミストと人間の中間の存在になったと見て間違いないだろう」
「まあ、なんとなくそんな感じは」
「現状の把握は?どこまで覚えている?」
「断片的には。玲奈に血を与えてもらった時に多少記憶が流れ込んできたんで……まあ後で色々まとめて聞かせてもらえると助かります」
玲奈は色々言いたそうにしてきたけれど、流石に星羅さんたちに無理やり休まされた。今は俺の部屋のベッドで眠っている。
……何故?
三澤さんはフーガとして町の警備に行ってしまった。俺がいない間ずっと仕事をほったらかしてしまっていたから、その帳尻を合わせなければならないんだと。
「何か身体の感覚が変わったりは?」
「いや……強いて言うならすこぶる調子がいいってことですかね。身体がめっちゃ軽い、慣れてたけど俺ずっと凄い体調悪かったんですね」
「……リアクションしにくいな」
「別に責めてるわけじゃないんですが」
変身している時の感覚はかなり変化を感じたけれど、今こうして普通にしている分には以前と変わらない。ミストに近い存在になった以上俺も霧を使ったり出来るんだと思うんだが……
慣れだろうか、変身している時は身体がミストになっているから出来たんだが、この状態だと何とも。
「そうか……とにかく、無事に帰ってきてくれて良かった。本当に……本当に良かった」
「やめてくださいよらしくない」
「私は……正直君はもう助からないものと思っていた」
「……まあ、後先考えずに突っ走ったのは俺ですから、星羅さんが気に病む必要は……」
「いや……少し待ってくれ、ごめん」
「………」
あぁ、心労をかけすぎてしまったか。
今更ながら反省だ、この人にこんな顔をさせるつもりじゃなかったんだけどな。……玲奈にも、後でちゃんと話しておかないと。
「…星羅さんすみません、でも今は確かめたいことがあるんです」
「確かめたいこと?」
「仁礼宗次郎さんの研究データは、ちゃんとコピーできていましたか?」
「あぁ、あの後もずっと解析しているところだが……」
「その中に、変な言語みたいな……解読不可能なところがあったりしませんでしたか?」
驚いたように目を見開く。
「いや……玲奈くんの記憶か?」
「そういうわけじゃないんですが……今それ見せてもらう事ってできますか?」
「あ、あぁ…構わないが」
星羅さんが俺の身体から測定した数値が表示されていた画面から移動して、仁礼宗次郎の研究データが映し出される。そのファイルの奥深くの方に、そのデータがまとめられていた。
「核心に迫ることはここにあると思うんだが……どれだけ頭を捻ってもこの文字列に規則性を見出せなくてね。ノーヒントで古代文字を解読させられるようなものだよ」
お手上げだ、と両手を広げて嘆く星羅さんを横目に、その奇怪な文字列に目を通す。
『ここに記された情報は自然の摂理を覆しかねない情報となる。これを読んでいる君がどうか、私から託された者であることを願う」
「……待て、待て待て待て、君今、これを読んだのか?」
「…自分でも何故か分からないけれど、確かに読める」
なら、あの時のはやっぱり……
「……幽玄は君に
「………眠っている間、俺はずっと別の場所にいたんです。意思が肉体から離れて、どこか遠くの場所に繋がっていた」
この研究所で目覚める前、どこかも分からない場所を彷徨っていた記憶を呼び起こす。
「……」
なんだ、ここ。
「森の中…?」
辺りを見渡しても木ばかりで、霧が立ち込めている森の中。
何故自分がこの場所にいるのか、それすら分からずに、それでもただ歩き続ける。なんとなく、この場所が自分の今までいた世界とは違っているのを感じていた。
「……死んだのか、俺」
どれくらいの時間そうしていただろうか。
どこまでも広がる森の中で足を止めて、自然と口からそんな言葉がこぼれ落ちていた。
音もしない、まるで時の止まったような世界。
風も吹かず、木々も揺れず、ただそこに存在しているような世界。
「正確には、まだ死んでいない」
自我が解けてしまいそうな、そんな静寂の中で不意に背後から声がした。聞き覚えのない声のした方へ振り向くと焚き火と、その炎で木の枝に刺したマシュマロを炙っている一人の男性の姿があった。
「…貴方は」
「まあ君も座りたまえ。誰かとこうして火を囲むのはいつぶりか」
「……じゃあ」
パチパチと焚き火から音が鳴る。
マシュマロを炙って、食べて、またマシュマロを炙って。そんなことをずっと、ずっと続けているこの人の姿を、俺はどこかで見たことがあるような気がする。
「昔、家族でキャンプに行ったんだ。まだ妻も元気で娘も小さくてね、その時の思い出が今でも忘れられなくて、こうしてずっと同じことを繰り返し続けている」
「……寂しくないんですか?」
「案外、静かでいい。それに一人じゃない、ここにいると色んなものが見られる」
彼の視線はずっと焚き火の方を向いている。
ふと空を見上げれば、星が輝いては消え、輝いては消えていた。そんな蛍のような光の明滅が無数に繰り返されている。
そこでようやく、今が夜であることに気がついた。
「……ここは何処なんですか?」
「簡単に言えば死後の世界、厳密に言うのなら意識が集積する場所。……そして、ここは霧幻界だ」
「………」
不思議と驚きはなかった、何故だろうか。
なんとなくそんな気がした、としか言いようがなかった。それほどにこの世界は曖昧で、不安定で、揺らめいていたから。
「霧幻界って、森だったのか」
「これは私の記憶が作り出している、望郷にも似た幻だよ。……マシュマロ、焦げてるよ」
「えっ、あ」
気がつけば真っ黒になっていた。
周囲の光景一つとっても見慣れることも出来ず、何故だか木々の位置が目を離すたびに変わっているような気がして、奇妙な感覚に襲われていたらこれだ。
「ここは霧幻界の中に私が無理やり作り出している光景だからね、不安定なんだ。誰にも観測されていないものは勝手に形を変えて変化してしまう」
「……だから振り返ったら貴方がいたのか」
「飲み込みが早いね。量子力学を誇張したような世界だが、実際私たちの周りを取り囲んでいるのはそんな非現実的なモノだ」
非常に小さなミクロの世界では、観測されるまでは不安定で状態が確定しておらず、観測されて初めて一つの事象として固定される。そんな感じの話を……聞いた覚えがある、ような気がする。
「……死んだんですか、俺」
「さっきも言ったが、正確に言えば違うな。臨死体験……幽体離脱のようなものか、君の意識は一時的にその肉体を離れて、この世界に迷い込んでしまっている」
「……死にかけってこと?」
「まあ、有り体に言えば」
そうか、死にかけてんだ、俺。
そう思った途端に一気に記憶がフラッシュバックしてきた。どうやら無理をしすぎて汚染度がキャパシティを越えてしまったらしい、俺の身体はその大部分が霧に置換されて機能を失っている……ってとこか。
ふと、さっき差し替えた新しいマシュマロに目をやると、いい感じに溶けていた。口に運んでみると熱や味、匂いなどの情報が一気に頭の中に流れ込んでくる。
ちゃんと味するんだな、この世界。
「……貴方は、ここで何を?」
「何をしていたってわけでもないが……業を背負いすぎた私は、あそこには混ざらなくなってしまったからね。ここでこうやって、精神が磨耗していつか自我を失うまでこうしている定めなんだ」
そういう彼の表情は、まるで自嘲するかのように笑っていた。
「だけど君に会えたんだ、悪いことばかりじゃない」
「……貴方は俺を知っているんですか?」
「あぁ、ずっとここから見ていたからね」
「………」
ようやく、彼がこちらを向いた。
その顔を見てハッとする。
「私の研究ファイルには、私と同じ場所まで深淵を覗き込んでしまった者にしか理解できない言語で記した研究データがある。今の君になら、それを読み解くことが出来るはずだ」
「貴方は——」
「君たちに、託す。…星羅のことも、よろしく頼む」
仁礼宗次郎。
口からその言葉が出る寸前で、世界が遠ざかっていった。