仮面ライダーフェイル   作:ケサランパサラン

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「………」

「…大丈夫ですか?」

 

 俺があの空間で見て聞いてきたことを、ゆっくりと言語化して星羅さんに伝えたが……話終わった後も十分以上黙り込んでしまって、いい加減心配になって声をかけてしまった。

 

「……そうか」

「はい?」

「父の考えていたことが少し分かった」

 

 ゆっくりと顔を上げた星羅さんと目が合う。

 

「ミストや霧幻界について研究することと、もう一度母に会うことがどう繋がるのか、推測はできても確証が何もなかったが……そうか、死後の魂……意思だったか?それが集積する場所が霧幻界だと言うのなら……そうか、父はきっとそこから母の意思をサルベージするつもりで……」

 

 訂正、目は合っていなかった。

 どこか遠くを見つめたまま譫言のように話し始めた。

 

「ったく、何がよろしく頼むだ……人の気持ちも知らないで。他者を顧みず自分勝手するのは死んでも治らなかったみたいだ」

「星羅さん……?」

「……ぃよし!!解読できるようになったのならとにかくそれを済ませてしまおうか。自然の摂理を覆しかねない、だったか?それだけ大口叩くんだ、さぞ大層なことが書いてあるんだろうさ」

 

 死後の世界ってものを俺が見てきたってだけで十分覆しかねないことだとは思うが……まあ、それどころじゃないんだろうな。

 

「さあじゃんじゃん読み進めて行こうじゃないか!」

「……は、はぁ……テンションおかしくないですか?」

「些事些事!」

 

 ……まあいいか。

 声が大きくなってしまった星羅さんは置いておいて、再び研究データに目を通し始める。一見何の規則性もない謎の文字列……いや、この並びそのものに意味はない気がする。

 あの世界に踏み入ったものに共通で植え付けられる言葉、それを使ったものなのだと思う。

 

 

 

 

『幾度の観測の結果、霧幻界とは人の意識が死後集積され、漂白される場所だと分かった。人の意識という際限のないエントロピーの増大、死後それは失われるわけではなく、死後の世界とも言える虚数領域に移動する』

 

 

 あの世界、仁礼宗次郎の記憶がの中の森で、空を見上げた時に見つけた無数の星々。あれがその人の意識だったのだろうか。

 死人である仁礼宗次郎の意識や死にかけていた俺自身の意識があそこで出会ったのも、全ての意識が行き着く場所だとするなら納得は行く。

 

 

『だがその虚数領域……我々が霧幻界と呼ぶその世界も、どこまでも広がっているわけではない。人間という他より膨大な思考をする生命の意識はより多くの場所を取り、霧幻界を圧迫していく。それを防ぐために、あの世界では霧幻界に入ってきた意識を長い時間をかけて浄化し、一つの大きな意識……集合的無意識として統合するシステムが存在している。その集合的無意識こそが、霧幻界の霧なのだ』

 

 

「待った。……それが本当なら、私たちが灰の霧と呼ぶあれは、元は誰かの魂のようなものだったってことになるのか?」

「……意識、意思といった記憶を無くした霧は、その空いた記憶領域に情報を記録することができる。そうとも書いてあります」

「……」

 

 死後人の意識が霧幻界に辿り着き、変わり果てたもの、それが霧。記憶の抜け落ちたものだからこそ、人間に擬態したり、霧幻界侵攻のように町並みを記憶して再現することができると……

 

 

『ミストという存在は、その浄化される過程で個を失うことを嫌った人の意識が他の集合的無意識となった霧を巻き込み、強い意志で霧幻界の外へ逃げ出すことで生まれる。その過程で自己の存在や記憶を失ってしまうが、確かな精神を持った存在として現実世界に到達し、人でありたいという願いを本能として、人を取り込み擬態するのだと考えられる』

 

 

「ミストの発生の原理にまで辿り着いていたのか…」

「……ミストが人にだけ擬態するのは、元が人の意識だったから」

 

 通常、ミストの人格は取り込んだ人間が素になっていることがほとんど。それはミストになる過程で失った自己の情報を他の人間の記憶で保管しているからなのだろう。

 人喰いのあれは……奴が取り込んだ誰かの人格という可能性もあるが、変異体であれば取り込んだ人間とは別の人格を新しく宿す可能性もある。ミストになる前の元々の自我が表出しているということも考えられるか。

 

 

『問題なのは、人間の意識が莫大に増え続け、意識の浄化が間に合っていないことである。原因は不明だが加速度的に増え続けている人の意識に圧迫された霧幻界がいつか決壊し、膨大な人の意識や霧、ミストが現実世界に流れ込んでくる可能性があることだ』

 

 

「これは霧幻侵攻のことだろうね、現在進行形で起きているし、観測しているデータからも、次起これば取り返しのつかない事態になることが推測されている」

「……ここから先はレポートじゃなくて、霧幻界を観測した体験談みたいなのが書かれてますね」

「構わない、そのまま読み上げてくれ」

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紫藤瑛二の協力により、霧幻界の観測装置が完成した。そこから観測出来た内容は上記に記した通りである。

 観測の結果、霧幻界は三角形の形をしていることが分かった。今私たちのいるこの世界が中心となって広がっているわけではなく、三角形の点の一つに位置しており、私たちの世界と霧幻界が最も重なりやすい場所、それが根振市ということらしい。

 

 観測装置を使っていると、自分の精神がどこかに()()しているような感覚を覚える。恐らく霧幻界を観測することで、そこに集積している意識と無意識下で繋がってしまっているのだろう、時折どちらが現実世界なのか分からなくなるような感覚に陥った。

 それでも観測を続けていれば、妻の意識を見つけることができるかもしれない。膨大な意識の奔流の中でひとりを見つけるのは途方もない行為かもしれないが、それでもやるしかなかった。

 

 

 霧幻界の奥へ奥へと観測範囲を移し続け、中心に近づいたその時。

 私の意識が霧幻界の中へと引き摺り込まれた。

 

 

 

 そこはまるで宇宙空間のような様相を呈していた。いや、そこが本当にそういった構造をしていたのかは分からないが、少なくとも私の目にはそう映ったのだ。

 周囲に煌々とした星のような光が浮かんでいるのを見て、そう思ったのだから。

 

 今いる場所が霧幻界であると認識したその瞬間、莫大な何かしらの情報が自分の中に流れ込んでくるのを感じた。今にして思えばあの世界に漂う無数の死者の意識だったのだろう、あの世界は生身の人間が踏み入れていい領域ではなかったのだ。

 その時、自分の記憶容量を超える意識の量に耐えるために、周囲の集合的無意識……霧を自分の身体が取り込み始めたのを感じた。あの世界の膨大な情報を受け止め、自我を保つにはそうするしかなかったのだろう。

 

 莫大な情報を咀嚼することもできないまま、苦しみ悶えているうちに、いつのまにか視界が開けていた。視界から流れ込んでくる情報を知性ではなく感性が遮断し、情報を受け取るのを拒絶していた。

 人の意識を知覚できなくなった時、私の視界に残っていたのは遥か遠く……霧幻界を構成している三角形の壁のさらにその向こう。

 

 

 世界の果てとも呼べるような世界が、そこに存在していた。

 そこで私が目の当たりにしたのは、無数に広がる並行世界の概念そのものだった。同じように人がいて、星があり、世界がある。そうとしか形容できないものが、確かにそこにはあった。

 

 私にはそれを一つ一つ、どのような世界なのかを認識する能力も、時間も、余裕もなかったが。

 それでもかろうじて、私の世界には存在せず、他の世界には存在している一つの共通項を認識することができた。

 

 

 

 仮面ライダー

 

 

 

 それが、私たちの世界には存在しない概念である。

 姿形、その成り立ちが全く違っていても、どの世界においてもその名で呼ばれる存在。時代の移り変わりと共に変化していくその概念だけが、私たちの世界には存在しなかった。

 

 観測装置の席で目を覚ました時も、自分が目にした光景をよく覚えていた。その記憶を失わないうちに、こうしてここに記しておきたかった。

 いずれくるであろう霧幻界決壊の時。それを防ぐには霧幻界を囲っている壁、三角形のその壁を破壊し、人の意識の集積するこのサイクルを壊すしかないのだろう。一体いつ、誰が、どのようにこのような仕組みを私たちの世界に課したのか、それは定かではないが。

 歪みは正されなければならないだろう、しかし私の願いはそうではない。

 

 少なくとも、今の形で観測していては妻の意識を見つけ出す前に私の精神が自壊してしまう。何か別の方法を考えなければならないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 他にもこの形式で記録されたデータはあるが、1番大きなこれはとりあえず読み終わった。最後に俺が言葉を発した後も星羅さんはずっと顎に指を当てて、ずっと一点を見つめていた。

 時計の針の音が、ただ規則正しく部屋の中に響く。

 

「……方策は得られたな」

「…星羅さん」

「今日は色々起こりすぎた、また明日にしよう。……少なくとも次の霧幻侵攻まではまだ時間があるから」

「…分かりました」

 

 自分にも色々飲み込む時間が必要だと、そう言い聞かせて部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フー………」

 

 なんというか、言葉も出ない。ただ、得られるものはあった。

 要は人の意識が霧幻界という檻の中に閉じ込められて、溢れそうになっているのが原因なのだ、その外界との壁に穴を開けて、人の意識がそっちに流れ込むようにすればいい。

 原理も、なんでそんな形をしているのかも、なんでそんな欠陥システムが私たちの世界にあるのかも理解できないが……何をすればいいか、それだけは理解することができた。

 

「………」

 

 ぼーっと、時間がただ過ぎていく。

 私の父はどうやら凄まじく優秀な研究者だったようだ、並行世界なんて御伽噺を立証もせずに、自分が見たからというだけで確信を得ているのだから。

 挙句勝手に秘匿して、失われて、復元しても誰にも読めない意味のわからない言葉で記録して……あまりにも自分勝手だ。

 

 

 静かな部屋の中に響く時計の針の音に急かされ、PCを動かす。

 本当は、閲覧できるのにしていないデータが一つだけあった、ほんの数分程度の音声データ。

 【星羅へ】と、そう簡潔に題名のつけられた小さな小さなデータが、ファイルの隅っこの方にポツンと、存在していた。

 

 全くもって聞いてみる気が一切起きなかった。10年前の自分に当てられたものだからとか、今更あいつの声なんか聞きたくないだとか、そういう言い訳ならいくらでも思いついたけれど。

 1番の理由は、この音声データが記録された日が、ミストラクションが起こるその日の前日だったから。

 

 父が電話で、母にもう一度会いたくないかと意味のわからないことを聞いてきたのがミストラクションの2日前。その翌日にこれを父が聞いたことになる。

 嫌な予感がした。

 電話の件もそうだが……ミストラクションの原因は現状まだ判明していない。自然災害のようなものだと見られてはいるが、それも……

 

 

「……はぁ」

 

 恐る恐る、音声データを開く。

 再生ボタンを押せば、あの男の声が聞こえてくるのだろう。10年前に死んで、今も霧幻界で火を眺めて黄昏ているらしいあの男の声が。

 

 私は父のことをあまり知らないし、覚えていない。ただ、父の残した研究を引き継ぎ、今こうして残した研究データを眺めていれば、父が世界の真理に迫るほど優秀な科学者だったことは疑うべくもない。私なんかよりもずっと、優秀で。

 父としては恨みすら抱いているが、同じ科学者としては畏怖にも近い念覚えている。

 

「………」

 

 仁礼宗次郎の娘として、彼の研究を受け継いだものとして、私にはその全てを受け止める責務がある。

 マウスを動かし、再生ボタンの上に乗せてクリックした。

 数秒置いて、懐かしい声が流れ始める。

 

 

 

『このデータがお前の手に渡っているということは……恐らく、決してしてはならない過ちをしてしまったのだろうな』

 

 ああ、いつぶりだろうか。

 あの人の声を、ちゃんと聞いて受け止めるのは。

 

『私は妻にもう一度会うために霧幻界の観測を続けてきたが……これ以上時間をかければ彼女ともう会えなくなるかも知れない。そう考えて、焦り……明日、罪を犯してしまう。……霧幻界とこちら側を無理やり接続し、私の意識と彼女が惹かれ合う可能性に賭けたが……きっと、大惨事を引き起こしてしまったのだろうな』

「………」

『私はただ、もう一度家族3人揃って、一瞬でもいい、一緒の時を過ごしたかったんだ。お前には何もしてやれなかったが……愛している』

 

 どの口で、何をほざいているのか。

 

『お前は、お前のやりたいように生きてくれ。このデータの使い道もお前に任せる、秘匿してもいい、破棄してもいい、誰かに託してもいい。……幸せになってくれ、それだけだ』

 

 何を一方的に話しているのか。

 私は何も言いたいことを言えなかったっていうのに、何で自分だけ勝手に満足して、誰よりも好きなように生きて、勝手に死んで。

 

「このっ……バカ…」

 

 勝手に流れてきた涙を乱暴に拭って音声データを閉じる。

 そうだ、やりたいように生きてきたさ。ただひたすらに貴方の影を追って、がむしゃらに。

 

 貴方の功績も、罪も、全部背負う資格があるとすれば、それはこの世界で私だけだ。

 

 

「私も……自分のやるべきことをやる」

 

 

 視線の先には、フーガの研究員に与えられる認証カード。

 それを真っ二つに折って、ゴミ箱の中にぶち込んだ。

 

 もう迷ってる暇はない。

 私には私の戦いがあるのだから。

 

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