仮面ライダーフェイル   作:ケサランパサラン

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開けた視界

 

 その世界に足を踏み入れた瞬間、莫大な情報が頭の中に流れ込んできた。それらを理解しようとするのを抑えて、翼の推進力に身を任せて霧幻界の奥へと進んでいく。

 かなりの速度で飛行しているはずだが空気抵抗を受けている感じがしない。大気という概念もないのか、不思議と呼吸ができなくなるなんてことはなかったけれど、物理的に成立している世界という感じもしなかった。

 

 目の前に広がる世界を事はにするのは難しい。流れ、流動し、輝き、くすみ……あえて言うのなら狭間の世界とでも言うべきような世界が、そこには広がっていた。

 玲奈の目にはどう映っているだろうか。

 

 研究データによれば霧幻界は三角形の形をしていると言っていたが、三つの点を軸にした形であれば何かの囲いを作る事はできない。最低でも四点による三角錐の形にでもしなければと思っていたが……

 二次元や三次元の概念すら曖昧なのだろうか、とにかくまともではない世界を駆け抜けていく。

 

「行くとこまで来ちゃったって感じだね」

「あぁ……」

 

 奥へと進むたびに、頭の中を反響する雑音……莫大な情報が多くなっていく。気を抜けば飲み込まれてしまいそうな意識の奔流、それが常に流れ込んでくる。

 手を繋いでいる玲奈が俺たち二人を囲むように霧を展開すると、その情報が流れ込まなくなった。

 

「…あんま言わないようにしてたけど、ほんと便利になったな、お前」

「………どういたしまして!」

「…ごめん」

 

 気の抜けるやり取りをしてる間にも、確実に世界の中心点へと向かって行っている感覚はある。

 

 

 この世界は、まるで意識の監獄だ。

 人の意識を磨耗するまで閉じ込めて、霧やミストを作り悲劇を生む。他の世界がこうでないと言うのなら、一体いつ、誰が、何のためにこんな世界にしてしまったのか。

 こうでさえなければ玲奈も俺も、他の人達だって少なくともミストのせいで大切なものを失うことはなかったはずなのに。

 

 この仕組みを壊すことで、何かが良くない方向に変わってしまうかもしれない。もしかすれば、必要だったから作られたのかもしれない。

 

 分からないことがだらけだけれど、少なくとも今のままじゃ生きていかなくなることだけが確かだ。

 

 

 

 何てことのない場所、そこがこの世界の中心点。

 玲奈と互いに頷き合う。

 

「…やろう」

「うん」

 

 長剣を取り出し、一緒に柄を握る。

 二人の白と銀の霧が、強い光を放ちながら剣の刀身に纏っていく。ありったけの霧を纏わせたそれは巨大な大剣となり、中心点へと向かって突き出された。

 

 

 何もない場所に、剣が突き刺さる。

 二人の霧が剣の突き刺さった場所の亀裂に流れ込み、その裂け目を広げていく。詰まっていた霧や意識がその逃げ場を見つけたように、一斉に裂け目の向こうへと流れ出していく。

 

「帰ろ、私たちの世界に」

「…あぁ」

 

 来た道をそのまま辿って戻っていく、すれ違う人々の意思のきらめきがまるで彗星のようになるその光景を眺めて。

 

 

「っ!………」

 

 

 何か、とても懐かしいものがすれ違った気がした。振り返ろうとする身体を押し留めて、見なかったふりをする。今振り返ってしまえば、どこまでも追いかけてしまう気がしたから。

 

「…奏多?」

「……大丈夫」

 

 無意識で、玲奈の手を握る力が強くなってしまっていた。

 きっと、失ってしまった大切なものがここにはあったんだと思う、けれどそれは触れてはいけないものだったんだろう。結局は今自分の持っているものを抱えて生きていくことしかできない。

 それでも失ったものを求めようとしてしまったのが仁礼宗次郎だったのだろう。その意思を否定することはできない。

 

 戦っても、戦わなくても、必死に生きていくしかないのだから。

 踏み躙って、滅ぼして、間違えて、それでも………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……霧幻界ってのはこんな病室みたいなのだったのか」

「残念ながらちゃんと現世の病室ですよ」

「…死に損なったか」

「幸運にもね」

 

 隣で椅子に座ってスマホを弄っていて、こちらに一切目を向けない三澤くん。全身が痛くて身体が起こせないんだが、目も合わせない彼の様子を見るに相当不貞腐れているということは分かった。

 

「……あの後は?」

「逃げてった上層部は全員逮捕、俺が事前に避難指示を出していたから非戦闘員も全員爆発に巻き込まれることなく無事。……あんたを死ぬ気で捜索して、今に至ります」

「…そっかあ」

 

 まあ、あの部屋相当頑丈な作りにしてたものなあ、建物の倒壊くらいじゃ早々崩れ落ちないか。分かってはいたが、思っていたよりもプラズマコアの暴発の威力が抑えめだった気がする。

 

「……奏多くんたちは?」

「研究所で留守番ですよ。あの後フーガの解体やらミストの大量発生やらなんやらで大変だったんですから」

「…ってことは、上手くいったわけだ」

「じゃなけりゃここにいませんよ」

「そりゃそうだ」

 

 横にあったカレンダーを見て、自分が5日間も意識がなかったことに気がつく。

 

「……で、私はどうなるんだ」

「どうとは?」

「一応公的組織をぶっ潰したんだ、上の陰謀暴いたところで然るべき罰は受けなきゃならないだろ」

「あぁ、その件」

 

 ようやくスマホから目を離して私の方を見た彼の目は、なんだか異様に据わっていた。

 

「……な、なに」

「いや……ミストの発生はこれから落ち着いていくでしょうが、第二次霧幻侵攻時にミストはさらに増えているだろうし、今潜伏している奴らもいるから……今は新しい組織の人員確保やらが急ピッチで進んでるところですよ」

「組織…なんの?」

「名前はまだ決まってませんが、フーガの後継組織が」

 

 嫌な予感がする。

 

「良かったですね、俺ら二人揃って、まだまだ食い扶持には困らないみたいですよ」

「そう来たか……」

 

 まあ考えてみればそりゃあそうなんだけど……もう本気でしばらく何もしたくないんだが。というか燃え尽きた、本当に。

 辟易していると三澤くんのやたら大きなため息に驚いて身体が跳ねてしまい、全身が痛んでくる。

 

「……まあ、俺もいい歳なんで、今更声荒げて怒ったりはしないですよ。自分で分かってると思うし」

「………父の分まで背負おうと思ったんだ。ただ、私にはとんだ重荷だったらしい、無理やり荷物奪われて途中下車させられたよ」

「身の丈にあった生き方しろってことなんじゃないですかね」

「身に染みたよ、全く」

 

 彼も大人になったものだ、妙に落ち着いていてこっちはいつ怒鳴られるかビクビクしていたというのに。

 

「ま、とっとと復帰してまた仕事に戻ってください。主人のいない研究所も寂しいもんですよ」

「……善処するよ」

 

 正直しばらくは何もしたくない。

 

「…君はしばらく暇かい?」

「まあ辞令が来るまでは」

「なら一緒に映画でも見ないか。見たくても我慢してたのが沢山あるんだ」

「……呑気だなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ……やっぱなんか生臭い」

「海見にきて最初に出る感想がそれで本当にいいのか?」

「感性は自由だと思うよ?」

「だとしてもなぁ」

 

 バイクを止めて、ひと足先に海の方へと駆け出していった玲奈の後を追いかける。運良く天気は晴れていて、水面が太陽の光を反射してキラキラと輝いている。

 水平線をちゃんと見るのは初めてだ。

 

「遠くまで来た甲斐あったねぇ」

「……別に電車に乗ってもよかったろ、なんでわざわざバイクで」

「だって奏多の運転で乗りたかったんだもん」

「………まあいいけどさ」

 

 根振市から海の見える場所までなかなかの距離があった。一応免許持ってるとはいえ長距離運転はやったことないし、そもそも別にツーリングなんかしたことない、というかそんな暇なかった。

 

「……よかったのか、あの話」

「何の話?」

「人間に戻るって」

 

 第二次霧幻侵攻から数ヶ月、相変わらず新しい組織で働かされている星羅さんから、俺たちの身体からミストの霧を少しずつ取り除いて普通の人間にするための研究をするかどうかの話が来た。

 俺は仮面ライダーとしてまだやることがあるから断ったが、玲奈まで断るのは意外だったから。

 

「私だけ戻ったって仕方ないもん。私は君の隣にいたいだけだし」

「……歯の浮くようなセリフをよくもまあ」

「そうかなぁ。……それにこの身体は、お父さんとお母さんを感じられるから、割と気に入ってるんだ」

「………」

「便利だし」

「それ本音だろ」

 

 悪戯っぽく笑う玲奈に苦笑する。

 

「まあ真面目な話、まだ終わった気がしなくてさ」

「……何が?」

「霧幻界の話」

 

 彼女の声のトーンが低くなる。

 ずっと何か考え込んでいるとは思っていたが……何か感じとっているのだろうか。

 あの時の戦いと霧幻界に穴を開けた時、そしてこちら側と霧幻界の繋がりを断つ時に相当な力を使ったようで、しばらくめちゃくちゃはできそうにないと本人は言っていたけれど。それでも彼女は誰よりも完成されたミストだ。

 

「本当に私の感覚の話になっちゃうんだけど………私たちはあの世界の壁に穴を開けて、そっちに人の意識が流れていくようにしたでしょ?でも霧幻界って昔からあったって感じがしなくてさ」

「……理由は?」

「うーん、理由って言われるとアレだけど……人口が増えすぎて意識が飽和したから今回の件が飽きたって言うけど、人口が世界的に増えたタイミングなんてもっと前からあったわけだし、なんで今更?とか」

 

 相当考え込んでいたのだろうか、スラスラと言葉が出てくる。

 

「昔からあったにしては、ミストの発生は伝承とかに残ってるわけでもないし、確認されたのはここ十数年とかの話だし……例えばだけど、恐竜の特徴を持ったミストがいたわけでもなかったでしょ?」

「…確かに」

 

 情報が霧幻界に蓄積されると言うなら、とっくに絶滅した生き物たちの特徴が反映されたようなミストがいたってよかったはずだが、残念ながら確認はされていない。

 

「それに最終的には銃火器の再現まで行ってたわけだし……あの進化速度で昔からいたんなら、とっくの昔にもっとちゃんとした生命として進化してた気がして」

「……霧幻界は少なくともここ数十年の間に、誰かが意図的に作り出したモノだって、そう言いたいのか?」

「勘だよ?勘だけど……まだ分かってないことがある気がして…」

 

 一体誰が、何のために、どうやって。

 そこを解明できていない以上、また同じように霧幻界が復活する可能性もあるし、また新たな問題が起こる可能性もある。悪意を持って霧幻界を作ったのだとしたら、また同じように何かを起こすつもりなのかもしれない。

 

「まあその……何かあった時奏多だけじゃ不安だしさ、私も戦えるようにしておこうかな〜って」

「…普通に暮らしてて欲しいんだけどな、ホントは」

「またそういうこと言う。お互い様だよそれは」

「そうか…」

 

 俺はいいが玲奈は普通にまだ大学生なわけだし、普通の暮らしして欲しいとは思うんだが、まあ言っても聞かないだろうな。なんならこのままミストに関連した職に就きそうな勢いだ。

 

「……ロウは?今どうしてるんだ?」

「ふっつ〜に生活してるみたいだよ?星羅さんが親子まるごと保護しようとしてるみたいだけど、どうなるかは知らないなぁ」

 

 まあ純粋なミストとしては現状残った唯一の完成体で、友好的で利用価値もあるとなれば野放しにしておく理由もなくなるか。本人と話したことは殆どないが色々協力してくれたそうだし、一度ちゃんと会っておきたいんだけども。

 

「ミストラクション跡地の再開発計画も出てるって言うし、これから色々変わっちゃうんだろうな〜」

「前に進んでるってことさ、置いてかれないようにしないとな」

 

 結局、霧があろうがなかろうが人も世界も変わり続ける。そうやって進んできたんだ、これからもそうしていくのだろう。

 

「そろそろ行こうか、海見飽きちゃった」

「風情のない……まあいいけど」

 

 またバイクの後ろに玲奈を乗せて走り出す。

 海辺に吹く風を感じながら、次の目的地に向かって。

 

 

「……ねえ、これからはもう、私のこと置いていったりしないよね」

「………置いて行ったら、死に物狂いで追っかけてくるだろお前」

「うん」

 

 弱々しく聞いてきた割には力強い返事が返ってきた。勝手にいなくなったことを根に持ってる……というか、まだ気にしてるらしい。まあ俺が一方的に心配かけさせたんだが。

 

「この先何が待ってるかは分からないけれど……隣にいてくれ、頼りにしてる」

「………言うねェ〜」

「茶化すなよ」

「拗ねないでよ〜」

 

 後ろで上機嫌そうにゆらゆらと揺れて運転の邪魔をしてくる玲奈にちょっとイラつきながら、バイクは前へと走っていく。

 視界は良好、空は晴れ渡って、雲ひとつない景色の中で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……Fluegel Awake In Luft」

 

 父は変身するためにその命を削らなければならないそのシステムを失敗作(フェイル)と名付けた。その問題を解決することなく、そして私も解決できぬまま、仮面ライダーは稼働を始めてしまった。

 父はそれ以上の意味をフェイルにのせてはいないだろうが、敢えて何か意味をつけるなら……なんて、くだらないことを考える時間がある。いやはや、素晴らしいことだ。

 

 ……奏多くんと玲奈くんの二人は旅行中、三澤くんは忙しくしていて、私以外誰も居ない研究所は随分がらんとしている。

 率直に言おう、寂しい。

 

 暇っちゃ暇だが、学生時代の友人とはとっくに縁が切れているし、仕事仲間なんて存在しない。仁礼宗次郎の娘という肩書を背負ってずっとフェイルと向き合ってきたものだから……

 こんなことなら二人の旅行にお邪魔すればよかったか。……流石にダメだな、大人として。

 

 彼はまるで霧の中ように先の見えない哀しみの螺旋を断ち切った。翼に風を受けて、空高く飛翔して、望む結果を手に入れた。

 私の酷く浅ましいエゴを背負わせた戦士は、そんなもの振り切って世界を変えてしまったんだ。

 

「……少なくとも、貴方の研究は無駄ではなかった」

 

 たとえ悲劇を起こした要因が貴方だとしても、まあ、功罪を問われればギリギリチャラになるくらいの結果は残したんじゃないか、貴方は。

 

 

 窓から爽やかな風が吹いて、部屋の中を駆けていく。

 

 分からないことはまだまだある、もしかしたら新たな戦いが起こっていくかもしれない。ただ、それでもこの清風は本物なんだろう、たとえそれが、いっときのものだったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暇だなぁ……

 

「……ジムでも行くかぁ」

 

 

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