仮面ライダーフェイル   作:ケサランパサラン

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まるで泡沫のように

 

 住宅地、喧騒と混乱が響めく中、黒鉄の色の戦士と熊のような特徴を持つミストが対峙していた。

 

「わたしの家族はどこ」

「………」

「あなた、知ってるんでしょう?」

「さあ?」

 

 フーガの隊員は避難誘導にかかっている。おそらく母親に化けていたのであろう目の前のミストの家族だった者たちも、今頃はフーガの隊員に守られていることだろう。

 住宅への影響を考えるとあまり派手な戦いは出来ない。そう分かってはいるものの、目の前のミストの両腕についている鉄球のような球体を見てため息をつくフェイル。

 

「少なくともそれはお前の家族じゃない。お前が取り込んで、擬態しているその人の家族だ」

「ちがう、ちがうちがうちがう。ヨウスケとシオリはわたしの家族、まだ夕飯の準備を済ませてないの。このままだと二人がお腹を空かせてしまう」

「………」

 

(ああ、これがあるから嫌なんだ)

 

 胸部のプラズマコアが稼働し、フェイルの装甲に青白い光の線が走る。

 

「会話が出来るのに話は通じない。……いつもこうだ」

「返して……わたしの家族を…わたしの日常を!!」

 

 熊の容姿に違わず振るわれる剛腕を素早く後ろに下がり避けるフェイル。変わらず青白いエネルギーが身体を迸っている。

 

『感情が随分昂っているね……どんな変異が起こるかわからない。慎重に、かつ速やかに撃滅してくれ」

「……了解」

 

 短くそう返事した直後、フェイルの黒い装甲の背部から炎が噴き出す。青白い光が強く輝いた途端背部のスラスターの炎が強く燃え上がり、フェイルの身体を大きく前に押し出す。

 右の拳の青白い光が強くなり、ミストの顔面を殴り飛ばす。大きく吹っ飛び地面を転がり、爪をアスファルトに突き立てて勢いを止め立ち上がるミスト。

 

『……使いこなすの早くないかい?』

 

 追加したばかりの新機能であるスラスターをいきなり実践で使い始めるフェイルに、星羅が呆れと感嘆の混じった言葉を投げかける。

 

「……でも、随分硬いですよ」

 

 手応えがイマイチだった、クリーンヒットしたはずなのにも関わらず。かなり勢いよく吹っ飛んだはずだがミストはもうこちらへと接近してきている。

 

「あなたも!わたしの家族を奪うのね!!」

「知らねえよ」

 

 言葉を交わすたびに沸々と怒りが湧いてくる。行き場のない苛立ちがフェイルの拳をより強く握りしめさせる。

 ミストの腕が風を切り裂きながら何度も振るわれるが、フェイルはそれを軽い足取りで避け続ける。

 

「私は母親だからっ、シオリを守らなくちゃっ」

「………」

 

 何も話さず、大振りの一撃を避け腹に肘を捩じ込むフェイル。再び身体に青白い光が迸り、肘を受けて怯んだミストに突撃し、またしても大きく吹っ飛ばす。

 

「これも手応えイマイチ……どうするか」

 

 以前の亀のミストとは違う硬さ……というよりはタフさと言ったほうが正しいだろう。耐久力が高い個体なのかもしれないと、致命打を与える術を模索するフェイル。

 

「わたしは……わたしは……お母さんだからッ!!」

「……チッ、まだそれを———」

 

 視界がぐんっと後ろに引き寄せられる。

 自分の身体が吹き飛ばされたのだと気づいたのは身体が地面に衝突してから。転がりながら急ぎ体勢を立て直し視界の中央にミストを収めようとするが、さっきまでいたはずの場所にミストがいない。

 

「——ッ!!」

 

 センサーが反応し上方からの急接近を感知、背部のスラスターを稼働させ今度は身体を前に吹っ飛ばす。自分が元いた場所で大きな衝突音がしたと思い背後を振り返れば、アスファルトをカチ割った腕を引き抜こうとしているミスト。

 

「さっきのは……」

 

 自分が急に吹き飛ばされた時、一体何をされたのか、自分の見ていた光景を思い出しその理由を探すフェイル。

 そう、さっきも今の敵と同じように腕を大きく振るおうとしていた。

 

 吹き飛ばされる前と今視界に映っているミストの姿が重なったかと思えば、反射的に腕を前でクロスさせ防御の姿勢を取っていた。

 強い衝撃が前方から襲い掛かり、軽くフェイルの身体を吹き飛ばす。

 

「ただの風圧かよ…」

『身体能力が上がった……尋常じゃない上昇幅だ。もろに食らえば装甲が吹っ飛びかねない』

「より近寄りずらくなったと」

 

 接近戦は困難、遠距離戦は楽だろうがあのタフさを見る限りじゃ決め手にかける。時間をかけることは適応の可能性を高めることを意味する。

 理想は早期決着なのに、相手がタフというだけでこうも面倒になっていく。

 

「どうしたらいいですかね、これ」

『プラズマコアの出力をさらに上げれば、と言いたいところだけど………』

「後で嫌な顔されるのも嫌なんで自分でどうにかします」

『む、なにその言い方』

 

 返事はせずに球型ユニットを射出し長剣を手に持つ。プラズマコアが許容値ギリギリまで激しく駆動し、全身の青白い光がより強く、より強く迸っていく。

 

「わたしの家族に武器は向けさせ——」

 

 ミストの肩を長剣が貫く。膝をついて呻き声をあげるミストに追い討ちはせず、ただ佇んでいるフェイル。口を開き淡々と言葉を連ねていく。

 

「どうせ言っても意味ないだろうけど、それでも言っておく。お前はその二人の家族なんかじゃないし、お前は何の罪もない人の人生を食っている化け物だ」

「……ちがう」

 

 弱々しく否定するミスト、傷口から霧が漏れ出ている。

 

「化け物の家族なんて……」

 

 そこまで言って、首を横に張るフェイル。

 

「……やっぱりお前らと言葉を交わすのは——」

「……おかあさん?」

 

 悪寒が全身を震え上がらせる。

 

「……シオリ?」

「おかあさん、どこ?」

 

 8歳くらいであろう小さな少女。迷子かのように母親の姿を探し続けている。ミストを挟んで向こう側にいる子供を見て、どんどんと血の気の引くような感覚に陥るフェイル。

 

「フーガは何やってんだよッ」

 

 少女とミストの目が合う。

 

「シオリ、お母さんはここよ」

「……だれ?」

「え……」

 

 母は自分だと、そう言っているのに目の前の我が子に認識してもらえない。誰よりも愛情を注いで、宝物のように大切に育ててきたはずのシオリに、母だと思ってもらえない。

 母に向けるはずの和やかな視線は、今恐怖となって自分に突き刺さっている。

 

「あ……ああ……」

 

 深い悲しみがミストのこころを覆っていく。目を逸らしていた現実が、激情で拒絶していた事実が目の前の人物によって肯定される、否が応でも受け入れさせられる。

 自分はこの子の母親ではない。

 自分の本当の姿である今のこれを、子供は醜い化け物だと認識している。

 

「わたし…わたし、は……」

 

 

 ミストの右腕がどんどん巨大化していく。昂る感情に呼応するように大きく、何かを傷つけるために。

 

 スラスターも使い急いで少女の前まで移動するフェイル。だが恐らく風圧ではなく攻撃を直接受け止める羽目になる。そうなっては損傷するのは装甲だけでは済まないだろう。

 スローモーションのように目に映る、子供一人なんて簡単に潰してしまいそうな、あまりにも暴力的な腕。

 

 受け止めようとするフェイルの両腕からは黒い装甲から漏れ出るように霧が出ていた。そのドライバーの左部には、緑色のヘイズチューブが嵌められていた。ドライバーから身体が染まるように、灰色の肉体の全身に緑の模様が浮き上がっていく。

 漏れ出た霧が形を成し、亀の甲羅を模した緑色の盾へと変化する。少女の前に現れた巨大な盾は、ミストの右腕を受け止めた。その足をアスファルトに沈めながら。

 

「くっ……うおおおっ!!」

 

 ないはずの骨が軋むような錯覚に陥るが、受け止めたミストの右腕の重量を跳ね除けながらミストの肩に突き刺さったままの長剣を引き抜き、プラズマコアの出力を上げて大きく振り払った。

 

「はあっ、はあっ……わたし、は……」

 

 斬ることは敵わなかったが、ミストの身体を大きくのけ反らせたフェイル。リモート操作でここへ向かう時に乗っていたバイクを操作し、後ろの少女の壁となるように翼を展開させる。

 

「わたしは、ただ……」

 

 憔悴している様子のミスト。すかさずトドメを刺そうとドライバー上部のレバーを動かすフェイル。

 

【Plasma Burst】

 

 瞬間的に高められたプラズマコアの稼働限界、スラスターも使い接近し、緑と青白い閃光となったフェイルは、盾のついた右の拳をミストの胸へとぶつけた。

 

 

「ただの霧へと還れ」

 

 

 光って、放たれた。

 腕から射出された緑色の盾が、装甲のスラスターの勢いも受けて翠玉色の光を放ちながら撃ち出され、ミストの身体を貫いた。

 

 放たれた瞬間の衝撃波が周囲を揺らしながらも、ミストは静かに、地面へと倒れ込んだ。

 

 

「わたしはただ、家族がほしかっただけなのに——」

 

 そう言って霧散していくミストを、フェイルは何も言わずに、ただただ静かに回収していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘が終わり回収を済ました後、周辺のフーガ隊員に連絡を取り、物陰で誰にも見られないように変身を解く。

 

「……あの子、無事かな」

 

 恐らく避難所から抜け出してきてしまったのだろうが、父親もフーガも一体どこに目をつけているのだろうか。奏多はさっきの焦りを思い出して心の中で悪態をつく。

 続々とフーガが後始末を済ませていくなか、ふと目をやれば、さっきの少女を抱きしめている父親らしき人物がいた。

 

「……あの、娘さん怪我はなかったですか」

「あ……え、えぇ。仮面ライダーが守ってくれたらしくて」

 

 奏多が羽織っている一応フーガの隊員である証明のマークのついたジャケットを見て、父親は安心したかのように言葉を溢すが、再び不安な表情に戻る。

 

「……妻は、どうなるんでしょうか」

「…幸いにも意識は先ほど戻りました、順調に行けば後遺症の心配もないかもしれません。……早期発見のおかげです」

 

 通報者はこの父親だったらしい。不安そうに父親の顔を見つめている娘に対し、大丈夫だよと語りかけながら微笑む。

 

「ちょっとした違和感がきっかけだったんです。所作とか癖とか、そういうところに。……先日妻が怪我したところを見てしまって。……血、出ないんですね」

「……そうですね、ミストですから」

 

 人間に擬態しているミストを見分ける方法はいくつかある。

 一つは、フーガや自治体が所有している識別機械にかけること。しかしミストも当然それを知っていてわざわざ自分から調べられに来ることもないが、誰がミストか分からない中、市民に安心感を与えるためという目的がある。

 

「娘にも、辛い思いをさせてしまった」

 

 もう一つは、血が通っていないこと。

 人間の姿をしていてもそれは人間を取り込んだミストにしか過ぎず、血や骨が存在しない。代わりに病気にもかかることもないので医療機関で引っかかることもないが……

 ミストは人間の血の代わりに、怪我した箇所からは霧が漏れ出る。霧という不定形なもののため瞬時に傷を塞ぐこともできるが、それが決め手となり通報される事例もよくある。

 

「妻、以前は態度が少し冷たく感じていて……最近は柔らかくなったなって思ってたけれど………きっと、あの時から妻ではなかったんだろうなって」

「………」

「違っていて欲しいとは、願っていたんですけどね」

 

 ミストを撃滅してもそれで終わりとはならない。これまで何度もそれを経験してきた奏多はよく理解していた、傷跡は残るということを。

 

「4年経てば社会復帰も絶望的になる。ミストによる被害は無差別で、対策も取りにくい。……あなたは確かに奥さんを助けましたよ」

「……だと、いいのですが」

 

 ミスト被害者に後遺症が残ることは少なくない。そしてその被害者の家族の心にも深い傷を残す。

 

「もっと早く気づいてやりたかった」

 

 例えそれが短い間だったとしても、気づけなかった自分への失望。

 

「ここ最近の記憶も生活も、全部否定されたようで……」

 

 思い出の喪失。同じ時を過ごした相手が全くの別人だったという、足跡(そくせき)の否定。

 

「……心中お察しします。ただ、あなた達はまだ話が出来る。落ち着いたらゆっくり、話をしてあげてください。それが奥さんのためにも、あなた達のためにもなる」

「……そうですね」

 

 傷は癒さなければならない。それを背負って生きていけるほど、多くの人は強くないから。

 

「ありがとうございます。……まだ若そうなのに、あなたと話していると不思議と落ち着いてきます」

「いえ……助けになったなら何よりです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 研究所へと戻る帰り道、バイクに乗りながら戦闘中のことを思い出す奏多。

 あの状態になっても、少女に母であることを否定されるまではずっと変わらず、真摯に家族のことを思い続けていた。その最期の言葉も、奏多の心に引っかかっていた。

 

『お疲れ様、疲れただろう』

「まあ、そうですね」

『いいデータも取れた。新しい機能と力も使いこなした。結果としては上々だ、ありがとう』

「仕事ですから」

 

 通信越しでも伝わってくるどこか気遣うような声色に、そっけなくしか返せない自分が少し嫌になる。

 

『今日はゆっくり休んで……そうだな。明日外食でもどうかな?私が出すよ』

「……いいですね、ぜひ」

 

 何度やっても慣れないなと。

 通信が切れたあと、風とエンジン音にかき消されるほど小さな声で一人呟いた。

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