仮面ライダーフェイル 作:ケサランパサラン
私の両親は10年前に2人とも死んだ。
そのまま保護施設に入って、親戚に引き取ってもらえずに8年間過ごして、大学に行った。
実感がなかった、覚えていなかったから。
最後に覚えていたのは、家族3人揃ってくつろいでいる時で。
気づくと避難所で、気づけば傷だらけの奏多くんが、私のそばにいた。
そこからの記憶は曖昧で、ふわふわとしていて。
数ヶ月経ってお母さんが、帰ってきた。
瓦礫の中でぐちゃぐちゃになって、もう腐っていたらしくて、顔は見れずに、骨だけになって。
お父さんは今も見つかっていない。
一年くらい経つと、色んな施設や設備が出来て、ちゃんと暮らせるようになった。この辺りでようやく親がいないんだって自覚が出てきた。
私は正直まだよく分かっていなかったけれど、私と同じように両親を亡くしている奏多くんが、ずっと辛そうな表情をしていたから。それを見て、どうにか。
ミストラクションが起きた地域は立ち入り禁止になって、今も撤去されない瓦礫が積まれている。さっさと撤去しろっていう話もあるけど、それより先にミスト対策が優先されているのが現状で。
私たちは被害のなかった地帯の学校に通い始めていた。
彼はずっと私を気にかけてくれていて……何か厄介なことに巻き込まれないかとか、そんなことばかりずっと気にしていて。
ずっと、一緒にいた。
施設でも学校でも、寄り添ってくれていたから。自分だって悲しかったはずなのに、私のことをずっと気にかけてくれていて。
両親を失った心が傷を認識しないまま癒やされていったのは、彼がずっとそばにいてくれたからだと思う。だから私にとっては彼の隣は居心地のいい場所で、居て当たり前の存在で。
彼がどうしてそこまでしてくれたのかは分からない。一度、彼のことが本当に分からなくなったこともあった。
結局関係が変わることはなかったけど……けどずっと、このままずっと足並みを揃えて進んでいくんだろうなって。
だからこそ施設を何も言わずに出て行った彼が理解できなくて、何も分からないまま離れてしまって。
同じ大学に行くと思っていたのに、ずっとそういう風に振る舞っていたのに。何故か彼は遠くへ行ってしまって。
途端に不安になった。私にとって当たり前だった存在が、何も言わずにどこかへ行ってしまって。彼にとって私は当たり前じゃなかったのかと。
私は彼に寄りかかって生きていたけど、彼は私に寄りかかってくれてなんかいなかったのではないか。ただの私の独りよがりで、彼は私のことを足枷に思っていたんじゃないか。
そういう思いを抱えて、気づけば2年経って。
また彼に出会った。
変わったけど、変わっていなかった。私をどういう風に思っているのか、その本心は分からないままで。事情ははぐらかして、申し訳なさそうにして。
私は彼が離れていってようやく、誰かを失うということをちゃんと受け止めたのだと思う。それを今になって思う。
骨になって帰ってきた母親も、瓦礫のどこからも見つからなかった父親も。気づけば会えなくなっていて、ちゃんとした別れもなくって。
彼はずっと何かに囚われているように見える。私にとって青春だったあの頃もずっと、私に何も言わずにその何かを見据えていたように思う。
出来ることなら、それを私も一緒に見つめていたい。彼が私に寄り添ってくれたように、私も彼に寄り添ってもらいたい。
でもきっと、彼は私から距離を置こうとする。
巻き込みたくないとか、そんなこと言って。
無理に近づこうとすればきっと傷つけてしまう。それは分かっている、分かっているけれど……
「…玲奈」
「………」
「玲奈、玲奈」
「………え?」
名前を呼ばれてハッと我に帰る。すでに講義は終わっていて他の学生もどんどん部屋を出て行っていた。
「ぼーっとしてた、どうしたの?」
「……ちょっと、考え事。ありがとう
波瑠と呼ばれた少女は何も言わずに立ち上がり、玲奈は慌てて荷物をまとめて追いかける。
「お昼どうしようか」
「……なんでもいい」
「じゃあ食堂でも行こうか」
考え事をしていたと言っても波瑠は聞いてこない。聞かれて答えても面白いようなのではないけれど、やはり不思議な子だと玲奈は感じる。
奏多とは施設からの付き合いであり、それ以外にも中学や高校、施設出身との交友関係もそれなりにあるが、波瑠とは大学に入ってから出来た関係だった。
「さっきの講義最後の方聞いてなくって……」
「そう」
「………あはは」
ノート取ってるなら見せて欲しいと暗に伝えているのに、知ってか知らずか淡白に返すだけで話が続かない。
奏多なら呆れながら見せてくれるだろうなと、一瞬そうよぎって首を横に振る。どうにも最近集中力に欠けている、理由は明白ではあるが。
食堂に到着し、お互いに別々のメニューを頼みつつ席に着く。先程まで受けていた講義は早めに終わるため混む前に食堂の席に着くことができる。授業ははっきり言ってサッパリだったがその点だけは良いところだと感じていた。
「——マジマジ、俺んちの近くで仮面ライダーがさ…」
会話も少なく、ただ食事をしていた2人の手がその言葉を聞いて手を止める。
「でもニュースではそんなこと…」
「本当だって!バイクだって飛んでくるの見たし」
「…仮面ライダー」
基本何事にも興味も反応も薄い波瑠が唯一興味を示すのが仮面ライダー……というよりは、ミスト関連の話題と言ったほうが正しい。
ミストに関する講義は熱心に受けている様子は見たことがある玲奈にとって、ミストだけが波瑠とまともに盛り上がる会話ができる話題だった。
「でさ、ミストだったのが近所の家族の母親だったらしくてさ……俺もあいさつしたことあるけど、まさかミストだったなんて…」
「怖いよなあ……そういうお前もミストだったりしてな」
「やめろよ、俺はちゃんと人間だって」
「みんなそういうんだよなあ」
ミストによる被害は意外と身近で、身近すぎて日常の一部となって溶け込んでしまっている節がある。
世間話のように話している彼らは、10年前のアレを経験しているのだろうか。
「まあ一番ショックなのは家族だろうなあ、確かまだちっさい子供がいたはずで……」
「……軽傷で済んでるなら幸運だろう。母親が事故にあったとか、そういうので押し通せるんだから」
暗い話を切り替えたい様子の二人組は昨日やっていたお笑い番組の話に移った。それを聞いて玲奈も止まっていた箸を再び動かすが、まだ動きが止まったままの波瑠を見て首を傾げる。
「玲奈は、仮面ライダーってなんだと思う」
「何って……フーガの、こう……兵士?」
「仮面ライダーというあの状態の話」
状態というのは、どうやってあの姿になっているのかとかそういう話なのだろうか。
「その詳細をフーガはひた隠しにしている。公開されている資料はすくないし、最近の講義でも専らその話ばかり」
「そ、そうなんだ……」
「………先に食べて話す?」
「そ、そうしようかな」
「そう……」
短く返した波瑠が少し落ち込んでいるように見えて、玲奈は急いで料理を掻き込んだ。
「仮面ライダーの正体について講義があって、その時の意見では特殊な装備やスーツ、新たな生命体、次世代型のミストとかがあった」
「ふぅん…」
食事を終えて昼休みの間ベンチに並んで座り、慌ただしい人の流れを眺めながら波瑠の話を聞く。
「そもそも中に人なんていない説もあった、オートマトンとかの」
その言葉を聞いて星羅との会話を思い出す。彼女は「中の人については教えられない」と言っていた。
一見すると仮面ライダーとして戦っているものの個人情報は教えられないというように聞こえるが、そもそも人ではないということを教えられないというような意味にも取れる。
「玲奈はどう思う?」
「えっあ、うぅん……やっぱり人がやってるとは思うよ。バイクで空を飛んで来ないで現場に来ることもあるし…」
少し前の追悼式の際、ミストが現れ、その後すぐに仮面ライダーがバイクに乗らずに現れたことを思い出す。フーガの説明会こそあったが、実際にその場に仮面ライダーとしていたなら映像ではなく実物として登壇していただろうと玲奈は考えた。
「たまたま現場に居合わせて、誰にも見つからないようにこう、仮面ライダーになって?とかそういうのもあるんじゃないのかなぁ」
「………そう」
知り合いにフーガで働いている者がいるのだから聞けば分かる話かと考えたが、きっと奏多は何も教えてくれないような気もするなと。そこまで考えてまた奏多のことを考えていると首を横に振る。
「私は、あれは人ではないと思ってる」
「人じゃない?」
「正確にいうなら、あれはミストなのかもしれない」
「………それはどうして?」
ミストが、ミストを倒すために仮面ライダーとなって戦っている。
あり得ない話ではないのかもしれないが、随分と奇妙なことだ。
「第一に、仮面ライダーの胸部に装着されている装置。あれはプラズマコアと言って、簡単に言うと小型の超エネルギー生成機。あれから武装にエネルギーを送って戦闘力を確保している」
「……危なくないの?それ」
「とても危険」
壊れたら爆発する発電機を抱えながら戦っているようなものだと波瑠は説明する。
「それに、あのエネルギーはあまりにも熱やその他の影響が強すぎる。人の身体に耐え得るようなものではないから。開発者の
「仁礼……」
以前あった奏多の上司と同じ苗字。無関係とは思えなかったがお構いなしに波瑠は話を続ける。
「つまり人程度のサイズのものに安全に運用させるには強力すぎるということ。でもこの課題をクリアしてくれるものがある」
「…ミスト」
玲奈の出した答えに波瑠は静かに頷く。
「ミストの特徴の一つである『適応』。もしプラズマコアの仕様に耐えられるように適応したのなら不可能ではない」
「……でも、それだと仮面ライダーになってる人はミストに取り込まれてるってことにならない?」
「………」
いくら隠し事の多いミストと言えそれは本末転倒なのではないか。そう疑問を呈する玲奈に波瑠は少し口を閉じた後再び話を続ける。
「可能性はいくつかある」
「いくつか……?」
「一、さっき言ってた通りミストが人に擬態していて、フーガがそれを利用している」
あまり考えたくはない話だ。誰なのかは知らないけれど、仮面ライダーのために1人の人生がミストに消費されてしまっている。
「二、装甲や機械などの生物的特徴以外の再現に成功した次世代ミスト。まあいたとしてフーガとして先に現れてくるのは理解しづらいけれど」
現状、ミストは銃火器などの再現ができない。鳥や猛獣などの特徴を再現した怪人態しか確認されていないから。
そして次世代…4世代型のミストがその銃火器の再現ができるようになるのではと、テレビや新聞でも危機感を煽られている。
「そして三、人間がミストになっている」
「……えっと?」
「ミストが人間を乗っ取るのではなく、新たなミストとなって仮面ライダーとして戦っているということ」
「……それは」
あり得ない、と言おうとして口を閉じる。
一度だけ、仮面ライダーを近くで見たことがある。
(あの感じた妙な感覚は……)
「そんな技術はどこにも公開されていない。人間的な価値観での倫理も疑われるだろうし、ミストになるということは体組織がミストと同じ霧状のものに置き換わっているということ」
「それは……大丈夫なの?」
「さあ」
そこまで言っておいて無責任に答えを放り投げる波瑠。
「ただ、あり得ない話ではないと思っている」
「……どうして?」
「ミストはそういう存在だから」
「……?」
人がミストになる。
「もしこの仮説が本当だとするなら……」
「……するなら?」
「仮面ライダーとなっているその人間は———」
それは存在の変化であり、種族の変化であり、常識の変化であり……
「——その度に死んでいる」
生死の変化である。