日野森家の長女は音楽に嫌われている   作:Lős

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生まれました

 

 思えばミーハーなファンだったと思う。

 この世界に来る前の私が、この “セカイ” について知っていたことなんて、数えるほどしかない。

 『プロジェクトセカイ』というゲームにおいて、私はストーリーをほとんど読まない類のプレイヤーだった。

 リズムゲームたーのしー、なんてそれだけのモチベーションでやっていたのだ。

 それだけで十分楽しめるくらいコンテンツが充実していた、とも言える。

 

 なのに、いつの間にか推しができていた。

 

 日野森姉である。

 

 これがどうしてなのか、理由は全く分からない。

 後付けの理屈はいくらでも思い付くのだけど、いつから好きになっていつから推し始めていたのかも分からない。

 

 彼女の鈴を転がすような声が好きになったし、頬に手を当てる仕草が好きになったし、どこまでも優しいところも、人の幸せを心から喜べるところも、自分を見失わない強さも、他人を見捨てない強さも、―――その天然さも―――シスコンも―――方向音痴も機械音痴も……何もかも。

 

 推しは、と聞かれたら迷いなく彼女の名前を挙げるくらいに、日野森雫というキャラクターのことが好きになった。

 結果として、現在に至るまで私がセカイについて持っている知識は、日野森雫とその周辺の人間関係にまでちょっとした広がりを見せた。

 

 それだけならまあ、はいはい推しができて良かったね、で終わっていたはずの話だ。

 

 ところがどっこい。

 私はセカイに転生してしまった。

 

 

 

 

 私がセカイに転生した、と気が付いたのは、ほとんど生まれた直後のことだ。

 

「おんぎゃあ」

 

 と転生者にあるまじき普通の赤子のような泣き声を上げて生まれた私が目にしたのは、豆腐だった。

 パッ◯マンみたいな目をした、全身白色で頭は四角い、豆腐である。

 あとなんか両手にサイリウムを持ってる。

 そいつが、私が生まれた病室をふよふよと漂っていた。

 

「あら、もう泣き止んだの」

 

 私の母親と思しき女性の声も耳に入らず、私は宙を漂う豆腐を見詰める。

 なんだコイツ。

 

 豆腐……豆腐だなぁ、と。

 見れば見るほど、そいつはプロセカの豆腐だった。

 サイリウムの色は白。

 まだ推しはいないらしい。あるいはバーチャルシンガーの箱推しかもしれない。

 

「あっ、あうあ……」

 

 興味を惹かれるままに私がそいつに向かって手を伸ばすと、豆腐もこちらに顔を向けてきた。

 

『……。……!?』

 

 流れるように私のことを二度見した豆腐は、衝撃を受けたように全身を固める。

 心なし、目も見開いているように見えた。

 

 なんだ。

 やつの身に何が起こっていると言うんだ。

 

 私が息を飲んで見据える先で、豆腐はじんわりとサイリウムの色を染め始めた。

 灰色に。

 くすんでホコリにまみれた蛍光灯みたいな、きたない光を放ち始めたサイリウムを、豆腐はぶんぶんと振ってアピールしてくる。

 こっち見てー! って感じの振り方だった。

 

 なんだそのきたない色。

 お前は誰を推してるんだ……?

 そんなイメージカラーのキャラクタープロセカにいないでしょ。

 私は困惑する。

 

 ひとりで興奮して、(> <)みたいな顔でぶんぶんと両手のサイリウムを振り続ける豆腐。

 問題は、この病室にいる誰もこの不審な豆腐を気にしていないということだ。

 豆腐のことは私にしか見えないらしい。

 そんな転生者特典いらなかった。

 

 (> <)(> <)

 

 なんか増えたし。

 こいつもきたない蛍光灯持ってるし。

 

 えぇ……。

 怖……。

 

 私が転生した直後の感想は、そんなものだった。

 

 

 

 

 時が経ち。

 私は五歳になった。

 

「はーちゃ、おうた。ね、おうたは」

 

 目の前にいるこの天使の名前は日野森雫ちゃん。

 そして彼女の姉、“はーちゃ” とは何を隠そうこの私だ。

 本名は日野森花妃(ひのもりはるひ)。日野森家の長女である。

 

「雫、おうた聞きたいの?」

「うん」

「なんのおうたが良い?」

「おうた……」

 

 雫ちゃん(御年一歳)が膝の上に登ってきた。

 可愛いね。

 なんでそこで私の服をぎゅって握るの。私の心臓もぎゅってなっちゃう。*1

 

「んー、じゃあ、きらきら星にしよっか」

「! きあきあ」

「そ、きらきら星! せーの、……〜♪」

 

 そっと息を吸い込んで、私は歌い始めた。

 歌うのは得意だ。前世の私はそうでもなかったけど、今世の私は耳が良いらしく、ズレた音程をすぐにそれと聞き分けることができる。

 間違いが分かれば、正しく歌えるようになる。

 雫ちゃんはお喋りができない頃から歌が好きだったから、何度も歌っているうちに私の歌唱力も上がっていた。

 

「〜〜、〜〜〜♪」

 

 雫ちゃんの小さいおててを握って、きらきらと手を動かす。

 足をバタバタと動かしながら、身体をリズムに乗せようとする雫ちゃんがとても可愛い。

 天使か? 天使だったわ。

 

 そして。

 天使といえばもう一人、ベビーベッドからこちらを見つめる天使がいる。

 日野森家の末っ子、志歩ちゃん(生後六ヶ月のすがた)である。

 志歩ちゃんはベビーベッドの隙間から、口を半開きにしてよだれを垂らしながら歌を歌う私たちを覗いていた。

 次女も三女もおうたが好きなようで何よりである。

 母はお琴の先生だし、父はギタリスト。

 私も歌うのは好きだから、無事に音楽大好き一家となった。

 

 うーん。

 雫ちゃんはアイドル、志歩ちゃんはベーシストになるかもしれないとなると、私も何か音楽関係のことをやりたくなってくる。

 ……やはり、歌手か?

 

 (> <)(> <)(> <)(> <)(> <)(> <)(> <)―――!

 

 きたねえ色の蛍光灯を振り回す豆腐たちを見て思う。

 

 私に、歌を仕事にできるほどの才能はあるのだろうか。

 才能があったとして、それを磨き上げる努力ができるだろうか。

 

「……」

 

 ていうかこれ、ライブじゃないから。

 そういう曲でもないし。きらきら星だし。

 

 

 夜。

 

 帰ってきた父にねだって、楽器を触らせてもらうことになった。

 

「これがギター」

 

 ジャカジャーン、と父がギターを鳴らした。

 へー、そんな感じか。

 

 父の真似をして、父の足の間に座った私もそれっぽく弦に触ってみる。

 豆腐たちはワクワクとした様子で私に見入っていた。

 よし……! 弾くぞ。

 

ジャカジャカジャーン!!

 

「―――ゔっ!?」

『―――っ!?』

 

 一音目が鳴った時点で、頭上から父の息の根が止まるような声がした。

 ついで、弾き終わりとともに豆腐たちは何かの衝撃波でも食らったかのごとき勢いで一斉に吹き飛んだ。

 

 ねえ。

 なにその反応は。

 今、結構キレイな音鳴ってたよね?

 

「……み、耳が千切れたかと思った……こいつは、とんでもないな」

「?」

 

 あ、やっぱり私、とんでもない才能がある?

 そうだよね、良い音出てたよね。

 いやー、困っちゃうなあ、父の息が詰まるほどの演奏を最初からしてしまうなんて―――。

 

「花妃には、ギターの才能はない」

「えっ」

「たぶん、ギターの神様から反吐が出るほど嫌われてるんだな」

「そこまで!?」

「じゃなきゃあんな音は出せん」

 

 そ、そんな……。

 ギターボーカルとかいうあからさまにモテそうなポジションで妹たちの心を釘付けにしようと思っていたのに……!

 

「じゃあ次、ベース行ってみるか」

 

ベンベベン!!

 

「ドラムなら……」

 

ダララララ、ダン!!

 

「き、キーボードは……!」

 

テンテレテテーン!!

 

「……か、母さん! 母さん! 琴を持ってきてくれ! この子は呪われているかもしれない!」

「その言い方はなくない?」

 

ピンプクプクピン!!

 

 

 

「ダメね。二度と琴に触らないで」

「ダメだ。お前は音楽に嫌われている」

 

 ウソダドンドコドーン!

 家にあった楽器を全て試したけど、結果は豆腐の死屍累々である。

 両親からもお墨付きをもらってしまった。

 

 どうやら、私に楽器の才能はなかったようである。

 ゼロどころかむしろマイナスだとか。

 私にはキレイな音に聞こえたんだけどなぁ……。

 

*1
心筋梗塞。

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