日野森家の長女は音楽に嫌われている   作:Lős

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仲良くしました

 

「朝比奈さん、一緒にゲーセン行かない?」

「あ、行きた―――」

 

 私が答えようとすると、クラスメイトが言う。

 

「いやいや、朝比奈さんがゲーセンなんて行くわけないじゃん」

「そうだよ。この前の定期試験でも一番成績良かったって先生言ってたでしょ。まふゆは忙しいんだから邪魔しないの」

「……そうだよね。ごめん、朝比奈さん」

 

「あ……」

 

 

「私ね、看護師になりたくて―――」

「あら」

 

 私が自分の気持ちを口にしようとすると、お母さんが言う。

 

「看護師も素敵だけど、せっかく医療に関わるのならまふゆにはもっと良い道があるんじゃないかしら。たとえば、お医者さんとか」

「ああ、それはいいな」

「もしまふゆがお医者さんになったら、私たちのことも診てもらおうかしら」

 

「……そうだね」

 

 

 その日から、ご飯の味がぼやけ始めた。

 何を食べているのか、よく分からない感覚。

 

 

「えっとね、朝比奈さんってアイドルのライブに興味あったりしない?」

「えっ……」

 

 行ってみたい。

 クラスの子が話していた。

 同じクラスの日野森さんは、有名なアイドルグループの一人として学外で活動していると。

 それまでは彼女がどうして休みがちなのか知らなかった私は、凄いなと思った。

 将来の夢も分からなくなってしまった私とは、全然違う。

 だから、気になる。

 

 行きたいのかな。

 私には、私の気持ちが分からないのかもしれない。

 私がやるべきことも、分からない。

 私じゃない周りの人たちは、それが分かっているみたい。

 ゲームセンターには行くべきじゃなくて、勉強をしていないと。

 看護師じゃなくて、医者にならないと。

 

 行きたくない。

 私は “良い子” だから。

 悪い子になっちゃいけないから。

 勉強しなくちゃ。

 アイドルのライブって、良く分からないし。

 

 私の気持ちは、どれだろう。

 

「ね、ほんとにライブ、興味ない?」

 

 日野森先輩は、私の気持ちを答えなかった。

 私に訊いてくるだけだった。

 

「私は―――行ってみたい、です」

 

 

「はいこれ、雫のグッズね」

 

 ライブ当日。

 Tシャツ、フェイスタオル、トートバッグ、バッジ、サイリウム、うちわ。

 渡されたTシャツを着て、タオルを首に掛けて、缶バッジをバッグに付ける。サイリウムとうちわはバッグの中へ。

 Tシャツは黒地に淡い水色の文字で『SHIZUKU』と書かれていた。

 

「よし、完璧」

 

 完璧らしい。

 

「どっからどう見ても雫のファンだよ」

 

 いつの間にか私は同級生のファンにされていたらしい。

 

 

「―――みんなぁー! 暑いからって声小さくなってるよー!」

 

 わぁぁああ…! と地響きのような声が響いてくる。

 

「もっと大きい声出せますかー!」

 

 周りの人たちが立っていたので、私も立って観賞している。

 せっかく椅子があるのに、どうして立つんだろう。

 

「これがみんなへの贈り物! 最後の曲、―――!!」

 

 胸元の高さまで持ち上げたサイリウムとうちわを、見様見真似で小さく振りながら最後の曲を聴いた。

 

「きれい……」

 

 雫さんが、ステージの上で衣装を着て踊っている。

 名前は知らない他の子たちも一生懸命、弾けるような笑顔で。

 それを見て熱狂する人たちがすぐ近くにいる。

 この空間が、とても純粋な感情で満ちているように感じられた。

 ここには、自分の気持ちが分からない人なんていないんだろうと思えた。

 

 そうして織りなされた色とりどりの光の海が、きれいだと思った。

 

 

 

 

「近頃、朝比奈さんが変なのよ」

 

 お風呂上がりに居間で寛いでいると、雫ちゃんが話し始めた。

 ベースの手入れをしていた志歩ちゃんは知らない人の話だと分かると興味を失くし、私は座布団に寝そべったまま耳を傾ける。

 

「お弁当と一緒に、必ずじゃが◯こを食べているの」

「んぐふっ」

 

 私は動揺のあまり吹き出した。

 志歩ちゃんは自分が志望している学校の先輩の奇行を聞いて、少し関心を持ったようだ。

 ベースの弦を拭く手が止まった。

 

「どうしてかしらって、クラスのみんなで考えているのよ」

「……ま、まふゆちゃんにも何か事情があるんだよ、きっと。詮索するのは良くないよ」

「そうね……。朝比奈さんははーちゃんが教えてくれた食べ方だって言っていたのだけれど」

 

 罠だッ。

 まさか妹から誘導尋問を仕掛けられるとは思わなかった。

 いや、雫ちゃんにはそんなつもりはないんだろうけど、志歩ちゃんからは何隠そうとしてんの、って目を向けられている。

 

「も、もしかしたら、私が前にあげたのを気に入ってくれたのかも。ほら、時々まふゆちゃん家に勉強会に行くでしょ? あの時にね」

「まあ、そういうことだったのね」

「………」

 

 私には分かる。

 志歩ちゃんのあの目は、それだけでご飯と一緒に食べるなんてことにはならないでしょ、と言っている。

 全くもってその通りなんだけど、これに関してはまだまふゆちゃん本人も良く分かってないことだと思うから、私の口からは言えないかなって。

 私が視線で伝えると、志歩ちゃんは諦めたように小さく息を吐いた。

 ふう。

 

 そんなやり取りをちらちらと見守っていた雫ちゃんが口を開く。

 

「……なんだか、はーちゃんとしぃちゃん、仲良しなのね?」

「ちが、今のは別に……」

「雫も混ざる?」

「ええ!」

「何なの、もう……」

 

 そうして、唐突ではあるが無言で姉妹に言いたいことを伝えるゲームが始まった。

 

 

 最初は、雫ちゃんと志歩ちゃん。

 雫ちゃんが先攻である。

 

「………!」

 

 雫ちゃんは綺麗なお目々をぱちぱちする。

 

「……」

 

 志歩ちゃんは目を逸らした。

 

「………! ……!」

「……や、分からないから」

 

 分かる。

 私の目はこのやり取りの全てをお見通しだ。

 この試合、志歩ちゃんは雫ちゃんが何を伝えているのか分かっている。

 分かっているけど、雫ちゃんは『しぃちゃん大好きよ』と連呼しているので、それを口に出したくない志歩ちゃんが試合を放棄しようとしているのだ。

 

 私は公平な審判として、まず志歩ちゃんに一点をあげた。

 次は後攻の志歩ちゃんの番だよ、ほら。

 

「勝手に点入れてるし……」

「はい! 分かったわはーちゃん! しぃちゃんはお姉ちゃん大好き、って言ったわ!」

「まだ何も考えてないし……」

 

 志歩ちゃんによる高度なフェイントで、雫ちゃんは解答権を一回分失う。

 雫ちゃんは窮地に追い詰められた。

 

「じゃあ、……」

「……?」

「……」

「……あっ、ふふ……」

 

 志歩ちゃんの目を見ていた雫ちゃんが笑う。

 これは決まったか。

 

「……しぃちゃんは、『今回しか付き合わないから』って言ってるわ」

「正解!」

「なんで花妃姉が正解判定してんの」

 

 そんなの私が見間違えるはずがないからだけど。

 

 

 第二戦は私と雫ちゃんである。

 雫ちゃんの先攻。

 

「…………!」

「う゛っ……!」

 

 雫ちゃんからかつてなく強い眼差しを向けられた私は、向けられた感情の大きさも相まって意識を飛ばしかけた。

 

「……雫は『はーちゃんとしぃちゃんが好きな気持ちでははーちゃんにも負けないわ』って」

「正解だわ!」

「はいはい次花妃姉ね」

 

「………」

「……! ……、……! あっ、……?」

 

 私の番。

 私が雫ちゃんの好きなところを100個上げようとしていると、最初は顔を赤らめながらも頷いていた雫ちゃんが段々とオーバーヒートしていった。

 まだ90個くらい残ってるのに。

 

「うん。花妃姉、失格。ゲームもおしまい。解散」

「なんでっ!?」

 

 志歩ちゃんともやりたかったのに!

 倒れた雫ちゃんを介抱しながら、私は再戦を誓った。

 

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