風も涼しくなり始めた頃。
学級委員の定例会議のせいで遅くなった帰り道、どこからともなく大音声が聞こえてきた。
「お前の悪巧みもここまでだ! 喰らえ、ペガサスキック!」
「……」
凄いよね。
見なくても誰か分かるんだもん。
「なっ、なにぃーっ!? まさか、この私がここで……!」
しかも一人二役やってる。
咲希ちゃんに観せるショーの練習だろうか。
姉と兄は良く似た生き物。妹のために頑張っているだろう司くんを応援するべく、私は声の出処まで歩いていった。
やがて、彼の姿が視界に映る。
「ハーッハッハッハッ! 悪は必ず倒されるのだ!」
公園の砂場で、学ランを着た司くんが決めポーズをしていた。
周囲を少年たちが取り囲んでおり、今の今まで彼のショーを観ていたようだ。
「なあなあ、ぞくへん、ぞくへんやってくれよ兄ちゃん!」
「ペガサスマンはこのあとどうなったの!?」
「それは次に会ったときまた教えてやろう! もうすぐ暗くなるから、今日のところはちゃんと家に帰るんだぞ!」
少年たちを帰した司くんを見ていると、彼は辺りを見回し始めた。
「むっ? この感覚、まだこのオレに熱い視線を送る観衆が……」
「―――熱い視線は送ってないけど……久し振り、司くん」
公園に一本だけ設置された街灯が、短い明滅を繰り返した後で点灯する。
「もう遅い時間……でもないか、中学生だし」
「そうですね。もっとも、普段はもっと早く帰っていますが」
彼がこの時間まで公園にいたのには、やはり理由があるようだった。
ベンチに腰を下ろした私は、司くんの話を促した。
「あまり人に話すことでもないのですが……咲希が体調を崩しまして」
「体調を……それは、心配だね」
「ええ。父と母が今、付き添っています。これから医者との話し合いやらで遅くなるだろうと、オレだけ先に帰されてしまいました」
「で、ショーの練習をしてたと」
「ええ! 面会できるようになったら、新しいショーを観せてやろうと思っているのです!」
ハッハッハッ! と笑った司くんの顔に、無理をして取り繕ったような様子はない。
心配する気持ちはあっても立ち止まることはなく、今の自分にできることをやろうとしている。
彼のこの底抜けの前向きさは、もはや天性のものだろう。
「会えたらさ、お大事にって伝えてもらえる?」
「任せてください!」
ところで。
司くん、敬語とってくれなくなっちゃったんだよね。
◇
『今日も気が付いてもらえなかったね〜』
『うん……けど、今日は仕方ないよ。咲希ちゃんのことで、司くんも大変だろうから』
虹色の観覧車、宙を走る機関車、浮遊するメリーゴーランド。
色とりどりの風船が視界を彩り、茜空には綿菓子のようなピンク色の雲、足元には喋る植物。
『でもでも〜っ、だからこそミクたちに気が付いて欲しいな〜って!』
『そうだね。彼のことを、僕たちが励ましてあげられたら良いんだけどね』
ここはワンダーランドのセカイ。
とある少年の想いから生まれた、現実ではないどこか。
『このままじゃ司くん、おじいちゃんになっちゃうよー!』
『ははは……流石に、そこまではいかないと思うけど……おや?』
広場で並んで会話をしていた二人の前に、歩み出てくる影があった。
その人物は――人、と呼ぶべきかも定かではなく――白く四角い頭と身体を持っていた。
そして、頭には
『キミは……また来てくれたんだね』
『あ〜! 雪どうふさん! なになに〜、どうしたのっ?』
ミクとカイトは、この何者かと旧知の仲であるかのように振る舞った。
事実、彼女たち三人の付き合いはもう長いものになる。
「……」
『えーっ!? 雪どうふさんも司くんに会ったの!? ……うんうん、そっか〜』
『落ち込んでいる様子はなかった? ……なるほど、司くんは次のショーの練習を……』
身振り手振りを交えて無言で語るとうふの言葉を、二人は完璧に理解していた。
『これは、僕たちも負けていられないね』
『うんっ☆ 司くんに気が付いてもらえたら、たーっくさんショーをみせたいもんねっ!』
「……」
◇
とうふ。
それはプロセカというゲームにおけるプレイヤーのアバターである。
デフォルトの外見が白くて四角いために、プレイヤー間でそう呼ばれていた。
この世界に生まれたときから彼らの姿を見ることができた私は、てっきりそれを転生特典のようなものだと思っていたのだけど……違ったらしい。
私が彼らを認知して、コミュニケーションをとることができたのは―――。
私自身が、とうふだったから。
衝撃の事実である。
『Untitled』からセカイに行ってみてびっくりしたよね。
身体が四角くなってるんだから。
えっ……私がとうふ見えてたのって、そういうこと!? ってなったよね。
とうふにはとうふが見える。当たり前の事だった。
ここ、ワンダーランドのセカイに私が来ているのも、私の “セカイ” とここが繋がっていたからである。
たぶん、教室とかステージとかストリート、誰もいないセカイにもそのうち行けるようになるんじゃないだろうか。
誰もいないセカイには、行けなくてもいいんだけど。
『わっほっほ〜い! あれあれ〜? そこにいるのは……森のくまさんっ!?』
『うわあっ! 見つかってしまった!? 急げ急げ、あれは狩人の娘だ、逃げないと!』
ステージの上で劇を繰り広げる二人と人形たちの姿を眺める。
楽しそうだ。
「……」
一人のとうふとして、私も混ざることにした。
近くに楽器はないかと探せば、ステージの脇にピアノが置かれている。
あれを弾かせてもらおう。
『待ってよくまさーんっ、友達になろうよー!』
『ああ怖い、あの娘はそう言って僕を騙すつもりなんだ。……!』
椅子に座った私に気が付いて、ステージ上のカイトくんが微かに口元を緩めた。
続いて彼の視線を追ったミクちゃんも、パアァッ…! とあからさまに目の光を強くする。
楽器の前に立った私を見てそんな反応をくれるのは、ここの住人だけじゃないかな。
なら、想いを込めて演奏しよう。
私はピアノの上に手を乗せた。
鍵盤を叩くための指なんてどこにも見当たらないけど……このセカイで楽器を演奏するのに必要なものは、“想い” だけだ。
想いさえあれば、人形だってトランペットを吹くし植物だって歌を歌う。
不思議なちからってすごい。
女の子の好奇心と、新しい友達への期待。
くまさんの恐怖心と、人と仲良くしたいという希望。
あとは、二人の劇を観て私が感じた楽しさ。
それだけを込めて腕を動かせば、ピアノからは心が浮き立つような旋律が響き始めた。
『むむむ〜、そうだ! ……うわーん、道に迷っちゃったよー! うわーん!』
『………だ、大丈夫かい……? キミのお家は、あっちだよ』
『あっ、くまさん! やっと見つけた!』
『ああっ、しまった!?』
とうふのアバターの中で、クスリと笑う。
顔は動かないけど、ここは誰もが笑顔になることができるセカイだ。
『キミは、本当に不思議なお客さんだね』
『うんうん〜! ふわふわがどっかーん☆ って感じ!』
そうだろうか。
それにミクちゃんの表現だと私、爆発してそうなんだけど。
大丈夫? 生きてる?
『今日はもうそろそろ帰るのかな?』
カイトくんに聞かれた私は、手にスマホを呼び出した。
画面を確認すれば、確かにもう寝た方が良い時間になっている。
『ああ、やっぱり』
『もう帰っちゃうの〜!? やだやだーっ! もうちょっと一緒にいようよ〜!』
『ミク、あまり無理を言っては
ごめんねミクちゃん。
また今度ね。
別れを告げた私は、『―――』の再生を止める。
視界に色鮮やかな光が満ちて、私は現実の世界へ戻った。
とうふの性別って見分けつくんだ。
オリ主の『Untitled』について。
何度書き直してもシリアスがコンニチハしてくるので投稿を差し控えている状況です。どうしようもなければ完結後に蛇足として付け足すかもしれません。本当に申し訳ない。
また、完結の目安としてはVSを除く各ユニットのワールドリンクイベントあたりまでを考えています。