季節は秋。
もうすぐ宮女の文化祭が開かれる。
開かれるとどうなるのか。
来年入ってくる後輩が見学に来る。
「私たち学級委員の仕事は、基本的には文化祭実行委員のサポートになります。例年通り文化祭後の会計係も担うことになるため、クラスの方たちには領収書の受け取りを徹底するよう学級委員からも……」
教室の前に立っていつもの退屈そうな顔で話す委員長も、行事ごとに呼び出される学級委員の仕事多過ぎ問題も、今は気にならなかった。
「それから予算についてですが、金銭のやり取りになりますのでクラスでの追加集金には十分注意するよう実行委員と協働して……」
文化祭。
宮女の文化祭は、学校全体で楽しめる行事の一つだ。
つまりは、中等部の雫ちゃんと出し物を見て回ることもできるのである。
雫ちゃんの話によると、中等部においてはクラスごとの出し物はなく、一日目の終わり際に体育館で合唱をするだけだという。
二日目を含め、他は自由時間として割り当てられているとのことだった。
その二日目からは、外部の人も参加できるようになるため志歩ちゃんとも回れる、と。
私の天下だ。
私が内心で勝ったなガハハと高笑いしていると、横に座っていた後輩―――鳳ひなたがこそこそと話し掛けてきた。
「先輩のクラスの出し物は何に決まったんですか?」
「謎解き脱出ゲーム」
「あ、楽しそう。うーん……せっかくですし、二日目に行かせてもらいますね」
「二日目ってことは……ああ、妹さんも来るんだっけ」
「そうなんです! とっても元気で可愛いんですよ」
「分かる」
妹は可愛い。
年が離れていると、特に。
「ひなたのクラスは何やるの?」
「……………メイド喫茶です。それもあの、おまじない? みたいなのがある方の」
「絶対見に行ってあげる」
後輩の勇姿を見るために私は当日の予定を一つ決めた。
放課後。
校門を出ようとしたその時、駆け寄ってくる誰かの足音が耳に届く。
私が目を向けた先で立ち止まったのは、妹の同級生でもある後輩だった。
「日野森先輩! 良かった、見つけられて……これからお帰りですか?」
「……うん。まふゆちゃんも?」
「はい。帰り道、ご一緒しても構いませんか?」
「もちろん」
中等部は、今日はもっと早く終わっていたはずである。
雫ちゃんからも、先に帰ってレッスンに向かうと連絡が入っていた。
つまり彼女は私に用事があるのだと推察できる。
私はそれだけでもう、嫌な予感がした。
「もうすぐ文化祭ですね」
「うん」
「……よければ文化祭も、こうして一緒に回りませんか?」
これだよ。
いや言葉だけ聞いたらね、まふゆちゃんとも仲良くなったなあ、よーしお姉さんと一緒に回ろう、で済む話なんだよ? でも、笑顔がね?
前とは明らかに種類が違う笑い方なんだよね。
誰かの表現を借りるとすれば、“怖い方の笑顔” ということになる。
私にはあの子みたいな直感が備わっているわけもなく、仮に私が彼女と少しでも遅く出会っていたら、どっちが本当の笑顔でどっちが怖い笑顔なのか、なんて分からなかっただろう。
ちょうど過渡期に居合わせたから、区別ができるだけで。
「まふゆちゃん」
「? はい」
「もしかして―――」
こういうのは、あまり柄じゃないんだけど。
私は息を吸って、それを口に出した。
「私と仲良くしなさい、って言われた?」
◇
この人と話していると、締め付けられていた胸がふっと軽くなるような、そんな気がしていた。
何故なのか、と聞かれても良く分からない。
私は何も変わっていない。
お母さんが笑っていてくれれば、私も嬉しい。
お母さんが首を傾げる仕草を見ると、なんだか不安になる。
悪い子だって、思われちゃったのかな。
でも何も変わっていないのに、どうして窮屈さを感じるようになったんだろう。
どうしてご飯の味がしなくなっちゃったんだろう。
どうして笑顔でいることに疲れるようになったんだろう。
『まふゆ、ごめん! 英語の宿題、写させてもらえない?』
『……仕方ないなあ、もう。今度からちゃんとやってこなくちゃ駄目だからね?』
これで良いのかな。
『朝比奈さんって運動神経も良いんだね! さっきの朝比奈さん見て、陸上部の子が自信失くしてたよ』
『そう? 部活で頑張ってる人にはかなわないと思うけど……昔から運動は好きだったから、そのおかげかな』
変に見えてないかな。
『朝比奈さん、悪いんだけどこのプリント、先に教室で配っておいてもらえる?』
『分かりました。余ったら教卓においておきますね』
『うん、お願いね。いつもありがとう』
『いえ、これぐらい全然平気です』
昔は、どんなふうに笑ってたっけ。
いつから笑顔を意識しないといけなくなったんだろう。
『まふゆ。今日はまふゆの好きなシチューを作ったの。お父さんが帰ってきたら三人で食べましょうね』
『わぁ……! お母さんのシチュー、楽しみだな。お父さんが帰ってくるまで、部屋で勉強して待ってるね』
『ええ。まふゆが良い子で頑張ってるから、今日はご褒美よ』
『ふふっ、ありがとう』
お母さん、機嫌良さそう。
ならこれで、良いんだよね。
私には良く分からない。
頭のどこかでは分かっているから、どこかから女の子が泣き声が聞こえてくるのに。
遊園地で、一人で泣いている女の子。
でもその子はきっと “良い子” じゃないから。
あの日迷子になったその子は、母親に手を引かれて、正しい道を歩いてきたはずで。
そのために私が、どれだけ必死でいたか、なんて。
誰かから見たら、醜かったとしても。
私の吐き続けた嘘が、誰かを傷つけることになっても。
私にとってその嘘が、どれだけ大切なものだったかなんて。
誰にも、分かることじゃないでしょう?
「……」
だから、分かっていないことにする。
私がこれまで守ってきたものが、否定されてしまうような気がしたから。
そうして目を逸らした私のことを、先輩は否定しないと思ったから。
私はそんな先輩と、もっと―――。
『―――そうだ、まふゆ。日野森さんとは、仲良くしなさいね?』
ある日の朝。
やっと見つけた私の気持ちは、仮面の下に押し潰されてしまった。
私は本当に、先輩と友達になりたかった、なんて。
◇
たぶん何かロクでもないことを思い出してる。
私は詳しいんだ。
「まふゆちゃん」
返事はない。
彼女は両目の瞳を揺らして私から距離を取るように二歩、三歩と後退った。
……だからさ、ほんとこういうのは柄じゃないんだけど。
「まふゆちゃんが何を考えていたとしても、私はあなたのことを友達だと思ってるよ」
「え……」
「良いんだよ、まふゆちゃんはゆっくりでも。今は私が一方的に友達だって思ってるだけでも、何も問題ないよ」
だって普通に考えて恥ずかし過ぎるでしょ。
何これ。
これはもう告白じゃん。
彼氏彼女じゃなくて、友達になりたいってことを言ってるだけの告白だよ。
しかもここ校門前ね。
周りからなんか気遣われてるし。
視界に入らないように距離取られてるし。
まふゆちゃんの精神状態があと少しでも保ちそうだったら絶対場所変えてたよ。
「だから、文化祭も楽しみにしとくね。一緒に回ろうね」
雫ちゃんと私とまふゆちゃんで。
「帰ろっか」
周りからのヒソヒソに堪えられなくなった私は、まふゆちゃんの手を引いてその場を離れた。
翌日、学校では『勇気を出して文化祭デートに誘った後輩を堂々たる友達宣言でフッた生徒がいる』という噂が流れていた。
要点だけ押さえて内容は掠りもしないのは凄いと思うよ。