「お兄ちゃん、文化祭行こうよ文化祭っ! 宮女の!」
「む。オレはもちろん構わないが、一歌たちとは行かなくていいのか?」
「いっちゃんたちは家族で行くんだよ! だからアタシもお兄ちゃんと行きたいな〜って。……ダメ?」
「ダメなわけあるか! よし、行くぞ咲希!」
先日退院したばかりの妹から誘われた天馬司は、一も二もなく応じた。
苦手な病院食も飲みにくい粉薬も、この日のために堪えてきたことを知っているからだ。
できるだけ早く回復できるようにと、星を見るのが好きなこの妹が夜更かしもせず、消灯時間には寝ようとしていたことを知っているからだ。
「文化祭は今日じゃなくて来週だよ、お兄ちゃん!」
「そうか! よし! では体調を崩さないよう、今日は早く寝るか!」
「まだ朝だよお兄ちゃん!」
そして、翌週。
「お兄ちゃんお兄ちゃん! フランクフルトだって! ホットドッグもあるよ! あっ、わたあめも作れるみたい! ……行きたいところがいっぱいだよ〜!」
「うむ、中々に盛況だな。女子校と言うから、てっきりもっと控えめな出し物ばかりと思っていたが」
パンフレットを広げてマップを指差す咲希に、司は頷いた。
宮益坂女子学園は、名門であると言われる割に自由な校風でも有名である。
化粧もバイトも可能で、体操服に油性ペンで落書きをしてそのまま体育祭という学校行事に出ても許される。
高等部には単位制が用意されていることも影響しているだろう。
「しかし、腹ごしらえにはまだ早いのではないか? ほら、普通の出し物も見てみたいと言っていただろう、あの―――」
「謎解きゲーム! はるひさんの!」
「それだ。あの人の考えた謎も一つ採用されたらしいからな、オレも少し気になっていた」
司の頭の中では、数日前出会した知り合いが『私の考えた謎は……うん、司くんには解けなさそうかな?』と煽り散らしてきた記憶が蘇っていた。
咲希の頭の中では、良く家まで訪ねて来ては歌を歌って自分を励ましてくれるお姉さんの笑顔が思い返された。
「何が何でも解いてみせる……!」
「えへへ、楽しい謎解きなんだろうな〜」
二人の意識は対極にあった。
人混みを縫って、天馬家の兄妹は『恐怖! 謎解きの館』へと到着する。
「なんだこの名前は……」
「こういう映画あったよね」
早めに来た甲斐あってか、教室から伸びる列はまだ短い。
二人は比較的すんなりと謎解きの館へ招待された。
「ほう、雰囲気は悪くない。……そうか、あえて完全に窓からの光を遮らずとも、光の差し込む先に物を配置することで効果的に視点を誘導しているのだな……他には」
「も〜! 案内の人が困ってるよ、お兄ちゃん!」
いくつかの机を固めて作られた島の一つに案内され、謎解きが始まる。
島は全部で四つ。
絵しりとり、間違い探し、クロスワード。
それぞれの得意分野を生かして、兄妹は謎解き脱出ゲームを順調にクリアしていった。
「……次が最後の謎だって!」
「制限時間までは……残り三分か。どれ、このままクリアして記念品というやつをあの人に見せてや―――」
「その必要はないよ」
二人が辿り着いた最後の島に、突然人影が現れる。
当然、ここに瞬間移動の使い手はいないため、恐らくは机の陰あたりに屈んで隠れていたものと思われた。
間抜けな絵面である。
「「花妃さん!」?」
二人の声が重なった。
「ふふふ、最後の謎まで良く生き延びたね。けどその幸運もここまで。私が出す最後の謎は……これだよ!」
ぺしゃ。
勢いの割りに弱々しい音で机の上に置かれた紙を、兄妹は覗き込む。
その紙に書かれていたのは『なぞなぞ』だった。
最後にして、最もシンプルな “謎” である。
「……う〜ん?」
「………むぅ……」
……二人とも首を捻ったまま紙を見詰め、一分が経過した。
この出し物では、一分毎にヒントを出すよう企画者によって決められている。
「さて、ヒントは必要?」
「いらん! ……ではなく、いりません! 自力で解いてみせます!」
「え〜、アタシは聞いてみたいんだけどな〜」
「あと一分だけだ、咲希! あと一分だけ、粘らせてくれ!」
「……しょうがないなぁ、お兄ちゃんは」
この兄妹、仲が良いなあ、と最後の謎担当は思った。
うちの姉妹仲も負けてないけどね、と内心で謎の張り合いもした。
「……はい、最後の一分になったよ」
「んぬう……!」
「はるひさん、ヒントヒント! 全然分かんないよ〜!」
「ヒントは、この教室にもあるもの」
バッ、と二人は揃って教室を見渡す。
「働き者が……あっ! 分かった〜! 分かったよはるひさん!」
「なにっ! オレは全く分からんぞ咲希!」
「えっとね、だからね……えーっと……そこの人形さん! だと思う!」
「……大正解〜〜〜! 二人とも、脱出おめでとう!」
制限時間は僅かに過ぎていたが、担当者の裁量によって天馬家の兄妹は脱出成功となった。
◇
桐谷遥は、現役アイドルである。
既にドームライブも経験しており、人気絶頂のアイドルと言えた。
無論彼女は今の立場に甘んじるつもりもなく、より多くの人により大きな笑顔を届けたいと願っている。
これからもアイドルとして活動していきたい。
そのためには、周囲の理解を得ることが重要である、と遥は分析していた。
例えばそれは自身の両親であり、自身の通う学校である。
彼女の両親は彼女がアイドルを志したそのときからずっと、応援してくれている。
来年度から通うことになる中学校はというと、こちらも既に見当をつけていた。
彼女と同じグループに所属するメンバーの一人、日野森雫が通っている学校―――宮益坂女子学園である。
通称、宮女の名で親しまれるその学校のことは、遥もよく耳にしていた。
曰く単位制が導入されており、芸能人でも通いやすいと。
それは高等部に限った話ではなく、学校全体として学外で活動する生徒の受け入れ体制が整っているのだという。
「それでね、遥ちゃんもどうかしら? もうすぐ文化祭があって、二日目は外部の方も入れるようになるのよ」
そんな学校を実際に見ることができる機会があるのだから、これを逃す遥ではない。
「はーちゃんのシフトが終わったら、しぃちゃんと一緒に回ることにしてるの! 遥ちゃんもいたら、きっと楽しいと思うわ」
「ごめん、雫」
「……あら?」
しかし。
彼女には、一つの懸念点があった。
「その、雫のお姉さんとは……ちょっと気まずいかな。姉妹三人で仲良くしてるところに私が入るのも良くないと思うし」
日野森雫の姉の名前は
つまりフルネームで日野森花妃。イニシャルはH.H. 。
なんということだろう。彼女の初めてのソロ曲を作った人物と同じではないか。
ついでに遥がストーカー疑惑を掛けているところの、友人が言っていた名前も “花妃さん” である。
このことについて考えると、遥は未だに肌がぷつぷつと粟立つのを感じてしまう。
私が話していないはずのことを私の一番近くにいた友人よりも先に知っていて、私がペンギンを好きになったばかりの頃にペンギンのぬいぐるみ(しかも調べたところ市販品ではない)を送りつけてきて、かと思えば未だに人気曲である私のソロ曲を作った人かもしれない。
この人は何がしたいんだろう。
過激なファンか熱心なファンかストーカーか未来人である。
遥はそう結論付けていた。
「だから悪いけど、当日は一人で行かせてもらうね」
「そう……じゃあ、私たち中等部は何も出し物はないのだけれど、楽しんでもらえたら嬉しいわ」
「うん。ありがとう、雫」
そして、当日。
(『恐怖! 謎解きの館』……ちょっと面白そう。この時間に屋台の物を食べても、吸収効率は良くないし。行ってみようかな)
帽子とサングラス、それにヘアピンで普段と髪型を変えた彼女に注目する人間はいない。
服装の系統も普段ステージで着るものとは変えているため、アイドルとしての桐谷遥を見慣れている人ほど変装した彼女に気が付くことは困難だった。
パンフレットを受け取り、開門前に目的地を決めて予定を立てた遥はまず『恐怖! 謎解きの館』へと向かう。
彼女の頭の中では、昼に回る屋台の順番や経路までが計算されていた。
『恐怖!』への道のりも最短ルートを辿り、そのお陰で列には一切並ぶことなく謎解きの館へと招待される。
(これは……他はダミーでここのパンダと団子、から最初の胡麻までが繋がるから、現れる模様は……五芒星か。つまり、)
「三つ目の鍵が入っているのは、この封筒だと思います」
「素晴らしい! 正解です! では最後の島へどうぞ! ……うーん、簡単にし過ぎたかな?」
あまりにもサクサク解き過ぎたため、企画者の心に疑念を浮かばせてしまったことには気付かず遥は場所を移動した。
(次が四つ目、最後の鍵。残り時間は七分……うん、結構面白かったな……問題のレベルも適度で、色んな人が楽しめるように工夫されてる気がする。ヒント用紙みたいなのも持ってたし)
私は必要なかったけど。
未来の国民的アイドルはちょっと得意げになった。
「―――ふふふ……! 最後の謎へようこそ……って、はるかちゃ―――ん゛んっ! ごめんね、気にしないで」
その島の担当者は、何故か紙袋を被っていた。
遥が目を向ける直前に物凄い早業で被ったようにも見えたが、普通に考えてそんなことをする理由がない。
雰囲気作りのためと考えるのが妥当だろう。
どこか聞き覚えのある声も聞こえた気がしたものの、気のせいだったようだ。
否。今の一瞬で声が変えられたとは、さしもの現役アイドルでも思い至れなかったか。
当たり前である。
「……あ、なるほど。だから……最後の鍵が入っているのはこの骸骨の人形、だと思います」
「大正解〜〜〜! 脱出おめでとうございます! あちらで記念品を受け取ってください!」
一方的な邂逅を経て、二人は別れた。
「とうふがやたらと群がってるから、誰かと思えば……危なかったあ……。よし、シフト終わったし、志歩と合流しないと……」
直後、見覚えのある兄妹が入ってきたことで、彼女は予定を少々変更することになったが。
宮益坂の文化祭はまだ続く。
一応考えていたもの
絵しりとりは
『胡麻→枕→ラッパ→パンダ→団子→胡麻』
の他には線で繋いだときにループする図形が完成しないという設定。
脱出するための鍵が入っているのは、『三角』『四角』『五芒星』『丸』どの図形が描かれている封筒かを当てる。午前参加と午後参加で完成する図形は変わる。
なぞなぞは
『一番の働き者は下で立っている。二番目の働き者はその左上で寝ている。小さな怠け者は下で立っている。脱出の鍵はその中にある』
ヒントは順に、
『教室にある』
『怠け者は小さいというよりは短い』
『働き者は一日中働いている』
『答えは語呂合わせ』
『立つ、は垂直。寝る、は水平』
『三人の職場は円形』
念の為答えは下で透明化しておきます。
それぞれ時計の秒針、長針、短針を指す。6、9、6を指しているため、語呂合わせで『むくろ=骸』。島の近くには骸骨のぬいぐるみが置かれている。