日野森家の長女は音楽に嫌われている   作:Lős

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ストリートに行きました

 

「誰が音痴だって!?」

「お前だってんだよ! 歌が下手なら耳も悪ぃのか!?」

 

 突然だけど、ビビッドストリートの住人は基本的にバトル脳である。

 何かトラブルがあったら “ラップバトルだ!” とか “対バンで沸かせた方が勝ちだ!” とか言い始める。

 それはまあ良い。

 良いというか、私が口を出すようなことじゃない。

 この街の人々は音楽が好きで、だからこそヒートアップしやすいっていうのも分かってる。

 でもね。

 

「言うじゃねぇか……なら歌で白黒つけようぜ」

「そうこなくっちゃなぁ。審査員はもちろん―――」

 

「「―――そこのビビだ!」」

 

 猫である。

 ビビと呼ばれた猫は、言い争う彼らのすぐ近くに置かれた室外機の上に寝転んで、尻尾をパタパタとさせていた。

 

「オレたちが歌って、ビビが懐いた方の勝ちだ。文句はねぇな?」

「おう」

 

 何を言ってるんだこいつらは。って言いたくなるけど、彼らは本気で “ビビは音楽が分かる猫だ” と信じているのである。

 歌が上手いヤツに懐いて、下手なヤツの前からは立ち去る、そんな猫だと。

 

「♪―――〜!」

「♪――〜――!」

 

 まあ、このストリートにいるだけあって、彼らも歌は上手いんだけどさ。

 でも、猫って。

 血気盛んに顔つき合わせておいて、勝負の行く末は猫って。

 

「ビビ、おいで」

 

 何処からか取り出したマイク片手に熱唱している二人を視界から外し、私はビビを呼んだ。

 クイッ、と耳を立てたビビが室外機から飛び降りて私の膝の上までやってくる。

 やっぱりこの子音楽とか聞いてないよ。

 

「ね。ビビも困っちゃうよねー」

 

 私が背中を撫でながら言うと、ビビはにゃーんと鳴いた。

 うんうん、二人とも怒ってて怖かったね。

 あの人たちは猫相手に何をやってるんだろうね。

 

「杏ちゃん、まだかな……」

 

 また歌うところを見てほしい、と言われてここを指定されたんだけど、待ち合わせ相手はまだ来ないようだった。

 

 

 

 

 ちょうど二年前、私が高校生になったばかりの春のこと。

 初めてビビッドストリートを訪れた私は、圧倒されていた。

 

「……」

 

 煤けた雑居ビルの壁面にはグラフィティアート。

 古着屋に雑貨屋、そしてビデオ店。やたらと置かれた室外機。

 ライブハウスとクラブ。

 ホストクラブ。キャバクラ。

 あとお洒落な外観だけどあれたぶんラ◯ホ。

 

 完全に大人の街である。

 

 大人の趣味が詰まった街というか、間違っても小学生が気軽に歩いていて良い街じゃないはずなんだけど……。

 

「あらぁ杏ちゃん、お友達連れてきたの?」

「うん! お姉さんは今仕事終わったところ?」

「そうよぉ、もうクタクタ」

「お疲れさま!」

 

 朝になって仕事が終わったらしい胸元ババーンなお姉さん。

 

「あ、杏ちゃん……またオススメのレコードいくつか仕入れたんだ。よ、良かったら、聴きにきてね……」

「絶対行く! ていうかお兄さん、またピアス増やしたの?」

「う、うん……変かな……?」

「ううん! すっごく似合ってるよ!」

 

 耳に重たそうなくらいたくさんのピアスを付けた青年。

 

 杏ちゃんは顔を合わせる誰も彼もと気さくに挨拶を交わして、大手を振りながら通りを歩いていく。

 ……特に心配する必要はなさそうだった。

 

 私は杏ちゃんの両肩に置いていた手を離して、彼女の隣を歩き始める。

 

「? どうしたの花妃さん」

「んん……なんでもない。それより、今日は凪さんって人に会いに行くんだっけ」

「そうだよ!」

 

 凪さん……凪さんね、なんか前世のどっかの記憶に引っ掛かってる気はするんだけど、思い出せる気がしない。

 これはどれだけ考えても出てこない方の感覚だ、と私は諦めた。

 普通に初対面の人と会えば良いだけの話である。

 

 何故か18歳未満は入ってはいけないらしいホテルを通り過ぎて、更に通りの奥へ。

 

「凪さんはね、RADderっていうチームで私のお父さんと一緒に歌ってる人なの。凪さんのお兄さん、大河おじさんもいて―――」

「へえ……」

 

 古瀧凪さん、古瀧大河さん、白石謙さん三人のメンバーからなるRADder。

 昔はメジャーアーティストとして活躍していたらしく、地元に限らず知名度はかなり高いとか。

 映画に出演させられかけたこともあるらしいけど、その辺りの方向性の違いでインディーズに戻ってレーベルを立ち上げた、と。

 信念と実力を兼ね備えた人たち、ということだろう。

 

 そこで目的地に着いたのか、少女は立ち止まった。

 

「今日はCOLで歌うって言ってたから、この辺で待ってたらいつか会えるよ! それまでは歌ってようよ!」

「いつかって……まあいいけど」

 

 街の一角にスピーカーを置いて陣取り、彼女は通りへと向き直る。

 特徴的なギターのフレーズとともに流れ出したのは、私も知っている曲だった。

 息を吸い込んだ杏ちゃんに合わせ、私も歌い出そうとして―――。

 

「―――はあ? あいつが来れないって、ギターもシンセもないってことか!?」

「ああ、今連絡があった。バイクで事故ったらしい。怪我は軽いが、演奏は無理だし間に合いそうにもないと」

「バッ―――くそ、どうすんだよ! やっとCOLに立てるとこまで漕ぎ着けたってのに……! 今からヘルプを探すなんて……」

 

 横で輝いた橙色の瞳。

 私はもう嫌な予感しかしなかった。

 

 

 

 

「あっはは! あったあった、懐かし〜!」

「全然懐かしくない」

 

 テーブルをバンバンと叩いて苦しそうにお腹を抱える杏ちゃん。

 彼女が注文したコーヒーがテーブルの上で揺れて、私は自分のホットココアを空中に避難させた。

 

 この子はその時にはもう私がギターもシンセも弾けることを知っていたのだ。

 ただし私がどんな音を出すのかは知らなかった。

 それで、絶対に別の人を探すか諦めた方が良いと何度も言ったのに例の欠員が出たチーム―――RUSTに私はヘルプで入ることになり……案の定COLを出禁になった。

 

「もー、拗ねないでよ花妃さん! いいじゃん、結局すぐ出禁は解けたんだし!」

「拗ねてない」

 

 目尻の涙を指で拭う彼女にはもう少し反省してもらいたい。

 

 だってあの後凪さんたちが来て空気を持ち直してくれなかったら、あそこで新しい宗教が生まれるところだったんだよ?

 当時ライブハウスの中にいた多くの人は耳を押さえて床に倒れ、生き残った人たちはこぞってステージに押し掛けてくるという恐怖の光景は、今も鮮明に覚えている。

 

「あ! そんなことよりさ、 どうだった私の歌! 良くなってたでしょ〜!」

「もう……なってたよ。びっくりするくらい」

「……っ! やった!」

 

 直近で会ったのが大体ひと月くらい前で、そこからの成長と考えればあり得ないくらいの上達具合だった。

 大人にも引けを取らない、から大人顔負け、の歌唱力になったと言えば良いのだろうか。

 

 ココアを傾けて、一口。

 

「……でもあれだね。私は杏のことだから、完全に凪さんみたいな歌い方になっていくと思ってたんだけど……」

「……けど?」

「なんか別の人混ざってる感じがした。あの伸びやかな声の出し方は……」

「……!」

 

 私が溜めを作ると、杏ちゃんは何故か私から目を逸らして恥ずかしそうに髪を整え始める。

 どこに照れる要素があるんだろう。

 

「―――謙さんかな」

「―――うん」

 

 彼女はチベスナ顔になって頷いた。

 やっぱりね。

 そうじゃないかと思ったんだよ。

 

 

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