「―――RAD WEEKEND?」
「うん」
白石杏がその話を聞いたのは偶然だった。
凪と花妃。
杏のよく知る人物である二人が、ライブハウスの脇で何かを話している。
少女は二人に声を掛けようとして手を振り上げ―――。
「―――それが、私たちがこの街に残せる最後のイベントだよ」
「……。そっか」
大事な話かもしれない。
素早く手を引っ込めると、傍にあった自販機の陰へと身を隠した。
「杏にこのことは?」
不意に自分の名前を出された少女が、ピクリと身体を動かす。
「伝えてないよ。私から言うことじゃない」
「……あのおじさん、いつまでヘタれてるんだろう。早めに言う方が良いに決まってるのに」
「あっはは! まあ、父親には父親なりの考えがあるんだろうさ」
「でもたぶん、このままだと杏ちゃんは怒るよ」
「……かもね」
RAD WEEKEND。
この街に残せる最後のイベント。
残す。“遺す” ……? 最期の……?
「こないだ杏にさ、いつか私より上手くなるから同じステージに立とう、って言われたんだ」
「へえ」
「でもその時になってもきっと私は、杏の近くにはいられない」
「向こうに行っちゃうんだもんね」
「……!」
向こう……って。
二人の会話は、傍から見ていればいっそ作為的にすら思われたことだろう。
しかし杏の抱いた不穏な疑念が奇跡的な噛み合いを見せていたのも、ここまでだった。
「あ、そうそう。
「分かってる。もう懲りたよ」
「あっちの医療費は比べものにならないんだから、こっちにいるとき以上に気を付けないと」
「はいはい」
やはり勘違いだったようだ。
まさかそんな、ね?
変に焦って出て行かなくて良かった、と杏は胸を撫で下ろした。
「それで、ものは相談なんだけど」
「ん?」
「花妃にも、このイベントに出てほしいんだよね」
「……いいの?」
「もちろん」
それにしても、RAD WEEKENDというイベント。
少女は頭の中で反芻する。
凪と花妃の二人が出るというだけで、杏にとっては気になるイベントだった。
凪が “私たち” と最初に言っていたことを考えると、凪の兄と杏の父も含めたRADderとしてステージに上がるのだろうか。
帰ったらお父さんを問い詰めないと。
◇
とあるストリートにおける伝説の夜は、確かにシブヤの歴史に刻まれた。
それはあるいは次世代の萌芽を促し、超えるべき壁となったかもしれないけど。
実力派勢揃いとか、RADder解散前最後のイベントとか、付け足そうとすれば色々な見方ができるのだろうけれど。
私にとっては友人を送り出すためのお祭りだったし、それ以上にもそれ以下にもならない。
恐らくあの夜ステージに上がった全員にとって、共通の見解だった。
湿っぽい出来事でもなし、あの週末のことは置いといて。
「今年もやってきたね……体育祭……」
「えっと……先輩はなんでそんなに萎れてるんですか?」
宮女体育祭。
私は去年、学級委員としてこの行事を中等部と高等部合同で開催しようと強く提案した。
当然のように否決された。
何故。
「どうして雫たちと楽しい楽しい体育祭ができないの……?」
「それは……だって、中高では身体能力の差が大きいですし、同日開催ではスペースも時間も足りません。時間割が異なるためリハーサルや合同練習の時間も確保できませんし、定期試験やその他行事の日程にも差し支えが出てしまいますから……」
「正論はお呼びじゃないんだよ!」
私は雫ちゃんと志歩ちゃんと一緒にリレーに出たり二人三脚したり棒取り合戦したり、レジャーシートの上でお弁当食べておかずの交換こしたりしたかっただけなのに。
こんなにも細やかで慎ましやかな望みすら叶わないなんて、間違ってる。
「ひなただってえむちゃんと体育祭出たかったくせに」
「うっ……」
「えむちゃんは足が速いよね。そんな妹が活躍する徒競走を見て、応援したりできたはずなんだよ? 本当だったらさ」
「ううっ―――って、違いますよね!? それは先輩が妄想した未来であって、本当も何も元から別々で開催です!」
騙されませんから! とひなたは正気を取り戻した。
実行委員と学級委員を一人ずつ口説き落としていく作戦は早くも頓挫してしまったようだ。
成功するとも思ってなかったけど。
「今年度の体育祭についてですが、学級委員は例年通り実行委員、体育委員と仕事を分担しながら運営のお手伝いをする形になります」
委員長は行事毎に一度は “例年通り” と言わなければならない呪いにでもかかっているのだろうか。
私は訝しんだ。
「来週は以上の三委員会で顔合わせを行うので、その時に何か提案したいことがある方は今週中に提案書を私の方に提出して―――」
提案したいこと。
……なるほどね。
「……先輩が悪い顔してる……」
「失礼な。別に、悪いことは考えてないよ」
「本当ですか……? まさかまた、去年と同じ提案をしようとしていないですよね? 先輩は知らないでしょうけど、あれ中等部の学級委員会でも話題になったんですよ、高等部にお騒がせな先輩がいるって」
まあ私としてもさすがに同じ提案はしないつもりである。
ただ、雫ちゃんたちが高等部に上がったときの体育祭もこの調子では、あまり楽しめなくなってしまうだろうと思うのだ。
何も三人全員で参加することに固執する必要はない。
雫ちゃんと志歩ちゃんが楽しめるような体育祭の前例を、私が最高学年であるこのタイミングで残しておく。
そういうのもありなんじゃないかと、先日のイベントに参加した私は考えを改めたのである。
私は成長する姉なのだ。
◇
今年から、高等部では体育祭を学年合同で開催するようになったらしい。
幼馴染の一人からそう伝えられた志歩は、小さくない驚きを覚えた。
この学園には前例主義の気風が蔓延している。特に行事一つの構造が大きく変わるなどということは、これまで見てきた学校の様子からはとても想像できなかった。
「それって、いいことだよね?」
「うん。だから委員会で、中等部でも見習ってみても良いんじゃないか、って話が出てるよ」
「へえ」
咲希が尋ね、話題を提供した穂波が答える。
志歩はそれに相槌を打ちながら、最近家で忙しそうに書類をまとめていた姉の姿を思い出した。
姉は委員会の仕事だと言っていたが、あれも体育祭改革の一環だったのだろうか。
「中等部でもってなったら……あ、志歩のお姉さんとかと同じ競技に出たりできるようになる、のかな」
焼きそばパンを頬張り終えた一歌が会話に交じってくる。
彼女が言っているのは、長女ではなく次女の方の姉である。
「どうかな。お姉ちゃんは仕事が忙しいみたいだし、体育祭も出られるかどうか分からないって言ってた」
「でもでも、しずく先輩はしほちゃんと一緒の体育祭だったらぜーったい出ようとすると思う! おしごと休んででも!」
「いや、仕事は休まないでしょ」
「雫先輩、普段はふわふわして見えるけどかなりストイックだよね。……それでも、“しぃちゃんのためなら……!” みたいになりそうな気もするな」
志歩は引いた。
本当にそうなりそうな姉がありありと脳内に浮かんできたためである。
「……ふふっ」
そこで、三人のやり取りを見守っていた穂波が堪えきれず、といった風に笑う。
幼馴染たちの視線を受けて、穂波は口を開いた。
「……あのね、なんだか嬉しいな、って思ったの」
「嬉しい?」
「うん。一歌ちゃんと咲希ちゃんと志歩ちゃんがいて……こうやってお弁当食べながらお話できるのが、幸せだなって」
日頃から、自分の気持ちを直接的に表現することの少ない穂波である。
そんな彼女からあまりにも純粋な好意をぶつけられた三人は、三者三様の反応をとった。
「……! アタシも! アタシもね、いますっごく幸せだよ! ―――ほなちゃんたちと一緒にいるから!」
「……」
「っ……!」
連鎖反応を起こすように第二の好意を爆発させた咲希と。
焼きそばパンのノリカスを口端に付けたまま照れたように笑った一歌と。
多くの人に好かれる性格ではないことを自覚しているだけに好意には弱く、モロにダメージを受けた志歩。
「……あれ? しほちゃん……」
「っ! な、なに……?」
耳まで赤く染めたところを咲希に見つかってしまったが最後、にやにやにこにこと笑みを深める幼馴染たちに、志歩はしばらくからかわれることとなった。
初日は誕生日祝いも兼ねての126ランのつもりでした。
なんなら前回イベのような時速であれば1206ランにしようと思っていました。
欲が出てしまいました。