思いの外反響があった。
「えぇ……」
前世も含めて初めて作った曲である。
この際評価や再生数といった指標は気にしまいと考えていたものの、予想の斜め上をいく評価を受けている……いや、斜め下かもしれない。
“あぁ〜! 世 紀 末 の 音 ォ 〜!”
“耳こわれちゃった”
“風邪のときに見る夢の後ろで流れてそうな音楽”
“ボーカルは120点。伴奏は-5000兆点”
私の音楽センスを理解しない人たちが一定数いるようだけど、それも仕方のないことだった。
……ちょっと時代を先取りし過ぎちゃったかな、うん。
これは前世の記憶を持っていることによる影響に違いない。
時代が来い。私は待ってる。
山で遭遇したクマにとある曲を聞かせたら後退りして逃げていったとか、屋根裏のネズミに何かの曲をヘビロテさせたら一晩で一匹もいなくなったとか、一部のフレーズを聞くとネコが決まってフレーメン反応を起こすだとか。
ネットサーフィンをしていると妙な話が時々流れてくるけど、たぶん私には関係がないのでスルーした。
ていうかクマと遭遇したらもっとやることあるでしょ。
「アカペラ。アカペラね……」
動画のコメントで多いのは、バンドメンバーをボーカル以外切り捨てろとか、むしろボーカルが抜けてこい、といったものである。
なぜソフトによる打ち込みが検討されていないのか分からないけど、とにかく伴奏なしで歌った動画を出せという要望が多い。
こいつらは私のファンなのかアンチなのか。
しかし私の声に需要があるなら一度だけでも―――。
「―――出さない」
出さないことにした。
私は私が楽しめる曲を作る。
深海魚と言われようがこの世の終わりと言われようが、私にはギターもピアノも良い音が響いて聞こえているのだ。
歌うのは確かに好きだけど、楽器の演奏だって同じくらい好きだ。
それらを全て切り捨てようとは思えなかった。
◇
「はーちゃん」
ある日の朝。
困ったことになった。
「はーちゃんといっしょがいいの」
新年度。
雫ちゃんが昨年末に三歳を迎え無事幼稚園に通うことになったのだけど、当の雫ちゃんは今朝になって登園を拒否している。
拒否しているというか、本人は私の通っている小学校に一緒に通えると思っていたそうだ。
昼間も私といられるようになると計算していたところを、土壇場で裏切られた雫ちゃんは駄々をこね始めた。
可愛い。
―――じゃなくて、ピンチである。
小学校の方が登校時間が早いので、このままでは遅刻してしまう。
「花妃。いいから行っちゃいなさい」
「けど……」
「もう時間ないでしょう?」
良くない空気を感じた雫ちゃんは涙目になっていた。
さすがにこの状態の雫ちゃんを置いていったら私は後ろ髪を引かれ過ぎて髪の毛が引き千切れてしまう。
「……雫。雫が頑張れるように、おうた歌ってあげる」
「おうた」
「花妃……もう」
母は呆れた顔をした。
まだ走れば間に合うから大丈夫。
「私も頑張ってくるからね。これを聞いたら、雫も頑張るんだよ?」
「うん」
「じゃあ、歌うよ? 『―――』、―――♪」
私は、今もネットでおもちゃにされている私の曲を歌った。
この曲は妹たちへの想いを、高度に抽象化した曲である。
心のきたないネット民たちには若い女への口説き文句にしか聞こえないみたいだけど、あくまでもこれは妹たちへの想いを歌った曲。
謂れのない中傷はやめていただきたい。
(> <)(> <)(> <)(> <)(> <)
それと、私が歌を歌っているとどこからともなく現れる豆腐たち。
これ君たちに向けた曲じゃないから。
そのきたない蛍光灯を振るのはやめるんだ。
「――、―――♪」
おいやめろ、花火飛ばすな。
ライブじゃないってば。
クラッカーも禁止!
小学校の授業が終わった放課後、私は級友の一人に声を掛けた。
「優希ぃ」
「あ、はるひちゃん? 私に何か用事?」
暁山優希。
小学生ながらにいつもファッショナブルな服装の同級生だ。
ついでに、ウチの学校指定の体操服を『かわいくない』と言って譲らない度胸の持ち主でもあった。
実際、前世からの感覚で見てみると野暮ったい生地と設計をしている。
ここがダサいあそこもダサいと体操服にケチを付けることで意気投合した私たちは、それなりに話す仲になっていた。
「優希ってお裁縫得意だったりしない?」
「えっ、ああ……たまに自分で服にステッチかけたり、ボタン縫い付けたりするくらいだけど」
「ほう」
ステッチってなんだっけ。
模様のある刺繍……みたいなやつ?
「もしかして、はるひちゃん。裁縫に興味あるの?」
「ちょっとね。あの、あみぐるみ? っていうのを作ってみたくて」
「む。編み物と裁縫は違うんだよ、はるひちゃん。裁縫だったらぬいぐるみだよ」
……確かに。
「でもなんであみぐるみを作ろうと思ったの?」
「私の身代わりが欲しくて」
「……なんて?」
数日後。
私は雫ちゃんにとある物をプレゼントした。
雫ちゃんの手元には、水色の髪を肩まで伸ばした女の子のお人形。
「はーちゃん、これ……!」
「そ、私。大事にしてね? 私がいないときは、私の代わりだと思って」
「ちっちゃいはーちゃん……かわいいわ!」
喜んでもらえたようで何よりである。
優希にもあとでお礼を言っとこう。
ちなみに、私に編み物指導をする傍ら優希もきょうだいに向けた自分のあみぐるみを作っていた。
今頃あちらの家でも似たようなやり取りが発生していることだろう。
◇
今日も今日とて楽器の練習である。
ミュージシャンである父の機材と部屋を勝手に借りて、ギターやベース、キーボードを弄くり回す。
思い付いたフレーズがあれば忘れないうちにメモを取り、次に作る曲にどう生かせるかを考えたり。
適当に検索して気になった曲を即興でカバーしてみたり、アレンジしてみたり。
そうこうしているうちに、夕食の時間が来たようだった。
父が作業部屋に入ってくる。
「ここにいたのか、花妃」
「ご飯の時間だよね、分かってる。今日のメニューは―――」
「H.H. って、花妃か?」
「み゛っ」
H.H.
それは、『例の音源』とか言われ始めている曲の投稿主のチャンネル名である。
つまり、私のことだった。
えちえちさんとか、失礼な呼び方も定着しつつある。
定着させるなそんなもの。
「何日か前、母さんがお前の歌っていた歌について調べたらしくてな」
あっ……。
雫ちゃんをなだめたときか。
「出てきたのがH.H. というチャンネルで投稿されていたオリジナルの曲だった」
「ふ、ふーん……? それが、なんで私ってことになるの?」
「このチャンネル名、どう考えても
「み゛っ」
「それにこの音は……お前にしか出せない音だ」
何だかとても気を遣われた言い方をされた。
無理のあるフォローはかえって人を傷つけると知らないのか。
「そ、それが私だったとして、なに?」
私には音楽で妹たちを幸せにしたいっていう立派な想いがあるんだ。
あの子たちが音楽で何か行き詰まったときに、悩みを聞いてあげたいし。
あとついでに雫ちゃんと志歩ちゃんから尊敬されたい。ほんとついでなんだけど。
たとえ父に言われたって私はこのチャンネルを閉鎖するつもりはないぞ。
「ああいや、悪い。別に文句が言いたいわけじゃない。ただ……」
「ただ?」
「……花妃が音楽に向ける気持ちを、少し勘違いしていたことを、謝りたくてな。すまなかった」
「……へ?」
私が、なんだって?
「俺たちはてっきり、花妃は歌だけが好きで、音楽全体というものに対してはあまり興味がないと思っていたんだ。……こうして練習しているのも、知らなかったしな」
「え」
いや、合ってるけど。
ギター触らせてもらったのも妹たちからモテそうだと思ったからだし。
楽器が好きになったのは割と最近のことで、むしろ何故私の変化に気が付いたのかが気になる。
……あ、曲を投稿してたからか。
「あの曲を聴いて、今まで花妃の演奏を悪く言ったことを反省したよ」
「えー……気にしなくて良かったのに」
「そういうわけにもいかない。母さんもあとで謝りたいそうだ。聞いてあげてくれ」
「……うん、分かった」
なんだか気恥ずかしい。
けど、少し嬉しい。
「……ちなみに、聴いた感想は?」
「あー……花妃」
「なに?」
「……雫たちとは、節度を持った関係をな」
「……は??」
当たり前でしょ?
姉妹同士だというのに、何を言っているのやら。