日野森家の長女は音楽に嫌われている   作:Lős

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満足しました

 

「志歩ー、お父さん呼んでるよ」

 

 私は志歩ちゃんの部屋に向かって襖越しに声を掛けた。

 

「……分かった。何の用か言ってた?」

「TAB譜渡したいんだって。志歩がこの前弾きたがってたやつ」

「! すぐ行く。……ごめん一歌、ちょっと待ってて」

 

 すぐに顔を出した志歩ちゃんが、とたとたと廊下を駆けていく。

 よほど楽しみにしていたのだろう。

 

「た、たぶ……?」

「TAB譜」

 

 一方、部屋に残された一歌ちゃんはポカンとした顔で私のことを見上げていた。

 志歩ちゃんと二人で勉強会をしていたらしい。

 

「ギターとか、ベースに特化した楽譜みたいなものだよ」

「そ、そうなんですね……あの、花妃さん?」

 

 私はぬるりと襖の隙間を抜けて志歩ちゃんの部屋に侵入し、滑るような動きで一歌ちゃんの隣に座る。

 そしてここで有無を言わさぬスマイル。

 隣、座ってもいいよね?

 ていうか、座ったよ?

 

「久し振りだね、一歌ちゃん」

「そうですね……えっと」

 

 見るからにドン引きしている一歌ちゃんだけど、私はあえて彼女の戸惑いを無視した。

 申し訳ないけど、志歩ちゃんが席を外しているこのチャンスを逃す姉ではないのだ。

 今のうちに学校での志歩ちゃんの様子を根掘り葉掘り聞き出してみせる。

 そして夕食の場で話のタネにする。

 きっと父も母も、そして志歩ちゃんのもう一人のお姉ちゃんも喜ぶことだろう。

 

「学校での志歩は、どうかな。授業とかちゃんと受けてる?」

「あっ、そういう……はい。私なんかより、ずっと真面目だと思います。いつも背筋を伸ばして先生の話を聞いていて」

「うんうん」

 

 私は一歌ちゃんの目を見ながら、手元には目を向けずメモを取った。

 一歌ちゃんの視線がふらりと下の方を彷徨って、口の端を引きつらせる。

 どうしたのかな。

 

「……あと、最近の習字の授業で、先生から褒められてました。丁寧に書けていますね、って」

「ほう」

 

 私のメモを取るスピードが上がった。

 続けて?

 

「そ、それからそれから……あっ! こないだの給食で豆腐の味噌汁が出たんですけど、残さず食べてました!」

「えらいっ! 志歩ちゃん豆腐嫌いなのに……!」

 

 私は感動した。

 

「一歌ちゃん、ありがと! そろそろ志歩が戻ってきそうな気配があるからここまでにしとくね。また今度よろしく!」

「あっ、はい。……気配ってなに……?」

 

 一歌ちゃんはいい子だ。

 次会ったら焼きそばパンをあげよう。

 

 

 

 

 諸事情により志歩ちゃんに嫌われてしまった私は、性懲りもなく今日は天馬家に向かうことにした。

 いや、違うのだ。

 志歩ちゃんの情報収集が目的じゃなくて、前回会った時に司くんからお呼ばれしているのだ。

 “またいつでも来てほしい” と。

 

 ……お呼ばれではないかもしれないし、お世辞を本気で受け取って免罪符にしていると言われたら何も反論できない。

 どんな理由があって私なんかが呼ばれるのかって話なんだけど、単純に咲希ちゃんが喜ぶからである。

 なんでも、私の歌を聞くと元気が出るらしい。

 何故かは分からない。

 

 私の歌は妹に向けた歌だから妹繋がりで咲希ちゃんにも響くものがあるのかもしれないね、というアホみたいな仮説しか私には立てられなかった。

 司くんから “それはないでしょう” って言われたけど、じゃあ他に何だって言うんだ。

 咲希ちゃんは “アハハ! そうかも〜!” って言ってたよ。

 

 私としては、咲希ちゃんが喜んでくれて、ついでに私の知らない志歩ちゃんの話をしてくれたらハッピーである。

 

 

「〜〜〜♪ ……はい、ご清聴ありがとうございました」

「わぁ〜!」

 

 パチパチパチパチ! と目をキラキラさせて全力で手を叩いてくれる咲希ちゃん。

 うん、歌った甲斐があった。

 司くんは、と横を見てみれば顎に手を当てて真剣な顔をしている。

 

「……前も思いましたが、やはり素晴らしい歌声ですね」

「前も言ったけど司くん、その変な口調やめたら?」

「お兄ちゃん、口調ヘ〜ン!」

 

 私が咲希ちゃんの肩に手を置きつつ言うと、咲希ちゃんも楽しげに追従した。

 そして司くんはキレた。

 

「変とはなんだ!? ただの敬語だ!」

「そうそう、それだよ。司くんはそうじゃないと。ねー咲希ちゃん」

「ね〜はるひさん!」

「「ねー!」」

「―――ええい、やかましいわ! ……全く、咲希もどうしてこんなのに……」

 

 お。

 

「聞いた? 咲希ちゃん。私、こんなのって言われちゃった」

「聞こえた! はるひさんが可哀想だよお兄ちゃん!」

「……!」

 

 司くんがぐっと拳を握って目を瞑る。

 今日は早かったね。

 私と咲希ちゃんは目を合わせて、お互いの耳を塞いだ。

 

「いい加減に、しろーーーっ!」

 

 まだ小学生だというのに素晴らしい声量である。

 将来は立派なスターになるに違いない。

 

 

「しほちゃんはね……お見舞いにはあんまり来てくれないけど、アタシが学校行けた日は、一番に見つけて挨拶してくれるんだよ。おはよ、って」

「……そっか」

「いっちゃんとほなちゃんと一緒に、休んでた分のノートも見せてくれたりね、それがすっごく細かいノートなんだ〜!」

 

 ベッドの上で志歩ちゃんとのエピソードを指折り数える咲希ちゃんは、本当に嬉しそうだった。

 

「それでね、一回だけ “しほちゃん先生” って呼んでみたんだけど」

「あはは! 志歩、絶対嫌がったでしょ。それやめて、みたいな」

「そう! 今のそっくりだよはるひさん! “咲希、それやめて” ……ってすぐ言われちゃって」

「うんうん、じゃあ―――」

「じゃあ?」

 

 私は宣言した。

 

「私が家帰ったら、咲希ちゃんの代わりにそうやって呼んでみるよ」

「……ええ〜!? はるひさんしほちゃんに怒られちゃうよ〜!」

「だーいじょうぶ! そしたら志歩がどんな反応したか、またお話しに来るね」

「……うん!」

 

「全く……」

 

 咲希ちゃんもいい子だ。

 今度はもっとたくさん歌を歌ってあげよう。

 司くんには……うん、笑顔の咲希ちゃんをお目に掛けよう。

 好きなものとか知らないし。

 

 

 

 

 数日後。

 諸事情により志歩ちゃんからさらに嫌われてしまった私は、帰り道の途中公園で泣いている女の子を見かけた。

 どことなく見覚えのある後ろ姿……もしかしなくても、穂波ちゃんである。

 

「ひっく、ひっく……」

 

 私はそうっと忍び寄って、後ろから声を掛けた。

 

「ほーなみちゃんっ!」

「―――ひうっ!?」

 

 穂波ちゃんの肩が跳ね上がる。

 

「だ、誰!? って……志歩ちゃんのお姉さん?」

「うん。穂波ちゃんは、どうしたのこんなところで」

 

 公園で一人で泣いているなんて、嫌なことでもあったのだろうか。

 ランドセルも背負ってないみたいだし、遊んでいたら誰かから悪口を言われたとか、仲間はずれにされたとか……?

 

「わ、わたし、は……でも、お姉さんに言うようなことじゃ……」

「良いんだよ穂波ちゃん。私のことはほら、切り株か何かだと思ってさ。とりあえず話してみない?」

「……」

「大丈夫、他の人に話したりしないよ」

 

 そもそも彼女は小学生で私は中学生である。

 言いふらすような相手がいない。

 ……あ、でも場合によっては志歩ちゃんとか一歌ちゃん、咲希ちゃんに話すかも。

 話の内容次第だ。

 

「え、えっと……」

「うん」

「その、と、友達が……ケンカを、してて」

「友達って、志歩たち?」

 

 私が聞くと、穂波ちゃんは首を振った。

 あ、違うんだ。良かった。

 あの子たちが穂波ちゃんを置いていくほどのケンカをするとなると、かなり深刻そうだったから。

 

「わ、わたし、その二人に仲直り、してほしくて……」

「友達だもんね」

「でも、二人に “どっちの味方なの” って……」

「言われちゃったんだ」

「わからないんです……わたしは、二人の友達なのに……」

 

 あれだね。

 

「昼ドラみたい」

「ひるど……?」

 

 嫁姑の間に立とうとする夫、みたいな。

 味方とか敵とか、君たちこそいつの間に敵対関係になってんの、って言いたくなるやつだ。

 

「ごめん、なんでもない」

「?」

「穂波ちゃんは、優しいんだね」

「やさ、しい……?」

 

 私は、友達のケンカで泣いたりはできないだろう。

 仲良く遊びたいから仲直りしてほしいのであって、どうして二人のどちらかの立場を選ばないといけないのか。

 

「私なら……そうだね、“どっちの味方でもないけど” って言っちゃう」

「えっ」

「でも穂波ちゃんは、二人の味方なんだよね。じゃあさ、穂波ちゃんの二人の友達は悪い子たちじゃないんでしょ?」

 

 おずおずと、穂波ちゃんは控えめに頷いた。

 

「それなら穂波ちゃんは、もうちょっと二人の話を掘り下げてみたら良いんじゃないかな」

「話を掘り下げる、ですか……?」

「そう。悪い子たちじゃないのにケンカしてるんだったら、きっとどこかですれ違って、勘違いしちゃってることがあると思うんだ」

「……!」

「穂波ちゃんが、落ち着いて二人の話を聞いてあげたら、もしかしたら二人は勝手に仲直りするかもしれないよ」

 

 それでダメならもう仕方ない。

 性格が合わないんだよ。

 

「それと、覚えておいてほしいんだけど」

「はい……っ!?」

 

 私はスカートのポケットから取り出したハンカチで、穂波ちゃんの顔を拭った。

 

「またこんなことがあっても、穂波ちゃんは何にも悪くないんだよ? だから、泣かないで?」

 

「〜〜〜っ!」

 

「? どうしたの、顔―――」

「な、なんでもありません……!」

 

 

 後日、志歩ちゃんとの仲は急速に改善した。

 学校で何かいいことでもあったのかも知れない。

 

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