日野森家の長女は音楽に嫌われている   作:Lős

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高校生になりました

 

 『ゾウリムシでもできる! 年下との円滑なコミュニケーション』。

 

「なるほど」

 

 最近になって、志歩ちゃんの幼馴染組や杏ちゃんといった年下と関わることが増えてきた。

 そんな夏休み明け、書店で見かけたのがこの本である。

 これは買うしかないと思い、そのままレジに持っていった。

 

「花妃ちゃん何読んでるのーって、あ、それ昨日言ってた参考書? 確か数学の―――」

 

 私が無言のドヤ顔で表紙を見せると、席の脇に立った友達……暁山優希が眉をひそめる。

 

「……何このタイトル。受験勉強のための参考書探しに書店行くって言ってなかったっけ?」

「言った。でもこんな本見つけちゃったら買うしかないよね」

「そんなだから花妃ちゃんの成績はガタガタなんだよ」

 

 人生二回目なのにね。

 でも使わない知識っていうのは忘れていくものだよ。

 つまり、私が今更覚えてない知識は今後の人生でも役に立たない可能性が高いのではないだろうか。

 よって、私の成績がガタガタでも問題はない。

 

「何 “全然気にしてません” みたいな顔してるのさ……宮女行くんでしょ? あそこ偏差値高かったと思うんだけど」

「……そうだった」

 

 忘れてた。

 ……え、ちょっと待って?

 私は今中学三年生で? 歌を歌って音楽作って妹たちと遊んでと満喫した夏休みはつい先日終わって? 

 半年後には受験?

 

「優希」

「なに?」

「勉強教えてください」

「ヤダ」

 

 えー。

 私は仕方なく、手元の本を差し出した。

 

「これ貸すから」

「普通にいらないんだけど」

「……そう? 本当に? 近頃瑞希ちゃんとのコミュニケーションにお困りではなくて? 聞いてる限り、色々と難しいお年頃でしょう?」

「それは……」

「ほら、そんな優希もこれ一冊でお悩み解決、私の成績は一途向かうハピネス」

 

 頭を叩かれた。

 韻を踏んだのがいけなかったのかもしれない。

 

「冗談。勉強は教えるよ。……瑞希のことでも助けてもらったしね」

「……あれに関しては気にしなくて良いって伝えたはずだけど。うちの妹も喜んでたし」

「そういうわけにも行かないよ」

 

 一年ほど前、優希から瑞希ちゃんが学校で居場所を失くしかけていると相談を受けた。

 その理由は省くとして、瑞希ちゃんとはそれなりに交流のあった私は、私の妹と彼女を引き合わせることにした。

 瑞希ちゃん、お姉ちゃんからあみぐるみもらったり服作ってもらったりで裁縫好きだし。

 雫も私が見たいコーデを着ているうちにファッション全般が好きになってたから、趣味は合うだろうと考えたのだ。

 

「雫ちゃんのお陰で瑞希、前みたいな暗い表情を見せなくなったんだ」

「そりゃよかった」

「だから、花妃ちゃんにはちゃんと(・・・・)勉強を教えてあげる」

 

 ……なんか流れ変わった?

 

「雫ちゃんも宮女の中等部入りたがってるんだよね? お姉ちゃんと一緒に通えなかったら可哀想だもんね?」

「あ、ありがとうございます……お手柔らかに、ね?」

「……」

「ひぃ……」

 

 返ってきたのは無言の笑顔である。

 手始めとばかりに優希は私の持っていた『ゾウリムシ〜』を没収した。

 ああっ……定価1,200円……。

 

 

 春が来た。

 

 無事、というべきか受かった私は、今年度からは宮益坂女子学園に通うことになる。

 

「はーちゃん、制服似合っているわ! とっても素敵よ」

「……うん、似合ってる」

 

 朝食前から早速制服に着替えた私は、家族の前でお披露目をした。

 雫ちゃんが褒めてくれたので志歩ちゃんにも目線で催促をすると、渋々といった様子で頷かれる。

 

 いやー大変だった。主に私の物覚えが残念過ぎて。

 受験直前なんか暁山家に泊まり込みでお世話になったくらいだ。

 いつかこの借りは返さないといけない。

 泊まり込みではあったものの、私が勉強漬けだったせいで瑞希ちゃんは拗ねていた。

 雫ちゃんは “私、はーちゃんの帰りをずっと待ってるから……!” と私が宿泊を決めるなり悲愴な顔をした。

 暁山家の子にはならないから安心してほしい。

 

 

 

 

「えっ、花妃さん宮女行っちゃったの!?」

「そうだけど」

 

 杏ちゃんとも久し振りに会って報告すると、仰け反って驚かれた。

 

「えー、私と一緒に神高行こうって言ったじゃん!」

「まだ建設中だからね、あそこ。それに、杏ちゃんと一緒に通おうとしたら私は何回留年すればいいの?」

「三回!」

「元気に言ってもダメ」

 

 ぶー、と口を尖らせる杏ちゃん。

 

「じゃあ代わりに、ビビッドストリートで歌ってよ!」

「またそれ? んー……」

 

 この件に関して、杏ちゃんはあまりにも粘り強かった。

 あまりにも誘われ過ぎて、行ったこともないのにビビッドストリートの街並みが頭に浮かんでくるほどだ。

 CDショップがあってライブハウスがあって、杏ちゃん曰く “ネオンがピカピカの何があるのか良くわからないお店” もあって。

 もうなんか、行っても良いかなって気になってきた。

 

「音楽が好きな人たちの街、なんだよね」

「そう! ……え!? もしかして、とうとう来る気になった!?」

「……まあ、とりあえず、一回だけね?」

「―――!」

 

 

 そうして向かったビビッドストリートでは、色々あった。

 なんというか、歌うどころではなくなったのだけど……その顛末はまたいつか。

 

 

 

 

「花妃姉、邪魔」

「だって! 志歩、いつの間にベース弾くようになってたの!? 私を頼ってくれても良かったのに!」

 

 私が高校生になってから、しばらく。

 気が付けば、志歩ちゃんがベースの虜になっていた。

 父の作業部屋でもある防音室の向こう側から、毎日低いベースの音が響くようになって、妙だと思ったら……!

 

「一人で練習したいから」

「でもでも、ギターはお父さんから教わってたよね」

 

 じゃあベースは私から教わるべき。

 

「お父さんはギタリストでしょ。花妃姉はベーシストじゃない」

「けどベースも弾けるんだよ! 志歩はそのうち私よりも上手くなっちゃうんだから、最初くらい私に教えさせてくれたっていいと思う!」

 

 私は力説した。

 あんまりだよこんなの。

 私は、今でこそ違うけど音楽を始めたのは妹たちのためだったのに。

 その妹から音楽で頼ってもらえないなんて、私がベースを弾ける意味が半分くらい失くなっちゃう。

 

「……分かったから。とにかく、抱き付くのやめて」

「はい」

「全く……なんでお姉ちゃんたちは……」

「そんなの志歩がかわいいからだよ」

「勝手に私の言葉予測しないでほしいんだけど」

 

 私なんかに構おうとするんだか、なんて。

 志歩ちゃんが自虐的なこと言おうとするからでしょ。

 私と雫ちゃんの目が青いうちは先回りして潰してみせる。

 

「で、分かったっていうのは? 教えさせてくれるってこと?」

「今度ね」

 

 やった。

 

「いつかは言ってないんだけど」

「志歩はそんな意地悪しないからね。期待して待ってる」

「っ……はいはい。そう思うのは勝手だから」

 

 会話しながらも淀みなく演奏していた志歩ちゃんの手元が狂って、音が外れる。

 志歩ちゃん。

 お姉ちゃんから構われるのはそういうところだと私は思うな。

 

「……ウザい」

 

 何も言わず、ニヤニヤしていたら志歩ちゃんが言葉のナイフを投げてきた。

 私はちょっとだけ傷付いた。

 




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