昨今、世間を賑わせているアイドルグループがある。
『スタジオにお越しいただきました、
テレビに映った少女たちの中には、青い髪をショートヘアにした彼女の姿もあった。
へえ。
杏ちゃんから話は聞いていたけど、ほんとにアイドルになってる……まだ小学生なのに、凄いものだ。
『今回皆さんにお聞きしたいのはこちら! “アイドルになろうと思ったきっかけは?” です! では早速、桐谷さんからどうぞ』
トップバッターは遥ちゃん。
落ち着いた様子でマイクを受け取った彼女は、笑顔で話し始めた。
『桐谷遥です。私がアイドルを目指し始めたのは、そうですね……地元で開催されたイベントで偶然―――』
ほへー、と息が漏れる。
アイドルだ。
志歩ちゃんと同い年の子がテレビの中でアイドルやってる。
私は完全に傍観者気分で画面を見ていた。
杏ちゃんを通じて知っているだけで、実際に会ったことはないのだから当然なんだけど。
『―――あ、でも怖かったことが一つあって』
『怖かったこと、ですか。それは?』
『私、オーディションを受ける直前まで、親以外にはアイドルになりたいって誰にも話してなかったんです。なのにある日―――』
うん……?
『私の学校の友達が、“応援してるね!” って言ってきて。何を、って聞いたら “え? アイドル目指してるんでしょ?” って』
『うわ……』
『えー! 怖ーい!』
『大丈夫なの遥ちゃん、それってストーカーとかじゃ……』
MCの芸人さんと遥ちゃんの先輩方がドン引きしている。
そりゃそう。
『いえ、その友達はとても明るい女の子で、ストーカーとかそんなことは絶対しない子なんです。だから、誰から聞いたのか訊ねてみたんですが』
『なんて答えたの……?』
『遥から聞いたんだよ、って言われました』
どっ。
話を聞いていた全員の気が抜けたらしく、大きな笑い声がテレビから響いてきた。
私は全然笑えない。
このトークにはまだ続きがある気がしてならない。
『遥ちゃんが忘れちゃってただけ!? もー、怖い話って言うから―――』
『でも私、絶対話してないんです』
『……え?』
『夏休みに入る前は、私がアイドル目指してるなんてことその子は全く言ってこなくて、夏休み中はその子に会ってなかったんですよ? それなのに、夏休みが明けてから突然……』
『ひっ……』
『だから、その子に “私が、いつ話したの?” って聞いてみたら、“覚えてない” って言うんです。……怖いですよね』
恐らく、この番組を観て話を追っていた誰もが恐怖したことだろう。
私も怖かった。
杏ちゃんが私から聞いたよ、みたいなこと言ってたらどうしようかと思って。
というか、ガチ感を出さないためにテレビ向けにカットしただけで、遥ちゃんはもしかしたら私の話まで聞いているかもしれない。
恐ろしい。
訴訟とか起こされたら言い訳のしようがない。
「はーちゃん? どうしたの?」
「……なんでもないよ」
とりあえず、番宣にもあるASRUNのライブに行こう。
で、遥ちゃんのグッズを買って……謝ったことにならないだろうか。
むしろストーカー感が増すかな。
……あ、ペンギンのぬいぐるみでも作って事務所に送ったら、喜んでもらえるんじゃないだろうか。
うん、そうしよう。
私にしては良い案だ、今日は冴えてる。
なおこのときはまだ、アイドルである桐谷遥が『ペンギン好きである』などという情報はどこにも出回っていなかった。
私がそのことをアイドル本人から指摘されるのは、数年後のことになる。
◇
私がペンギン一羽をこの世に送り出してから数日。
「は、花妃さん……! こっ、こんにちは!」
「こんにちは」
「穂波、緊張し過ぎ」
穂波ちゃんが家にやってきた。
彼女たちが遊ぶときは大抵、天馬家に集まっているイメージがある。
何があったのか聞いてみたら、ドラムの練習がしたいとのことだった。
あと、私に教えてほしいとも。
「ドラム? なんでまた」
「一歌がね」
妹の話によると一歌ちゃんがミク―――初音ミクの曲を演奏したがっているのだという。
しかも、幼馴染四人のバンドで。
なんとも夢のある話である。
それで、一歌ちゃんは父親がギターを持っているからギター担当、志歩ちゃんはもちろんベース、咲希ちゃんはピアノ経験があるからキーボード、というところまではスムーズに決まった。
「残ってるのは、ドラム? なんだよね志歩ちゃん」
「普通のバンドならね」
「なるほど、それでうちに。……この部屋ドラムセットあるもんね」
ちなみにここは私の部屋で、ドラムセットも私が買ったものだ。
父の部屋にもあるにはあるんだけど、それだと好きなときに演奏することができないので、私の曲の広告収入を使って購入した。
部屋自体も吸音材がほぼ全面に貼られていて、音漏れ対策は万全である。
それにしても。
「……」
私は持っていたスマホでこっそりと『しし座流星群』と調べた。
毎年十一月中旬がピーク、か。
今から二ヶ月後……うん、今から始めてもそれなりに叩けるようにはなる。
そういうことだろう。
「じゃあ、穂波ちゃん」
「はい!」
「こっちの椅子に座ってみて」
「はい!」
ドラムセットの前に穂波ちゃんを座らせて、叩きやすいように高さや位置を調節する。
「で、このスティック持ってみて……うん、もうちょっと近付けとこうか」
「は、ひゃい!」
声を裏返した穂波ちゃんを志歩ちゃんが訝しげに見た。
「穂波、さっきから何か変じゃない?」
「えっ、そ、そうかな……?」
穂波ちゃんの手を後ろから握って、シンバルまでの距離を確かめていた私は、作業を中断する。
体調が悪いのだとしたら、今日はここまでにして帰ってもらうべきだろう。
家には、いつでも来てもらって構わないことだし。
「いつでも……?」
「え、うん。雫は “しぃちゃんのお友達!?” って喜ぶだろうし、志歩も良いよね? 私は帰りが遅くなる日もあるかもしれないけど、自由に使ってもらえばいいから」
「自由に……?」
「……そうだね。音楽室だと、放課後の練習も時間に限りがあるし」
志歩ちゃんがナチュラルにストイックな練習量を要求している。
今の穂波ちゃんにあるモチベーションって、みんなと一緒に何かをやりたいってだけなんじゃないかな。
そんな、放課後は毎日夕方までドラム叩きます、みたいな練習量を求めても―――。
「やりますっ」
「……ん?」
メラリ、と穂波ちゃんの背中からやる気が立ち上った気がした。
気圧された私は、思わず穂波ちゃんから手を離す。
「わたし、ドラム頑張りますっ!」
「……! いい顔するじゃん、穂波」
「志歩ちゃん……うん!」
「……」
えぇ……。
志歩ちゃんそのセリフは絶対間違ってると思うな。
今の穂波ちゃんはかなり様子がおかしいよ。
「花妃さん。わたし、練習頑張りますね」
「ああ、うん……」
「ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
「うん……」
……そういえば、ずいぶん前に穂波ちゃんに渡したハンカチ、どうなったんだろうなあ……。
様子のおかしい穂波ちゃんを前に、私は現実逃避をした。
イベストヨカッタネ…