異星勢力によって地球は太陽ごと消滅し、人類は一瞬にして絶滅した。
あまりに理不尽な展開にキレた太陽系の神は、人類の救世主を選んで時間を遡らせ、世界を救わせることにする。

でも、敵はあまりにも先進的な科学を有していて、権能すら技術で超越するようなとんでもない連中だ。
当然ながら上手くいかない。
十回死に戻り、百回死に戻り、千回死に戻り、万回死に戻り、それから、それから、数えるのも馬鹿らしくなるほどの繰り返し。

やがて、先に音を上げたのは神の方だった。

「おい人類、そろそろ諦めねぇか、世界救うの。……絶対ムリだろ、これ」

だが、救世主は――主人公は諦めない。

「いいから、早く扉を開けて下さい」

こうして、普通の神と普通じゃない人の、まるで終わりの見えない物語は今日も続いている。

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本編

「あんまり軽々しく言うのは、嫌いだけどさ。まぁ、気持ちは分かるよ……気持ちは」

 

 私が()の戦いの準備をしていると、タブレットで下らないお笑い番組を垂れ流していた『神』が、ふと呟くように言った。

 

「俺だって神の端くれさ。そこまで真面目な方じゃないが、被造物を思いやる心くらいはあるんだ」

「……」

 

 口は開かない。

 言葉も返さない。

 でも、聞いていないわけじゃない。

 

 私は独白めいた声を聞いて、敢えて聞き流しながら、銃を手に取る。

 最初の頃の()()で手に入れたオートマチックをベースに、重力子整流レールと超小型対消滅バッテリーを組み込んだ重力加速投射銃(レールガン)

 2025年の技術水準からすれば遠未来の産物もいいところ。でも、敵との実戦ではほとんど役に立たない原始的なオモチャ。

 

 ――まあ、お守りのようなものだ。

 ――無意味だけど。

 

「諦めようぜ。こいつァ、さすがに詰みだ」

 

 人と神の視線は交わらない。

 

 私はチェックリストを手に、次の世界に持ち込む物資の厳選で忙しいし、神はどうせタブレットの画面でも見ているのだろう。

 同じ部屋に居合わせているのに、まるで違う世界に居るみたいだ。

 少なくとも、最初の数百回、数千回くらいまではそうじゃなかった。おかしくなり始めたのは周回が万を超えたあたりからだったろうか。

 

「文明としての性能が違いすぎる。相手は最低でも()()()()()()()()()より広い領域を支配する超高度文明。引き換えこっちは惑星一つすら纏められないんだ、格差なんてもんじゃない」

「……」

「ムリゲーだよ、ムリゲー」

 

 曰く、彼は太陽系の神らしい。

 本当かどうかは知らないが、確かに不思議な力を持っている。

 

 たとえば、今この場所。

 始まりも終わりのないだだっ広い白の空間に、ソファとテーブルだけが置かれたよく分からない世界。

 曰く、次元の間に折り畳まれた不可識の弦の内側にあるという、自称神の私室だった。

 

「だから、もう諦めて良いんじゃねぇかって思うわけよ。もう何十回も何百回も言ってるけどさ」

「……」

 

 ああ、そうだね。もう嫌になるほど聞いた。

 その泣き言も。

 

 だから分かっているはず、私の答えは常に黙殺だってことを。

 そうして分かっているからこそ、神のありがたい説教は止まらないし、準備を進める私の手も止まらない。

 

「敵うわけねぇだろ。一応は高次元の存在なはずの俺の権能をさ、純粋な科学技術だけでねじ伏せてくる化け物共の相手なんて……いや、マジふざけんなよ、何だよこのバランス崩壊」

 

 私の星は、要するに地球は、ある日突然エイリアンに破壊された。

 

 使い古されたサイエンス・フィクションのシナリオみたいに、地球を侵略しに来たわけじゃない。それより、ずっと残酷で冷徹なやり方。

 そうだ。彼らが遥か遠く、それこそ何万パーセクも離れた銀河中心核で行った『時空干渉実験』の余波で、地球は太陽系ごと消滅してしまった。

 

 だからきっと、みんな自分が死んだなんて理解していない。

 分かるわけがないし、分かってもどうにもならない。

 光速を遥かに超える速さで伝わる『宇宙そのものの揺らぎ』によって、全てが破壊され、何もかも終わってしまう――なんて、結末。

 

「だからもう、諦めようぜ」

「……」

「時間はかかるが、ここからやり直せばいい。お前一人くらい連れてくなんて訳ないんだ、こいつは特別待遇なんだぞ」

 

 信じられないほどの偶然で生き残った――ほとんど死んでいたけれど――私は、このペラペラよく喋る男に拾われた。

 そして、異世界転生モノのアニメに出てくる軽薄な神みたいな態度で、こんなことを言われたんだ。

 

 『世界を救ってみないか』――と。

 

「……」

 

 はっきりさせておくと、どうでも良かった。

 

 あの時、私の中は本当に空っぽだった。

 記憶も何もなく、少女のカタチをした肉体はまるで他人の物のようで、見せられた在りし日の地球の姿とやらにも、何の感慨も抱けなかった。

 それでも引き受けようと思ったのは、自分のためだった。伽藍洞の中に何かを詰め込めば、少しは自分が自分である実感を得られるかと期待したからだった。

 

「もう頑張ることはねぇんだ、世界なんて救わなくてもいい。無理なんだからな」

 

 軽薄な神と我欲しかない救世主の戦いは、かくして始まった。

 

 で、上手くいったかどうかは――この有り様だ。

 

 数えるのも馬鹿らしいほどに繰り返された、時間遡行(タイムリープ)による過去改変。

 しかし、際限なく襲いかかる困難と、悪戦苦闘すればするほど明らかになる状況の絶望っぷりに、自称神の心の方が先に折れてしまった。

 

 いや、情けなさすぎないか?

 ()()()()()()()、けれど。

 

「何度言っても無駄だよ、諦めない」

「……はぁぁ」

 

 だから、決め台詞をぶつけてやった。

 あとはもう待たない。荷物厳選を済ませたザックを背負って、コイルガンをホルスターに突っ込んで、スマートウォッチ型の端末――これも自作だ――を操作して重力慣性制御スフィアを起動させる。

 準備は万端、覚悟は完了。

 

「早く扉を開けて」

「クソッ! クソッ! クソがっ! 人類って奴は、ホントによォ――! わーったよ、開けてやる! 好きにしやがれ畜生ッ!」

 

 頭をガリガリ掻きむしりながら悪態を吐く神に、軽く肩を竦めてやる。

 本当に情けないやつだと思う。

 

 でも、私はなんとなく察している。

 こいつはこんなことを言いながらも、本当は諦めたくないんだ――と。

 

「ありがとう」

 

 目の前に突然扉が出現した。

 うんざりするほど見慣れたこれが、次の可能性へのゲートだ。

 

 本音を言うと、今も変わらず、地球とか人類とかに興味はない。

 救おうとしてはいるけれど、それは使命感や正義感みたいな大層な理屈じゃない。

 

 私が人類を救うのは、この情けなくも優しい神様のためだ。

 空っぽだった虚ろな私を、世界という名の情報で満たしてくれたから。

 

「行ってきます」

 

 そして、私は扉を開き、閉めた。

 

 完全に閉まり切る直前に聞こえた「ああ、行って来い」の言葉は、果たして私の聞き間違いだろうか。

 そうじゃなかったらいいな、と思った。




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