悩まし……
葉に降りた露がまだ落ちきらぬ時刻だというのに、この日の魔王邸は朝から忙しかった
「貴族会(デビラム)は午後からだろ…?」
ゴエモンの早朝練習の為に早起きするのが日課のダキにとって、朝は苦痛ではないが、それでもいつもより早い時間に起こされ辛そうに目をさする
「何言ってんのよ!!アンタの社交界デビューなんだから、力が入るに決まってるでしょ!!」
そう、今日は貴族子息達にとって重要イベント
貴族会ーーデビラムの日である
貴族として生まれた子息は魔界の繁栄のためにパーティーに出席し、様々な悪魔達と交流する義務がある
「今から支度しても間に合うかどうか…!
アベル!マッサージ頼むわよ!」
バタバタと屋敷中を行ったり来たりしながら、幾つもの服を用意している間に、
アベルーー魔王邸のSDが、ダキの顔に青臭い精油を塗りたくり、マッサージする
「おいおい、性別間違えてねぇか?
俺は男だぞ、ドレスや化粧する訳じゃあるまいし…」
ダキは辟易としながら、文句を言うと
ポロは鬼の形相でダキの頭をガッと掴んだ
「あのねぇ、今から私とアベルはアンタをいかに色気を抑えながらカッコよく見せるかって使命があんのよ!!!」
パーティーは悪魔同士の交流以外にも、もう一つ意味がある
若い独身の男女を集め、踊ったりさせる
いわば、合コン、である
「んな、大袈裟な…」
「いーえ!おダキ!わかっちゃいないわね!
ダロちゃんの時もそうだったけど、社交界デビューはそれはもう大変だったわよ…!」
ポロは手を止めずに、過去を思い馳せる
ダロキアの社交界デビューは伝説的と今でも語り継がれている
魔王子だったダロキアは、齢6歳にして社交界に出た
ダロキアが初めてパーティーの場に降り立った時
まだ幼さの残るその顔立ちに反して
彼の立つ場所だけが、妙に静まり返っていた
まるで、そこだけ別世界のようだった
『……っ、あのお方が』
『魔王子、ダロキア様』
『……うつくしい』
ただ、そこに“いるだけ”で
視線が、吸い寄せられる
息を呑む音が、あちこちで重なり
誰もが次の一歩を踏み出せなくなる
大きくこちらを見る黄金の瞳
瞳の中に燃え続ける炎を飼っているような
見つめられる、ただそれだけで
それだけで、胸の奥を、
指先でなぞられたような錯覚が走る
理由もなく、息が浅くなる
魔王子を不躾に見つめるなど、マナー違反だ
目を、逸らさなければいけないと分かっているのに
誰一人として、それが出来ない
『っ、だ、ダロキア様、私は魔界西方の…、』
『ーー吾輩はバルバドスのものです、どうか、我が家へ遊びに…』
『っ、いえ!ここは是非、フォルカウルへ!』
"この悪魔がほしい"
懇願か、祈りか、それとも衝動か
誰も、理解していないまま
ただ自分たちが1番気に入られたいと、口々にしていた
後日パーティーが終われば、
ダロキアの元に求婚の手紙の山が魔王邸に届いた
『なんっ、なのこれ!!』
沢山の手紙をダロキアが読む前に
ポロとデルキラが検分する
『命が惜しいのかしら、ダロちゃんはまだたった6歳よ???なのに668歳のヒヒジジイが求婚してんじゃないわよ!!』
『うーん、………流石にこれは見過ごせねぇなァ
ちょっと出掛けてくる』
『待ちなさいよ、ワタシも行くわよ!!』
『おう、13冠集めるぞ』
この事態にはデルキラも、思わず真顔になり、13冠を集めて、ある地域の領主を攻め落としたのは言わずもがなである
「懐かしいわー、それ以来、ダロちゃんがあまりパーティーの場に出なくなったちゃったから幻の魔王子、だなんて呼ばれたわね」
そんなダロキアの過去を聞いたダキは渋い顔をした
「………もしかして、ダロキアがメディアにあんまり出てねぇのはそういうことか?」
ダロキアを知る為に新聞など漁った
しかし、たいそうな見出しと、ニュース内容とは裏腹に、顔がはっきり写っているものは少なかった
「そうよ、ダロちゃんたら、熱烈なファン…というか信者が多くてね。写真を撮ろうとすると写真機を壊すか、後ろ姿か横顔しか映らないように徹底してたわ」
(だからか、
周りからの寵愛を受けたとかいう割に写真が出回っていねぇのは…)
当時のダロキアの心労に、思わず同情した
この後同じことになる運命を何処となく察して、一気にデビラムへ行くのが嫌になる
そんなダキの気持ちを察して、ポロはその髪を優しく撫でる
「嫌なことも、あるかもしれないけど
ワタシとしてはダキちゃんには今回、楽しい思いだけして帰ってきて欲しいの」
ポロは櫛を用意し始めると、そのままダキの髪を丁寧に漉き始める
「あんまり格式張ったところに連れて行けば、一挙一動、失敗は許されない…そういうところ、に連れていかれる前の予行練習とでも思いなさいな」
そうだ、ダキにはもっとハイランクの悪魔が蠢く魔窟に行かねばならないのだ
それを思えば、今回のパーティーなど幼稚園のお遊戯のようなものだった
ーーーーーーーーーーーーーーーー
アスモデウスはいつになく強引な母に、連れてこられたパーティーで、ただ壁の花になっていた
(はぁ……、入間様
こんなところに来るぐらいなら入間様と遊びたかった)
なんせ、アスモデウスは名家だ
しかも、自分はハイランクの悪魔
先程から虫のように無数の好奇の視線と
令嬢方の声かけにうんざりしていた
(醜い……)
自分をめぐって媚を売る悪魔達に流石のアスモデウスも疲れてきた
早く終われと思いながら軽食をひとつ、摘んでいた
そんな、時だった
「ーーーアムドゥスキアス・ポロ様、
アムドゥスキアス家侯爵代理様、入場」
会場の入り口に立っていたトーストマスターが声を上げると、
一際、目を引く存在が会場に入ってきた
元13冠、アムドゥスキアス・ポロの隣を歩く見覚えのある男だった
(………あれは、)
白いジャケットの中央には、
中華風の黒の詰め襟
胸元の黒地には、金糸と、銀糸の刺繍が静かに光を宿している
整えられたその装いは、ただの衣服ではない
身に纏う者の“格”を証明するものだった
無造作だった長い前髪は中央で分けられ、
露わになった額が、異様なまでに整った輪郭を際立たせる
襟足から編み込まれた髪が肩へと流れ落ちるたび、光が細く絡みつく
そこに立っていたのは
美しい、などという陳腐な言葉では足りない
――場の空気を塗り替える“何か”だった
しかし、その人物をアスモデウスはよく知っていた
「………ダキ?」
ーーーカツンッ
呼び止めたその声にダキの白い靴が止まる
「……アスモデウスか」
振り向きながらダキはアスモデウスを呼ぶと、
周囲のざわめきが、わずかに揺れる
貴族達からしてみれば、見知った顔がいる中で、初めて見る顔が、いきなりあのアスモデウスに親しげに話すのだから驚き以外の何物でもない
「なぜ貴様がここに、」
ダキと視線が合う
その一瞬で、呼吸のリズムが狂う
(なんなんだ、今日のコイツの雰囲気は)
普段は隠している素顔を晒しているからなのかも知れない
惹きつけられるような引力に、尻込みしそうになる
ダキはアスモデウスと向き合うと微笑んだ
いつもの牙を見せたにやけた笑いとは違う、
柔らかいようで冷たい笑み
湖畔に浮かぶ夜の月を思わせた
「呼ばれたから、な」
そう言って取り出した紙を見せてきた
招待状に押された封印紋が、光の角度で白虹色に変わり輝く
確かにこのパーティーの招待状だった
「だが、貴様は……、」
ダキの身の上は聞いていた
あのクロケルの大災害で、記憶を失い、過去も肉親もいない、ガープ家に拾われ命を尽くたいからSDになったのだと
そんな奴が、貴族会に出席できるワケがないのに
「まぁな、俺もまさかこうなるとは思っていなかった」
「答えろ、何故、アムドゥスキアス様と…、
しかも、侯爵代理だと?」
ふいに、ダキの胸元の刺繍に視線がいく
アスモデウスさえその意匠に感嘆の息をあげてしまうほど、あまりにも見事だった
一介のSDなんかが用意できるものではない
技術も、意匠も、格も
“選ばれた者”にしか着ることを許されないものだ
(……っ、あれは)
ーーー右にラッパを持つ、一角獣の金の意匠
ーーー左に白骸鹿の枝角紋の銀の意匠
生粋の貴族であったアスモデウスは気づいた
その紋章が示す意味も
(あれは、あの、家紋は、)
二つの家紋入りの正装、
そんものをダキが身につけている
それが意味することなど一つしかない
「まさか、お前魔王ーー、」
「shuuuuーー、」
音ですらない、息のような制止
次の瞬間には
唇に、ダキの指が触れていた
冷たい革の手袋越し、何も温度など感じないはずなのに、触れた先が酷く、熱く感じる
「……まだ、呼ぶな」
「……っ、!」
耳元へ低く、落ちる声
叱責でも、威圧でもない
ただ抗えない囁きが、
ぐらぐらと、脳髄を揺さぶる
(でもアレは、
アムドゥスキアス家の家紋に、
ーーーデルキラ様の魔王印)
アスモデウスは頭を抱えて項垂れた
そんな紋章を使えるのはただひとり
魔王デルキラと、元13冠アムドゥスキアス・ポロをふた親に持つ、
ーーこの魔界の王子
(しかし、ダロキアは、
何十年も昔に、行方知れずのはず)
アスモデウスは青い顔でダキの方を見上げる
(金髪混じりの紫の髪)
(金色の目)
(不死鳥でも治らない額の傷跡)
不死鳥の"炎"は瀕死の怪我でも治すが、
欠損は"治らない"
(あのツノがあれば、3本…、)
3本のツノ、
それは魔王子ダロキアの象徴
(そうか、そういうことか)
魔王子ダロキア以外に、
もうひとり、その紋を使える資格がある者がいるとしたら、それは
ーーダロキアの血胤、と言うことになる
その事実に辿り着いて、
アスモデウスはぶわっと汗が吹き出た
衝撃の事実に、胃が逆流しそうな不快感で口を塞いだ
(クソッ、いつも顔隠してばかりだから気づきもしなかった…ッ!)
ギリッ、と奥歯が軋む
昔見た魔王子ダロキアの尊顔に
目の前のダキは瓜二つだった
(言われてみれば、バカみたいな魔力量も納得できる)
入学式から異質だったのだ
答辞の際、腕輪が壊れた一瞬、感じた
あの重く底知れない魔力圧
ダキの正体には納得しかなかった
(これは、今日の社交界は荒れるな…)
痛くなるような胃を抑えため息を吐く
しかし、そんなアスモデウスに対し、ダキはぶっきらぼう腕を組む
「言っとくが、俺は今日、明かす気は無ぇ」
「………はあ?」
今、ダキが何を言っているのか理解できなかった
(今、なんて言った
言う気は、無いだと……?)
「では、何故…」
こんな所に来たというのだ
ここは、魔界の貴族達が集まる社交界
明日にでも今日のことは魔界中に噂になるだろう
「噂になりに来た」
「は…?」
「とりあえず、
今日の俺はアムドゥスキアス侯爵代理っていう社交界の新顔つーことだ」
意味が分からない
(アムドゥスキアス家を隠れ蓑にして、
何をするつもりだ)
アスモデウスにはダキの行動が不可解でならなかった
(コイツはいつも、予想外の行動ばかりを取る)
はぁ、とアスモデウスが深いため息をついていたところに見覚えのある赤毛がやってきた
「お、貴様らも来ていたか」
「アメリ会長」 「会長」
会長らしい、赤と黒のレースがあしらわれたズボンスタイルの礼服
長身のアメリに良く似合う
「ーーダキ、この間は事件の解決に尽力感謝する」
そう言ってアメリが軽く頭を下げると、
周りの空気が大きく揺れる
アメリはアザゼル家の令嬢
バビルスの生徒会長であり、
ランク6の傑物
そんな悪魔が新参者に対して頭を下げた
(周りにしてみれば、今のダキは好奇の対象だろうな)
アスモデウスは腕を組み、ふたりの会話を見守った
頭を下げ続けるアメリにダキは頭を振って、アメリの肩に手を置いた
「いや、いちバビルスの学生として力を貸したにすぎねぇ……俺も被害者だしな」
「だが、あのシネルを引き取ってくれたのは非常に助かる…」
「あーー……、」
その非常に切実な言葉に
ダキもすぐに適切な言葉を返せないのか一瞬間が空いた
ダキが、変態要員だとか言いながら引き取ったシネルという先輩は、思いつくといろんな魔具を作り出す
だがどれも厄介なものばかりで、
ダキも面白がりながらも、本当にヤバいものが表に出回らないようこっそり保管しているという
「……レディの元にあの変態をそばに置かせるわけにはいかねぇからな」
ダキはそう言いながら、思わず寄った眉間皺を揉む
同じ師団の団員として、シネルの存在はあまり好きではないが、副団長として彼を引き取ったダキの気苦労も感じて、アスモデウスはそれ以上何も言わないようにしていた
「ところで……貴様も貴族だったのか?
今までパーティーで見かけたことはなかったが……、っ?!!」
そう言ってアメリもダキの胸元の家紋に気がついた
「……っ、?!、!!」
口を開閉させながら、
こちらを見てくる
アスモデウスも、横に頭を振りながら答えた
(ダキ……
貴様は、貴様が思っている以上に厄ネタだぞ)
なんだか頭も痛くなってきた
ズキズキと側頭部からの痛みにアスモデウスは顔を顰めた
「どういうことか、
説明してくれるんだろうな?」
「いや、まだだ」
「……何か、考えあってのことか?」
アメリの問いに答える前に、
ダキは近くにあったシャンパングラスを手に取って掲げた
「何事も、噂からの方が信憑性が上がる、
ーーーだろ?」
その言葉に、アスモデウスはようやくダキの意図を理解した
(……ああ、そうか、
ーーーダキは分かっているか)
ダキが自分自身の立場が、如何に夢物語なのかと
「はぁ………」
アスモデウスも、机にあったシャンパングラスを手に取って口につけた
瑞々しい白葡萄の爽やかな酸味が、喉を滑る
すこしだけ、頭痛が和らいだ気がする
(……ダキの行動はある意味正解かも知れんな。
なんせ、あの魔王子だ
その息子と言って信じてもらえるか)
あとは、魔王として戴冠するだけ
そんな時に忽然と居なくなった魔王子ダロキア
勿論、配下は血眼で探した
けれど、今に至るまでダロキアに繋がる何かを見つけたという噂は何も聞かない
それにも関わらず、その息子が今頃ひょっこりと出てくるなんて
おかしな話だ
「そうか……
正式に貴様が名乗ってくれる日を楽しみに待っておく」
アメリもそのことを理解したのか、
同情的な目でダキを見た
ちょうどその時だった
木管楽器が、ひとすじ、空気を裂いた
ざわめいていた広間がその合図にぴたりと、おしゃべりを止める
低く沈んだコントラバスと、幻想的なハープがその波に乗るように弦をホールへ響かせると、
金管楽器の柔らかな旋律がゆるやかに立ち上がり、
追いかけるように、鍵盤楽器の弾けるようなステップが続く
――ワルツの、序曲
誰もがそれを理解した瞬間、
視線が一斉に流れた
誰を選ぶか
誰に選ばれるか
値踏みするような眼差しが、
ドレスの裾を、手袋の指先を、肩の高さを、なぞっていく
「お、もうそんな時間か」
遠巻きに子息令嬢が、ちらちらと、ダキとアメリとアスモデウスを見る
明らかにこのパーティーの中でも格上
お近づきになりたい、と
熱のこもった好奇の目がアスモデウス達の一挙動を見つめる
「ダンスか……、
会長、アンタは踊るのか?」
ダキがアメリに声をかける
社交界ではダンスは必須だ
ここにいる3にんが、
如何にダンスに興味がなく、
今回もパートナーを同伴していないとは言え、目の前にレディがいるなら誘わないのは失礼だ
(ダキはアメリ会長と踊るのか…
いや、会長はいつも誰とも踊らんしな)
アスモデウスは他人事のように、
ふたりの話片手にもう一度、
シャンパングラスに口を付けた
「いや、私は踊らん」
「そうだよな、やっぱ入間と踊りたいだろ」
「ーーブッ!!!!!」
その爆弾発言に、
ちょうど白葡萄のジュースを飲んでいたアスモデウスは咽せた
「ごほっごほっ、!!」
「な、な、な、な!!!!」
問われたアメリは顔を真っ赤にしてダキを睨む
その顔が普段の男勝りな会長とは全く違う
愛らしい乙女の顔だった
「会長が?入間様に……???!!!」
「なんだ、アスモデウス。
お前も意外と鈍ちん、か」
仲がいいとは思っていた
あのアメリ会長とそう言う意味での仲は思ってもみなかった
「流石です!入間様!!
あの、アメリ会長と………っ!」
「声がデケェ。
少女の秘密をそんなでっかい声で言うな」
昂りそうな感情を抑えながら、アスモデウスはアメリを見た
アメリのような傑物ならば、入間の恋人として申し分ない
「い、いつ分かった?!!」
そのアメリの反応に、
ダキはニヤッと牙を見せて笑う
「言っとくが、生徒会選挙でなんとなーく察したぜ」
「きっ、き、貴様?!!」
反論しようにも言葉がつっかえて上手く話せないアメリに、ダキはその肩にポンっと手を置く
「俺は応援するぜ」
そうダキがケラケラ笑っていると、
突然輪の中にひとりの少女がやってきた
黒い髪のふたつのおさげに
膝までの白いドレスの素朴な少女
その柔らかい雰囲気がどこか入間とよく似ていた
「あ、あの」
少女がおどおどしながらも、
アスモデウスへ声をかけた
(さっきの、)
アスモデウスがダキに声をかける前に見た
他の令嬢にいびられていた悪魔だった
緊張しながらも、目の前の少女は
頭のツノを隠すと、
次に、口元を隠す、仕草をした
(ほう…)
何を意味するのかピンと来たアスモデウスは心の中で感嘆を漏らした
そんな時だった
「まぁまぁ、なんて粗末な格好!!
ランク1なのに、ランク5のアリス様をダンスに誘うなんて!」
無礼にも、先ほど少女を虐めていた女が、
アスモデウスの前に立って、ダンスを誘った目の前の少女を非難する
「無礼にも程があるわ!ねぇ」
その言葉にくすくすと賛同するかのように周りにいる他の令嬢達が扇子で隠しながら笑う
その嘲笑に顔を真っ赤にして今にも泣きそうな顔で少女は俯く
「どうでしょう?
気分転換に私と一曲踊ってみては?」
ステップを踏むような軽やかな声
しかし、アスモデウスにはその声が不快でしかなかった
(ハッ、無礼なのはそちらだ)
アスモデウスは震える少女の手を取り、
懐を開くように引き寄せた
「えっ、な、なに?」
何故アスモデウスが自分を差し置いて、ランク1の少女の手を取ったのか分からないのだろう
少女を虐めていた女は混乱しながらアスモデウスを見る
「挨拶ですよ
角と牙を隠して礼を示す
ーー相手はそれに対し懐を開いて返す」
その女の狼狽える姿にアスモデウスは呆れた様子で返事をした
「彼女は、無礼ではない」
何も言い返せないのか女は「うっ」と歯噛みしながらアスモデウスを見た
「まぁ…古い礼法だから知らずとも恥ではないでしょう。彼女が優秀なだけですよ、よくご存知でしたね」
「あ、その……昔本で…
わ、私の家は"司書"の関係なんです」
柔らかく微笑む少女はどの悪魔より可憐に見えた
「さて……私は礼節を重んじる悪魔
アスモデウス・アリス
ーーー礼には、礼を返しましょう」
そう言って少女の手を引くと、アスモデウスはふわり、と少女と一緒に飛んで音楽に乗り始める
スロースペースの曲調の中、
三拍子が心地いい
くるり、と少女に回るようリードすれば、
その純白のスカートが弧を描いた
夢に見たような心地で少女はアスモデウスを見つめ軽やかにステップを踏んだ
「わぁ!!」
「とっても素敵ね!」
「お似合いのおふたりだな」
音楽が終わり、地上へ舞い戻ると多くの悪魔が拍手で出迎える
ーーパンッパンッパンッ
その中で、一際大きな拍手が鳴る
「流石!礼節の悪魔アスモデウス
見事な紳士っぷりだな」
アスモデウスの前にダキは拍手をしながらやってきた
いつもの、自分を揶揄ってやろうするニヤニヤした嫌な笑いだ
「ダキ……貴様は踊らんのか?」
ぴくり、と自分の額に青筋が浮かぶのが分かった
このダキという男は私の神経を逆撫でするのが得意ならしい
「いや?花を持たせてやろうと思ってな
お前が帰ってくるのを待っていた」
その言葉を皮切りに、
ダキは先程の少女がした事と同じように、
ーー角を、
ーー牙を、
手で順に隠していき、
恭しく礼をとって少女を見つめた
「レディ、俺とも、踊ってくれるか?」
「ええっ?!!」
少女から驚きの声が上がる
正体不明とはいえ、
今回の参加者の中でも明らかに格上らしいダキにどうしていいか分からず「あ、え、ええ?」
と言葉になっていない悲鳴をあげながら顔を真っ赤にする
「ハッ!なんだ、
貴様が踊るとは思っても見なかったな」
「こんな、美しいお嬢さんを誘わない方が無礼ってもんだ、なぁ?」
そう言ってダキは少女をジッと見る
全ては、少女が決める事だった
決めあぐねた少女はパートナーだったアスモデウスをちらり、と見た
淑女には紳士的に
貴族として叩き込まれた習性が、この少女を邪険にする事ができなかった
アスモデウスは微笑みながら少女に向き合った
「コイツは事情があって家門を明かせませんが、私が身柄を保証します。」
ダキが名乗れば良いものを、わざわざアスモデウスに紹介させる
正体を明かせないダキにとってはそれこそが目的だったのかもしれない
(……私に、貴様の証人になれと言うことか)
アスモデウスは内心ため息を吐きながら言葉を続けた
「ーー……同じバビルスの同級生なんです。
私と同じランク5の実力者で、紳士的な男です。
きっと貴方を嫌な思いにはさせないでしょう」
その言葉に、目の前にいるダキが嬉しそうに目尻を細める
やめろ、貴様を褒めてるわけじゃない
「そ、そうなんですね」
そう言い切ると、少女も迷っていた気持ちがどこかへ行ったのか、おずおずとダキの手を取った
「よ、よろしく、お、お願いします」
「ああ、」
ダキの差し出した手に、彼女の手が重なる
静かにダキは微笑むと、少女の腰に手を当てた
「退屈はさせねぇよ」
その瞬間、ダキの背から広がる黒い羽
ゆっくりと、夜が開くように展開される
羽音すら立てずに
ふたりの体が、
音楽に掬い上げられるように浮かび上がった
まるで最初から
そこに重力など存在しなかったかのように
(貴様、そんな優雅に飛べたのだな)
飛行試験の時に見せた、
荒々しく凶器的な飛び方を思い出して、
手に力が入る
『ーーアスモデウス!!!!!!』
耳奥であの時のダキの怒号が響く
重々しいダキの魔力を真正面で受けながら、全力を出した、あの死闘が、またしたい
少女はダキに抱き寄せられたまま、導かれる
音楽に合わせるのではなく
音楽の方が、ふたりに追いついてくる
空で踊るワルツ
ふわり、と白いドレスと礼服が弧を描く
その中心で、少女はただ見上げるしかない
すぐ目の前で微笑む男は
ゾッと、するほど美しく
ふたつの黄金の目が、空に浮かぶ月のようで
ひとつ、視線を合わせてしまえば、逃げられない
先程の、アスモデウスと少女が見せた、
花弁がひとひらずつ零れ舞うような、春の花束めいた優雅なダンスとは違う
ダキと少女のダンスは、夜のように支配的でありながら、身を焦がす黄金の灼炎そのものだった
見ている観衆も虜にする情熱
ふたりの踊りに感嘆が波のように広がる
(………遠い、)
その様子をアスモデウスはただ見ていた
今日一日、ダキの新しい顔を見た
だが、それのどれもが、アスモデウスとの距離を、遠ざけた気分だった
「………入間様」
アスモデウスは、無性に入間に会いたくなった
ダキを見るたびに、
胸の奥に残った"ざわめき"が、苦しくて、仕方がない
「クソッ、……」
近くにあったシャンパングラスを手に取って、一気に煽った
ーーーーーーーー
「どうだったの、パーティーは」
歳の離れた妹が、パーティーから戻ってきた
司書の家系に生まれ、
本好きの彼女にとって、きっと退屈なパーティーだったかも知れない
だが、それでもきっと素敵な出会いがあるはずだと、からかい混じりに問うてみた
少し顔を赤くして妹は私の側に寄ってきた
「あのね、私アスモデウス様と踊ったの」
内緒話でもするかのように耳打ちされたのは信じられない内容だった
「うそ、」
アスモデウス家は現13冠の色頭のいる超名門家
そこの嫡男であるアスモデウス・アリスは社交界でも大変な人気で、一緒に踊った令嬢など数少ない
「よかったじゃない、アスモデウスの坊ちゃんから誘ってもらえたの?」
「ううん、実はね」
妹は、はにかみながら事のあらましを語ってくれた
実はいつも虐めてくる令嬢から、アスモデウスを誘うように言われたこと、
実際に声をかけたら、古い礼法に感銘を受けたアスモデウスが一緒に踊ってくれて、周りの悪魔達とも仲良くなれたのだと
その話に私は妹にバレないよう奥歯を噛み締めた
(私の、可愛い妹を、虐めた女がいるの)
悔しかった
ランク1とはいえ、妹は虐められるような気安い悪魔では無い
(私が、不甲斐ないせいね)
話を聞きながら、
自分の至らなさに気分が落ち込む
ハイランクでありながら、本ばかり読み漁り、社交界にも出てこないせいで、貴族会の中で自分の影響があまり無い事は知っている
「でね、次に踊って下さった方も素敵な方で、
一緒に文通がしたいって、言って下さったの」
その言葉にぴくり、と肩が震えた
どこのどいつだ、
私の妹に擦り寄る虫が
「へぇ、なんて言う方なの」
「アムドゥスキアス家の、侯爵代理って言ってたわ」
「……へぇ?」
アムドゥスキアス家
なんて懐かしい名前だろうか
(ーーあの家は、ポロ様は継がずに、そのお父上がまだ侯爵として活動してらっしゃるはず)
本当なら、魔王子が魔王になったら侯爵になるつもりだったポロ様
息子の行方不明に躍起になって、侯爵位を継げなくなった
(可哀想な、ポロ様)
「でも、あの方の服の紋様は見たことがあるの」
そう言って妹は、貴族大全を取り出してパラパラとめくり始める
「あ、そう!これ、この刺繍が……」
無邪気にも妹が指さしたのは、
今はもう"使うひとがいない筈"の『デルキラ印』だった
空気が一瞬吸えなくなった
ーーどくん、どくん、どくん!
妹の声は遠ざかり、
自分の心音しか聞こえない
「ありえない、」
掠れた声が落ちる
震える指で、そのページに触れた
「ありえないわよ」
デルキラ様は天涯孤独だ
血を分けた者など、誰もいない
ーーいる筈がない
「ねぇ、本当に、本当にこの紋章だったの?」
気付けば、妹の肩を掴んでいた
自分でも分かるほど、指先に力がこもる
否定してほしかった
見間違いだと、笑ってほしかった
でなければ
あの日から、押し殺してきたものが、壊れる
「う、うん、鹿の白骨頭蓋に、枝角の」
優しく、柔らかな声だった
けれど、その言葉は
容赦なく、胸の奥を抉った
(多くの貴族が集まる貴族会で、
わざわざその紋章のついた服を着る馬鹿がいるとは思えない)
そんな服、現魔王の一族に喧嘩を売っているに等しい行為だ
「だって、それはーー、」
喉の奥で、言葉が崩れる
それは、
ーーそれは、
私の大切な、ひとのものだ
沈黙が、落ちた
一瞬が、永遠に引き延ばされるようだった
深淵に落ちて、落ちて、落ち続けて、
怒りと、
苦しさと、
執着と、
愛しさと、
憎しみと、
嬉しさ、
幾重にも折り重なった相反する感情を泥のように塗れながら、その中で、ただひとつだけ
はっきりと、決まった
ゆっくりと、顔を上げる
視界に映るのは、
何も知らず、ただこちらを心配する妹の顔
ああ、本当に優しい子だ
だからこそ、
巻き込むことが息苦しい
「ねぇ、」
静かに、けれど揺るがぬ声で告げる
「私、そのひとと、会いたい」
まっすぐに、妹の瞳を見つめる
純真で、疑いのない瞳
分からないだろう
どうして、こんなにも必死なのか
これは、終わったはずの過去だ
お前には、一度も触れさせなかったもの
「セッティング、してほしい」
それでも、もう一度、
希望が、そこにあるのなら
「アムドゥスキアス家侯爵代理の悪魔とーー、」
名を、静かに告げる
「この私、魔界大図書館の大司書ギガス・ヴァサゴとの、お茶会を」
この作品における前提条件
話の軸をブレるようなことしたくないので、この作品を連載すると決めた当初発刊されていた単行本までの知識です
(たまにTLでネタバレ喰らうのでその情報を活かしたりはしてます)
なのでオリジナル設定・展開が出てきます
補足:バールが名を上げたダロキア配下のオリキャラの名前ですが、バビルス出身達はみんな名前呼び、それ以外は苗字、という設定です
純粋な親密度ですね
既出オリキャラのフルネームです
ベルゼビュート・ドゥルジ
アルル・マンセマット(マッド)
ギガス・ヴァサゴ
他はまだ登場してないので出てきたらで
好きなCPは?(市場調査)
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ダキ×ゴエモン
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ゴエモン×ダキ
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ダリ×ダキ
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ダキ×ダリ
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ダロキア×ダリ
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ダリ×ダロキア
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ダロキア×バール
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バール×ダロキア
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ダキ×アスモデウス
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ダキ×キリヲ
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その他(自由回答)