魔王デルキラの息子   作:雨鬱

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第40話:ロキのおっさん

 

 

 

 

 

ダキには、もうひとつの顔がある

否、ーーー正確には、二つだ

 

 

ひとりは、"ダキア"

女の姿をとり、裏で情報を拾い集める影

 

 

もうひとりは“ロキ”

フリーターとして街に溶け込み、生活費と人脈を稼ぐための分身体

 

 

 

 

変身魔法チェルーシルを応用し作られた魔具と化粧で、

性別も、歳も、いくらでも塗り替えられる

だから誰も気づかない

 

それが“ダキ”だと

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロキはダキが初めに生み出した分身体で

まだ、ダキがゴエモンと背丈がそう変わらない頃から仕えている

元々は大人同伴でないといけないような所で行く為に、というのが理由だった

 

 

 

しかし、そんなの使用用途なんて限られている

余った時間を活用するためダキはロキにバイトをする様命じたのだ

 

 

 

 

バイトを命じた理由は至ってシンプル

ーー金、である

 

 

いくらダキがSDとしてガープ家に雇われているとはいえ、社交界にも出ないガープ家に本来ならSDは無用の存在

ダキは自身がただの金食い虫であることは知っていた

 

 

だから、ロキは、ダキから外への情報収集と軍資金の為にバイトしてくるよう命じられた

それからというものの、ロキは根無草のように色んなバイトを転々とし、

がむしゃらに働いた

 

 

ーーすると、"ふらりと現れては現場を救ってくれる救世主"なんて噂が尾鰭がついて

気づけば、一緒に働いていた仲間から

 

 

 

《バイトの魔王様》

 

 

 

 

ーーそう、呼ばれるようになっていた

 

 

 

しかし、それを妹分であるダキアが生まれてからはその称号を譲り、

自分は人脈作りのために、気ままにバイトして小銭を稼ぎながらも、友人と飲みに出歩く生活を謳歌していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すっかり外は夜だというのに、まるで眠ることを知らないかのように燦然とネオンが輝く

 

店内に入れば、

高級な内装を薄暗い紫とピンクの照明が照らす

男女が睦み合うように酒を飲み、豪華な食事をひとつまみしながら談笑を重ねる

高度な駆け引き、

肉欲と賭け事、

 

 

 

ーークラブ"ヴァルバラ"

謂わば魔界の大人な店というやつである

 

 

 

 

 

「おーい、ロキのおっさん〜!」

 

 

「お〜、元気にしてたかよ?」

 

 

「元気、元気!おっさんもちょー元気じゃん」

 

 

「まーなァ、今日はのもーぜ」

 

 

「うぇーい!!」

 

 

 

 

元バイト仲間と一緒に、

ロキはかつてのバイト先ヴァルバラへと足を踏み入れた

 

 

 

 

 

 

 

「よお、ギュスターヴ

今日は楽しませてもらうぜ」

 

 

自分がここのバイトを引退した後、

後輩だったギュスターヴという男がここの店長になった

 

 

 

「ロキ先輩!良い時にきましたね〜!

今日はイベントデーなので歌手も来るんで楽しんで行ってください!」

 

 

 

そう言って個室へ案内される

予約したコースが所狭しとテーブルに並べられれば、宴は自然と始まった酒と世間話と、美味い料理で盛り上がる

なんと楽しいことか

 

いくつか酒が進んだあたりで、ロキは席を立った

 

 

「わり、便所行ってくる」

 

「え〜!早くもどってきてくらはいよ〜?」

 

「飲み過ぎだ、馬鹿」

 

 

無駄絡みする馬鹿に水を渡して、クラブのトイレへ行くと、ギュスターヴが、ロキを見て「あ!」と声を上げた

 

 

 

「良いところに!」

 

「どうしたァ……トラブルか?」

 

 

ロキを見るなり安堵した顔を見せるギュスターヴ

店長までやってるこいつがそこまで焦った顔をするのも珍しい

 

 

「あ……その、実はーー、」

 

 

余程言いにくいのか、しどろもどろになりながらロキを人目のつかないところまで引っ張りながら、ロキをチラッと見る

 

 

 

「先輩……確か、音魔でしたよね?」

 

 

「まどろっこしい、早く要件を言えよ」

 

 

イライラしたロキは腕を組んでギュスターヴを見下ろす

 

 

 

「すいません!

謝礼は弾むんで歌手としてステージに立ってくれないっすか!!」

 

 

 

ギュスターヴのその言葉に、ロキは腕を組んだまま、指をトントンと、叩いて考える

 

 

 

「ハッ……なるほど歌手がバックれたか?」

 

 

「う"っ……そうなんすよ…代理を探すにも今からじゃ厳しくて……」

 

 

ポスターで宣伝した通りなら

開始まであと、20分

バックれるにしても、もう少し早い時間に申告すれば良いものを

 

 

(クラブ、ヴァルバラへ対する嫌がらせか…?)

 

 

夜の店をやっているとこういうことはたまにある

ただ、ヴァルバラはそれなりに格式のある有名店だ

そんな店をバックれる、なんて信用を落とすようなこと普通の歌手ならしない

おおよそ、誰かによる裏手引きがあったのだろう

 

 

 

「ハァ…………」

 

 

 

「……それで、先輩が何度かここで歌ったことあるって聞いた事あるっていうの思い出して…」

 

 

 

「……オレに歌えってか」

 

 

 

「すいません!!!!歌上手すぎて、厄介なファン量産するぐらいべらぼうに上手いって聞いたんですもん!!!」

 

 

 

ギュスターヴの言葉に、ロキは自分の髪を掻きむしる

 

 

 

(………はぁ)

 

 

 

 

音魔というのは世間では歌うまの部類に入る

たいていが絶対音感を持って生まれる上に、自分という楽器の使い方をよく知っているからだ

 

 

 

(嫌いじゃねぇが、めんどくせぇ)

 

 

昔の話だ

今と同じように、イベントに来る筈だった歌手が事故で来れなくなった

代わりに音魔とバレたロキが、代打としてステージに立つことになった

音魔って便利だよな、と笑った前支配人の悪辣な顔は忘れられない

 

 

(ただ、誤算だったのは……)

 

 

ロキの歌唱力が魔界の中でもかなりの上位に行くほどだった事だろう

その声に、容姿に、観客たちがロキに夢中になったのだ

 

 

 

(ファンってめんどくせぇよな…)

 

 

 

とくに厄介だったのが、

店でロキを指名してずっと離さなかったり(うちはホストでもキャバクラでもない)

裏口に張り込んでいたり、

住居に押しかけてきたりと……

それはもう大変だったのだ

勿論、その厄介ファンたちについては、原因を作った前の店長に対応を押し付けた

 

 

 

「チッ、誰から聞きやがった」

 

「前の支配人っす」

 

「あの爺…!」

 

 

ギュスターヴの前の支配人であった男は、夜の街を長年いただけあって狡猾な悪魔だった

ロキが使えると見染めて、

接客としての最高の技術を詰め込んだのも

あの爺だった

 

 

 

「はぁ………あのな、分かってんなら辞めとけよ。アイツら撒くの結構大変だったんだぞ…」

 

 

「覚悟の上っすよ

今日だけ立ってくれないっすか…!」

 

 

「………めんどくさいのはごめんだな」

 

 

「そこを!何とか!!!」

 

 

 

必死に拝み倒すギュスターヴ

ロキは「あ"〜」と呻き声をあげて、近くにあった水を煽った

 

 

「……可愛い後輩の頼みだしな」

 

 

「先輩!!!」

 

「謝礼ははずめよ」

 

「勿論です!!!」

 

 

抱きついてくるギュスターヴを鬱陶しそうに引き剥がしながら、慣れた足取りで、スタッフルームの奥へと消えていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーースタッフルーム

 

 

 

 

ロキは鏡面の前に座り、

舞台前の身支度をしていた

 

 

とは言っても化粧をするわけではない

顔を念入りに洗って、

清潔感が出る様にカミソリを使ってある程度整える

 

 

 

ジッと、鏡に映る自分を見た

 

 

ロキの容姿は

"ダキが年相応に老いたら"をイメージしたものだ

 

元々腰上まであった髪は、

首元まですっきりと刈ってしまったし、

目元に皺もあって、

無精髭も伸ばしたーーおっさんである

 

 

 

 

「ん、まぁこんなもんか」

 

 

 

 

低く呟き、髪をかき上げる

手櫛で整え、そのままオールバックに流した

 

鏡面には、客観的に見ても大人の男の魅力ある悪魔がそこにいた

 

 

用意された黒革の手袋を手に取る

嵌めようとしたその時、

ーーきらり、と照明に照らされて、付けていた腕輪が黒虹色に光る

 

 

ロキは自分の腕に嵌められた魔具を見る

この腕輪は、分身体として存在する為にダキが作った魔具だ

これがあるから、ロキはロキでいられて

本体から長く離れても活動ができていた

 

 

(……状況は、変わりつつある)

 

 

本体の取り巻く環境が変わったことは知っている

ダキがかつての立場を取り戻し、

表舞台に立つ準備を進めている

 

 

 

 

 

(俺は、どこまで必要だ?)

 

 

 

 

指先が、わずかに止まる

鏡の中の男が、こちらを見返していた

 

 

 

 

「……はっ」

 

 

 

鼻で笑って、視線を切る

 

 

 

自分が役目を終えて、

ダキの一部へと戻る日もそう、遠くはないのだろう

 

 

 

 

(……考えても仕方ねぇ)

 

 

 

 

本体がその気になれば、ロキは明日の命もない、ただの分身体なのだから

 

 

 

 

(……オレは、オレの仕事を、こなすだけだ)

 

 

 

 

 

ダキに対する忠誠心は変わりない

むしろ、手のかかる甥っ子を持った様な気持ちでロキはダキを愛している

だからこそ、ロキは心配だった

 

 

 

(ダキ、お前が思う以上に、

ダロキアの名は重いぞ…)

 

 

 

今のダキが、如何に甘いのか

 

 

 

 

 

(オレが、お前らを守ってやるから…)

 

 

 

 

 

ロキは静かに腕輪に唇を落とした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロキ先輩〜!準備できましたかー??」

 

 

 

 

 

 

 

 

ギュスターヴの声に目を開ける

舞台衣装に袖を通し、手袋を嵌める

革の感触が、さっきよりも妙に重く感じた

ーー開演まで、残り5分

 

 

 

「……仕事だ」

 

 

 

小さく吐き捨てて、ロキは立ち上がった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁさぁみなさん!

今日はあの伝説が再び蘇ります!」

 

 

クラブのSMSで告知されていたイベントを楽しみに来たのだが、突然歌手が変わったらしい

 

 

(リリア以外に伝説なんて陳腐だろ)

 

 

今日ここで歌うはずだった歌手リリアのファンとしては、歌手が変わったという告知を受けてすぐ出て行ってもよかったのだが、

代打で歌う"ロキ"という歌手はこのクラブでも伝説的な存在らしく、リプライ欄に来た熱狂的なコメントの数々に気になってしまい結局は居残ってしまった

 

 

 

(さて、お手並み拝見といこうか)

 

 

 

パッ、と一筋の黄暖色のライトが落ちた

闇を裂くように、ステージに立つ男を照らす

 

 

 

 

 

 

 

 

(うっ……わ、かっけぇ…!)

 

 

 

 

 

衝撃的だった

目の前のステージに立つ男は、

そんじょそこらのアクドルなんかよりも美しかった

 

 

伏せていた瞼が、ゆっくりと開く

月のように静かな視線が、会場をなぞる

 

 

 

 

 

 

その瞬間、空気が変わったのが素人ながらもわかった

 

 

 

 

ロキは、マイクに口元へ寄せた

肉厚な唇が触れるか触れないかの距離で、

息を落とす

 

 

 

 

 

「Ummーー、」

 

 

 

ただのハミング

それだけで、全身がぶわっと逆立つほどの衝撃を受けた

 

 

 

(なんだ、なんだよ、これ……!!)

 

 

 

低音とはまるで違う、柔らかなアルト

だがそれは“優しい”などという生ぬるいものではない

耳に届いた瞬間、

まるで内側から抱きしめられるような錯覚が走る

 

 

 

 

(なんだ、これ……)

 

 

 

 

声が、近い

距離が狂っている

 

 

 

(逃げ場が、ねぇ)

 

 

 

ステージの上にいるはずなのに、

吐息混じりの語尾が、

本当に隣で囁かれているみたいで

どうかなってしまいそうなぐらい、甘い

 

 

 

 

「っ……、」

 

 

 

酒のせいじゃない

ぐらり、と頭を揺さぶる様な情動が

もっと直接的に、

身体の奥へ染み込んで、

じわり、と毒の様に蝕んでいく

 

 

 

 

 

(くそっくそっくそっ……!)

 

 

 

 

思った瞬間、さらに深く入ってくる

 

逃げようとするほど、

絡みつくように

 

 

視線を逸らせない

逸らしたはずの目が、

勝手に引き戻されるのだ

 

 

『目を逸らすな』と、歌声が訴えかけてくる

 

 

ロキはただ、

気だるげに目を細めているだけだった

何もしていない顔で、

確実に、“ひとりずつ”仕留めていく

 

 

 

 

 

(……ッ抗えない。すげぇ、これが、ヴァルバラの伝説)

 

 

 

 

 

呆然と目の前の出来事を受け止めることしかできない

その時だった

 

 

 

 

 

(……えっ、)

 

 

 

 

 

こちらをみて、ロキがわらった

やさしく、

まるで、ほんとうに、いとしいものをみたときのような

いつくしみが

 

 

 

 

 

 

(いま、おれを、おれのことをみて…)

 

 

 

 

 

 

 

 

たったそれだけ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あ、ああああ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぞくり、と背筋が歓喜に震える

膝が、わずかにわらい

理由も分からないまま、目尻に熱が滲んだ

 

 

 

(ロキ様!ロキ様!ロキ様!!!)

 

 

 

 

溶けていく思考の端で、

自分が推していた歌手のことなど、とうに忘れていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステージは大盛況に終わった

客はロキに群がり、口々に熱狂的な言葉で誉めそやす

その勢いで、酒や料理が飛ぶように注文が入る

 

 

「流石…!ロキさん…!

あのひと、エンターテイナーなとこあるから魅せ方が上手いんだよなぁ」

 

 

 

ギュスターヴは満面笑みで、忙しなくカウンターで酒を作っていた

 

 

 

 

「よぉ……先輩を売って稼いで呑む酒はうめぇかギュスターヴゥ……昔の俺の客まで来てんじゃねぇか…」

 

 

 

 

そこにロキがやってきて、ニヤリ、牙を見せて笑う

その圧のある笑みにギュスターヴはビクッと肩が跳ねる

 

 

 

「ヒッ!や、やだなぁ!先輩♡

店のアカウントで宣伝したら思った以上に来てくれただけですよぉ〜!」

 

 

「ハッ……本当かよ」

 

 

 

 

そういってロキは、

カウンターの椅子にどかっと不機嫌に座った

 

 

 

 

 

「666年のウォルター」

 

 

「……マジっすか」

 

 

「聞こえなかったか?」

 

 

 

 

ロキがギロリ、と睨むと

ギュスターヴが顔を歪めて縮こまる

 

 

 

「ぐっ、…わかりましたよ」

 

 

 

 

ギュスターヴが棚の奥から取り出したのは薔薇を模様した芸術品の様な赤いボトルだった

 

 

ーーウォルター、

魔界でも多くの愛好家が存在する最高級蒸留酒

オーク樽のスモーキーな香りの奥に、

潜む飴のような濃密な甘さが特徴

年数を重ねるごとにその深みは増し、まるで薔薇の花束をそのまま飲んでいるようだと評される

それこそ、100年以上のボトルとなると、一本で車が買えてしまうぐらいだ

 

 

(あのクソ爺が、これ見よがしに見せびらかしていたからなァ…さぞかし美味いんだろうな)

 

 

前の支配人の頃から隠し持っている年代モノ

一杯だけで、バカンスに行けるぐらいの値段だ

勿論それをロキが知らないはずもない

ギュスターヴ は店1番の高値の酒を頼まれ、悔しそうな顔でグラスを準備し始めた

 

 

 

 

 

「いいノ?

あの子たち君を待ってるんじゃなイ?」

 

 

 

 

突然隣の男が話しかけてきた

赤い肌に白髪、鍛えられたいい体に顔も悪くない、

オンナに苦労しなさそうな色男だった

 

ロキは一瞬ジッとその男を見て、なんてことなさそうに答えてやった

 

 

 

「別にいい

このカウンターにいる時はアイツらは来ねぇ」

 

 

 

そう言いながら目の前に置かれたウォルターに口をつける

ねっとりと、甘く、質量のあるアルコールが舌上で滑り、喉奥をじわりと灼く

さすがウォルター、美味い酒だ

 

 

 

「へぇ、統率とれてるんダ」

 

「俺の客だからな、そこん所は弁えてる」

 

 

 

 

初期の頃は荒れに荒れて大変だったが、

活動を続けるうちにいつの間にか親衛隊なんかができていた

おかげで統率がしやすくて助かっている

 

 

 

 

 

「ふーん、お兄さんの名前ハ?」

 

「ロキだ

ここでバイトしてた。ーーアンタは?」

 

 

「ここじゃ軍曹って呼ばれてるヨ!」

 

 

「そうかい、軍曹さんよ

よろしくな」

 

 

 

 

嫌な予感とは得てして当たるものである

火で熱したような赤い肌、白い髪に黒目の悪魔

そして、軍曹と言う階級

 

 

(ーー間違いねぇ、ダロキアの12にんの配下のひとり、交渉人フルフルだ)

 

 

余裕のある対応をして見せてはいるものの、内心ビクビクしていた

もう自分が"何者"であるかは、

本体を通して知っているロキにとって、

ダロキア配下は警戒対象でしかなかった

 

 

 

「……ところで、キミ

よく言われない?誰かに似てるっテ」

 

 

 

そう言ってフルフルはこちらを覗き込むように向き合う

初見なら簡単に騙されそうな無邪気な笑顔だ

 

 

 

 

 

(あー……確かジャカポ出身って聞いたことあるな)

 

 

 

 

しかし、幾度となく夜の街を生き抜いてきたからこそ分かった

 

 

 

 

フルフルのその自然体に見える笑顔は、

ーーギャンブラー特有の、ポーカーフェイスだと言う事に

 

 

 

 

酒を飲みながらチラリと、その目と視線を合わせる

黒目の中の虹彩が、こちらを何か探るような色が滲んでいた

 

 

 

(おっかね〜ー…)

 

 

 

ロキは無言で酒をひと舐めする

酒精が、脳を、甘くふやかしていく

 

 

 

「キミの顔、見覚えがあるんだよネ」

 

 

 

しかし、油断も隙もないのが、目の前の男である

良い酒に酔いしれる時間も与えてはくれない

 

 

 

(……嫌な質問を差し込んできやがる)

 

 

 

 

「………うーん、そうだなァ?」

 

 

 

 

 

だからこそ、求めてやまないダロキアがもし今もいたのなら、そう思うと

その面影が重なるのだろう

 

 

 

 

 

(どうしたものか……)

 

 

 

 

 

 

舌を舐めて、アルコールを反芻する

せっかくの上モノが何も味がしない

 

 

 

 

 

 

 

「……アクドルに似てる、なんて声は聞かねぇなぁ」

 

 

 

 

 

 

ーーカランッ

グラスの中で球体の氷が溶けて回った

グラスの中の飴色の水色に、溶けた氷がゆっくりと混ざる

 

 

 

 

「そんじょそこらに、俺と似た奴がいるほど…

安い顔じゃねぇとは思うんだが」

 

 

 

自身の顔を摩りながら、ロキは考えるフリをする

こちらを穴が開くかと思うほど見つめ続けるフルフルに、ロキは牙をみせて笑った

 

 

 

 

「……それとも、何だ?

身内でも、思い出したかよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

くつくつと喉を鳴らして笑うと、ロキのセットしていた髪がひと束、垂れ落ちた

 

 

 

 

「……そうだね、良く似てるヨ」

 

 

 

 

そんなロキの姿に相変わらず裏の読めない笑顔でフルフルはジッとロキを見ていた

 

 

 

 

(……真面目な奴)

 

 

 

 

目の前の視線から逃れるように手元の酒に目線を落とす

ふと、自分の手に目線がいった

パフォーマンスのためにつけていた手袋を付けっぱなしだった事に気がついた

 

 

(そういや、この手袋備品だよな)

 

 

返さないと、そう思っておもむろに自身の手につけていた黒革の手袋を外した

密閉されていた熱から解放されて、外気に触れる手が心地いい

 

その腕をがしり、とフルフルに強く掴まれた

腕に嵌めていた黒虹色の腕輪が鈍く、光る

 

 

 

「い"っ、!なにすーー、」

 

 

 

「………、」

 

 

「あ"あ?」

 

 

唇が動いた気がした

だが、音にはならなかった

咄嗟のことで唇を読むこともできなかった

 

 

一瞬だけ、

フルフルの笑顔の仮面が剥がれて、見えた、

泣きそうな顔に気を取られてしまった

 

 

 

 

(あー、クソッ……)

 

 

 

そんな顔を見せられては、振り解くことなんてできない

だから、甘い男なのだと、自分でも嫌になる

 

 

 

 

「離せよ…、痛ぇだろうが」

 

 

 

 

そう静かに諭せば、離しはしないものの、腕を掴む力が緩んだ

 

 

 

 

「……ねぇ、アンタ、またここに来ル?」

 

 

「あ"?」

 

 

 

フルフルの言葉に思わず素で返してしまった

 

 

 

 

「今度はゆっくり、一緒に呑みたいんだけド」

 

 

 

 

フルフルは、あざとく机にしなだれて、ロキを見る

 

 

 

「飲むなら他の綺麗なねーちゃんとかにしとけ」

 

「え〜?ロキだから一緒に呑みたいんじゃン?」

 

 

カラカラと笑いながらも「ダメ?」と首をコテンと傾げ、上目遣いでこちらをみてくる

 

 

 

「チッ…」

 

 

大の大人が、と言う気持ちをよそに、キュンと来てしまう自分のチョロさに笑うしかない

この歳になると歳上の誘惑より、歳下のおねだりに弱いのだ

それが如何に筋骨隆々の成人男性であってもだ

 

 

(……世のオンナは、こう言うところに母性ってやつがくすぐられんのかね)

 

 

ロキは真顔でフルフルを見下ろすと、最後の一滴を、煽った

 

 

 

「……いいぜ、また飲もうか軍曹くんよ」

 

 

「え〜!やっタ!!言質とったからネ!!

 

 

 

ロキの返事に、フルフルは無邪気に笑って抱きついた

 

 

 

 

(……近づくには、危険だが

アイツのためにも"ツテ"はあったほうがいい)

 

 

 

 

ロキは打算を隠しながら、フルフルを抱き締めた

抱きついたまま、フルフルの口元だけが、酷薄に歪んでいたのに気づきもせず




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