白銀の世界
「本当に最悪だわ」
目の前に現れた光景を見て、彼女はまたもや同じ発言をする羽目になった。朝から感じていた『嫌な予感』は見事に的中し、その体はあまりの怒りからわなわなと震えている。
やはり寒い日は嫌なことしか起こらない、というか何をやってもうまくいかない。もはや頭の中にはそれしかなく、朝から続く機嫌の悪さが手伝って、怒りの頂点はすでに限界まできていた。
そしてその様子は、周囲にいる同じような純白の学生服を着た少年少女達にも、感じてとることができるほどであった。
「な、なあ、リズ。こ、こういうこともあるって・・・・・・」
「そうよ!ちょっと・・・・・・その、特殊だからって・・・・・・あまり気に病むことないわ!」
周囲の数人が勇気を振り絞り、怒りで震えるリズと呼ばれた少女をなだめるように声をかける。
「ちょっとですって?」
そう言うとリズは妙な冷静さと怒りを含んだ声で周囲を睨んだ。その眼光はまるで、ヘビがカエルを捕まえる時のそれに似ていた。そのあまりの迫力に、とある少年は声を出すことさえできずに座り込んでしまい、そして数人が恐怖から半泣きで抱き合った。
しかしそんな様子を気にしたそぶりもせず、リズは怒りの元凶へさっさと視線を戻す。
「ねえ、なんでくぐったの?」
視線の先には少年らしき姿が見える。しかし気を失っているようで、返事が返ってくる様子はない。
「いつまで寝てるのよ。起きなさいよ!」
先ほどから体をゆすったりつついたりしているが、全く反応はない。死んでるのかと思ったが、息はしているみたいだ。
するとのその様子に段々と苛立ちを覚えたリズは、ついに杖を取り出した。
──あったまきた!
その怒りは半ば理不尽なものであったが、気を失っている少年に対する怒りと朝からの機嫌の悪さで、もはやリズにそれを気づく余裕はなかった。
そして取り出した杖を少年に向かってかざし、呪文を唱え始める。
それと同時に、その様子に気付いた数人が必死で叫んだ。
「ま、待ってリズ!お願いだから魔法を使わないで!」
「そうだ!頼むからやめてくれ!」
よほど魔法を使わせたくないのか、周囲からリズを制止しようとする必死な声が聞こえてくる。
「うるさーいっ!」
しかしそんな制止も構わず、リズは杖を振り下ろした。
すると次の瞬間、とんでもない爆発と共に周囲もろとも吹っ飛んだ。
そして少年が目を覚まし始めたのは、その爆発の直後の事だった。
──あれ、どうなってんだ・・・・・・
なにやら周囲が騒がしい。そして頭痛に目まいがする。意識がもうろうとする上に、何故かものすごく寒い。
そんな状態だから、周囲の喧騒は今の彼にとって非常に不愉快極まりないものだった。
──なんだよ、せっかく人が気持ちよく寝てんのに!
最初は気にしないようにしていたが、徐々にそれがうっとうしく感じてくる。そして暫らくしないうちに、その我慢は限界を迎えた。
「うるさっ・・・・・・」
勢いよく体を起こした彼は、周囲の喧騒を制止しようと、思いっきり叫ぼうとした。
しかしすぐに視界に飛び込んできた光景に、思わず言葉を失ってしまう。
最初に見たのは、一面に広がる銀世界。そしてその中にいる、うっと息を呑むような白銀の髪の美少女。彼女の透けるような青い瞳と白い肌は、どこか遠い異国を思わせる。白い学生服を身にまとったその姿は、一瞬であったが妖精でもいるのかと錯覚させるほど美しかった。
そんな光景に思わず口を半開きにして固る彼をよそに、リズは苛立ちを隠す様子はなかった。
「やっと起きたの?」
その言葉で我に返る。
「そりゃまあ、これだけ騒がしければ」
見れば周囲はパニック状態だった。何故か黒こげになっている者や泣きわめく者。大声で助けを呼ぶ者もいれば、気を失っている者もいた。それは誰が見ても大惨事と言わざるを得ない光景だった。
「・・・・・・何があったの?」
一番事情を知っていそうなのは目の前にいる彼女だった。
「な、なんでもないわ」
冷や汗をかかんばかりに、リズは視線を逸らしながら言った。
「んなわけねえだろ!」
すかさず突っ込みを入れる。するとそれに続き、周囲から罵声が飛んでくる。
「だから言ったんだ、やめとけって!リズが魔法使って爆発しなかった試しなんてないんだよ!ちくしょう!」
「ほんとよ!制服がボロボロじゃない!」
そんな周囲からの声も意に介さず、リズは澄ました顔で立っている。
「爆発したの?」
「ほんの少しだけよ」
「これで?」
何故爆発したかはわからないが、お世辞にも少しとは言えない状況だった。しかしそれは彼女自身も重々承知のようだ。
「う、うるさいわねえ!そんな事はどうでもいいじゃない!それよりあんた誰よ!」
無茶苦茶だ・・・・・・。そう思いつつも、渋々答える。
「おれ、浅海清太」
「アサミセイタ・・・・・・?変な名前してるわね」
「余計な御世話だ。そういう君は?」
「リズ・リーデルよ。テューダー魔法学院の二年生」
──魔法学院ときたか・・・・・・
全く聞きなれない言葉に、清太は少しばかり動揺した。アニメや漫画の世界なら耳に入ってきそうな言葉だが、今は現実世界。夢を見ているわけでもなさそうだし、聞き間違いか何かだろう、清太はそう判断した。
「で、あんたはどこの学校の生徒?見慣れない制服だけど・・・・・・そもそもアルビオンの人間?」
清太の服装を見て、リズは不思議そうな顔をする。
今着ているのは通っている高校の制服だ。何か特別なコスプレではないし、本よりそんな場所に来た覚えもない。
「どこの制服って、高校のだけど」
「高校?なによそれ?」
今までの表情と打って変わって、きょとんとした幼いものだった。そのギャップに思わず心臓が跳ねる。
「なによそれって。君たちも高校生じゃないの?」
「さっきも言ったじゃない。ここはテューダー魔法学院よ!」
「だから魔法ってなんだよ!」
そう言うと、リズは突然考え込むように黙り込んだ。そして暫らくして、おもむろに口を開く。
「ねえ。そんな格好してるけど、あんたもしかして平民?」
少しばかり困ったような表情でこちらを覗き込んでくる。
「平民ですと?」
「そうよ。魔法知らないんでしょ?」
「ああ、知らん」
「なら平民じゃない。その制服どこで手に入れたのよ」
いよいよ彼女──リズと呼ばれた少女の言っている事がわからなくなってきた。会話が噛み合っていないのか、そもそもお互いの理解の範ちゅうを超えているのか。
清太はそれに少しばかり苛立ちを覚える。
「それと俺の制服に何の関係があるんだよ!」
思わず声を荒げてしまったが、当の彼女は気にした様子も無く、淡々と説明を続けた。
「だって魔法の存在さえ知らないって事は、メイジでもなければ貴族でもないでしょう?」
言ってる事も理解できないが、それよりも貴族という言葉に驚かされた。
そんなもの、歴史の教科書でしか見たことがない。やはり何かの冗談か、もしくは夢か。
いろいろ考えているうちに、清太はいくつか不審な点に気づく。
──あれ、そもそもここどこだ?
混乱していた為考える余裕がなかったが、今おかれている状況は理解しがたいものであった。
まずは後方に見えている西洋建築の城。そして次に、見渡す限り一面に積もった雪。日本国内にあんな城があることは知らないし、ましてや雪が降るのは季節的に早すぎる。
そして唯一そこからわかることは、少なくとも自分が元いた場所ではないということ。
清太はそれを確かめるべく、リズに自らが住んでいた地名を尋ねることにした。
「あのさ、もしかして・・・・・・」
だが、清太がたどり着いた答えをリズに確認するよりも少し早く、何者かによってその会話が遮られた。
「はいはーい!おしゃべりはそこまでよ!」
自分達を含め、周囲にいた全員がその声の主に注目した。
どこにいても目立ちそうな、長く燃えるように赤い髪。どこか気品の高さを感じさせる高くも低い声。そして一言で体型を表すなら、ナイスバディ。そんな一人の女性が、手を叩きながらこちらへやってくる。そしてリズと清太の前で立ち止まると、にっこりとほほ笑んだ。
「こんにちは、リーデルさん。それと黒髪の坊や」
そんな彼女を余所に、リズと清太は茫然と女性を見つめた。
「あらあ、そんな心配しないで?別に怪しい物じゃないわよ?」
そう言うと、彼女は懐から羊皮紙を取り出した。
その羊皮紙には清太が見たことがない文字が書かれていたが、リズはスラスラと読んだ。
「テューダー魔法学院教授補佐、キュルケ・フォン・ツェルプストー・・・・・・?」
「そうよ、はじめまして。今年からあなた達の授業のお手伝いをする者よ」
それでもいまいち状況が飲み込めないのか、リズは漠然としない表情だった。
「驚かせてごめんなさいね。ちょっと彼を借りたくてお邪魔したのよ」
そう言うとキュルケは清太を見つめる。その大人びた表情は、年上特有のどこか吸い込まれそうになるものがあった。
その大人びた雰囲気と、キュルケの胸元で揺れる二つのそれに、清太は動揺と期待で顔を真っ赤にした。
リズもそれは大そうな美人だが、キュルケはそれで素晴らしいものがあった。そして清太は無意識のうちにリズとキュルケを見比べるのであった。
「お、俺ですか?」
「そうよ。それで、ちょっと借りていいかしら?」
「はい。まだ契約の儀式もしていませんし、そもそも彼は私の物ではありませんので・・・・・・」
少し困った表情で、リズは首を縦に振った。
「そう。じゃ、ちょっとごめんなさいね?」
キュルケはすぐに清太に腕を回すと、そう言い残して半ば無理やり城の方へと引きずって行く。
そしてそんな二人を見ながら、リズは思うのであった。
──あの人、何だか気に入らないわ。それに清太とかいったかしら。あいつ、私とあの人を比べた・・・・・・
次第に小さくなっていく二人の姿を見ながら、リズはきゅっと唇を噛むのだった。