「やっと信じる気になったかしら?」
腰を抜かした清太の目の前で、半ば呆れた表情のキュルケは溜め息をついた。
「はあ。信じますよ・・・・・・」
そしてまた、えらく元気を無くした清太も溜め息混じりの返事をするのであった。
「あなた、ずいぶんと往生際が悪いわね」
「そう言われても。いきなり魔法を信じろって方が無茶ですよ・・・・・・」
そう言うと清太は肩を落とし、二度目の溜め息をつく。
つい先ほど、中庭より見えていた西洋建築の城──正しくはテューダー魔法学院の本校舎──へと連れて来られた清太は、その中にある少しばかり広めの部屋に案内されていた。そこでキュルケによって、それまで全く信じていなかった魔法をまざまざと見せつけられ、見事腰を抜かす羽目になった。
彼女によって披露された魔法は様々で、最初は単純なコモンマジックから始まり、やがてはトライアングルクラスの上級魔法までフルコースであった。しかし魔法の存在を知らない清太にとっては、コモンマジック程度だと何かの手品にしか見えないのが現実である。
するとそこで『もっとすごい魔法を見せてくれ』なんて言ったものだから、魔法を信じたくない清太と、信じさせたいキュルケの壮絶な戦いが始まってしまったのだった。
結果としては清太が惨敗、というよりもやむなく信じる形になったのだが、最後に見せたキュルケのファイアーボールは流石に応えたらしい。清太は驚きから床に座り込んでしまった。
「いや、驚かせてしまってすまない」
そう言って口を開いたのは、部屋の隅でキュルケと清太のやりとりを見守っていた男性だった。
彼は身の丈ほどの大きな杖を持ち、眼鏡をかけていて、年は三十代後半といったところだろうか。足首までありそうなローブを身に纏い、いかにも〝魔法使い”と言わんばかりの格好である。
彼は腰を抜かした清太にそっと手を差し出すと、そのまま引き揚げた。
「いえ、気にしないでください」
「そうか、ありがとう。私はジャン・コルベールだ」
そう言うと再び彼は手を差し出す。清太はその手をとり、がっちりと握手をした。
「浅海清太です」
「どうも、セイタ君。それで・・・・・・あちらにいらっしゃるのがこのテューダー魔法学院の学院長、ホーキンス・アルスター学院長だ」
コルベールはそう言うと、部屋の奥にある立派な椅子に腰かけたもう一人の男性に目をやる。
「はじめまして。ホーキンスだ」
「は、はじめまして・・・・・・」
清太は先ほどの魔法に続き、またもや驚いた。ホーキンスはにっこりとほほ笑んではいるが、その貫禄はどう考えても一般の人間が持ち合わせているものではない。もしこの世界に戦争があるならば、一つや二つくぐり抜けていてもおかしくはなさそうだ。何も知らない清太が見てもそう感じてしまうので、よほどの人物なのは間違いないだろう。
「はて、本題に入ろうか」
いつの間にかホーキンスの笑顔は消え、その表情は硬く真面目なものへと変わっている。
「セイタ、これから話す事を落ち着いて聞いてもらっていいかしら?」
それはキュルケやコルベールも同様であった。
しかし未だに混乱から解放されない清太にとって、今更冷静になるのは不可能であった。
「はい・・・・・・」
力無く頷く清太に、キュルケは少し困りながらもゆっくりと説明を始めた。
「魔法は信じてもらえたかしら?」
「ええ、まあ」
最初は半信半疑だったが、もはや手品の域を超えた現象に、信じる他選択肢は無かった。
「なら早いわね。薄々は気づいていると思うけど、ここはあなたがいた世界ではないのよ」
「やっぱりそうですよね・・・・・・」
どうか違ってくれと思っていた自らの予想は、見事に的中してしまった。やはりここは自分が元いた世界ではない。つまりそれは“異世界”を意味する。
中庭から見えた風景と聞きなれない地名、降るはずのない雪と手品を超えた超常現象。もはや異世界ではないと否定するほうが困難である。
「あら、そこだけは素直に受け入れるのね」
「そりゃあ、あんなもの見せられたら」
しかしここで疑問に思うことがあった。
──なんでこの人達は俺が異世界から来たって知ってるんだ?
それはごく自然な疑問であった。自分でさえ異世界と気づいていないのに、それを彼らが先に気づくはずがない。現にリズと名乗る少女は、別の世界の人間と疑いもしなかった。
では魔法を知らないからだろうか。そうとも考えたが、それをリズに説明した途端に“平民”などと言われてしまった。
出口の見えない疑問にしばらく自問自答を繰り返したが、満足のいく答えは一向に出ない。困り果てた清太は、やむなくその答えを知っているであろう彼らに尋ねることにした。
「あの、一ついいですか?」
しかしコルベールの答えは、清太が期待していた答えの遥か先だった。
「君が異世界から来たことをなぜ知っているか・・・・・・かね?」
「は、はい」
まるで最初から知っていたかのような口ぶりに驚きを隠せない。
「驚くのも無理はない。私たちは過去に君と同じような少年と出会っているんだ」
そう言うとコルベールは、この“異世界”に関する事を話してくれた。
清太が召喚された使い魔召喚の儀式、貴族と平民の違い、そしてこのハルケギニアやアルビオンの歴史。どれもかなり大まかではあったが、ある程度の事はかろうじて理解することができた。
そしてもう一つ、清太に関わるかもしれない重要な事として“虚無の担い手”と“伝説の使い魔”という話があった。それは清太がこの世界に召喚された理由や、その結果何が起こるかなど、どれも信じるのはまだまだ難しい内容ばかりだった。
「つまりその・・・・・・彼と同じように、オレが伝説の使い魔だと?」
「いや、あくまで仮定の話だがね」
「その彼は今どうしているんですか?」
自分が伝説だろうが、もはやどうでもよかった。今の清太には、少しでも元の世界に帰れる手がかりを見つけたい。そしてもし彼がすでに元の世界に帰ることができていたなら、自分もきっと帰れるはずである。清太は微かに見え始めた光にすがりたかった。
しかしコルベールから返ってきた答えに、その希望は一瞬にして掻き消されてしまう。
「彼は・・・・・・亡くなったよ」
「え・・・・・・」
「残念だが、もうずっと昔のことだ・・・・・・」
清太はへなへなとその場に座り込んでしまう。その様子を見たキュルケは心配そうに体を支えた。
「大丈夫よ、あなたが帰る方法を私たちも一緒に探すわ」
「そうだセイタ君。我々も手伝おう。まだ帰れないと決まったわけではないぞ」
「はい・・・・・・」
しかしそんな言葉も、ほとんど耳に届いていなかった。
果たして本当に帰れるのだろうか。もしかしたら死ぬまで一生このままかもしれない。そんな不安が清太を支配していた。
するとそれまで黙っていたホーキンスがゆっくりと椅子を立ち、清太の目の前までやってくる。
「彼は・・・・・・帰れないかもしれないという運命を背負いながらも、この世界で勇敢に戦った。なぜなら、この世界で“守るべきもの”を見つけたからだ。そしてそれを守るために、自らが得た力を正当に駆使した。結果として彼は英雄と称えられ、今でも伝説として受け継がれている」
「オレにも・・・・・・そうなれと?」
「いや、違う」
ホーキンスはなぜか優しくほほ笑むと、清太の肩に手を置きながら言った。
「せめてこの世界にいる間は・・・・・・我々はできる限り君を守ろう。何かの縁があって巡り合わされた不思議な力だ。もし君が彼と同じ力を得たとして、それをどう利用しても構わない。無論その力を使っても、使わなくても、だ」
何を言っているんだろう。清太はただ茫然とホーキンスの話を聞いた。
「だから君は好きに生きなさい。何かに囚われて己の本当の希望を失ってほしくない。君がもしかしたら得るであろうその力は、例え自らが望んでいなくてもこの世界を変えてしまい、そして何より君自身を大きく変えてしまう」
窓からの景色を見ながら、どこか遠くを見るような瞳でホーキンスは呟いた。
清太はわずかながらも、彼らが自分を案じてくれているんだと悟った。それは今の清太にとってこの上ない救いである。
「だがもし、君がこの世界に留まる事になったのであれば・・・・・・」
再び清太の方を向くと、今までにないくらい優しく笑った。
「嫁くらいは探してやろう」
そう言うと、かっかっかと高笑いをしながら扉へと向かって行く。そして去り際に、ホーキンスは気になる事を言い残した。
「ああそうだ、大事なことを忘れていた。彼女・・・・・・リーデルとキスをするときは覚悟をもってしたまえ」
そう言って去っていく。そしてしばらくしないうちに、部屋の扉が誰かにノックされた。それに気付いたキュルケが声をかける。
「はーい、どなた?」
「リズ・リーデルです。お呼びでしょうか?」
「ああ!リーデルさんね!ちょっと待ってちょうだい!」
それを聞いたコルベールが急いでこちらに駆けよってくる。
「いいかいセイタ君。これから言うことは一度しか言わないよ。さっき説明した平民と貴族の違いは覚えているね?」
「は、はい」
「これから君は記憶を無くした貴族だ。だから魔法もその使い方も、自分の故郷も覚えていない」
「は、はあ」
「当然、異世界から来たなんて間違っても言ってはいけないよ。それを知っているのは、先ほどまでこの部屋にいた学院長を含め四人だけだ」
「わ、わかりました」
「よし。何か困ったことがあったら、学院長か私、もしくはキュルケ君へ遠慮無く言ってくれ」
「はい」
コルベールは無言で頷くと、キュルケに視線で合図する。それに気付いたキュルケはゆっくりと扉を開けた。
「待たせちゃってごめんなさいね」
「いえ・・・・・・。それで要件は何でしょうか?」
長く待たせすぎたのか、リズは少しばかり不機嫌そうな顔で中の様子を覗いた。
「彼の面倒を見てもらいたいのよ」
「えっ」
清太は驚きの声をあげた。
──なんでよりによってコイツが!
それは嫌だと、必死で目で抗議するが完全に無視されている。それどころか、キュルケに紹介されるような形で清太は前へと押し出された。しかしリズはそれに気づいていないかの如く、清太を無視する。
「なぜ私が?」
「彼ね、記憶がないのよ。どうやらどこかの貴族の子らしいんだけど、全く見当がつかなくて」
「だからってなんで・・・・・・」
「召喚したのあなたでしょう?」
意地悪そうな笑顔でキュルケはリズに笑いかける。そんなキュルケに言い返す言葉が見つからないのか、悔しそうな顔で黙っている。
「別に隅々まで見ろってわけじゃないんだから。それとも何?夜のお世話までするつもりでいたのかしら?」
「そんなわけないじゃない!」
リズは顔を真っ赤にしながら勢いよく叫んだ。
「ごめんなさいね、冗談よ。てことで、はい」
そう言ってリズに羊皮紙を一枚手渡す。それは先ほどホーキンスが机の上で何やら書いていたものだった。
「これは・・・・・・」
「そうよ。そこに彼がこれから生活する部屋、当面の資金、日用品の調達まで大体の事は書いてあるはずよ」
「これ、私が管理するんですか?」
「違うわよ、彼にその手伝いをしてあげてほしいだけ」
それでも不服そうな顔をしている彼女に、キュルケは小包を投げてよこした。
それを受け取ったリズは、中身を確認して驚いた顔をする。
「これ・・・・・・」
「火竜のツメよ。やたらと探しまわってたみたいじゃない」
「いったいどこで・・・・・・」
「細かい事は気にしないの。ほら、彼を宜しく」
清太は勢いよく背中をどつかれ、部屋の外へと追い出された。それと同時に扉が閉まる音がする。
「いってえ・・・・・・」
清太は背中をさすりながら無意識に顔をあげた。すると息のかかるくらい近くにリズの顔が映る。目線は彼女のほうが一回り下ではあるが、その端麗な容姿は一切そのことを感じさせない。
空のように透き通った青い瞳と白銀の髪。雪のように美しい白い肌は、そんな彼女の美しさを更に引き立てる。
何度見ても見とれてしまいそうになる光景に、清太は思わず息を呑んだ。簡単に言ってしまえば、こんな可愛い女の子に一度として出会った事がないのである。
しかし、ただ茫然と立ち尽くす清太に対し、不機嫌なリズはお構い無しだった。
「近いんだけど」
突然かけられた言葉で、清太は我に返る。
「ご、ごめん!」
「あまり人の顔をじろじろ見ないでくれない?頭くるから」
──ぜんっぜん可愛くねえ・・・・・・。
リズに対する評価が急降下する。しかしそれでも可愛く見えてしまうリズに、清太は少しばかり腹が立った。
「はいはい。わるかったよ」
「・・・・・・まあいいわ。ところであんた何者?」
「何者って・・・・・・そう言われてもなあ」
「仮にどっかの貴族にしても、いくらなんでもこの待遇は良すぎるわ」
キュルケから渡された羊皮紙を開きながら、リズは驚いた顔でそれに見入っている。清太は試しに覗いてみたが、やはり文字が読めないので意味が無い。
「学院寮の一室を与え、そこでの生活またはそれ以外での活動における経費の提供。個人の活動に対して制限は設けない・・・・・・」
「そうやって書いてあるんだ・・・・・・」
言っている事もあまりわからないが、それなりに良い待遇を用意してもらえたようだ。しかし清太からしてみると、その待遇よりも早く元の世界に帰りたいのが本心である。
「あんた、まさか字も読めないの?」
「うん」
「完全に平民じゃない。やっぱりどっかの貴族なんて嘘でしょう!きっとあの赤い髪の人も学院長もあんたに騙されてるんだわ!」
「え!ちょっとまった!き、記憶が無いんだってば!」
「言い訳はあんたが灰になってから聞いてあげるわ!」
「灰になったら言い訳できないよ!」
しかしそんな叫びも空しく、リズはまたもや杖を取り出し、それを清太に向ける。
そんな時、先ほどの光景が頭を過ぎる。目覚めた時にはすでに爆発した後でどれほどの規模かは把握できていないが、あの状況からすると相当な爆発だったに違いない。そんな事をここでされたら一溜まりもないのは目に見えている。
「ちょっと!杖はやばいって!爆発するよ!」
しかし清太のその一言に、リズはピタリと動きを止めた。
「今、何か言ったかしら?」
そこで清太は、自分がとんでもない失敗をしたことに気づく。間違いなく言ってはいけない言葉を口にしてしまった。恐らくそれはリズの起爆剤とも言える言葉だ。
──恐らくコイツは“爆発”という単語に対して過剰に反応する・・・・・・
先ほどの出来事から推測するに、恐らく間違いないだろう。それにいち早く気づいた清太は、必死で言い訳を考えた。
「え、えと・・・・・・ほら!す、素敵な花火がドーンって・・・・・・」
両手を広げて花火を表現する。だがあまりにも苦しい言い訳に、額から冷や汗が垂れるのが感じられる。
そして当然、そんな苦しい言い訳が通用するはずもないのである。リズが必死で冷静を装っているのが見て取れるほどに、体がわなわなと震え始めた。
「そ、そのドーンは何を表わしているのかしら・・・・・・?」
さっそく追い詰められた。これではどっちにしろ“爆発”という単語を使わなければならない。しかしそれを言ってしまえばそこまで、清太は灰になるだろう。
必死で逃げ道を考える清太に、痺れを切らしたリズが詰めに入った。
「どうしたの?黙ってちゃわからないわ」
突然飛んでくる大きな威圧感。その先にいるリズを見た清太は、あまりの恐怖から後ずさる。
言ってはいけないのはわかっている。しかし、次第に大きくなっていくリズのドス黒いオーラによって、それすら理解できなくなっていた。
「ば・・・・・・」
「ば?」
「ばくはつ・・・・・・?」
気付いた時には遅かった。次の瞬間、ドーン、という大きな音と共に清太は白い光に包まれた。
その様子を見たリズは満足したのか、ぽつりと呟く。
「やだわ。魔法って一度もまともに成功したことないのよね・・・・・・。私って才能ないのかしら」
リズは少しばかり不思議そうにしながらも『まあいいわ』なんて呟きながらその場を後にした。
そしてそれを聞いた清太は『じゃあやるなよ・・・・・・』と言おうとしたが、そこで力尽きてしまうのであった。
その頃、コルベールとキュルケは日が昇りきった空を窓から眺めながら、午後のひと時を楽しんでいた。
「何かしら、今の揺れ」
「さあ、何かあったんだろう」
空になりかけたカップに、キュルケが紅茶を注ぎ足す。それを確認したコルベールは礼を言うと、カップを口に運んだ。
「ところでジャン、あんな嘘ついてよかったの?彼にとってあまり良いことでは無いと思うんだけど・・・・・・」
「サイト君のことかい?」
キュルケは無言で頷く。それを見たコルベールは、窓の外に視線を向けた。
正直なところ、コルベールもあの時の“サイトの死”という嘘は咄嗟のものだった。本当は真実を教えてあげたいし、虚無の力をもってすれば元の世界に帰れることも教えてあげたい。それは彼自身の本心であり、良心である。
しかしそれをしなかったのは、何かまた不吉な事が起こる前触れではないかという不安がコルベールにあったことと、そしてもう一つ、個人的な理由があった。
「そうだな・・・・・・。何故かわからないが、彼に期待してみたくなったんだ」
「期待?」
それを聞いたキュルケは不思議そうな顔をするが、コルベールはそれ以上何も語らない。だがキュルケも何かに気づいたように、それ以上何も口にしなかった。
そんな二人は、日が茜色に変わるまで、ゆっくりとその小さな時間を満喫するのであった。
-あとがき-
多くの方に目を通して頂けている事に感謝しております。
週一回程度(月曜日の深夜)の更新を目途に、時間を縫って書いていこうと思っています。
もし宜しければ、続編にもご期待頂けると幸いです。