美神の眷属が女神そっちのけで酒場に入り浸っているのは間違っているだろうか   作:ぴえんふー

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11話 崩落

 

 

 

 

 ――――その姿が、俺の眼に焼き付いて離れなかった。

 

 緑金の髪が風に揺れる。

 妖精によって奏でられた詠唱と共に現れた大光玉の余波に、貯水槽中が揺り動かされた。

 

 俺の魔法によって生み出された北風が、春の穏やかな風に代わる。

 

 爆散したモンスターはその命を使い果たし、風の残り香に乗って消えていく。

 

 はためく緑の外套。ケープより除く妖精の耳と、切れ長に灯る空色の瞳。

 

 怪人が吹き飛んだ奥の空間に灯る緑光によって地平に沈む夕闇のように照らされるその美貌。

 

 それはこの都市において誰よりも、『妖精』と称すのに相応しい。

 

 冒険者リュー・リオン。

 

 その在りようを克明に刻み付けられた、得難い戦場だった。

 

 

 

「――あの、魔法は」

 

 

 

 だが、それ以上に。

 

 

 それ以上に感じ取ったのは、己の胸の内に燻る名状し難き()()()

 

 

 心の臓がさざ波たつ。

 

 背骨を伝う百足(ムカデ)の如き悪寒と、美しいものを目にした内外の矛盾を体が拒絶する。

 

 風化した石に刻まれた碑文を読み取ろうとして、見えているのに見えないもどかしさ。

 

 そこにあるものはわかっているのに、言葉に出来ない。

 

 そこにある筈なのに見えない。

 

 

 その答えを、俺は確かに知っている筈なのに――。

 

 

「……いや、今はそんなことより」

 

 脳裏に掛かった靄を視界を閉じて振り払う。

 胸が詰まる不快感を、手前にあるものに手が届かないもどかしさを、今だけは無視する。

 

 勝敗は決しただろうが、それはあくまでこの場においての話。

 

 何より『直感(アビリティ)』が戦闘状態を脱せず、未だに警笛を鳴らしているという事実は、戦闘後の緩慢を許す理由にはなり得ない。

 

 刀身を納め鞘を腰へと携えて、未だ敵を見据えるリューさんの元へ駆け寄った。

 

 その視線の先には、大光玉の残滓を見据え元の暗闇に戻ったその先を見つめている。

 

「リューさん、ヤツの正体は」

「はい。間違いありません。五年前の『死の七日間』は『闇派閥』の手先として、四年前の『二十七階層の悪夢』においてはその事件を主導した男……死んだ、と思われていたのですが」

「それが生きていた――となれば、本人に聞くのが一番早いでしょう」

 

 振り向きざまに刀を一閃すれば――あれだけ立ち込めていた粉塵が斬り払われる。

 

 二手に(わか)たれた煙霧。

 

 実体のない筈のソレは、鋼の流麗な切り口を鮮明に浮かび上がらせ、しばらくすると()()()()()()()()()()()()()()霧散し、何層にも視界を阻んでいた塵が晴れてゆく。

 

 そこには魔法によって焼かれ、剣で切り刻まれた無惨な怪人の姿があった。

 

「はぁ、はっ、……、ッ! ぐ……!」

 

 獣骨の鎧兜は砕け、すすけた白髪はべったりと血で塗り固められている。

 

 整わない呼吸からは今にも俺達を射殺さんとする憤怒と、体を支配している激痛に耐えかねるがゆえの激情を感じ取った。

 

 白い装束は大光撃によって燃えて(すす)となり、衣の下はズタズタとなった薄紅の血肉を晒す。

 

 斬り飛ばした右半身からは未だ出血が止まらない。

 痛みに堪えて傷口を抑える右手からは夥しい量の血が流れ、リューさんの光撃によって焦げた全身を濡らしていた。

 

「……あれだけの傷を与えられてもなお、意識が残っているとは」

「俺の魔法と斬撃でリューさんの魔法が確実に無防備で通るようにした筈ですが……恐ろしい耐久力です」

「アビリティでもない、スキルや魔法の気配も感じないのはいったい……」

 

 通常であればとっくに死んでる筈のダメージ。

 

 リューさんの話を聞くに、アレも一応は元冒険者。恩恵を刻んだ体はちょっとやそっとで死ぬことはないが、あの状態では気休めにもなりやしないだろう。

 

 だからこそ、それでも生きている敵の現状を彼女は訝しんだ。

 ダンジョンに通じ、経験を積んでるからこそその困惑はひとしおだろう。

 

 だが俺に限って言えば、冒険者となって浅い経験がここに来て功を成した。

 

「――――な」

 

 隣で息を呑む声がする。

 信じ難いものを見た頭の処理が追い付かず、空白となった思考が絞り出した声音は彼女の驚愕のほどを如実に表出させている。

 

「……元々、気配で純粋な人間じゃないというのは見当をつけていましたが――」

 

 だが、それも無理もない。

 

 まともであればあるほど、ダンジョンや冒険者というものを忠実に知っていればそれは逃れられない感情だ。

 

 俺自身、直感(アビリティ)が無ければ彼女と同じような反応を返していたことだろう。

 

 やがて怪人が纏っていた装束が破れ、石床に散っていく。

 

 露わになった怪人の胸元にはここに来る道中で見せた――極彩色の魔石が戦闘の余波によって綻びを見せながらも、爛々と輝いていたのだから。

 

「――まさかモンスターと冒険者の要素を兼ね備えた存在が居たとは」

 

 言うなれば怪人(クリーチャー)

 

 人間でも無ければモンスターでもない。

 

 魔石を喰らい『強化種』として誕生した結果、知能のようなものを持つモンスターや武器を使うモンスターは存在する。

 

 だが、ここまで人間としての要素を残しながらも既存の種族から逸脱した存在は神が降臨する以前の『古代』においても観測されたことはないだろう。

 

「それで、どうして死んだ筈のお前は此処に居た。どこで頭数を揃えて、何を企んでいる。怪人――オリヴァス・アクト」 

 

 その名を口にした途端、周囲の空気が張り詰める。

 

 リューさんはオリヴァスを睨みつけ。

 奴はまるで処刑される直前の囚人のように、作り物めいた凶笑を浮かべていた。

 

「これで、勝ったつもりとはな……!」

「この場においては少なくともそう見えますが」

「舐めるな、『彼女』よりこの力を授かった私が、神の恩恵が無ければ戦えないお前達に斃されるなど――!」

「ああ、それなら――」

 

 ――よく、自分の姿を見た方が良い。

 

 俺のそんな言葉に答えることなく、オリヴァスは立ち上がらんと血塗れの身体を起こす。

 

 だが、()()()()()()()

 

 逆に動こうとした体は否が応でも、オリヴァスに己の現状を理解させられたように、血の色の消えた驚愕をその表情に浮かべた。

 

「どういう、ことだ」

 

 傷口から煙を上げているオリヴァスの肉体。

 

 それはリューさんの魔法によるものではなく、紛れもないこの男の身体から発生していた。

 

 それは胸元に埋め込まれた魔石によるものか、出血は既に止まっている。

 

 リューさんが付けた傷も、俺の魔法と剣で斬り付けた傷も既に再生を迎えている。

 

 それを察したリューさんが、再度油断なく武器を構えた。

 

「……っ! レンリさん、オリヴァスの身体がもしモンスターと同じ構造ならこの男の傷は――」

「大丈夫です。()()()()()刃を振るいましたので」

「……? どういうことです」

 

「ダメージを認識させないように斬ったということです」

 

 けれど、それだけ。

 『再生』は進んでも、『治癒』にまで至っていない。

 じわじわと煙を上げていた切り口と表皮が、未だ止まることがなく煙を吐き続けている。

 

 それが示すところの事実はただ一つ。

 

 その傷はある程度の段階を迎えても――決定的に()()()()()()()()

 

「ば、馬鹿な……!? 馬鹿な馬鹿な馬鹿な、そんな馬鹿なことがあるかぁ……ッ!!??」

 

 文字通り、怪人は狂った。

 

 駄々をこねる子どものように、抑えきれぬ癇癪をそのまま口にしたように、喚きを上げる。

 

 それは『彼女』とやらに与えられた力が通用しないという現実からの逃避か。

 

 あるいは、目の前の存在に対する不理解から来る拒絶ゆえの言葉なのか。

 

 尻餅を着き、額に脂汗を浮かべる怪物モドキの揺れる黄緑の双眸からは、伺い知れることなど何ひとつ存在しなかった。

 

「……何をしたのです?」

「何も。ただの技術ですよ。()()()()()()()()()()()()()()()の邪道の剣です。『死んでない傷』が治る道理はないでしょう……とはウチの治癒師(ヒーラー)の受け売りです」

「『女神の黄金(ヴァナ・マルデル)』の……」

 

 何ひとつ驚くことはない。

 こんなものは子ども騙しだ。

 『戻し斬り』の応用、とでも言えばわかりやすいだろう。

 

 生憎と、治らない傷の厄介さは身にしみている。

 

 だがそれすらも『覇者』には何一つ届くことのない、小手先にしかならない、大道芸の小道具に過ぎない。

 

 俺に団長のような剛剣を扱う力も、絶対防御と称される肉体があるわけでもなかった。

 

 ましてや白妖精のような魔砲、呪われた剣を振るう力もなければ、圧倒的な連携だって取れやしない。副団長のような速さも、俺は持ちえない。

 

 正道では届かないと早々に理解させられたから、こんな道芸じみた邪剣ばかりが上手くなった。

 

 ただ、だそれだけの話なのだ。

 

「――――聞け、オリヴァス・アクト」

「……っ!」

 

 誰の声か、底冷えする低い声がしんと響き渡る。

 向けられた言葉の先には息を呑む怪人の声なき声。

 つう、とこめかみを伝う脂汗を伝う様は、どこまでも人間らしい。

 

「敵の配置は。敵の数は。これだけの数と質を揃えた手段は」

 

 かつかつと、オリヴァスとの距離を詰めていく。

 

 靴底が地面を踏みしめる音が不規則に刻まれ、辺りは音を溶かすような静けさに包まれている。

 

 戦闘状態でなくともわかる、俺の接近に伴って敵である男が足掻くように後退した。

 

 だから、思い出す。

 

 雑念があれば死ぬのは己と叩き込まれたからこそ、ここまでしまい込んでいた感情(モノ)

 

「敵の数と、配置は。お前は此処で何をしていた」

 

 脳裏に浮かぶ、浴びる血で笑う怪物の祭歌。

 

 神への憎悪、冒険者への嫌悪。その正当性を謳い、信じて疑わぬ狂信者(ファナティック)

 

 ソイツはまだ死んですらいない。

 

 片腕が吹き飛び、全身が切り刻まれただけで揺らぐ狂信、取り戻された人としての理性。

 

 己を懸ける事も無ければ、己の理想に酔うこともない。

 

 そのような信仰で何を成したのか。

 

 それを、こいつは。

 

 あろうことか、街を護ろうと足掻いた善良な冒険者を、戦士達を――生餌にしやがった。

 

 

「フン、貴様に『彼女』のことなど話すワケが――」

 

 

 ――――高々と嗤いを上げようとした顔面を、拳が貫いた。

 

 

「ご……ぉ!?」

 

 崩れた瓦礫の山ごと吹き飛び、石柱へと叩きつけられる白い体躯。

 

 舞い上がる煙霧が立ち込め、声にならない苦悶がオリヴァスの砕かれた鼻から漏出する。

 

 拳には鈍痛。打撃が実質的に無効とされる相手には意味のない攻撃だろうそれは、それこそ振るう方が命がけとなる。

 

「なん、だ、これは……!?」

 

 だが、あの男は貫いた拳によって苦しみ悶え打ち回っている。

 

 歯が抜け、傷ついた人体の生理として流出する血を止めることが出来ない。

 

 奴の体の構造は一連の戦闘で把握した。

 秘めたるあらゆる能力と仕組みはモンスターと類すれど、それを支えている姿カタチは人間のソレである。

 

 であれば、手がないわけじゃない。

 

「なんだ、この痛みは……!? 種を超越した私が、『彼女』によって選ばれたこの私がこのような小手先の技に――!?」

 

 それは遥か東。

 

 海を越え大陸を越え、太陽が出ずる極東に在る国に伝わる『剛』を制す『柔』の絶技。

 

 外部ではなく内部へ、先程の『生きた傷口』と原理と源流を同じとする(わざ)

 

 とある武神の動きに魅入られ、ほんの気まぐれによって賜った技術の一つだった。

 

 とはいえ限度はある。

 平時ではオリヴァスでも気にも止めないような攻撃。あれほどの回復力があれば、その膨大な力によるゴリ押しで強引に治療するなり裂傷部分を引き千切るなどしてどうとでもなるだろう。

 

 だがそれも、これだけ弱っていればこのように実践が可能となる。

 

 だが――それを誇るようなことはない。

 

「――レンリさん」

 

 それを、そんな技術を。

 

 この程度の男に、このような尋問にすらならない暴力で行使している。

 

「がぁ……!?」

 

 叩きつけられた石柱へ歩み寄り、その無駄に長い白い髪を掴み上げた。

 

 もう碌に動けない敵の体。

 逃げることもままならない怪人は、ただただその黄緑の瞳を以て俺を睨みつけることしか出来ないが――それも、俺と視線が交わればそれもすぐに凍結する。

 

「――敵の数と、お前の役回りはなんだ」

「ま、待て――」

 

 陥没する。

 

 石壁に叩きつけられる体と、拳が埋め込まれる鳩尾。

 蜘蛛の巣のように壁へ広がる亀裂となった波紋と衝撃を以て、オリヴァスの身体を撃ち抜く。

 

 鈍痛による体の悲鳴を上げることもなく、怪人は最初に現れた余裕を欠片も見せることなく血をえずいた。

 

「お――、あ――」

「いちいち硬いな、お前」

 

 今ので拳が粉砕した。

 

 それもよりにもよって利き腕で、(ひしゃ)げた鉄みたいにみっともなく歪んでいる。

 

 元々打撃が効かない相手に拳を振るった愚行のツケか、じんじんと内側から張り裂けそうな熱と痛みが右腕を伝う。

 

 だが、そんなことはどうでも良い。

 

「が、ぁ……!?」

 

 オリヴァスの首を()()()()()万力の如く掴み上げる。

 尋常じゃない痛みが拳を起点に全身を襲うが、気付けにはちょうど良い。

 

 黄緑の瞳の中にはほんの少しの狂気と、なんとも人間らしい『死』への恐怖が宿っていた。

 

 ――ああ、くだらない。なんたる茶番、なんたる道化だろうか。実に腹立たしい。

 

 人間という種を超越した気になって驕り、今まで殺してきた人間すらも見下すこの男も。

 

 『復讐』という己の目的に一途になれず、このような私怨に力を注ぐ自分も。

 

 本来であれば、この男に対する尋問という合理にこそ従うべきなのに、こんな寄り道をしてしまっている。

 

「仲間の数と、配置は」

 

 なんて愚か。なんて愚図。

 

 なんて、腹立たしい。

 

 俺も、お前も。

 

 どちらも私怨で動き、己の中にある動機のみで生きている欠陥品の癖に。

 

 覚悟も信念もなく、戦場に立つことが出来てしまっただけの存在だというのに。

 

 人は、独りでは生きられないのに。

 

「――早くしろ。今のお前の価値はそれだけだ。でなければ死ね」

「――――」

 

 それでもなお、怪人は口を開かない。

 首を締め上げても、今更呼吸困難で死ぬような体の作りはしていないだろう。

 

 つまりは、そういうこと。

 

 

 なら――殺すか。

 

 

 空いた左手で、貫手の構えをとる。

 

 穂先はオリヴァスの胸で人体と癒着する『極彩色の魔石』に。再生箇所を動作に必要な箇所に優先していたが故に回復を後回しにされ、剥き出しになったままのソレ。

 

 怪人の貌が得も知れぬ感情で染め上げられる。

 

 

 せめてもの手掛かりとしてそれを抜き取らんと腕を奔らせ――。

 

 

「そこまでです」

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()、それは阻まれた。

 

 

「――――」

 

 言葉なく、俺の手を阻んだ彼女――リューさんへ視線を向ける。

 

 どういうつもりなのかを聞こうとし……そこで彼女の顔つきを見て、ほんの少し頭が冷えた。

 

 今更、殺しに対して躊躇を覚えたわけじゃない。

 そんな良心が生み出した迷いは、『洗礼』を受けると決めた時に捨ててきた。

 

 だから、俺が手を止める程に驚かされたのは、もっと別の理由だった。

 

 

 諫めるのでもなく、責めるものでもない。

 

 

 この場にそぐわない、ただただ優しい(かお)がそこにあったから。

 

 

 あまり経験がない表情を向けられて、思わず虚を突かれてしまっただけ。

 

 

「……本当なら、私にはこんなことを言う資格はないのかもしれません――ですが、敢えて言います。あなたにこのようなやり方は、似合わない」

「……」

 

 薄い暗黒の冷ややかな空気の中、暖かい手が貫手を作った腕を伝う。

 胸を貫かんと構えられていた腕は、リューさんの手に導かれるままに下ろされる。

 

 跳ねのけることは、容易だ。

 

 戦力差ははっきりしている。ステイタスはこちらが上回っており、振り払って無碍にすることくらいなんてことはない。

 

 だがそんなことは出来る筈も無かった。

 

 紛れもない俺の身を案じてくれているこの人の気持ちを、俺は、俺だけは無為にすることは許されないのだから。

 

「あなたには、やらなければならないことがある筈です――だから、此処は私に任せなさい」

 

 茫然としている俺を他所に、ほどかれる紐のように穏和な手つきが力なくとも拳を下ろされる。

 

 いくら怪人に掴まれようとも微動だにしなかった右手は簡単に、その男の首を手放した。

 

「……助力を頼んだのが、リューさんで良かったです」

「……先程も言いましたが、私にはあなたを止める権利はない――でも顔も知らない誰かの死を悼む貴方の心は、決して間違いではありませんでしたよ」

 

 満足したように、安堵したように切れ長な空色の瞳が穏やかな輪郭を描く。

 

 そこから一転し、キッとリューさんは尻餅をつくオリヴァスを視線で切りつけた。

 

「情けのつもりか、エルフ……!」

「勘違いするな、白髪鬼(ヴェンデッタ)。お前の命があるのは、レンリさんの気まぐれでしかないと思え」

「っ……!」

 

 オリヴァスの表情にはその顔面には収まり切らんほどの屈辱と、現状への焦燥に満ちている。

 

 手足となる食人花は動かせない。

 動員させていたであろう人員は、口減しと後始末という名目で『生餌』としてこの男自身が排除していることだろう。

 

 逃れられようもない『詰み』を認識させられる現状であった。

 

 

 

 

「――――そうか。その声。あの戦い方」

 

 

 

 ――――直後。

 

 

 怪人に募っていたあらゆる恐怖、焦燥を弾き飛ばす狂気と怒りが、貯水槽を揺るがした。

 

 

「そうか、そうかそうかそうかそうかそうかそうかそうか――!!!」

 

 血走った眼は濁った水晶のよう。

 充血を通り越し流血する歪んだ瞳は、深緑の妖精を映し出している。

 喉を掻きむしったかのような声は憎悪に満ち、その豹変は俺を我に返らせるのに十分過ぎる。

 

 それは正気を失ったのか。

 あるいは狂気を取り戻したのか。

 オリヴァスは同じ言葉を痛みにのたうち回るように口にし続ける。

 

「貴様か、よりにもよって貴様が、我らの前に立ち塞がるか!!! 『疾風(リオン)』!!!!」

 

 それはこれまでには感じ得なかった、明確な殺意。

 これまで冒険者という存在に向けられていた希薄なものではなく、明らかに個人に対して向けられたもの。

 

 それは『仇』へと向ける、心からの憎しみだった。

 

「死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね――!!! かつてのお前の仲間のように惨たらしく、何も残せないまま死ね!!!! 私は、此処でお前に斃されるなど――!!!!!!」

 

 怨嗟のままに、ぐちゃぐちゃになったままの身体で怪人は叫んだ。

 掲げられる左腕。

 そこには今あるだけのありったけの力が込められており――そこで俺は奴の狙いに気づいた。

 

 

 コイツは一体いつ、()()()()()()()()()()()と断じていた――?

 

 

「――――()()()()()ぇぇえええええぇぇぇえ!!!! 食人花(ヴィオラス)ぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

 

 

 全身から血を吹き出しながら号令を上げるオリヴァス。

 指揮官の最後の命令。

 部隊はほぼ壊滅し、命令系統のみを残して敗走しようとしている。

 

 追い詰められた敵がどうするかは二択。

 

 撤退か。

 

 あるいは――特攻か。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!』

 

 

 その声は悲鳴だった。

 俺達という襲撃者によって傷つけられ、死に掛けの肉体より絞り出される文字通りの死力。

 身を引き裂かんとする痛み、己の喪失への恐怖。

 それらを抑え込み、主の最後の命令を忠実にこなさんと怪物は声を上げる。

 

 だが、何処にもその姿は確認できない。

 

「まさか天井に……!」

 

 即座にその狙いを看破するが、それはあまりにも遅すぎた。

 

 天井に罅が入る。

 落下を始める岩石はかつて天井だったもの。

 不規則な格子を描き、亀裂は留まることなく柱から石床にかけたこの場所のあらゆるものに歪な継ぎ接ぎを作っていく。

 

 断末魔が空間を引き裂いたその先には、大量の緑の巨影が映り込んだ。

 

 

「――リューさん!!!!」

 

 

 殺到する食人花の狙いは彼女――ではなく、この貯水槽を支える『柱』。

 

 空間が揺れる。

 軋む音が、否が応でもこの場所の残りの寿命を認識させていく。

 死にかけの食人花が、その体躯を以て次々と柱と衝突し喰い破り、ただの瓦礫へと変えていく。

 

 地下空間において最悪の状況とされる崩落が、彼女を襲う。

 

 

「――――あ」

 

 

 

 抵抗する間もなく、リューさんは俺に抱きかかえられた。

 

 

 




◇とある会議と眷属のやり取り
「今回集まって貰ったのは他でもない――フレイヤ様に関してだ」
「チッ」
「召集とは久しいな」
「フレイヤ様が脱走して以来か」
「てかあのバカが入団してから頻度増したよな」
「というかクソ猫、今舌打ちしただろ」
「言われてますよ、アレンさん」
「そういうてめぇは打てば鳴る白髪馬鹿だろうが……!」
「そんな装飾過多な罵倒してる暇があるなら副団長としてこのわけわからん会議を纏めてくださいよ……!」
「オッタルの話を聞いてもわからんとはめでたい耳だな、アルノ」
「こ、今宵より訪れる、混沌の祭典……! 女神の神意とあらばそれは我らの魂の命題も同義……!」
「だからそれが何かわからな――あ」

発作(アレ)か……」

「「「「「「「アレだ」」」」」」」
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