美神の眷属が女神そっちのけで酒場に入り浸っているのは間違っているだろうか   作:ぴえんふー

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20話 隕鉄

『――『女神の白鷹(ゔぁな・ふれーす)』』

 

 

 眼はおろか感覚器官らしきものがどこにもない能面のような顔だというのに、突き刺さるような眼光を感じ取る。

 

 噛み締めるように人の言葉で紡がれた声の主は間違いなく聞き覚えのあるもの。

 

 はっきりと聞こえたその言葉を聞き届けた直後――獣性に満ちた叫びが階層中に響き渡った。

 

 

『――『女神の白鷹(ゔぁな・ふれーす)』ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――!!!!』

 

 獲物を視界に捉えた獣の返礼は当然のごとく咆哮であった。

 

 そこに以前まで感じていた理性は存在していない。

 だが戦闘の意思を示すように、ばらばらと左手で体毛の様になびいていた触手がその中に生えている左腕を起点に束ねられ、大蛇のごときしなやかな一本を作り上げる。

 

「言葉もなくしましたか」

 

 なのに戦闘の意思は両立し武装らしきものまで用意する精神構造。

 

 これでは情報を抜き取る所ではないか。

 

 ……方法はあるにはあるが、それでは死人が出る。

 

 己の中にある天秤が、ぐらりぐらりと測られる。

 命を取るか。

 それは敵の命か、あるいは味方の命か。

 あるいは、己の目的を優先するか。

 それも未だ足取りすら掴めない仇の手掛かり。

 俺の戦闘に巻き込み、命を張っている冒険者のどちらを優先するか。

 

 ――そんなの、問うまでもない。

 

()()()()()()()()()()()()()()最大派閥の幹部として辛いところですが――」

 

 このレベルの敵が何人も存在しているというのであれば――現状のオラリオを滅ぼすというのも与太話ではない確証を得れただけでも収穫だろう。

 

 そうなれば俺一人で対処できる問題ではない。

 それをどうにか出来ると思えるほどの傲慢さは、ファミリアに入団してすぐに捨てた。

 

 だからこそ敢えて、断言する。

 

 

「関係ない、俺は――戦士だ」

 

 

 そう呟いた直後――しなり唸り蛇行を描く細長く強靭な白い線状の影が飛来する。

 

 それがオリヴァスからの攻撃だと理解するのに数秒もいらない。

 頑丈に作られた貯水槽をその質量と数で以て崩壊させた攻撃力に、鞭の特性が乗算される。

 そこに怪人(クリーチャー)の膂力が加わればどうなるか。

 

 束ねられた触手の穂先は、その初速から音速を超えていた。

 

「――――!」

 

 文字通り大気を切り裂くソレに鞘を盾としてあてがうことでその軌道を逸らす。

 

 速さが音を超えて無音。

 速度が法則を超越する不可視不可逆の軌跡を描いて、白い鞭の切っ先は脇へ流れながらもその射線にあるものの全てを穿ちながら視界の外へ伸びていく。

 

 遅れてやってくる破砕音。

 めくれ上がった岩盤の如き瓦礫が宙を舞う。

 鞘の防御では受け流しきれなかった鞭の威力が、鈍く腕から全身を伝播する衝撃に感覚を消失させる。

 

 そこに以前の戦闘スタイルの面影は一切感じない。

 獣であるが故の最適解。人でなしが故の攻撃性。

 

 人らしい迷いもなく、あるのは本能に忠実な獣性で力を振るうからこそ、真の怪人に足りうる。

 

「前よりも速いな――!」

 

 返す言葉もなく、その三本爪の剛腕が俺に向けて叩きつけられる。

 

 剣による迎撃は間に合わない。

 

 唸りながら迫りくる肉塊を腕でいなし、地面へ埋め込むように叩きつけた。

 

 宙に舞う己の身体。遅延し反転した視界。

 逆さになった視界で鯉口を切り、斬撃の照準を絞る。

 狙いは一瞬。

 取り回しが悪い大きな右腕と、防御に向かない左腕。

 

 それゆえに対応が間に合わずがら空きになった白い胸元。

 

 小手調べに、魔石があったであろうその箇所を上から三枚に下ろす。

 

 

 だがその直前――にやりと、顔の無い口が吊り上がったのが見えた。

 

 

『――――!!!!』

「……! 刃が――」

 

 一呼吸の間もなく放った三条の銀閃。

 白い体に奔る赤い血肉を覗かせる線に、肉を断ち切る確かな手応えを感じ取る。

 

 だが、出血しない。

 

 間違いなく手応えがあった筈が、()()()()()()()()()()傷が一切生じていない白い体躯がそこにはあった。

 

『っ――――!!』

 

 お返しとばかりにオリヴァスの右腕が音速を纏って振るわれる。

 直撃すれば圧死は免れないソレを真っ正面から受け止め、投げ技を決めようとして――その異常な筋肉より放たれる力の奔流を受け流しきれず、()()()()()()()()()()()()()()

 

「づぅ――――!!」

 

 吹き飛んだ体が家屋を貫き吹き飛ばす。

 その速さから全身に襲い掛かる痛みに悶える暇すらない。

 勢いを殺そうと受け身を取るがそれでも殺しきれず、岩山を撃ち抜く弾丸と化しながら瓦礫と岩の破片を周辺に吹き飛ばしていく。

 

 鈍く広がる衝撃と痛みで、未だに五感が遠のいている。

 ぼやけた視界が測り、突き放された間合いは距離にして30M(メドル)

 大きな水晶を背中でへし折って、ようやくその勢いが死んだということを理解出来た。

 

「受け流して、コレか」

『オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』

「下手したらL()v()8()とか、やってられませんよ――!」

 

 陥没した地面に投げ出された俺への追撃として()()()()()家屋、水晶、岩盤。

 対処を誤れば圧死が即確定する質量が、投げるというよりもはや射出に近い嘘のような速度で俺の元へ飛来する。

 

「は――!」

 

 それを両断し、蹴り返し、殴り砕く。

 刃から伝わる速さ、足より伝わる重さ、拳より伝わってくる痛みから感じる今のオリヴァスの力はもはや以前とは比べるべくもない。

 

 そして考察する間も与えるかと言わんばかりに――投げ出された岩盤に、鋭利な亀裂が奔った。

 

『――――!』

「チィ……!」

 

 悪寒の様に迸る『直感』に従い刃を傾ければ、鋼の上を白い有機の縄が蛇行しながら火花を散らし、穂先が顔のすぐ横へと逸れていく。

 

 投擲に混ぜた左手の鞭による視線誘導と囮の重ね技。

 

 岩盤で隠した鞭はあまりの速度で受けた刃が吹き飛びそうになるのをどうにか堪え――それでも力を受け流しきれず再度吹き飛び、森を吹き飛ばしながら叩きつけられた。

 

「ごほっ……最初に接敵したのが、俺で良かった」

 

 せり上がってくる血の香りをべっ、と吐き出す。

 今のオリヴァスは街に居る冒険者では手に余る……などと言う傲慢を口にする気はない。

 否、それどころか俺にすら手に余る怪物となってこの男は帰ってきたということを否が応でも認識させられる。

 

「【フレスベルク】」

 

 とんでもなく痛い。

 鈍痛と打撲、服の下に出来た裂傷と内出血で動きと呼吸が今にもが止まりそうだ。

 

 だが()()()()()

 

 詠唱し、鏃を距離を突き放したオリヴァスを中心に円状に展開する。

 眼も無ければ鼻もない。口は何か別の用途があるように思えて、特に秀でた感覚を持つようにも見えない。

 

 であるのなら、俺を今もなお観測する手段は限られる。

 幸いなのはこれほどの力を持つ怪人の狙いが俺に絞られているという点か。

 周囲は未だに食人花の対処に追われている。そこに目の前のコレが駆けつける事態など考えるだけで恐ろしい。

 

 だからこそ、その魔力へ過剰に反応する感知能力を利用させて貰う。

 

「感知範囲が以前より広いし速い――ただ」

『――――!』

「目があった前の方がよく見えていましたね」

 

 周囲に展開される十数もの鏃を見て一瞬、戸惑う様に停止した白い怪人。

 停止する鏃と回転を続ける鏃。それらに緩急をつけて鏃を一斉に掃射する。

 

 貫通には至らないが、問題はない。

 

 鏃とは、対象に突き刺さってから効果を発揮する。

 

「【氷葬(フロス)】」

 

 耳を(つんざ)き虚空に円を描いて広がる蒼の光体。

 肉を捉え半ばまで貫く鏃の穂先より光が漏れ、刺し傷から漏れ出るように内側から爆散鍵(スペルキー)と共に氷の衝撃波を撒き散らした。

 

 いくつにも重なった氷結の爆発が轟音となってオリヴァスの身体を覆っていく。

 氷像となった敵の体、その直上。

 青く発光する冷気の残滓を斬り払い、脳天めがけて兜割りの要領で黒鉄の刃を振り下ろす。

 

「――やっぱり」

 

 またもや斬り付けた刀身より伝わる妙な手応え。

 刃に伝わる感触は本物だった。凍傷で肉が壊死する現象を利用して剣を通りやすくした筈で、実際に思惑通りに剣を振るった。

 

 だが氷像の中の怪人は、それに構わず頭を動かし視線らしきものをこちらに寄越している。

 

()()()()()()()()()()()()()()、のか……?」

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!! 『女神の白鷹(ゔぁな・ふれーす)』ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!』

「うぉ――」

 

 考察する間にも氷像が爆散し砕け散り――階層中に響き渡り拡散する咆哮で体が吹き飛んだ。

 

 モンスター特有の強制停止(リストレイト)を促す大咆哮で、周囲の地面が(めく)り上がると同時に、岩や小石が高速で飛来する飛礫(つぶて)となって全身を打ち付ける。

 

 風圧で視界は機能を失い、至近距離で浴びた大轟音により僅かに耳から出血した。

 

 少しまずいか、と思った頃には既に遅い。

 

 鋭利に尖らせた爪を持った剛腕が俺を握りつぶさんと一歩手前まで伸びて――。

 

「レンリ、さん!」

 

 ――寸前で横から飛んできた緑の影に抱えられ、伸ばされた腕の射線からなんとか逃れた。

 

「レンリさん! 怪我は!?」

「骨が何本か、内臓もいくつか、耳も少しやられましたがポーションの回復で補える範疇です……強制停止(リストレイト)持ちの咆哮の中で無茶をしますね、リューさん」

「停止効果が作用する前に駆けつけただけです! それにあなたほどじゃありません!」

「俺は良いんですよ」

「良くはない!」

 

 着地したのはオリヴァスといくらか距離を取った水晶の上。

 そこでリューさんに抱えられながら、軽やかに降り立つ。

 ……正直アレ相手だと情報が少なすぎる現状においてはどれだけ離れても足りないくらいだが、リューさんが来てくれたのならそれも多少やりやすくなる。

 

 問題は耳やら口やら頭から血を流している俺を見て遺憾の意を隠せていない彼女くらいだろう。

 

 なんて無様か。不甲斐ないことこのうえない。

 

「それよりもリューさん、計画変更です。援護お願いできますか」

「…………」

「リューさん、今は」

「…………わかりました……あの白いモンスターはやはり」

「オリヴァスですよ。辛うじて原形は留めていますがサイズは違うしどういうわけか俺の名前を呼ぶ以外の言語機能が失われていますが、攻撃能力に関してはご覧の通りです」

「成程」

 

 そうして視線を俺から、件の変わり果てた怪人へ移す。

 そこには障害物など知ったことかと言わんばかりに家屋を踏み倒し、水晶を吹き飛ばしながら俺達のいる場所へ邁進するオリヴァスの姿。

 彼女が此処にいるということは、指示通り階層中に広がった食人花の対処を終え、次の戦場へ移動しようとしていた最中だったのだろう。

 

 この切り替えの早さには、本当に感服する他ない。

 

「しかし、あなたを相手取って無傷とは。果たして私でダメージを与えられるか」

「いえ、きっとダメージはあります。ただ以前のように負傷による優位性を獲得するのは難しいかと。実際、斬り付けたのですが()()()()()()()()してきました」

「……ならば例の斬撃は」

「それももう試しました」

「……ということはつまり」

「本格的にリューさんの魔法頼りになるかもしれないです」

 

 やることはシンプルで良い。

 再生のネタを覆すような攻撃能力で以て制圧するか、あるいは一度で粉微塵に吹き飛ばすか。

 

 それに、だ。

 もしオリヴァスの切れる手がこれまで通りの単純な肉弾戦能力のみに限られないのであれば、俺自身も『奥の手』を切るしかないわけだが――。

 

 

『――『疾風(りおん)』』

 

 

 ずん、と圧し掛かかるような思い声が耳に届く。

 静かに、それでいて明確に。

 リューさん個人を特定する怪物の挙動に、進めていた考察は中断させられた。

 

「ご指名みたいですよ。リューさん」

「……すまない、援護を。アレは私の手には余る」

「了解です。隙あらば斬るので、その時は合わせてくれると助かります」

「お願いします――!」

 

 

 消耗分の精神力を補うためにリューさんへ精神力回復薬(マジック・ポーション)を投げ渡し、刃を向ける。

 

 

 

 

 ――――その瞬間(とき)だった。

 

 

 

 

「【我、星ノ災厄】」

 

 

 

 

 

 ――――規格外の『未知』を、傷ついた五感で捉えたのは。

 

 

 

 

「――モンスターが、詠唱……?」

「そんな、ありえない」

「……素体がオリヴァスだからか……? いや、でもこの感覚は――」

 

 目の前のそれは、都市最高の魔導士のものとも、俺が知る限り最高の魔法剣士である白妖精のものとも違う。

 茫然と呟くリューさんの声にあらん限りの驚愕が込められている。

 俺などよりも魔法に富んだ彼女はその異常性を理解しているのだろう。

 

 歪に生える三本爪の剛腕より先に展開される、空に掲げられる広大な魔法円(マジックサークル)

 魔法とは人類の領分だ。

 断じてこのような怪物が、しかも事前情報で知る限りでは魔法が使えなかったであろうことが確かであった男が行使できるようになるものではない。

 それこそが魔法が『叡智』と称される理由であり、仕組み。

 

 

 ましてやそれが。

 

 

 それが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()など、あってはならない。

 

 

 

 

「【地平ニ堕チシ銀ト鉄。血肉ヲ求メシ大樹ヨリ我ヲ縛ル隷属ノ鎖。脈打ツ愚者ノ鼓動ヲモッテ女王(オウ)(ソラ)ヲ捧ぐ】」

 

 

 

 

「長文、詠唱」

 

 そして、光が反転する。

 思考が一瞬、回転数の限界を超えたことで眼前の事象を観測するだけの絡繰りと化した。

 

 それは、巨大な『剣』であった。

 

 魔法陣より生み出されるのは歪んでいながらも俺が携える刀剣と同じ反りを持った、オリヴァスの体格を優に上回るソレ。

 

 夥しい光の帯を纏い、地下空間たる18階層に太陽をもたらしていた水晶の光をその莫大な光源を以て押し返し、陽光を喰む日蝕のように周囲を暗がりへと変えていく。

 

 詠唱が長文になるほど効果が大きくなる傾向を持つ魔法であるソレの『柄』が、その歪な右腕によって掴まれた。

 

「まずい……!」

 

 たまらず、リューさんを抱えて駆け出した。

 

「どうする気です!」

「首を斬ろうにも間に合わない! 技を出そうにも時間が足りない! だから狙いを絞って被害を抑えつつ射線上に居る味方と退避します!」

 

 

 

 

「【堕チヨ。落チヨ。墜チヨ。堕落(ダラク)セヨ。大壊ヨリ出デル獣。終末ヲ担イシ堕天ハ時ノ果テヘ、代行者ノ名ヲコノ身に刻メ】」

 

 

 

 

 光剣が唸る。

 その出力に階層中が震える。

 剣の周囲を光輪が旋回を始め、加速度的にその剣に込められた魔力の密度が向上する。

 大気がその急激な変動に耐え兼ねたかのように軋み、体で感じ取れる程に重く圧し掛かった。

 

 さぁ、と鳩尾の辺りが冷え込む。

 

 その先には、怪我人を運んでいるボールスさんとその一行が居る。

 

「アルノ!? おめー、あのデカブツはどうし――」

「ボールスさん! アレを!」

「あぁん!? せめて言葉にして――」

 

 目にした光景に、ボールスさんが文字通り言葉を失う。

 大気を侵食する尋常じゃない魔力の励起。

 そして彼に存在しているであろう冒険者として眼前のソレがどれだけ規格外か、感覚で理解したのだろう。

 

「――オイオイ」

 

 ぶわっ、と大男の体中から冷や汗が滲んだ。

 

「オイオイオイオイオイオイ――――!!???」

「なんだあれぇ!? お、お前『女神の白鷹』だろ!? なんだよこれ!!???」

「一応モンスターです! エルフ以上の出力の魔法を使ってくる未知の個体ですが!」

「「「はああああ!!??」」」

「狙いはおめーだろーが! とっとと遠くへ行けぁ良いだろう!」

「見るからに範囲攻撃です! 俺を捉えられないと、当たり判定が広い魔法を行使してきました!」

「どうあっても近い俺らは無事じゃねぇってことかよ……!」

 

 理解が早くて本当に助かる。

 もはや一刻の猶予もない。故にこの状況を生み出した張本人へと視線を送り。

 

 

 ――違和感を、覚えた。

 

 

 

 

「【屑ル星を束ねし帯。白亜ノ塔ヲ断チ大地ト共ニ灰塵ニ帰セ。我ニ愛ヲ与エシ女王(おう)ノ命ヲ賜リ号砲ヲ以テ世界ヲ落陽セリ】」

 

 

 

 

 敵は動き続けている。

 これだけの魔力量、これだけの詠唱をこなしながら、奴は()()()()()

 一見すれば動作のうちに入らないソレ。

 

 だがその動きは知っている。

 

 嫌というほど、心得ている。

 

「まさか――並行詠唱」

 

 曰く、大木が如き心。

 不動を手に入れてなお一段階上の動きを目指すという矛盾にして最適解。

 それは詠唱中は術者に多大な集中力を要求する魔導士の弱点を補うためのもの。

 

 それが今、こんな状況で行われている理由はなにか。

 

 直感が囁く。

 眼前の脅威に塗り潰された危険信号が、別の反応を繰り出そうと貌を出す。

 

 そして認識した。

 

 オリヴァスの左腕、その切っ先が――地面に埋め込まれていることに。

 

 

「退避退避退避退避ィ――!?」

「いやもう遅ぇって!」

「結界魔法! 防護魔法! あとなんかスッゴイ盾! 【重傑(エルガルム)】か【九魔姫(ナインヘル)】呼んで来い!」」

「んなもんねぇしこねーよ! 此処がどこか忘れたか! あいつら『遠征中』だわ!」

「喚いてる場合ではない! レンリさんが誘導します! あなた達は可能な限りの護りを――」

 

 

 ――駆け出す。

 

 『直感』が叫びをあげるのを感じ取って、痛みが残る身体に鞭を打って走りだす。

 鞭たる触手の狙い先、俺という『的』を行動不能にする為に出来ることは何かという疑問。

 

 俺に、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なんと小賢しいことか。

 どうやらあんなナリになっても動く頭はあったらしい。

 

 

 その狙いは――腰を抜かして動けないでいる冒険者の首根っこを掴み上げるリューさんだった。

 

 

「――――リューさん!」

「――――え」

 

 

 ――――どしゅ、と何かが身体を貫いた。

 

 

 茫然と蒼の瞳を目一杯に開くリューさんの表情から、色が抜け落ちる。

 そして感情の抜け落ちた表情に塗りたくられる、夥しい量の赤いモノ。

 そんな刹那、ゆっくりと捉えたその眼に映る己の姿に彼女の表情の答えを知って納得する。

 

 白い鞭が、俺の身体を貫いている。

 

 傷つけちゃまずいところを貫かれたのか、妙に力が入り辛い。

 だからか、この鞭に繋がる左腕の膂力もあってか、貫かれたままの身体は自由の利かない空中に宙ぶらりんになる。

 

 それを確認した直後、腹に迸る激痛が全身を伝い、声にならなない叫びが体中に伝播する。

 

 そんな決定的な場面を前に、一同は明らかに凍り付いた。

 

 

 

「【撃チ堕トセ、彼方ノ白鷹ヲ。光ノ嵐ヲ超エテ届ケ、大地ノ剣】」

 

 

 

 

「まだ、だ」

 

 もう、退避も撤退も間に合わない。

 俺が、よりにもよってこんな場面で、最悪の場面をこの場に居る全員に見られてしまった。

 最後まで立っていなきゃいけない筈の俺が、一番やってはいけないことをしてしまったのだ。

 

 けれど、諦める理由にはならない

 

 この場に、見捨てて良い命なんて何一つない。

 両方やると決めた。

 目的の為に何かを捨てることはしない。何かを護るために目的を放棄する気なんてない。

 

 だから、やることは一つだけで良い。

 

 大丈夫。俺なら耐えられる。

 

 何せ俺は、アルノ・レンリという人間は――『あの時』に既に死んでいるのだから。

 

 

「――――【フレス、ベルク】」

 

 

 数えるのが億劫になるほどの鏃を眼前に円状にして展開する。

 

 今あるありったけの精神力を込め、一本一本をより大きく、射出において弊害が生じるレベルまで形状を大きく生成し、前方へと束ねる。

 

 触手に腹を貫かれ、宙に括られたまま前方に手を伸ばした。

 ぐるぐると、重ね合いそれぞれ回る向きが違えた風車のように圧を増した空気を切り裂きながらその回転数は増していく。

 

 やがて空中に描いた氷輪は鏃が放つ冷気より生じた氷の結晶を散らしながら、大華を咲かすように光を放つ。

 

 

 

 

「【我ガ名ハ――白鬼華(ゼラヴィム)】」

 

 

 

 

 ぼやけた視界のなか。

 

 そこで、緑の影を見た気がする。

 

 ……無茶をしないという約束を破った。

 だからきっと怒られるだろう。たぶん、いや間違いなく。

 だが、このままだと人死が出てしまうのだから仕方ない。

 

 

 だから、約束を違えたせめてもの報いとして。

 

 

 薄く、笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「【メテオ・ブリンガー】」

 

 

 

 

「――――ぁ」

 

 

 

 そして――光が、階層を覆った。

 

 

 

 

「【死猟騎士(エインヘリヤル)】、起動」

 

 

 

 




・致命傷を負う。
・仲間を庇うために攻撃に晒されてもなお戦い続ける。
・あくまで明るく振る舞ってる(つもり)の尊敬してる人間。
・未知のモンスターを前に魔法で迎え撃たれ消えていく。

 リューさんのトラウマシチュエーションを確実になぞる白髪。
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