美神の眷属が女神そっちのけで酒場に入り浸っているのは間違っているだろうか   作:ぴえんふー

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ダンジョン「え……????? …………あぁ……」


23話 鍵

 蒼い焔が残滓となって、隕鉄の魔法によって黒く荒廃した18階層を照らしている。

 火に見えるそれは蒼い剣士が放った斬撃――『灼零の蒼翼(バー・レイグ)』によって刻まれた大地の傷痕より漏れ出る冷気の残り香が立ち込めたもの。

 

 飛ぶ斬撃の軌跡を辿った湖は氷河に。

 ぱきん、とどこかで砕けた氷は戦場の静寂を彩る。

 緩やかに広がった寒風は蒼い光と結晶を運んで、迷宮の天幕たる水晶より降り注ぐ光によって、より深い蒼となって階層中を照らしている。

 

「……お……の、れぇ……」

 

 凍った傍から氷の残骸と化していく霜の大地の中に――下半身と右腕を失ったオリヴァスは未だに健在だった。

 

「……再生が……始まらない……魔力が、底を尽いたか……」

 

 その状態は有り体に言って、死に体であった。

 緩やかに崩壊を続ける肉体。

 アルノの斬撃は見事なまでに、オリヴァスの()()()()()()()()綺麗に吹き飛ばした。

 

 だが、『白鬼華(ゼラヴィム)』の核となった本体である彼自身は無事である。

 

 オリヴァスがその身に受けたのは、世界においても有数の斬撃。

 その耐久力とそれらを一身に受けてもなお尽きない生命力は称賛に価するだろう。

  

 だが、それも焼け石に水。風前の灯に対する気休めにもならない。

 

 右腕は未だに再生の兆しを見せず、唯一残った四肢である左腕にはもはや体を引きずって動く余力すら残されていない。

 

 両脚に至っては未だにアルノの魔法の残り火として蒼い冷気が霜と共に体を蝕んでおり、本当の『核』であるオリヴァス自身が消滅するまで幾ばくもない。

 

 地下水路における戦闘とは比べるべくもない、致命的な損傷を前に移動もままならない体は今もの、じわじわと氷結の魔力が火種に焼き付く焔のようにオリヴァスの身体を蝕んでいる。

 

 誰がどうみても、オリヴァスは此処で終わりだった。

 

「――まだ、まだだ」

 

 いつしかのように、上半身しか残らない体を這いずらせ、ここではない地下の階層を目指す。

 

 魔石を接種すればあるいは、などという一縷の望みをかけて、ひたすらに残った左腕を動かす。

 

 背後に迫る『死』の気配に、気づきながら。

 

「まだ、終わらない」

 

 何も変えられていない。

 

 何も返せちゃいない。

 

 何も、始まってすらいない。

 

『――苦しいのか? オリヴァス』

「うる、さい」

 

 幻聴が聞こえる。

 それはいつぞやの悪夢と同じ。

 かつて主と見初めた神の声が、オリヴァスを嗤っている。

 死を振りまこうと志を共にした筈のソレが、死への抗いを嘲笑うように響き渡り、聞く度に狂いそうになる。

 

『大丈夫……四肢をもがれようとも、私がお前を死なせない(楽にさせない)――お前は、死ねない(楽になれない)

 

 そんなものは幻だと、オリヴァス自身が理解している。

 そもそも、かつて仕えた神とは袂を分かった。

 己を生かしていた『恩恵(ファルナ)』は途切れ、地上に主神は存在しない。

 

 この耐え難い苦しみが生み出した妄想などに耳を貸す必要などないことなど、とっくの昔に理解できている。

 

 理解している、が。 

 

「黙れ、黙れ黙れ黙れ……! 私は、彼女に救われた……! (おまえ)じゃない! (おまえ)なんかじゃない! 私は、私は――」

 

 堪らず、と言った具合でありったけの力をこめて振り向く。

 そんなことをしている猶予はない。

 

 だがそれでも、譲れないものがある。

 

 己をこの苦しみから助けてくれた『彼女』を、軽んじられているような気がして。

 

 

 そして視線を向けた、その瞬間――。

 

 

「――大した頑強さです。その生き汚さには流石に感服しますよ」

 

 

 幻聴は虚空に溶け。

 

 そこには、今にも死にそうな体でなお立ち続ける、死神が立っていた。

 

「――あぁ」

 

 そこでオリヴァスは悟る。

 

「……貴様こそ、死に体の癖に……減らず口も大概にするがいい……」

「あなたが倒れ、俺が立っている。それが結果です」

 

 最初の対面は半ば偶然だった。

 二度目は運良く見逃された。

 ならば訪れたこの三度目は必然。

 

 本当の本当に、己はここで終わるのだとオリヴァスは否が応でも理解させられた。

 

「……」

 

 ゆっくりと、それでいて絶対に逃がさないという意がこもった足取りで、蒼い剣士がオリヴァスへ近付いていく。

 

 足音と、握られる武器の音だけが響く静けさは来たる終わりの前兆だろうか。

 

 逃げるべきなのに、逃げられない。

 

 逃げられないのに、逃げようとしている。

 

 その空気に充てられたかどうかはわからない。

 ただ、無抵抗で終わるのは違うと考えたのだろう。

 

 まるで懺悔する罪人のように、怪人は問うた。

 

「私は、どうすれば良かったのだ」

「あなたが始めて、あなたが望んだ結末だ」

 

 淡泊で、突き放すような物言いで刃を向けられる。

 そこに嘗ての激情は感じられない。

 冷酷でもなければ、冷血でもない。

 

 朽ちかけも同然と言える剣士の肉体と違い、流麗な雅さを持つしなやかな刀の美しさは、かつてオリヴァスが対面した時と違わぬ雅さを放って狙いを定めている。

 

 その穂先は負傷で鈍ることなく、突き立てるようにオリヴァスの腹へ向けられた。

 

「私は『彼女』に、何を返せた」

「何も――お前は無意味にここで死ぬ。これはお前が『彼女』とやらの供物として殺し、嗤いながら誰かを食い物にした結果です。何も顧みることのなかった人間には相応しい幕切れでしょう」

 

 怪人の罪状をつらつらと、剣士は述べていく。

 

 お前のやったことは許されない。

 許されて良いことじゃないと。

 命には命に(あがな)えと、怪人を討ち取った死神は判決を下す。

 

 誰かが『死』は平等だと宣ったが、まさしくその通り。

 

 目の前の剣士の役割は等しく、この男にも『死』を与えてやっているだけ。

 

 

「ただ」

 

 

 死神の審判は決し、判決は下された。

 『白鬼華』にとっての仇敵。

 『白髪鬼』にとっての処刑人。

 

 そこに、本来抱くべき感情は不思議と感じられない。

 

 死を振りまかんと多くの命を嗤いながら奪ったオリヴァスよりも、『死』と近しい存在を疎ましく不愉快だと思っていた筈なのに。

 

 オリヴァスはその言葉に深く、聞き入っていた。

 

 

「助けてくれた誰かへ、命をくれた相手へ報いようとする心は――『彼女』とやらに届いたのではないですか」

 

 

 ――――俺は、生きているうちに返せなかったから。

 

 そう口にする剣士の姿に、オリヴァスは碌に動かない体で僅かに目を見開く。

 情けを掛けられたとは思わない。

 アルノ・レンリが眼前の敵に与える情けは、あの地下水路の戦闘でとっくのとうに無くなっていることは既にこの結末が証明している。

 

 当然だ。

 この男は無惨に死んでいった冒険者が報われないことに、誰よりも怒りを抱いていたのだから。

 

 だがそこには、『人間』を殺そうとするただの人間が、そこに居た。

 

 未知の剣を扱う剣士であり、怪物を討ち取った英雄でありながら――それでも喪う物があった。

 

 

「死神、め……私に、慈悲を与えるか……」

 

 

 そんな自己満足でしかない言葉を受けてオリヴァスは皮肉気に――それでいて憑き物が取れたように、笑う。

 

 

「勘違いしないことです。お前は許されない。死んで殺した皆に詫びる義務がある……そして消える前に、答えろ」

 

 

 腹に刃が突き刺さる。

 震えて怯えた寒さは無い。

 怒りを抱いた熱さも無い。

 

 狂いそうになる痛みも、何も感じない。

 

 末端さえ希薄となった体に痛みに悶えるような感覚は、オリヴァスから既に失われていた。

 

 

「――治療師のリンダ、という名に聞き覚えはありますか」

 

 

 静かに。

 

 それでいて、これまで死神めいた剣士の言動に相反する『少年らしさ』を感じさせる熱を孕んだ言葉が口にされ。

 

 ぴくり、とオリヴァスの灰へと還っていく体が反応した。

 

「……知らない……そんなやつの名前は、知らない……」

「……」

「ただ――」

 

 

「――――邪神どもお抱えの治療師がいなくなったことで『闇派閥』の崩壊の一助となった、という話は知っている」

 

 

「――――」

 

 

 今際の際に放たれた言葉に、剣士は瞠目する。

 

 けれどそれも一瞬。

 

 それは己の負った傷などよりも痛みを感じ入るように瞳を閉ざし――それでも開かれた瞳は真っ直ぐと、死に往くオリヴァスを見つめた。

 

 そんな様子に、もはや思うことなど何もないとばかりに白髪の鬼は口にした。

 

「精々、無様に足掻いているがいい」

 

 言葉を選んで、怪人は今際の言葉を口にする。

 慈悲を与えたところで、言葉を交えところで所詮は敵は敵。

 この剣士が敵として己を殺すというのなら。

 オリヴァスもまたこの男の敵として、最後まで在り続けるだけのこと。

 

 

 それこそが――その真っ直ぐな瞳に対する最大の返礼だった。 

 

 

「私を相手に死にかけてるようでは、少なくともあの『化け物』に叶わないのは確かだ」

「……敵の名は」

「貴様も、よく知っているやつだ」

「俺が知っている……か」

 

 

 握られる得物に力が込められる。

 絶命まで直ぐそこ。

 振りぬかれる方向はわかり切っている。

 

 

「ダイダロス通り――人造迷宮(クノッソス)で地獄を見ろ、アルノ・レンリ」

 

 

 腹の上から突き立てられた刀を頭部にかけて一閃する。

 

 

 その言葉を最後に白髪鬼――オリヴァス・アクトは消滅した。

 

 

 『D』と。

 

 そう描かれてた()()を、その場に残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そこに来てようやく、蒼い剣士は意識を途絶えさせた。

 

 膝をつくことなく、刀と『鍵』を握り締めながら立って気絶している冒険者の姿。

 

 その光景は、女の理解の範疇を超えていた。

 

「これでは、どっちがバケモノかわからんな」

 

 湖の底へ沈みゆく氷塊は、冷気を焔のように巻き上げながらその事態を終息させていく。

 灰へと還った白き怪人。

 黒焦げとなった陸地へ血を撒き散らし、途絶えた意識をものともせず膝を着くことのなかった蒼い剣士の姿を観測しているそれは、それこそ虫を見るような無機質さでその光景を見つめている。

 

 文字通り、その戦闘の全てを見ていた。

 

 剣士の亡者じみた執念も。

 剣士を中心に発生した光と、その『声』も。

 その剣士が扱う不可解な斬撃も。

 

 理解はできない。

 

 理解はできないが女――レヴィスは目的を遂行する一点に対しては、いっそ機械的とすら言えるほど忠実であった。

 

「及第点、と言ったところか」

 

 ローブに包まれた頭部より長く鮮烈な赤い髪が顔を出す。

 冷徹に呟き向けられる言葉と視線の先には――オリヴァスに埋め込んだ筈の胎児を内包した『宝玉』が、以前より大きく成長していた。

 

実験体(オリヴァス)が『殻』として上手く機能した……核を失っても残存する『宝玉』の力で生き永らえたお陰で囮にも出来たことで成長した『宝玉』の回収は容易だった」

 

 淡々と並べられる女にとっての現状。

 だが冷徹な口上とは対照的に、浮かべられた表情は酷く忌々しげだった。

 

 『宝玉』の役割は本来、オリヴァスを怪人化させるものではない。

 

 アレはあくまで副産物。

 オリヴァスの変異体である『白鬼華(ゼラヴィム)』の役割は卵であり、殻である。

 

 元来、卵とは中身があってのもの。

 そして、殻とはその中身を護るもの。

 

 その『殻』として、オリヴァスは手頃な寄生先であった。

 

 その証拠に『宝玉』は内部の胎児を大きく成長させている。

 

「だが――あの役立たずめ。『鍵』をあのような死に損ないに回収されるとは」

 

 チッ、と舌打ちを零し丘よりその光景を進める。

 

 蒼い冷気が、未だに焔のように揺らめている。

 斬撃として階層を横断した氷の翼は、斬り付けた壁や大地を凍土と変えていた。

 

 一時的にとはいえ『生きている』とさえ称される迷宮内の環境を改変するほどの影響を与えた攻撃を、レヴィスは油断なく見据えていた。

 

 

「あれが『女神の白鷹(ヴァナ・フレース)』」

 

 

「レンリさん……! 彼は私が!」

「き、気絶してやがる……立ったまま」

「さ、さっきより酷ぇ……おいボールス、これもう死んでるんじゃ……」

「アホなこと抜かす暇があったらとっとと運べ! ありったけのポーションを持ってきてコイツの報酬の『生き血』も使え! 他の連中は周囲の警戒を怠んじゃねぇぞ!」

 

 怪人と化し理性を失ったオリヴァスに何度も呼ばれていたその二つ名。

 

 丘の下では、その剣士の仲間と思わしき冒険者が応急処置を行っている。

 

 あの状態であれば、やりようはいくらでもあった。

 なにせ『宝玉』を回収した段階で満身創痍だった。

 立ったままであっても、それだけ。

 動く気配のない、死体同然の冒険者に何かが出来るとはレヴィスは思えなかった。

 

 

 だから、殺せるなら殺してしまおうと――剣を抜いた時だった。

 

 

「チィ……不可解な斬撃(けん)だ。あの男の魔石を取り込んだ私を、Lv5の冒険者が傷を残すとは」

 

 だが、出来なかった。

 レヴィスのローブの下は、赤黒い血液が肩口から腹にかけて切り口が広がっている

 

 なんと、忌々しいことか。

 

 あろうことか、()()()()()()だけでこの傷である。

 『今』のレヴィスに傷をつけられるのはそれこそ、オラリオに点在する第一級冒険者でも限られてくるほどの規格外な頑強さと耐久力を誇っている。

 

 そんな相手にあの剣士は――意識を失い腰が入っていない刃でコレを成したのだ。

 

「私が、臆したとでもいうのか」

 

 そんな相手からこうして距離を取っているという事実に歯噛みするも、その内心は思いのほか冷静だった。

 

 そして何より――。

 

「……ダンジョンが()()()()()()。どういう絡繰りかは知らないが、あの斬撃を魔石に直接叩き込まれれば、私とてただではすむまい」

 

 ローブを翻し丘から影に消えていく。

 階層に満ちてきた喧騒は終戦の混乱からか、そこに間者がいるなどとは毛ほども思わない。

 

 手掛かりとなりそうな血痕でさえ、戦いの余波として処理されることだろう。

 

 

「アレが居るというなら、『アリア』探しもより慎重に運ばねばならない、か」

 

 

 レヴィスという怪人が観測した異常事態。

 

 

 迷宮の壁には振り下ろされた刃の軌跡を辿るように――巨大な一文字が刻まれていた。

 

 




◇とある黒妖精と眷属のはなし その2
「脚でパドルを回し、風の力を借りずに水上で舟が進む為の推力を得る乗り物――それがスワンボート」
「あの師匠(マスター)、此処どこです?」
「む、無人島」
「俺達フレイヤ様と公園の池に居た筈ですけど」
「落ち着け、我が弟子よ。こーゆー時こそ冷静さを捨ててちゃいけない」
「ボートが絶賛炎上中じゃなければ俺もそうしてましたよ」
「取り敢えず火を起こそう」
「だから燃えてるんですよボート……! なんかすっごい見覚えのある爆炎を焚き上げてて!」
「だ、だから落ち着いてくれよアルノ……まずは俺がお前とフレイヤ様を尾行したコトが始まりだったんだ」
「普通にバレてましたが」
「で、色々あって予定通りに池で一緒にフレイヤ様と遊覧に」
「フレイヤ様を乗せる筈が何故か男二人でスワンボートでレースすることになったんですよね」
「なんで?」
「こっちの台詞ですよ。あと依然として俺と師匠(マスター)のボートが爆炎噴き上げてる理由がわかりません」
「ああ、それなら……ペダル踏みだけじゃ足りないって思って、推進力得ようとして……抜剣しちゃった」
「……あとで俺から公園の管理者に謝って賠償もしておきます」
「ごめん……」

 ※その後、尾行するヘグニを尾行していたオッタルによってフレイヤ様は無事に回収された。
  あとの二人は三日後くらいに泳いで帰ってきた。
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