美神の眷属が女神そっちのけで酒場に入り浸っているのは間違っているだろうか   作:ぴえんふー

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24話 重症出勤

 18階層の混乱は収まりつつあった。

 

 焼き払われた森や岩山は荒み切り、かつての清廉さは感じない。

 この階層の象徴的存在であった水晶は魔法によって生じた熱によって熔解し、歪な造形物へと変わり果てている。

 そしてこれまた戦闘の余波で蒸発したり凍結したりで、甚大な被害が生じている美しかった湖に至っては見る影もない。

 

 ……もう『安全階層』など名ばかりの戦地跡と言った方がよい光景に、果たして事態が一時的に終息に至ったのかは判断し兼ねるが、そこは何度も滅びては蘇るを繰り返したリヴィラの街。

 

 階層の要である街自体はかろうじて機能しているお陰だろう。

 

 冒険者の逞しい喧騒は静まることなく今日も怒声や笑い声が至るところで響き渡っている。

 

 そこで、俺は何をしているのかと言うと――。

 

「おい、『女神の白鷹』。指示通り片っ端から資材をかき集めてきたが、どこに置けばいい」

「街の修繕作業を分担している班が居るのでそこへお願いします。集めた資材は街の警護用の柵を固めるのに優先して使ってください。流石に次は無いとは思いますが、それはそれとして他のモンスターが来ないとも限らないので」

「……」

「……お前の嫁がすっげぇ俺を睨んでくるんだが」

「嫁じゃないです」

 

 例えば、リヴィラの街の中継地点、補給地点としての機能回復を目的とした即席の復興計画を実行したり。

 

「なー、徹夜組が哨戒のローテ頼むってよ。どーすんだ『女神の白鷹』?」

「各種ポーションの貯蓄が街にありますので、それを配給して人員補充までどうにか踏ん張らせてください。伝手を使って『ガネーシャ・ファミリア』には連絡済みですので、それまでは……あ、リューさん。そこの玉ねぎを取ってくれませんか」

「……」

「……おい、おめーの女だろ『女神の白鷹』。なんとかしろ」

「誤解です。色々と」

 

 例えば、伝手を使った地上への救難要請と資材の運搬、手配を指示したり。

 

「……アルノ、何してんだお前」

「食事作りです。大鍋を拝借してますが、良いですねボールスさん」

「片腕使えねぇんじゃねぇのかお前」

「動けるなりに動こうかと。片腕一本でもおたまは握れます」

「いや、治るまで動けないようにするために包帯を巻いてるんだろ」

「なので、一度で多めに作る必要があったわけでしてね」

「……おいエルフ、こいつのこーゆー社畜気質をどうにかすんのがお前の役割だろうが」

「……面目ない。気づいたら最終工程だったのです」

「ったく、旦那の手綱くらい握っとけっての」

「だんっ……!?」

 

 そして冒険者達の食事作り、などなど。

 

 包帯でがちがちに固められた右腕を首から吊るしながら、今回の事件で発生した混乱の事後処理に奔走していた。

 

「ふー……ようやくひと段落ですね」

「ひと段落、ではない……!」

 

 そして、一息つけた頃。

 俺は未だ適当な木材で組み上げた椅子と机にて、未だ書類に筆を奔らせている。

 

「リューさんも、休めるうちに休んでいてください。あれからずっと働きっぱなしでしょうから」

「……」

「そもそもリューさんはここしばらくは最前線に居たのですから、俺に付き合わずに休息を取る側に回るべきでしょう」

「…………」

「……あの、リューさん。なんで木刀を?」

「今、あなたを気絶させてでも休ませるか悩んでいたところです」

「…………」

 

 即席で作った仮設の詰所の外は復興作業で賑わいながらも、天幕で覆われたこの場所はどういうわけか静けさが訪れる。

 

 理由は言わずもがな。

 俺の隣に控えたリューさんより感じ取れた憤りを前に、おずおずと動き続けていた筆を止めた。

 

「そのままゆっくりペンを置いて、両手を上げてこちらに向き直りなさい」

「俺は立てこもり犯だった……?」

「この詰所に立てこもり仕事を続けることが咎であるのなら、それは自明の理です」

「自明というには説明というか言葉が足りていないような」

「よって私がやるべきことは、あなたを少しでも自らの回復に専念していただくこと」

「新手の投降勧告でしょうか」

「仕事を放棄して投降しなさい」

「言っちゃいましたね」

 

 今にも木刀を抜きかねないリューさんの気迫は、もう犯人に降伏を促す憲兵のソレである。

 こんな意味のわからない理由と状況で撲殺されたら堪らないので、降参の意を込めてしぶしぶ筆を置いて彼女に向き直る。

 

「最初に会った時から思っていましたが……何故そこまでして働くのです。あなたは、労働を好む性質(たち)でもないでしょう」

「俺だって休みたいのは山々です。ただ、今後の動きの最適解を選べるのが俺だったので……動かない理由がありません」

「いいえ、あります。あなたは被害を最小限に抑え、その果てに意識を失った――逆の立場であったら、あなたはそんな冒険者に鞭を打って動けと(のたま)うのですか」

「……」

 

 その追求に、口を閉ざす。

 言葉が見つからないわけじゃない。いや、取り繕うだけなら言いようなんてどうとでもなる。

 何せ事態が事態だ。

 動ける人間が動いて、現に警戒態勢を解かずに働き続けてる冒険者が今の18階層には掃いて捨てるほどいるのだから。

 

 だがそうしないのは……俺が思っている以上に今のリューさんは凄く怒っているから。

 

 ヘディンさんのような詰問じみた冷静な指摘から来るものでもない。

 

 ヘイズさんのような医療に携わる者としての意見から来る正論でもない。

 

 あくまで俺を案じてかけてくれてる言葉に、言いくるめようと動くのは不誠実な気がしたのだ。

 

 ……結果はご覧の通り、言われたとて止まる気はないが故に押し黙るしかないわけだが。

 

「……その右腕は、動くのですか」

 

 そして俺のそんな様子が響いたのか、どこか剣呑な雰囲気は鳴りを潜め、幾分か柔らかい声が呆れたような表情より放たれる。

 

 もうやめろ、と言わないのはリューさんなりの温情だろう。

 

「どうにか。リューさんの魔法と、ボールスさんが報酬のために配った『生き血』を俺に使ってくれたお陰ですね」

「ですが、私の魔法では痛みまでは消しきれない」

「無くなって使い物にならなくなるより百倍マシです」

 

 いずれ無くなるものだというのなら、なんてことはない。

 今も時折鈍い痛みが出て来たり引っ込んだりを繰り返しているし、なんなら熱さえ孕んでいるがそれだけだ。

 

 流石に斬り飛ばされた部位が消炭になるなどということになればどうしようもないが、腕として使えればとはどうとでもなる。

 

「……それに、その手元の書類は」

「ロイマンさん宛の手紙……もとい報告書です。既にこの階層における緘口令を敷いていますが、被害の規模が規模ですので。あとで現場調査と補給に来る『ガネーシャ・ファミリア』にギルドと連携させて情報操作と注意喚起を行って貰います」

「……やはり敵はまだ潜伏していると?」

「むしろ今回の戦闘すら前哨戦でしょう。それでこの規模となると、次に後手へ回れば被害は増す一方です」

 

 あとは署名して文書として何かの入れ物に格納するだけのこの手紙は、いわば先手を打つための布石だ。

 

 俺が休みを最低限に作業を続けたのはひとえに、この階層における出来事がきっかけで潜伏している『闇派閥』が調子づいても面倒だからだ。

 そして今の俺に出来ることと言えば、この階層に居る冒険者にその旨を伝え似たような被害の伝播を防ぐこと。

 

 多少の漏洩は免れないだろうが、地上でコトが起こっていないのなら後はどうとでもなる。

 

 そういうことなら、動けるうちに打てる手は少しでも打っておかないと。

 

「おい、起きてるか『女神の白鷹』」

 

 そんな思考に水を打つように、天幕の外から俺を呼ぶ声に顔を上げる。

 どうぞ、と声を掛けて天幕から入ると……いずぞやの小人族が表情を訝しめながら、少し膨らんだバックパックを持ってきた。

 

「……何か取り込み中だったか」

「いいえ……それよりその袋の中身は、頼んでいたもので?」

「ああ、お前が言っていた奴だよ。この前のよくわからんモンスターが居た箇所からかたっぱしから集めてきた……これ、本当に魔石なんだよな」

「魔石ですよ。もっとも、売れるようなものではありませんが」

 

 何せ市場に出回ろうものなら混乱は避けられない。

 物珍しさでなら売れるだろうが、それだけ。

 少しでも情報を欲している現在のギルドに売りつけるのならあるいは、と言ったところだろう。

 

「……お前、休まないのか」

「この報告書だけ書き終えたら一休みしますよ」

「いや、でもお前の怪我って……」

「ここで動いて態勢を整えておかないと、今までの足掻きが無駄になってしまいます。俺は動けるから動きます」

「……そうかよ。なら、精々ぶっ倒れないよう気を付けるんだな」

「ええ、ありがとう。気遣っていただいて」

「……やっぱ俺、お前は苦手だわ」

 

 そうして槍を担ぎながら背を向けて退出する小人族。

 あの時の戦場と変わらない、相変わらずの反応に思わず苦笑いが零れる。

 こちらからここまで言わないと伝わらないのだからやるせないが、この街の住人らしいという意味では、何と言うか頼もしさすら感じてくる。

 

「その書状……レンリさん、まさかこの魔石をギルドに……?」

「はい。ギルドには【ゼウス】や【ヘラ】と言ったオラリオ創設時の資料も残っていると思うので、少しでも手掛かりを探って貰います」

「なら私たちは、この階層の探索を?」

「いいえ、まずは地上に戻り、アスフィさんにオリヴァスの死体から出てきた『コレ』の解析を依頼します」

 

 極彩色の魔石に次いで確保した『D』と刻まれた眼球のような謎の物体を取り出す。

 手のひら程度の大きさで、肌を伝う冷たさは金属特有のもの。

 魔法の余波か、熱で熔解し氷で冷やされたことで少なからず歪にはなっているものの、割れたりなどはしていないことは幸いか。

 

 怪訝な貌をして端麗な眉を(しか)めているリューさんの反応から、やはり連中しか持ちえないような特殊な物体であることは確かのようだ。

 

「ドロップアイテム、でしょうか」

「にしては不自然です。おそらくは何かしらの魔道具(マジックアイテム)……そして死に際にオリヴァスは奇妙な遺言を残してました」

 

 そして本題はこれだ。

 作業中に何度も反芻して、そしてある仮説を立てた。

 だがこれが事実であるのなら、()()()()()()も視野に入れなくてはならない事態になってくる。

 

人造迷宮(クノッソス)、という名に聞き覚えは?」

「……いいえ」

「そんな単語が、ダイダロス通りの名と一緒に並べられて吐き出されました」

「……もしやオリヴァスらが潜伏していた場所とは」

「闇派閥の拠点か……あるいは専用の連絡路か何かを構築しているのかもしれません」

「……」

 

 俺が今もこうして動き続けている理由に多少の合点がいったのだろう。

 悩まし気に小さな口に手を当てて考え込む仕草をするリューさんを見て、説教の気配が遠ざかったことに安堵が息となって漏れ出る。

 

 考えること、やらなきゃならないことは山積みだ。

 地上の『ダイダロス通り』の再調査に、今回の事件で得たアイテムの解析、戦闘結果から算出する対策方法の模索。

 とても呑気に寝てなどいられないというのが覆しようもない現状であった。

 

 

 ……まぁ、動いていないとやっていられない、という理由も大いにあるが。

 

 

「……」

 

 ぎゅっ、と拳を握り締めた。

 一瞬の思考。

 だが視界に納める一秒が刻まれていくごとに、動きたくなる衝動が浮上してくる。

 

 こんなことをしてて、良いのか。

 

 動けるのなら――俺は俺の『目的』の為に動いた方が良いのではないか。

 

 

 オリヴァスは、義母を知っているような口振りだった。

 

 

 焦がれに焦がれて求め続けた数少ない手掛かり。

 『疾風』の活動によって確実にその規模を縮小させオラリオに潜伏することを選択した『闇派閥』が見せた尻尾。

 罠でも良い。

 釣り餌だとしても構わない。

 

 ただ、その真偽を確かめたい。

 

 寄り道ばかりだった俺の目標に出来た光明だというのなら、そんなの惜しくも痒くも無い。

 

 

 ……ただ――。

 

 

「本当に、それだけですか」

 

 

 ――唯一の気掛かりと言えば、これだろう。

 

 

「あなたが()()()()()()()()()()()()()、本当にそれだけの理由ですか」

 

 

 空色の視線が俺を射抜く。

 俺の言葉に耳を傾けているようで、それは確信に満ちたもの。

 

 俺の仇に繋がるかもしれない、情報の吐露だった。

 

「……」

 

 そしてそれをこの人に口にすべきか迷う。

 力不足を感じたわけじゃない。むしろ、彼女に助けられた場面のなんと多いことか。

 困った誰かを見過ごすことなんて出来ないお人好しであることを知った。

 不器用なところもあるけど、それがこの都市やエルフという種族においても『稀』とも言える善性と良識に溢れていることも。

 

 そしてだからこそ。

 

 こんな一歩間違えば死にかねない戦いが続く以上、彼女を巻き込むべきかを決めあぐねている。

 

 

「――私には、罪しか残されていない」

 

 

 椅子に腰かける俺に、見上げる形で視線を交じらわせていたリューさんの瞳が、俺と正面から向かい合う形になる。

 

「正義の眷属がその天秤を放棄して、暴虐の限りを尽くした……かつて志を同じにした仲間に、私が向けられる顔はとうに失われています」

 

 そんなことはない、とは言ってやることは出来ない。

 だって俺も同じだ。

 たった一人の、血の繋がりもない偽りの親子関係でしかなかった女性。

 

 そんな人がくれた命に、俺は私情で使い潰そうとしている。

 

 向けられる顔なんて、ある筈もない。

 

「そんな私だというのに、あなたは信頼してくれた」

「――――」

 

 空色の瞳は揺れながらも真っ直ぐと俺の姿を間近に捉えて――折れてしまいそうなほどに細く、柔らかい手が俺の左手を握った。

 

「あなたの仇に協力する、などとは言えません。私にその権利はないでしょう。だから、オリヴァスから何を聞いたのかは聞きません――だからせめて、私に協力させてくれませんか」

 

 ――あなたが、そうしてくれたように。

 

 確かに、俺は彼女から『闇派閥』のことは聞かなかった。

 

 けれどそれは。

 

 ようやく、ようやく自身の過去から区切りをつけ平穏を手にすることが出来たリューさんを戦場に引き戻す行為で。

 

「あなたが自分の命を抱えきれないというのなら、私があなたの命を掬い上げます」

「だけどそれは――」

 

 それは、それこそが罪なのではないか。

 多くの葛藤と苦しみを経て『豊穣の女主人』という場所に辿り着いたこの人を戦場に引きずりだして、俺という末路を目の当たりにさせている。

 

 何より彼女はあの女神(ひと)にとっても大切な人。

 

 だったら何がなんでも、護らなくちゃならない。

 

「それでも」

 

 だがそれでも、この人にとっては違う。

 

「それでも――私にあなたを助けさせてくれませんか」

 

 それでも――助ける、と。

 

 リュー・リオンというエルフにとってその言葉がどれだけの重みと意味を持つのか、わからないような付き合い方はしていない。

 

 だから、考える。

 

「……」

 

 考えて。

 

「…………」

 

 考えて。

 

「………………手始めに、アスフィさんとの交渉時に一緒に居てくれると助かります」

「はい、よろしくお願いします」

「……なんでリューさんが嬉しそうなんですか」

 

 そんな妥協を口にして、俺はついに折れるのだった。

 

 

 

 

 星のように美しい微笑みを浮かべた彼女の姿を、脳裏に焼き付けて。

 

 

 

 




 しばらく書き溜めに入る。
 章に名前をつけたり、モチベーション維持の為の『ありえない幕間劇』と言う名の趣味回を連載したりしなかったりするかもしれない。

 シルさんの料理改善とか、ヘルプスタッフとか、ヘルメスがフリュネにブーメランサーされる話とか。

 期限決めて、ある程度溜まったら放出するのでそのつもりで。

 それでは。
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